地方分権 徒然草



 「つれづれなるまゝに、日くらし、硯にむかひて、心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。 」というのは、吉田兼好の手になる『徒然草』である。私自身は、およそ兼好法師とは異なり、徒然とは縁遠い多忙な生活をしているが、それでも、「よしなし事」が多数「心に移りゆく」状態は異ならない。むしろその気持ちは、「おぼしき事言はぬは腹ふくるゝ」(19段)というべきか。そこで、理由はともかく、思いつくことを「そこはかとなく書きつく」ることにしたいと思った次第である。したがって以下の文章は、まさに「おぼしき事言はぬは腹ふくるゝわざなれば、筆にまかせつゝあぢきなきすさびにて、かつ破り捨つべきものなれば、人の見るべきにもあらず。」(19段)であるかもしれない。

 これまで10年近くにわたって関わってきた地方分権改革であり、関心をもって取り組んできた地方自治の研究であるが、2004年の夏に地方分権改革推進会議の任期が終了したのを機会に足を洗う決意をした。しかし、いやでも耳に入ってくるその後の動きを聞くにつけ、これまでの10年の間に議論され、ときに激しい論争までして到達したことがらが、必ずしも現在の議論では理解され、反映されておらず、かつてと同様の議論がなされ対立に至るという愚を繰り返しているような気がしてならない。

                                                 森田 朗


第1段  「3兆円の補助金削減と税源移譲の政治学的意味」  2004年11月13日


第1段 「3兆円の補助金削減と税源移譲の政治学的意味」  2004年11月13

 「三位一体改革」は、現在の最もホットな話題である。税源移譲を要求する地方自治体に対し、小泉首相は、6月の基本方針で、3兆円の税源移譲を約束するともに、その見返りとしての同規模の補助金の削減リストの提出を地方に求めた。この要求の背景には、うがった見方をすれば、自治体の利益も地域によって異なり、自治体側が一枚岩となって、削減すべき補助金のリストなど作れないだろうという、補助金を有する各省の思惑があったといえよう。

 しかし、この思惑に嵌って自治体の総意を示しえないのでは、これまでの地方分権のための努力は水泡に帰しかねない。そこで、何としても地方として統一した補助金削減リストを作成すべく、8月の知事会では激論が闘わされた。争点となったのは、義務教育の国庫負担金の一般財源化をどうするかであり、一部の県は、削減される補助金の額が、想定されている税源移譲額を上回ることになるため、反対したが、大勢は地方として団結することを望み、これまで国に陳情することを役割としていた「仲良しクラブ」であった知事会が異例の多数決で削減リストを決定した。

 これは画期的なことといえる。これまで、まさに「上下主従」の関係として、国へ従属してきた自治体が、おそらく初めて国に対して一体となって自己主張し「対等」な立場を示したケースであり、地方分権推進の観点からみて高く評価できよう。そのきっかけは、2004年の1月、それまでの暗黙の了解を踏みにじるような交付税の削減に対する地方の怒りといってよい。この時以来、地方は、総務省も頼りとせず、自ら主張しなければ地方の利益を守ることができないことを痛感したといえよう。

 しかし、注意を要するのは、これは、政治的な地位獲得の第一歩ではあっても、地方財政をめぐる問題の実質的な解決ではないことである。たしかに3兆円の税源移譲は実現したが、それはすべての自治体に財政的自立をもたらすことにはならない。むしろ自治体の中には現状より厳しい財政状況に置かれるところも多数出てくる。それを克服して、国地方を通じた厳しい財政状況から拡大はもとより現状維持も難しいとしても、行政サービスの水準を維持するために必要な最低限の財源を、すべての自治体が確保できるようにするためには、新たに自治体間の利害対立を克服して、合理的な財政調整の仕組を考案していかなければならない。しかし、そのような仕組は、実際に考案できるのであろうか。それぞれ事情の異なる自治体間の利害の調整は可能なのであろうか。それについての展望なき、補助金削減と税源移譲は、さらに厳し混乱状態を招くのではないだろうか。それに対する最適の回答を考え出すことが「三位一体改革」問題の核心といえよう。

 アンシャン・レジームを打倒して新たな体制を構築するには、巨大な政治的エネルギーを必要とする。それには、革命派は、小異を捨てて、旧体制の打倒という一点に目標を絞り、理性ではなく、激情を駆り立て、危険を顧みず闘う運動を組織することが必要である。そして、そのような激情を駆り立てるためには、明確でわかりやすいシンボルを目標として掲げることが重要である。たとえば、「税源移譲」のような。その場合「税源移譲」の具体的な内容は問わない。その意味内容を確定しようとすれば、意見の違いが明らかになり、内紛から運動のエネルギーは急速の消滅する。

 しかし、ひとたびこうした革命が成功し、これまで掲げてきた目標を実現する段階になると、その解釈をめぐって抗争が生じる。歴史上繰り返された革命と、それ以上に悲惨なその後の革命諸勢力間の内部抗争は、そうした政治運動の宿命を示している。こうした抗争を避け、平和裏に体制の変革を達成するためには、できるだけ早く明確で緻密な革命後の体制図を描いておくことが重要である。少なくとも革命後の抗争を避けうるだけの基本的な合意が予め形成されていなければならない。

 このような観点からみたとき、2005年度の予算編成とそれに先立つ補助金削減は、政治的には改革への一歩前進といいえても、自治体の財政的自立性を増大させるという本来の目的からいえば、混乱への第一歩となりかねない。将来にわたって持続可能な地方財政の制度を確立するためには、どのような制度を構築すべきなのか。その真摯な検討に、直ちに着手すべきであろう。補助負担金の削減は、国の各省の抵抗を排除し、地方の要求通りに実現されるべきであると考えるが、それに対応した地方財源のあり方については、「税源移譲」だけではなく、より広く財政調整の仕組も含めた「税財源」のあり方の問題として、あるいは新たな税制の構築として検討すべきである。税源移譲よりも、まず地方を縛る補助負担金を削減するという戦略が、当初の地方分権推進委員会のめざした戦略であったことを想起してみるべきではないだろうか。
 (了)



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