盲導犬か獰猛犬か


 またまた名前が同じで紛らわしいんですけど、小学校2年のときに飼ってた「しろ」という犬の話です。
後にメリーと改名したしろは絹糸のようにふわふわの長い毛をしていましたが、今度の子は短いつるつるの毛と、細くて長い尻尾を持った小柄な犬でした。
 そのとき、しろはおそらくまだ子犬、でないにしても1歳かそこらだったのだと思います。一緒に飼っていた他の2匹に比べると、とても陽気で、天真爛漫といった雰囲気でした。いたずら好きですばしっこく、いつもチョコチョコ庭を駆け回っていました。
 ところが私は、おとなしくて行儀のいい他の犬たちよりも、しろを気に入っていたんです。駆け回っているのを捕まえては、リードをつけて家の周りを歩きました。しろにしてみれば、自由な時間を奪われていい迷惑だったと思いますけど、優しい彼女はちゃんと私に付き合ってくれたんです。

 丁度その頃、宮崎県初の盲導犬が市内の女性に貸与されたんです。新聞には、その人がハーネスをつけた犬と横断歩道を渡っている写真が載っていたし、テレビのニュースでも話題になりました。偶然にも、その盲導犬は「しろ」という名前でした
 「すごいね。危ないところとか、ぜんぶ犬が教えてくれるとよ。」
母が感心している傍で私は黙って考えていました。
 (うちのしろも頭いいから、きっとやれるわ。いつも私と家の周りを歩いてるんだから、たぶん坂道の下のバス停くらいは行けるはず!)
 「AMIも大きくなったらこういう犬もらったらいいよ。」
母はそんなことを言いましたが、私の頭の中は、すっかり「しろとバス停まで行こう。」という考えていっぱいになってました。

  翌日はうちにピアノの先生が来る日でした。先生は大学生のお姉さんで、いつもバスでやってきます。
 (さぁ、チャンスだ。しろと一緒に先生を向かえにいこう。)
 ちなみに私の住んでいたところは、急な長い坂道の両脇を、蓋のない溝がず〜っと通っている作りになってるんです。でもそんなこと私はおかまいなしでした。普段から、足元なんか全く見えていない状態で大人の自転車に乗って坂を走り降りるようなこともやってしまうおてんば娘だったんですから。
 しろはなかなか優秀でした。ハーネスのことはよく分からなかったけど、私はリードを短めにして、ピンと張った状態でしろについていきました。我ながらよく思いついたなぁ。
 坂道の途中の曲がり角を過ぎたところで、ピアノの先生が上がってくるのに出会いました。それでその日は、バス停まで行くことはできませんでした。

 日曜日。今日こそバス停まで行くぞと決めた私は、庭で昼ねをしているしろを無理やり起こして出かけました。のそ〜っとついてきたしろですが、次第に楽しくなったようで、トコトコ、トコトコいい感じで歩いてくれました。そして、ついにバス停にたどり着いたんです。
 「わ〜いやったぁ!しろちゃんだって盲導犬やれるよねぇ。」
私が喜ぶので、しろもご機嫌でした。
 ところが、帰りがいけなかった。ご機嫌になったしろは、だんだん興奮してきちゃったんですね。急な上り坂をタッタッタッタと小走りに近い歩調で上がっていきます。もう黙ってついていくしかないですね。
 曲がり角を曲がると、しろの足はいよいよ速くなりました。タッタカタッタッタッタッ。犬走りでどんどん行きます。息が切れたけど、リードを離してなるものかと、夢中でついていきました。
 家の門を入り庭へ。あっと思った次の瞬間、顔面にすごい衝撃を受けて私はひっくり返ってしまいました。自転車が止めてあったんだけど、ほんとに目の前に近づかなければ分からないので避ける時間がなかったんです。しろはそんな私をほったらかして、他の犬たちのところへ走り去ってしまいました。
 私の悲鳴を聞いた母が飛び出してきました。私は口から血を流して泣き喚いていたんです。自転車に顔をぶつけた衝撃で、前歯が1本抜けてしまってました。幸いにして乳歯でしたが、新しいのが生えてくるまで1年くらいかかったかなぁ?その夜中じわ〜っと染み出してくる血の味を感じながら、それでも私はしろを嫌いだという気持ちにはなりませんでした。その後も私としろは仲良しでした。しろを家の敷地の外に連れ出すことは当然禁止されてしまいましたけどね。



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