迷子のクンクン


 それは、昼休みの校庭に突然現れた、真っ黒な中型犬でした。
 やたらとそこら中臭いを嗅ぎまわるので「クンクン」と呼ぶことにしました。
  私たちを怖がったり、吼えて脅かしたりはしませんでしたが、チョロチョロ走り回るので、目の不自由な私たちにはとても捕まえることができません。
 やっとのことで、私たちの中では一番視力のあったTさんが追いついて捕まえてきました。
 誰かが
 「皆がクンクンの居場所分かるように、首に鈴をつけようよ。」
と言い出し、全員賛成したので、、さっそく鈴を探しにいきましたが、なかなかいいのがありません。
 しかたなく、私が自分のランドセルにつけていたものを、はずして持ってきました。
 いい音のするベル形の鈴で、父がどこかへ出張したときにお土産に買ってきてくれたものでした。
 「リリ〜ン、リリ〜ン」
 鈴の音は良く響き、皆すぐにクンクンの居場所が分かるようになりました。
 クンクンは、2,3日で私たちにすっかり慣れましたが、授業中の教室へ入ってくることはありませんでした。
 いつも中庭や運動場にいて、私たちが出てくると、「リリ〜ン」と現れるのです。

 しかしそのうちに、給食の残りのパンをあげたり、お皿に水を入れて飲ませたりしているのを、先生に見つかってしまいました。
 ただじゃれあって遊んでいるうちは黙って見ていた先生ですが、ついに
 「いくら可愛がっても、学校でずっと飼うわけにはいかないんだよ。責任持って飼えないものに食べ物をあげたりしてはだめ。」
と、厳しく私たちに言いました。それだけではありません。
 「それにあの犬、誰かの飼い犬だと思うよ。首に鈴をつけているもの。ここに住み着く前に、ちゃんと家に帰らせてあげなくちゃね。」
 と、私たちがクンクンと休み時間に遊ぶことさえ禁止してしまったのです。
 こういうとき、なぜか意外と気弱になってしまう私。あの鈴は私のですと言い出せず、ただただ、中庭を一人で歩いているクンクンを見ていました。
 もちろん、先生の目を盗んでクンクンと遊ぼうとする子もいましたが、先生の監視は厳しく、ほんの数メートルの距離にいながら、どうしても手を触れることはできませんでした。

 三日、五日、1週間…
 次第にクンクンの現れる回数が減って行きました。
 十日も過ぎると、まったく姿を見なくなりました。
 どこか遠くで「リリ〜ン」と鈴の音がしたような気がしたけれど、ほんとに微かな微かな音でした。そして、それから二度と、その音は聴こえなくなってしまいました。
 「ほらね、あなたたちがかまわなくなったから、もう来ないでしょ。ちゃんと飼い主のところに帰ったんだよ。」
 先生が自信たっぷりに言いました。
 私は泣きたい気持ちで、じっと黙って下を向いていました。
 もしもクンクンがお腹を空かせて倒れたり、保健所に連れていかれたりしたなら、それは先生にはっきりと抗議できなかった自分のせいだという思いが突き上げてきました。
 はたしてクンクンはどうなったのか?願わくは良い人間にめぐり合い、幸せな犬生を過ごしたと信じたいものです。


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