サリーの悲劇


 我が家で暮らした犬たちの中には、同じ名前を持つものが何組かいて、どうやら「サリー」も、父のお気に入りの名前だったようです。きっと私が生まれる前にも何頭かの「サリー」がいたはず。これからお話する「サリー」は、私の記憶の中に生きている2等のうちの1頭です。それに、この話はちょっと衝撃的過ぎるかも知れません。今日までず〜っと、私の心の中に閉じ込めていた悲しい出来事なんです。

 サリーは大きな茶色の犬でした。ポインターの雑種だったと思うのですが、毛並みはラブラドールに似ていました。大人しい犬で、当時5歳くらいだった私が背中に乗っかっても、いやがりもせずに遊び相手になってくれました。ですから、その事件が起きたとき、私はとてもサリーの仕業だなんて信じられなかったし、今でも悪い夢だったのではないかと思うほどなんです。
 ポインターはご存知のとおり鳥猟犬です。猟師である主人に、獲物の場所をそっと教えたり、打ち落とされた鳥を咥えて持ってきたりします。とても仕事熱心で主人に忠実な犬です。サリーも、父から訓練されて、立派に仕事をしていました。決して獲物を勝手にどこかへ運び去って自分のご馳走にしてしまうなんてことはなかったんです。
 ところが、そんなサリーが、突然とんでもないことをやらかしました。
 そのころ家には、犬の他に、何羽かの美しい鳥を飼っていました。たぶんキジだったと思います。山ではあれほどの仕事をしていたのに、こともあろうにサリーは我が家の鳥小屋の金網を突き破って中へ進入し、鳥を殺してしまったんです。
 その日私たちは家族みんなで外出していました。帰ってきたのは夕方遅くなってからで、いつもならとっくに犬たちに食事をあげる時間を過ぎていました。
 父が裏庭へ出てみると、「ご飯だご飯だ!!」とはしゃぎまわる他の子たちから離れて、サリーはハウすの隅で父から顔を逸らしていました。何かがおかしいと直感した父が鳥小屋を見にいくと、中にはたくさんの羽が飛び散り、2羽のうちの1羽は地面に転がって死んでいたんです。しかし、もう一羽は見当たりません。羽の散らかり具合から、犬が食べてしまったものと確信した父は、犬小屋のほうへ行きサリーを呼びました。

 その後に起きたことを思い出すと、今でも胸が苦しくなります。
 父が食塩水か何かを飲ませると、サリーは大量の肉の塊を吐き出したんです。父は彼女のしたことを思い知らせるため、そして二度とこんなことをさせないためにと、ものすごく激しく彼女を叱りました。竹の棒か何かでサリーが打たれて「きゃ〜んきゃ〜ん」と叫ぶ声を、私は家の中で震えながら聞いていました。
 やがてあたりに静けさが訪れたので、まさかサリーが気を失ったのではないかと、そっと窓から外をうかがいました。
 父が入ってきたので
 「サリーは?」
と尋ねると、なんと、逃げてしまったって言うんです。
 「探しに行ったら?」
父は、もう無理だと言いました。父から打たれるままにして頭をうなだれていたサリーは、突然すごい勢いで家の裏手に広がる杉の森の中へ走りこんでいったのだそうです。自分のしたことへの後悔だったのか、ひょっとするとそのまま死んでしまう覚悟だったのか、私には分かりませんが、翌日になっても、彼女は戻ってこなかったんです。
 父は、サリーは性質上問題のある犬だったのだと言いました。あのように悲惨な最期を迎えてしまう結果になったのもしかたがなかったのだと。でも、5歳の私にはショックが大きすぎました。いつまでもいつまでも消えない悲しみが心に残ってしまったのですから。

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