名前の変わった犬


 私が3歳のとき、生後間もない子犬が家にやってきました。もちろんそれまでにも、我が家には犬たちがいましたが、そんなにちっこい犬を見るのは初めてでしたから、私はもう大興奮。廊下の隅に置かれた箱の傍らに1日中座って、中を覗き込んだり、ふわふわの子犬の身体を撫でたりしていました。
 「そんなにずっと傍におったら、ワンちゃんゆっくり昼ねもできんよ。」
と、父に注意されても、なかなか箱のところから離れることができません。
 おそらくセッターの雑種と思われたその子は、真っ白で美しい毛並みをしていましたので、私たちは単純に「しろ」という名前をつけたんです。
 しばらくすると、身体が少し大きくなってきたので、父はしろを庭に移しました。前からいた大人の犬たちと、ちょこちょこ庭中を駆け回るしろ。私も犬たちに仲間入りして、いつまでも飽きずに外で遊んでいました。

 ある日、親戚の人が、自分の犬を連れて我が家へやってきました。軒先の柱に繋いでおいて、その人は家の中でうちの家族と話などしていたんです。するといきなり、庭から「キャイン!」と、しろの悲鳴。びっくりして行ってみると、しろのふわふわの背中から、真っ赤な血がボタボタ流れているではありませんか!好奇心たっぷりのしろが、柱に繋がれた犬のところへちょこちょこ走りよっていったところが、いきなりガブッと噛みつかれてしまったのでした。
父は毎日しろの背中に薬を塗りました。深い傷に薬はきっとすごく染みるのでしょう。しろはひ〜ひ〜と鳴きました。

 丁度そのころ、私の眼の具合がまたまた悪くなり、私はしばらく入院することになったんです。どのくらい入院してたのか、おそらく2ヶ月かそこらだったのでしょう。退院して帰ってみると、しろの姿がありません。
 「ばあちゃん、しろは?」
と尋ねると、祖母はショックを受けたみたいに
 「あんた、目がそんげ(そんなに)悪くなったとか?」って言うんです。
確かに入院中に手術した眼は、良くなるどころかますますひどいことになっていたのですが、これは別な話。庭に大きな白い犬がいることは私にも分かっていました。でも、しろはいないんです。
 「ほら、あそこにおるがね」
と、祖母はその大きな犬を指差します。
 「あれがしろ?違う、あれはしろじゃないよ。」
私は戸惑いながら言いました。そう、私には信じられなかったんです。自分が何日家を離れていたかということも分からなかったけど、2ヶ月や3ヶ月で犬がそれだけ大きくなるということも理解できませんでした。小さなふわふわの子犬、背中に傷を負ってひ〜ひ〜鳴いてたしろだけが、私の中では「しろ」でした。
 結局祖母や父がどんなに説明しても、私は納得しませんでした。大きな白い犬は私にとっては、いつの間にか現われた新しい犬でした。新しい犬なら名前をつけなくちゃと思ったんです。それで、その子を「メリー」と呼ぶことにしました。家族も皆私の頑固さに負けて、その子をメリーと呼び始めました。メリーのほうでも「しろ」とはずいぶん違う響きなのに、意外とすんなりこの名前を受け入れてしまい、「メリー」と呼べばすぐに走ってくるようになりました。
 メリーは大人しく優しい犬でした。私も彼女が大好きでした。でも、メリーはたった3年ほどしか生きられなかったんです。フィラリアでした。背中を地面にこすりつけて転げ回り、ひどいせきをして、ついに一人で逝ってしまいました。宮崎には珍しい、雪のつもった朝でした。今でも、フィラリアという病気に対して、とても恐怖を感じます。犬と暮らしている方、毎月のお薬は、ぜひお忘れ無く飲ませってあげてくださいね。
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