犬と私
私の父と祖父は、昔からよく猟犬の訓練をしては、その犬たちと野山を駆け回っていました。なので我が家にもずっと、ポインターやセターなどがいました。犬のいる生活は、私にとっては、とても自然なことだったんですね。 猟犬って言うと、吼え猛りながら獲物に突進していく凶暴な犬のイメージを持ってる人もいらっしゃるかも知れませんが、決してそんなことはないんです。 特にポインターやセター、それからレトリーバーなどのように、獲物(特に鳥類)の居場所を知らせたり、回収したりする仕事をする種類の犬たちは、猟場では吼えることはなく、それどころかとても静かに、とても忠実に人間の言うことを聞いて動きます。賢くて、人間によく懐き、いっしょにいてすごく楽しい犬たちです。身体が大きいので怖がられることもあるんですけど、すごく優しいんですよね。 私にとって、犬たちは兄弟のような存在でした。野鳥を追いかけて狩猟するという趣味を、私はあまり好ましいと思ったことはありませんけど、それは父や祖父の考えであって、犬たちには何の責任もないこと。ましてや、普段家にいるときの彼女たちは(全員雌だったので)、狩猟とは無関係の、私の大切な仲間だったんです。 盲導犬協会のボランティアをしているという女性から 「あなたも盲導犬と歩いてみない?」 と声をかけられたのは、大学1年のときでした。 盲導犬というものの存在は知っていましたが、自分が持つことなんて考えたこともありませんでした。犬たちを姉妹のように感じて育ってきた私なんです。かわいい子たちを、自分の都合で働かすような可愛そうなことはできない!そんな風に思ってたんですよね。 でも、その考えが間違ってることに気づいたんです。5年かかりました。誤解を解いてくれたのは、友達のYちゃんと、そのパートナーのフィジーでした。残念ながらフィジーちゃんは天国へ行ってしまいましたけどね。 夏休みを利用して我が家に遊びにきたYちゃんとフィジーちゃんは、3泊4日の滞在中、これでもかってぐらいに仲のいいところを見せ付けてくれました。Yちゃんが少しでも傍を離れると、とたんに不安そうになるフィジーちゃん。大丈夫だよって、私がいくらなだめてもだめ、耳を膨らませ、一心にYちゃんが去って行った方を見つめています。歩いている二人は本当に颯爽として楽しそうでした。たちまち私の胸に「うらやまし〜い!!!」って気持ちがいっぱいになって、もうどうしようもなくなってしまいました。と同時に、あの信頼関係、あのべったりぶりは何だ?!という驚きもありましたね。 そうなんです。初めのほうにも書いたように、こういう種類の犬って、ほんとに、ほんとに人間が好きなんですね。そして、できれば片時も主人と離れたくないって思ってるんですね。なのに、周りを見ると、1日庭に繋がれてお留守番しているワンちゃんばかり。それに比べたら、盲導犬くらい飼い主とず〜〜っといっしょに過ごせる犬は他にいません。彼らは仕事のことを「働かされて苦痛だ」なんて思ってはいないんです。それどころか「大好きな飼い主といっしょにいられて嬉しい!良いことをしたらご主人様に喜んでもらえて幸せ〜〜!!」って思ってるんですね。 誤解が解けると、もう私は迷いませんでした。犬たちは人間と共にいることを望んでいて、私も犬が大好き!だったらもう、盲導犬持たない理由はどこにもありません。そして私はノエルに出会いました。本当に、運命的と感じるくらい、私には相性ぴったりの子です。ばっちり息の合ったペアになるまでには、いくらか時間はかかりました。でも、たいへんだ、盲導犬歩行という道を選ばなければよかったと思ったことは一度もありません。1日1日、この子と暮らせる幸せは重みを増しています。あのときのYちゃんとフィジーちゃんに負けないくらい、人も羨むべったりペアーに、私たちもなれたと思います。 どうか、盲導犬のことを、可愛そうな犬だと思わないでください。お仕事でストレスが貯まって短命だなんて噂も飛び交っています。決してそんなことはありません。かつては同じように誤解していた私が、確信を持って言います。盲導犬は本当に幸せな犬です。 次へ 「寄り道」のトップへ トップページへ 携帯用トップへ |