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24. 伝えたいこと


1

話は前後するんだけど、私が宮崎に来て2年目の秋のこと。Mさんっていう女性から突然電話がかかってきた。
「私は、あなたの学校のH先生のお友達で、あなたのお家の近くの小学校に勤めています。」
M先生は、3年生を受け持っていること、国語の教科書に盲導犬のことが載っていること、子供たちにぜひ実際に盲導犬のユーザーから話を聞かせてほしいことなどを話されて
「それでH先生からあなたとノエルちゃんのことを聞きまして、ぜひ話しにきていただきたいなぁと思ったんですが、お願いできないでしょうか。」
って言われたんだ。ママはその場では返事しきれないので少し時間をくださいって言って電話を切ったけど、受話器を置くと
「ねぇ、ノエちゃん、どうしよう?お話行ってみる?ああ、でも私お話苦手なんだよねぇ。」
なんて、まじで悩んでるんだ。ママってさ、なんでこんな人が学校の先生になったの?っていうくらい、人前で話したりするのが苦手なんだよ。おかしいよね。
でも翌日になると、ママは小学校へお話にいく決心をした。
「頑張ってお話してみよう。ノエちゃんのこと、みんなにちゃんと知ってほしいからさ。」

2

そして当日、ママはとても緊張していた。もちろんママ自身が苦手な「人前でお話」をしなくちゃいけなかったからでもあるけど、私はまだ3歳になったばかりで、大勢の人に囲まれるとちょっと興奮しちゃう癖があった。だから100人以上もの小さい子たちにきゃぁきゃぁ言われて、私が弾けてしまうんじゃないかって心配だったんだね。でも私興奮したりしなかったよ。子供たちも行儀良く並んで、私たちが入場するのを待っててくれた。
前に出ると、私は静かにママの足元に伏せた。ママがマイクを手にしゃべる。苦手とか言いながら、けっこう冗談とか言って、子供たちを笑わせたりしてる。
「盲導犬は訓練されてるからおりこうだねぇって言われるんだけど、実は最初からそんなにおりこうだったわけじゃないんだよ。」
ママは私が東京から帰る飛行機でパニックしたことや、ステイができなくていろんなものをかじり壊したことを話した。傘を分解して食べたことまで!こっちはまじで寂しくてやったのにさ、何でもかんでもばらしてくれるんだからいやになっちゃうわね。でも、川に落ちかけたのを踏ん張って助けた話も忘れずにしてくれたから、まいっか。
「そんな風にしながら、犬も人間もいろいろ覚えて、いい関係になっていくんですね。今はこんなに良い子です。じゃぁ、ちょっと歩いてみようね。」
お話の途中でママが立ち上がってハーネスを握ったので、私もあわてて仕事の体制に入った。
「ゴー。ブリッジ(階段)。」
リハーサルしてたから、すぐに階段を見つけてステージに上がった。ステージの上には、誰かがわざと置いた三角ポールが。それを避けて反対端まで来たら、また階段を下りる。下にはまたまた障害物。移動黒板が行く手をふさいでた。移動黒板は床から80センチくらいの高さに黒板本体があって、私だけなら下を簡単にくぐっていける。でも私はそんなことはしない。それではママが黒板にぶつかっちゃうからね。大きく回りこんだ。最後は「チェアー」で、初めにママが話しをしていた場所に戻る。私が顔を椅子に付けて教えてから静かに椅子の横に伏せると、皆から大きな拍手が湧いた。ママも誉めてくれる。すご〜く嬉しかった。
この後子供たちからいっぱい質問が来た。「食事は何を食べさせるんですか」?とか、「トイレはどうやってするんですか?」とかね。中には「ノエルちゃんは家事を手伝ってくれますか?」なんてのもあった。
「手伝ってくれるといいんだけどねぇ、残念ながらそういうことはしません。まぁ、こういう形の手では料理も洗濯もできんしねぇ」
皆がどっと笑った。次はこんな質問
「ノエルちゃんは先生にとって、何ですか?子供ですか、友達ですか?」 「う〜ん。時によっては友達、時によっては子供。でももっと自分に近い存在かなぁ?自分自身みたいな感じもします。」
子供たちは最後まできちんと私たちに注目して話しを聞いてくれた。話しが終わって体育館を出ると、M先生が
「ありがとうございました。3年生があんなに集中して人の話を聞くのは珍しいことなんですよ。」
って言った。
「ノエルちゃんもありがとうね。」
私も緊張が解けて思わず大きく尻尾を振った。
これが私とママの「新しい仕事」の始まりになった。というのも、このときのお話会は意外な大好評で、その後も「うちの学校にも来てください」って電話が次々に来るようになったからなんだ。
小学校だけじゃない。中学校、高校、公民館や子ども会、ママの学校で開かれる視覚障害体験講座でも話した。デパートで行われた「盲導犬普及キャンペーン」に出たこともある。人前嫌いのママも、今ではすっかり慣れて「盲導犬の話ならどこででも喜んでやります」って言ってるくらい。依頼があれば、時間と体力の許す限りどこへでも出かけていく。話せば話すだけたくさんの人に知ってもらう機会になるからって言ってね。 このごろ盲導犬のことが随分テレビなんかでも取り上げられて、世の中の人たちに知られるようになってるけど、中には間違った情報や大げさな表現で伝えられる情報もあるんだよね。それらは偏見や誤解の元になることもある。だから、盲導犬使用者の本当の声を伝えたいって、ママは頑張る。 盲導犬はすごいねぇ!おりこうねぇ!っていうだけじゃなくて、もっと深い部分に気づいてほしい。ママが私と一緒に歩くことで、いろんな可能性を広げていけること。社会人としての役割を担いながら、有意義な人生を送ろうとしていること。私もまた「人のために働かされるかわいそうな犬」なんかではなくて、ママと一緒に歩くことを最高に幸せって思ってること…。
今日もまた、私たちは出かける。お話を楽しみに待ってる小さなお友達のところへ。



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