学校の、とある一室・・・
そこで部活動をしている、一人の先生と一人の男子生徒・・・


先生「雲衣君?」

生徒「なんですか、先生」

先生「今日は、そのくらいにしておいたらどうかな。もう日も落ちかけてるよ?」


顧問の星崎にそう言われ、男子生徒・雲衣友晴は窓の外を見る。


友晴「・・・そうします。では。」


言うが早いか作業を中断し、手早く片付けて部屋を後にする。


星崎「気をつけて帰るんだよー!」


生徒の帰宅を確認し、先生も職員室に戻る。


校長「星崎先生、少しいいですか?」

星崎「はい?」

校長「彼、どうですか?」

星崎「2年の雲衣君・・・ですよね。」

校長「はい。」

星崎「1日も休まずに、よくやってくれていますよ。」

校長「やはり、気持ちは変わっていないようですね。
   しかし、このままでは・・・」

星崎「そう言ってはいるのですが・・・」


手芸部。
活動内容が美術部と似ているため、部員数はたった一人。
このままでは部としての存続は困難と判断した学校側は、
年度末までに部員数が規定人数に達しなかった場合、次年度から廃部・・・という結論を出したのだ。
美術部への転入を薦められた友晴だが、頑なにそれを拒みつづけている。
”俺は最後まで、手芸部員ですから”と。


星崎「あと3人・・・なんとかなれば・・・」


美術部という大きな存在の影に隠れてしまって目立つところのない手芸部にとっては、
その人数ですら集めるのは難しかった。
このままでは廃部・・・それは、友晴の心に重くのしかかっていた。

2年生も半ばを過ぎ、”廃部”の2文字がより重さを増してきた頃、
教室内で話をしている3人の女子が友晴の目に止まった。
それは、持ち前の明るさでクラスの人気者になっている天仲熾亜と、
いつもセットで行動している空野美央・観神絵梨だった。


熾亜「美央、ミカさん!」

美央「どうしたの?熾亜・・・」

熾亜「突然なんだけどさ・・・3人で、なにか部活やらない?」

ミカ「部活・・・ですか?」

熾亜「そう。このまま卒業まで帰宅部ていうのも味気ないし、どうかな〜って。」

美央「いいね、やろう!」

ミカ「楽しそうですねw」

熾亜「でしょでしょw それでね、ちょっと考えたんだけど・・・」


熾亜は、ガサゴソと部活紹介のパンフレットを広げる


熾亜「私たちって、運動はあんまり得意じゃないでしょ?だから、文化部のどこかに・・・」

美央「あれ・・・?」


熾亜がまくしたてる中、美央がなにかに気づく。


熾亜「どうしたの?美央。」

美央「これ・・・」

ミカ「美術部・・・ですね。」


美央が指差したところには、そう書いてあった。


熾亜「美術・・・うん、私たちそういうの好きだし、いいと思う。」

美央「あ、そうじゃなくてね・・・こっちには手芸部って載ってるのよ。」

ミカ「手芸部・・・ですか?」


その言葉が耳に入り、友晴はわずかに反応する。


熾亜「どっちも私たちには合うと思うけど、どう違うんだろう・・・」

ミカ「体験入部・・・というのはないんでしょうか?」

美央「時期的に中途半端だけど・・・顧問の先生に相談すればなんとかなるかも。」

熾亜「よし、じゃぁさっそく聞きに行こう!」

美央「賛成!」

友晴「あ・・・」


声は3人には届かず教室を後にしてしまう。
できることなら手芸部に・・・そう言おうとした。
しかし、あの3人とマトモに会話したことなんてない。
いきなり話しかけても驚かれるだけだと思い、友晴は言葉を飲み込んだ。


友晴(人と話すのは・・・キライじゃないんだけどな。)


放課後、いつもどおり部活に向かう友晴。
作業開始早々、顧問の星崎が話しかける。


星崎「雲衣君」

友晴「・・・わかってます。」

星崎「いや、美術部転入の話じゃなくてね。」

友晴「?」

星崎「実は、体験入部希望者がいてね・・・3人ほど。」

友晴「そうですか。」


友晴の頭に浮かんだのは、熾亜・美央・ミカの3人だった。


星崎「今、外で待ってるんだが・・・」

友晴「かまいません。」

星崎「そうか、わかった。」


星崎はドアを開け、体験希望者を中へ入れる。
入ってきたのは、予想通りの3人。


熾亜「お邪魔しま〜す」

美央「今日は、よろしくお願いします。」

ミカ「ここに来るのは初めてですね〜・・・」

星崎「それはそうだろう。部の関係者以外は、めったに出入りしないからね。」

熾亜「ところで先生、ここの部員さんは・・・」

星崎「それなんだけど、実はね・・・」


星崎は、黙々と作業を続ける友晴に視線を送る。


ミカ「一人・・・ですか?」

星崎「あぁ、そうなんだ。」

熾亜「・・・雲衣君? ねぇ美央、あれ同じクラスの雲衣君だよね?」

美央「え? ごめん、ちょっと・・・」


突然名前を呼ばれて、手を止める。
友晴は教室内でも一人でいることが多く、誰かと話すことも、あまりない。
存在感は薄いはずだった。
現に、美央は首をかしげている。
それでも、熾亜はそんな友晴の名前を覚えていたのだ。
熾亜は友晴に近寄り、さらに話しかける。


熾亜「やっぱりそうだw 雲衣君、手芸部だったんだ。」

友晴「・・・うん。」

星崎「知り合いかい?」

熾亜「同じクラスなんです。話したことは、あまりないですけど・・・」

星崎「同じクラス・・・か。それじゃ、ここから先の紹介は雲衣君に任せようかな。」

友晴「・・・は?」


それは、とても意外な提案だった。
星崎だって、友晴の口数の少なさは知っているはずだ。
星崎の口から紹介したほうが早いはずなのに・・・


星崎「実はちょっと、仕事を残していてね・・・」

熾亜「それじゃぁ、雲衣君にいろいろ聞いてみます。」

星崎「助かるよ。私は職員室にいるから、何かあったら来なさい。」

熾亜「わかりました。」


星崎は部室を後にした。


美央「ねぇ、ちょっと・・・熾亜?」


美央が熾亜を呼び寄せ、小声で話しかける。


熾亜「何?」

美央「今思い出したんだけど・・・雲衣君って、いつも誰とも話さずに
   一人でしかめっ面してるあの子でしょ・・・?教室の隅の・・・」

熾亜「たしかにそうだけど・・・友達もいるみたいだし、話すのはキライじゃないと思う。うん、きっと。」

ミカ「見かけだけで人は判断できませんし・・・」

熾亜「何かあったら星崎先生のところに行けばいいし、イロイロ聞いてみよ? ね?」

美央「そこまで言うなら・・・」


3人は作業中の友晴に近づいてきた。


熾亜「えっと、雲衣君。」

友晴「なに」

熾亜「手芸部では、どんなことしてるの?」

友晴「造花・・・とか・・・」

ミカ「造花・・・ですか?」

友晴「紙、とか・・・針金とか・・・」

熾亜「ふぅん・・・他にはどんなことしてるの?」

友晴「染物や、裁縫・・・」

美央「そんなこともするんだ・・・」

熾亜「聞いてると、図工と家庭科を足して2で割ったような感じね・・・」

友晴「近い・・・かも。」


友晴は、話をする間も紙を切ったり、糊付けしている


熾亜「雲衣君は、なにをしてるの?」

友晴「展示会・・・」

熾亜「展示会かぁ・・・」


友晴の横には色とりどりの紙と、それで作られた、花を模したと思われる、いろいろな形の作品が置いてあった。


熾亜「それ・・・私たちもやってみていい?」

ミカ「せっかくの体験ですし、よろしければ・・・」

友晴「かまわない。」

熾亜「やったぁw」

友晴「そこに・・・ハサミとノリ・・・」

美央「この箱ね。」


3人はそれぞれハサミとノリを手に持ち、友晴と向かい合って座る。


熾亜「作り方、教えてくれる・・・かな?」

友晴「まず・・・紙を、折る。」


友晴は、3人に見やすいように紙を折り始める。


ミカ「何色でもいいんですか?」

友晴「うん。」


3人は適当な色の紙を取り、折り始める。


友晴「緑は・・・やめたほうがいい。」

美央「あ、うん・・・」

熾亜「次は?」

友晴「ここと、ここと、ここ・・・切る。」

熾亜「うん。」

友晴「ここから・・・ゆっくり開く。やぶれないように・・・」

ミカ「気をつけないといけませんね。」

友晴「ここと、ここを、ノリで・・・」

熾亜「・・・できた!」


少し歪んではいたが、友晴の作るそれに近い形に出来上がった。


友晴「あれを・・・」


友晴が指差したところには、緑色をした、いびつな星型の切り抜きがあった。


熾亜「これ・・・”がく”?」

友晴「うん。」

美央「それで、緑は・・・」

友晴「そう。」

熾亜「ここの、下のところにノリでつければいい?」

友晴「うん。」

美央「これで終わり・・・なのかな。」

友晴「うん」


友晴は、3人が作ったものと、自分が作ったものを見比べる。


友晴「・・・なかなか、上手」

熾亜「そう、かな?」

友晴「うん。」

ミカ「あの、少しこの部屋に飾られてるものを見てもいいですか?」

友晴「かまわない」

ミカ「ありがとうございます。では少し、見てきますね。」


3人は席を立ち、部室内を見回り始めた。
そこに飾られているものは、押し花・針金作品・染布・ペーパークラフトなど・・・


熾亜「これ、雲衣君が作ったの?」

友晴「先輩・・・とか。」

熾亜「いろいろあるね。」

友晴「うん」


3人は実に興味深そうだ。


美央「あの・・・雲衣君? ちょっと聞きたいことが・・・」

友晴「なに」

美央「手芸部って、美術部とは・・・」

友晴「美術部・・・」


その言葉に、友晴の表情がこわばる。


友晴「手芸部は・・・手芸部だ!」

3人「・・・!?」


いきなり立ち上がって大声をあげる友晴。
3人は突然のことに戸惑っているようだ。


友晴「・・・ごめん。」

美央「あの、私も・・・ごめんなさい・・・」


友晴は座って気持ちを落ち着ける。


友晴「美術部は・・・」

美央「え?」

友晴「絵、描いたり・・・彫刻・・・」

美央「う、うん・・・」

友晴「手芸部は、もっと細かいのを・・・」


見ると、たしかに小ぶりな作品や、細かい作業をしたと思われるものが多い。


熾亜「雲衣君、今日は・・・ここまでにするね。」

友晴「うん」

熾亜「また、来てもいいかな?」

友晴「かまわない」

熾亜「うん。 それじゃぁ、またね。」

友晴「うん」


3人は手芸部を出た。


熾亜「美央、あんまり喋らなかったけど・・・手芸部イヤだった?」

美央「そんなことないよ? けど・・・」

熾亜「?」

美央「雲衣君、ちょっと怖いかなって・・・」

熾亜「そんなことないと思うよ? いろいろ教えてくれたし、話すのもキライじゃないみたいだし・・・
   きっと、口下手なだけなんだよ。」

美央「熾亜が言うなら、そうかもね。」

ミカ「私もそう思います。」


体験終了を伝えるために、3人は職員室にいる星崎のところへ向かう。
それと、もうひとつ・・・


星崎「え? 雲衣君が?」


熾亜は、友晴が”美術部”という言葉に異常な反応をしたことを伝えた。


星崎「・・・そうか・・・」

熾亜「先生、なにかわかりますか?」

星崎「実はね、手芸部は・・・廃部になるかも知れないんだ。」

美央「え・・・?」

熾亜「どうしてですか?」

星崎「君たちは知らないかもしれないけど、手芸部より美術部のほうが規模の大きな展示会に出展しているし、
   そこで優秀な成績も残している。それに、美術部のほうが大きくて見栄えのする作品を作る機会が圧倒的に多い。
   手芸部は、すっかりその影に隠れてしまってね・・・部員が集まらないんだよ。」

ミカ「そうだったんですか・・・」

星崎「廃部撤回の条件は提示されてるんだけど・・・」

熾亜「条件?」

星崎「年度末までに・・・正規部員4人以上。 それに満たない場合は廃部。」

熾亜「今が雲衣君一人だから、あと3人・・・」

星崎「そうなるね。」


熾亜は少し考えたあと、少し後ろに立っていた美央とミカのほうに振り返る。


熾亜「美央、ミカさんっ!」

ミカ「私は構いませんよw けっこう面白かったですし。」

美央「・・・わかったわよ。」

熾亜「ありがとっ!」

星崎「?」


熾亜が口にせずとも、言いたいことは二人に伝わったようだ。
一人星崎だけがキョトンとしている。


熾亜「星崎先生!」

星崎「な、なにかな?」

熾亜「私たち、手芸部に入部したいです!」

星崎「え、えぇ? それは本気かい?」

熾亜「もちろんです。」


後ろの二人も、首をタテに振っている。


星崎「そうか・・・ありがとう! 雲衣君もきっと喜ぶよ!」

熾亜「これから、よろしくお願いします」

星崎「こちらこそ。 雲衣君にも伝えておくよ。」

熾亜「はい、お願いします。」


3人は職員室を後にし、下校していった。
これで、3人の所属する部活と、部の存続は決定した。

翌日の放課後、友晴はいつもどおり部室に向かう。
昨日の続きをやり始めると、星崎が入ってきた。


星崎「雲衣君」

友晴「はい」

星崎「今日は、うれしいお知らせを持ってきたよ。」

友晴「うれしい・・・?」

星崎「そう。」

友晴「なんですか?」


友晴にはまったく予想がつかなかった。


星崎「なんと、手芸部の存続が決定しました〜!!」

友晴「・・・本当ですか!」

星崎「本当だよ。」

友晴「でも、どうしていきなり・・・部員も・・・」

星崎「そのことなんだけどね・・・」


あるひとつの答えが、友晴の脳裏をよぎる。


友晴「まさか・・・あの3人・・・」

星崎「その”まさか”だよ。 入っておいで!」

友晴「ウソ・・・だろ?」


友晴の目線の先には、紛れもなく昨日体験入部に来た3人が立っていた。


星崎「本日をもって、この3人が手芸部に入部することになりました!
   同じクラスみたいだし、あらためて紹介する必要はないかな?」

熾亜「雲衣くん、今日からよろしくね。」

ミカ「どんなことをするのか楽しみですw」

美央「よ、よろしく・・・」

友晴「こ、こちらこそ・・・」

星崎「あれ・・・雲衣くん、あまり嬉しそうじゃないね・・・」

友晴「そんなことない。歓迎・・・する。」


友晴の心は喜びで一杯だったが、それを悟られまいと、必死に抑えていた。


友晴「あの・・・あ、ありが・・・とう・・・」

熾亜「え?」

友晴「な、なにも・・・」

熾亜「?」


気恥ずかしさからか、消え入りそうな声で言った友晴の感謝の言葉は、3人には聞こえなかったようだ。


友晴(本当にありがとう・・・)


口には出せなくても、友晴は心の中で強くそう思った。


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