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 駒の話〜その3

 駒の話3回目は、技術的な見地から駒の見方を紹介していきたい。 とは言っても私自身が作ったのは僅か10作に過ぎないし、 彫り埋め駒が主体で盛り上げ駒は作ったことがない。 したがって今回は漆を入れる前の目止めを中心に話を進めることとするが、 何か気が付いた点があったら是非指摘していただきたい。
 
 彫り駒の製作過程を簡単に説明すれば、 駒木地に字母紙を貼って文字の沿って彫り、彫り跡に目止めを行ってから漆を1〜2回塗る。 目止めの目的は木地の導管の中に漆が侵入するのを防ぐためであり、 目止めが完全であれば塗り厚は薄い方が良いのであるが、 薄過ぎて不十分になってしまうと図のように漆が進入してしまう。 左側のように深い位置なら表面に現れないこともあるが、 右のように浅い位置だと表面に黒い筋が発生してしまう。
 漆が固まったら磨きをかけて表面を仕上げれば彫り駒の完成であり、 彫り埋め駒の場合は漆を塗る回数が増えるだけで、基本的には彫り駒と同じである。 盛り上げ駒の場合は彫り埋め駒の文字の上に漆を盛れば良いように思えるが、 実際には細部で異なっている可能性も考えられる。
 目止めは完成品を見てもその存在が表立つことはないが、 目止めが不十分であると前述したように漆が導管に進入し、 それが浅い位置だと右の写真のように表面に現れてしまう。 写真の駒は名の知れた作者の市販品であるが、 市販されているということはこの程度の欠陥ならば問題ないと判断されたのであろう。 右の写真はかなり拡大されているので大きな欠陥のように見えるかもしれないが、 実際に指している時には全く気付かない程度のものである。 私自身もこの駒を購入した時点では全く気付かず、 後に駒作りを始めて最初の駒でこのような状況が多々発生し、 調べてみて初めて気が付いた次第である。 勿論漆は固まっているので、これ以上染み込んで行くことはない。
 この現象を防ぐためには目止め作業を2回行うのが効果的であるが、 2回行うということは目止めに2倍の時間がかかるということになる。 彫り埋め駒や盛り上げ駒の場合には目止めに要する時間の比率は小さいが、 彫り駒の場合には目止め1回漆塗り2回の作業工程と仮定して、 更に目止めを1回行うということは大きな工数の増加となってしまう。 彫り駒は盛り上げ駒に比べて値段が安いので、 どうしても目止めは1回だけで作りたいのではないだろうか。
 目止めを2回実施した場合、 あるいは1回でも目止め液を厚く塗れば目止めとしては確実であるが、 今度は目止めの跡が表面に表れてしまう欠点が発生する。 右の写真は自作の彫り駒であるが、 Aの部分は彫り跡に目止め液が溜まり、漆が入らなかった所である。 このように先端に行くに従って細くなっている所、 書道の永字八法で言えば『掠』に当たる箇所では、 文字が細くなるに従って彫りも浅くなってくる。 掘りが細くて浅ければどうしても目止め液に占拠されて漆が入らなくなるので、 このように彫りの痕跡だけが残るような結果となってしまう。 そう思って市販の彫り駒を見てみると次第に細くなる端末は敬遠されているのか、 永字八法の『磔』のような感じで彫られていることが多い。
 目止めが厚い場合のもう一つの欠点は、 目止めの跡が表面に現れて字の輪郭がぼやけてしまうことである。 一番上の図の左側を見てもらえると分かると思うが、 目止めの幅が広くなって木地と漆の間に出現することになる。 右側のように幅が狭ければ肉眼では無視しうるものとなり、 文字の輪郭がはっきりとした駒になる。
 彫り埋め駒の目止めは彫り駒の場合とほぼ同様と考えて良いが、 彫り駒より多少手数がかかっても価格に転嫁することが可能かと思われる。
 
 盛り上げ駒の場合には最高級品というイメージもあり、 導管への漆の侵入は完全に防がなければならない。 しかし盛り上げ駒では更に高価で販売することが出来るので、 2回塗りによる手数の増加も何ら問題なく無視し得ると思われるが、 実はそれ以上に有利な点もある。 右の図は盛り上げ駒の文字部分の断面図であるが、 仮に目止めが厚くなったとしてもその上に漆を盛ることが出来るので、 その漆によって目止めを隠してしまうことが可能なのである。
 勿論全ての盛り上げ駒がこのようになっているというのではなく、 彫り駒の場合と同様薄く確実に目止めを行い、 彫り跡の漆に沿って盛り上げていく人が多いものと思われる。 しかし外観からだけではそれを判断することが出来ないので、 彫りや目止めの良し悪しに関しては駒師を信用するしか手段はない。

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