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 桜合戦狸囃子(4月30日新宿コマ劇場)

 今年で5回目となる狸シリーズですが、 今回は若手の娘役として麻乃佳世さんが出演するので大いに期待していました。 このシリーズも2回目からは男役出身者ばかりが目立つ感じで、 ドタバタ劇に終始してしまったと言う印象を持ったものですから。 娘役トップとしては若葉ひろみさんが初演時から頑張っており、 ベテランらしい巧みな舞台を見せてくれてはいますが、 宝塚らしい華やかな舞台とするためには、 やはり若手娘役の投入が絶対に必要だと思っていました。
 今年の公演は大阪・名古屋と続いて東京公演は最後となりました。 東京の初日が19日であることは知っていたのですが、 楽日は連休明けだとばっかり思い込んでしまい、 危うく見逃してしまうところでした。 楽日でもS・A席は空席があると言う状況でしたが、 趣味も多様化しているので満席にするのはなかなか難しい時代なのかもしれません。 新宿コマ劇場での観劇は久し振りになりますが、 以前とはかなり印象が変わっていたので驚きました。 改装工事を行なったのは昨年の暮れだったと記憶していますが、 この点につきましては別記事で紹介する予定です。
 
 公演は今年も二部構成で、 第一部がミュージカル仕立ての狸シリーズです。 今回も満月城の狸千代を演じる鳳蘭さんが主役であることは従来通りですが、 これまでに比べて出番は大分少なくなっていました。 その分他の元トップさんが4組のペア(男役同士では一方が女役)を組み、 それぞれのペア毎に見せ場が作られていました。
 原作は紀元前のギリシャの作家、 アリストパネースの書いた「女の平和」と言う作品だそうですが、 原作の内容がどんなものかは分かりません。 この作品を日本の徳島県(阿波の国)を舞台にして書き換えたものですが、 時代は源平の頃から室町中期くらいの設定となっていたようです。 一応「狸」シリーズなので狸の世界とはなっていますが、 今までに比べると狸の必然性は減っているようです。
 筋書きを簡単に説明すれば、 雄狸の度重なる戦争出陣に業を煮やした雌狸達が、 城に立て籠もって雄狸を締め出してしまい、 様々な経緯を経て仲直りすると言うものです。 雄狸の指導者が満月城の城主である鳳さんの狸千代、 そして対立する雌狸の指導者はその母親で淡島千景さんが演じていました。
 初めは対立していても所詮は身内同士ですから、 時間が経つに連れて会いたくなるのは人情(狸情?)と言うものです。 麻乃佳世さん演じる玉梓姫は狸千代の婚約者ですが、 若葉ひろみさんの若葉の局に連れられて場外の様子を覗きに行きます。 しかし矢狭間から覗いているところを見つかってしまい、 何とか言い逃れようとしますが二人の目の周りには矢狭間の跡がくっきりと残っています。 勿論現実にはそんなことにはなりませんが、 喜劇としては面白い工夫だったと思います。 ただし矢狭間を「やはざま」と言っていたのは感心しません。 果たしてそのように呼んでいた時代があったのかどうかは知りませんが、 現在では「やざま」と言っています。
 その後も頑固な1組を除く3組の夫婦狸が城壁を挟んで見せ場を作りますが、 回り舞台を効果的に使っていて見応えがありました。 前4作ではドタバタ喜劇と呼んだ方が良いような場面が多かったのですが、 この作品では笑いを取りながらもしっかりとした演技をも見せてくれました。 また、若葉さんと順みつきさんのペアの時だったと思いますが、 回り舞台の塀で城の内外に分かれた二人が互いを恋しく思う場面では、 「ジャワの踊り子」の主題歌が効果的に使われていました。 「ジャワの踊り子」自体は現在では古さの目立つ脚本だと思っていましたが、 主題歌は現在でも通用する曲だと思っていました。 今回は適切な選曲であったと思います。
 
 個人的に目を引いたのは未央一さんで、 狂言回しと言う設定ですが素早く色々な人物に変身し、 特に婆さん狸の演技は絶品でした。 退団してからもトップ経験者が優遇される東宝系列の舞台ですが、 やはり観客を楽しませるのが最大の目的であるはずですから、 今回のような起用は適切であったと思います。 芸達者な人なので観客も大いに楽しませて貰いましたが、 案外本人が一番楽しんでいたのかもしれません。
 若葉ひろみさんは初回からずっと出ていますが、 やはりベテランらしい味を出していました。 整った顔立ちからは予想も出来ないようなすっ呆けた演技を見せるので、 なおさら印象が強くなるのかもしれません。 狸シリーズには無くてはならない人となってしまったような気がします。
 南風まいさんは現役の頃の舞台は知らないのですが、 この舞台では娘役出身とは思えない弾けた演技をしていました。 腹の大きな妊婦狸と言う設定でしたが、 歩き方等にも工夫が見られて良く感じが出ていました。
 峰さを理さんと高汐巴さんの夫婦は途中で化けて雄雌が入れ替わると言う設定になっていますが、 その切り替えが上手いことなされていました。 更に化けた後でも元の性格が現れるようになっていますが、 これも上手に表現されていました。
 麻乃佳世さんは初演以来の出演となりますが、 やはり若手の娘役が入ると舞台が華やかなものになります。 尤も失礼ながら麻乃さんも『若い』と言う年ではなくなってしまいましたが、 このメンバーの中に入れば『若手』と呼んでも不自然ではありません。 それにしても不思議なのは、 他の舞台に出ている時にはあくまでも『麻乃佳世』なのですが、 狸の舞台に立つとたちまち『よしこちゃん』になってしまうような気がすることです。
 
 第二部はオリジナルのショーですが、 私が知っている曲は余りありませんでした。 宝塚を観始めるようになった時より前のトップ経験者が主体なので、 これは止むを得ないことでしょう。
 全体の流れとしてはやはり鳳蘭さんが主体となっていますが、 芝居の方の出番が少なくなっていたので妥当な構成かと思います。 歌いながら客席に下りての観客とのやり取りなど、 正しく一流のエンターテイナーとしての貫禄あるものでした。 第二部では全員が魔女と言う設定になっていたのですが、 ここでは「魔王」と呼んだ方が良いような雰囲気を持っていました。
 ラインダンスではかなり年配の人も入っていましたが、 若い人にも引けをとらない体形で足を上げていました。 現役のロケットに比べると時間は短いものでしたが、 やはりスタミナに関しては現役当時のようには行かなかったのでしょう。 貴柳みどりさんは現役時代から気になっていた人の一人ですが、 今回は残念ながら大きな役は付きませんでしたが、 久し振りに元気な舞台姿を見て安心しました。

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