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 維新回天・竜馬伝!(1月28日東京宝塚劇場)

 トップコンビである貴城けいさんと紫城るいさんの退団公演であるが、 退団公演としては観客の入りは悪いようである。 根本的な原因としては脚本が支離滅裂と言っても良いような状態であることが挙げられるが、 やはりいきなりの組替えでのトップ就任即退団と言う、 ファンの心情を無視した興行にも大きな問題点があるだろう。 次回公演の月組の前売り状況も芳しくないようだが、 中堅クラスの生徒が大幅に減少してしまったことも一因であることは疑う余地は無い。 劇団としても真剣に対策を考えなければ、 更に観客の減少は加速することであろう。
 坂本竜馬に関しては宝塚では過去に何度が上演しているが、 私の観劇はこの公演が初めてとなる。 その理由は幕末と言う時代が泥沼のような状態で興味が湧かないこと、 それ程遠くない過去であるにも拘らず不明な点が多いこと、 そして人間的に魅力ある人物が見出せないことが挙げられる。 坂本竜馬にしても実像は巷に伝えられているものとは大幅に異なっているようであるが、 熱心なファンも多いのでここでの批評は控えることにする。
 
 芝居としては喜劇に属するものと思われるし、 作・演出の石田氏もそのつもりで作り上げたことと思われるが、 喜劇に徹し切れずに中途半端なものになってしまった感は否めない。 お披露目兼退団公演が喜劇であっても別に問題は無いと思う。 宝塚のトップとしてどうしてもシリアスな一面も表現したいのであれば、 大きな流れとしてそのように場面を織り込めば良いだろう。 この作品では細切れ状態になってしまった感があるので、 どうしてもドタバタ喜劇と言う印象しか残らなかった。
 各場の繋がりにも一貫性が欠ける嫌いがあり、 単に作者の好みの場面を連ねたに過ぎないと言う印象を受けた。 それでも喜劇に徹するのであればストーリー性に欠けていても問題は無いのであるが、 喜劇としては中途半端なものであり、 宝塚らしさにも欠ける作品となってしまった。 解説によれば以前ドラマシティで上演した作品をリメイクしたとのことだが、 となれば上演時間はかなり短くなっているはずである。 舞台作品でも時間を延ばすのは容易であるが、 短くする場合には余程注意しないと穴だらけの作品になってしまう可能性がある。 この作品もリメイクに成功したとは言い難い。
 
 出演者に関しては、それぞれ自分の役割を良く果たしていたと思う。 貴城さんはどちらかと言えば生真面目な印象を受けるが、 奔放な竜馬像が良く出ていたと思う。 もちろんこれは実際の坂本竜馬ではなく、 あくまでも作者が意図した作品の中での竜馬像であるが。
 紫城さんの場合はその能力が十分に出ていたとは言い難いが、 男役中心の宝塚の娘役の場合には止むを得ないことであり、 娘役の個性が存分に発揮出来る作品は極めて稀なことである。 貴城さんもどちらかと言えば線の細い男役であるが、 その個性を潰さないように良く抑えて演じていたと思う。
 鈴奈さんと彩苑さんの公家はピカ一の出来であり、 娘役ならではの公家像が面白おかしく表現されていた。 あるいは嫌悪感を持つ人もいるかもしれないが、 喜劇的表現でありながら公家の実像はこうではなかったかと思わせるものがあり、 この点に関しては作者の手腕を高く評価したい。 好評の映画「武士の一分」では何故かお歯黒を省略していたが、 この作品ではお歯黒も効果的に使われていた。
 若手では和音美桜さんの男装が楽しかった。 やはりドタバタの感は否めないが、 これは最初から意図されたものと思われる。 娘役の枠に囚われずに思い切って役に取り組んでいたが、 ショーも含めてふと月影瞳さんの面影を見たような感じがした。 歌唱力もあるので伸びていって欲しい人である。
 
 ドラマシティ公演は観ていないが、 舞台装置が宝塚にしては貧弱に感じられたのは、 オリジナルの影響が強く出ていたと言うことなのだろうか。 登場人物が少ない場面では空間の広さがやたらと目に付くことがあったが、 やはり劇場の規模に応じた背景は必要であろう。 舞台の広さを埋めるだけの力量を持った生徒が減っていることも一因であり、 劇団としてはもっと層を厚くしておく必要があろう。
 背景がも前回の公演で使用したものを流用したのかもしれないが、 外輪船に関してはあまりにもお粗末過ぎる。 外輪の半分は水中に無ければ進むことは出来ないし、 前後部に2組装備することは出来ない。 当時の写真は幾らでも手に入るのだから、 少しは勉強してもらいたいものである。 接岸した舷にはストックの無いストックアンカーが吊錨の状態になっていたが、 これも何を参考にして描いたのであろうか。 更に言えば和式の帆掛け船に洋式の舵輪も奇妙な組合せである。
 脚本の石田氏が将棋を指すかどうかは知らないが、 指したとしても棋力は低いようである。 棋力の強弱はともかく、将棋の駒の「飛車角の裏」はいただけない。 新聞や雑誌の盤面では1文字で表示することが多いが、 その場合には確かに「飛」の裏は「竜」、「角」の裏は「馬」となっている。 しかし実際の駒は名前の通り2文字で表示されており、 「飛車」の裏は「竜王」、「角行」の裏は「竜馬」となっているのである。 即ち「竜馬」を表現したいのならば、 「飛車角」ではなくて単に「角の裏」で良い。 宝塚の観客は圧倒的に女性が多いので将棋に縁のある人は少ないと思うが、 将棋の駒を例えに出されても困惑するのではないだろうか。

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