減反政策で稲田は年々減りつつあるが、
それでも稲穂が色付く季節となってきた。
しかしこの辺りでは兼業農家が殆どであり、
稗抜き等の手間のかかる仕事は省略している家も多い。
苦労して稗を抜いて米の収穫を上げても、
労力に見合うだけの収入の増加にはつながらないからだ。
 
手入れのされていない田では随所に稗の穂が顔を出している。
稗は稲よりも先に実り、背丈も稲より高い。
稗もイネ科の植物であり、成長するまでその判別は難しい。
稗が稲と類似し、稲よりも先に実り、稲より背丈が高いのは、
子孫の繁栄を図るための生存本能なのかもしれない。
 
江戸時代の農民にとっては稗も貴重な食料であったと言う。
稲の品種改良は現在でも研究されているが、
稗の品種改良は全く対象外であったのだろうか。
米ほどではなくてもある程度の味が得られ、
消化性も良くなれば成功と言えるのではないだろうか。
耕作自体は稲よりもずっと簡単なのだから、
稗が食料源となれば助かる国も多いと思うのだが・・・

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