『夕 星』


吉継はひとり、己が身を清めている。
豊かに溢れて床をあらう半透明の湯は、近くに湧きでている温泉からひかれていて、湯屋は常にあたたかく保たれ、入るたびに沸かしなおす必要はない。
そのため吉継は、ほぼ毎晩のように、必要なら朝も、この湯屋に来ていた。
洗いすぎてもよくないが、肌ににじむ膿は定期的に洗った方がよいし、縮んだ肌に潜んでいる病の元も、温めることによって少しおとなしくなる。なにより三成がこの肌に触れるようになったのだ、布越しの時もあるにせよ、隅々まできれいにしておくに越したことはない。
「三成……」
細い指が、白い掌が、小さな口唇が、濡れた舌が、滑らかな肌が、自分に触れる。
あの三成が、と思うだけで身体の芯が燃えるのに、白い肌は熱く、その愛撫は丁寧だ。
「われはぬしに、そのようなことまで、教えておらぬというになァ」
吉継のものを舌で濡らし、裏からじっくり嘗めあげる。そうしながら、吉継の秘所に触れて、ゆるゆると指を滑り込ませ、慣らし、一番感じる所を探りあてて刺激する。前からも後からも攻められては吉継もたまらず、甘い声をあげてしまう。その反応を見届けてから、三成はようやく指を抜き、顔を離す。ほっとするのも束の間、三成は指をどこまで入れたか確認して、熱くした自分のものをその深さまで入れ、そこで腰を揺らし、かきまぜるように動く。しかも前を握りこんで緩急をつけてゆさぶり、吉継をすぐ達かせないように塩梅しながら、たっぷり焦らす。意地悪く弄んでいるのではない、ただただ三成は、相手を良くしたくて真剣なのだ。おかげで吉継は悶え、はしたなく喘ぎ、達く時には頭の中が真っ白になってしまう。
三成は吉継以外の肌を知らぬようで、基本的には教えた愛撫しかしない。それだけでも思い乱れて、切なくてたまらないのに、吉継が時折、掠れ声を出して身をよじると、その場所を憶えていて、次に触れる時に「刑部はここも好きなのだな」と必ず愛撫に加える。
それがあまりに良すぎる。
まさか三成に、新たな肉の喜びを教えられようとは。
しかも。
「この湯屋のあつらえもすべて、われのためであろ」
城の中に大量の水を保持して万が一に備えるのは戦乱時代の常識で、また、いくさで怪我をすることの多い武将が、己や部下を癒すために、いくつも隠し湯をもっているのも珍しい話ではない。城内で日常的に湯治ができるのは贅沢かもしれないが、特に太閤は風呂好きであったし、さほど身なりにかまわない三成も、風呂を怠けてばかりということはなかったから、このこじんまりとした湯屋が、特に変わっているというわけではない。
だが。
「細やかな心遣いもできるのよな、ぬしは」
さりげなく湯船まで誘導する手すりがついていたり、歩く場所を滑りにくくしてあったりと、随所に工夫がちりばめられている。近習たちには、別な湯屋が離れたところへ用意されており、ここは三成と吉継しか使わない。つまり、足の弱った吉継が一人で入っても、もし目がほとんど見えなくなったとしても、怪我をしない仕様を手配したのは、三成なのだ。もともと、土木や築城の知識にはずば抜けたものがあったから、間違いあるまい。
三成がどんなに自分を思っているか、湯につかっているだけでわかってしまう。
それがかえって、吉継にはつらかった。
「われが、こうまで病んでおらなければなァ」
佐吉と呼んで親しく交わっていた頃から、三成が愛しかった。
眩しいほど清らかな童子であったから、長じても欲情の対象としなかっただけで、もしはっきり性的に求められていたなら、成人儀式のひとつとして、そういうことも教えていたかもしれない。
いや、佐吉は一種の聖域であったから、やはり断ったかもしれない――。
業病に冒され、治らぬことがはっきりした時、正直、吉継はこの世を呪った。蔑みの言葉や、哀れみの視線に慣れたつもりでいても、それまでと劇的に態度を変える者がほとんどだったという事実が、彼の心をじわじわと蝕んだ。
だが、あの澄みきった瞳だけは、余計ないろを微塵も浮かべなかった。迷いさえなかった。吉継の脚が弱ってしまっても、動ける限りはあえて手出しもせず、吉継が数珠を操り、奇怪な浮遊術を用いだした時も、驚く様子もみせなかった。
つまり三成だけが、ありのままの吉継を、あるがままに受け容れてきたのだ。
自分の利を考えない三成らしい行動なのだが、それがどんなにありがたかったか、今でも言葉にできないほどだ。
だから、太閤の死によって死人同然になった三成を見た時、吉継は内心、絶望した。
「やはり、三成にとって、われはイチバンではなかった」
そう思い知ったからだ。
三成は太閤の仇をうち、後をおって死ぬことしか考えておらず、輝く笑顔は消えうせた。ひのもとの行く末にも、すっかり興味を失っている。自暴自棄になった三成のかたわらで、吉継はともに滅びてしまおうと考えた。一緒に死ねるなら、病に殺されるよりよい。乱れたこの世のすべてを、道連れにしてかまうまい。万人等しく、闇る淵にもがきし仔虫になればよい、と。
ゆえに、高僧の衣をまとった男の、怪しい企みに便乗したのだ。
「いや。もしあの日、太閤が死なずとも、三成とはいずれ別れるさだめであったはず」
三成へこんなにも傾心していたというのは、実はほぼ無自覚で、片思いであることがつらかったのではなかった。
ただ、心根まで穢れきった自分が、いつまでも側にいてはならぬ、とは思っていた。
われでは三成を幸せにできない。まったくもって、あの純粋さに釣りあわぬ。
いずれ死ぬる身、病をうつす可能性を考えれば、なおさらおれぬ。
そうしてかたく心を引き締めていたというのに。
まさか、三成に身も心も求められ、夜ごと乱れることになろうとは――。
途方もない幸せ、と思えるはずだった。
なのに時々、ココロが冷える。
「われはな、そらごとめいた誉め言葉など、ぬしの口からききとうないのよ」
三成が優しすぎるのが辛い。
刑部は清らかだ、などという台詞を重ねてくるのが苦しい。
われはけして、清らなどではない。
三成の手指が、口唇が、肌が触れるところから、愛しい、愛しくてたまらない、という気持ちが流れ込んでくると、かえって己の心の醜い有り様を思ってしまう。
なんと浅ましい、情けないていたらくか。
三成の幸せを願い、自分に向けられた笑顔でなくても喜び、どのような三成でも愛しく、すべて受け容れられるという自負をもっていた。なのに、吉継に誠実で、優しくいたわってくれる今の三成に対して、望んだように愛しんでくれないと、不満を感じているのだ。
そんなに三成に、よがり狂わされたいか。
三成が情欲をもてあますあまり、手近な自分を転がして乱暴に犯すというなら、その方がましかもしれぬ、などということまで考えたりするのだ。
「ねだらずにいられぬほど、ぬしを欲しいと思うておるになァ」
人はこれを、矛盾とよぼう。
こんなつまらぬ迷いで、胸苦しくなるとは。
ほんとうに、われは三成に……こんなにも、三成を……。

「刑部」
吉継の肌で、触れていないところがなくなったので、かたく勃ちあがっているものを、三成はようやく口に含んだ。
「ヒッ」
嘗めまわされ、甘がみされて、すぐ達きそうになってしまい、吉継は喘いだ。
三成は顔を離して、
「すこし強かったか」
吉継が辛そうなのに気がついたか、三成は掌で優しく包み込むようにした。
吉継の声はかすれた。
「いや、もっと強くしやれ」
「よいのか」
「よい」
「そうだな。泣かせてもよいといったのは、刑部だものな」
吉継に教わったとおり、三成は再びてっぺんを濡らし、口に入りきらぬところは、指でしごきはじめた。
「三成、もうよい。われは、もう」
このままでは、三成の口を汚してしまう。
しかし、三成はやめない。一度、先にいかせるつもりなのだ。
「イヤよイヤ、ぬしがいい、ぬしのもので、いかせてくれやれ」
「ん」
三成は再び顔をあげた。
「今いれると、私がもたない気がする。刑部が先によくなっては、いけないか」
大真面目にいいきる。吉継はじれったくてたまらず、
「このままではイヤだというておろ。ぬしが欲しい。もたぬのがイヤなら、われがまた勃たせるゆえ、はよう、三成」
「刑部」
三成はとろけそうな顔になって、
「私も、少しは巧くなっているのだろうか」
「少しどころではない。これ以上焦らされたら、われがもたぬわ」
「わかった。共に、よくなろう……」
濡れた声で囁いて、吉継と深く身を重ねた。

涙で汚れた吉継のまなじりに、三成は口づける。
「よかった、とても」
「さようか」
吉継は、深いため息をつく。
ふと三成は真顔になって、吉継の身体をそっと抱きなおした。
「刑部。私の触れ方は、しつこいのか」
吉継は目を瞬かせた。三成は問いを重ねた。
「今夜はよすぎて泣いているのではあるまい」
「なにをいっているやら」
「触れる許可をもらってからというもの、すっかり舞い上がってしまって……私はいろいろ、やりすぎてしまっているのではないのかと」
「心配はいらぬ。淫らごとにはぬしより慣れておるゆえ、そのような気遣いは無用よ」
「なら、私の何が、刑部を苦しめている」
澄みきった瞳に、哀しみのいろが浮かぶ。
「情けない。刑部を何度も泣かせて、その理由がわからないとは。こんなにそばにいるのに。ずっと刑部と、一緒にいるのに」
「三成、ぬしは……」
「昔、《われの顔色なら読めようよ》といってくれたことがあったのに、今の私には、まるで読めていないではないか。なんという衰えだ」
吉継は三成をなだめるように、その頬に触れながら、
「よいのよ、三成。ぬしはほんに、清らなココロの持ち主なれば……」
「私は清らかなどではない。秀吉様を失ってからというもの、ずっと刑部を苦しめていたではないか。謀事もすべて任せて、好き勝手ばかりしていた。刑部が己を清らかでないというなら、私の方がよほど醜い。今も、私欲で刑部を抱いているのだから」
三成は吉継の腰を抱き寄せながら、
「秀吉様の夢を、半兵衛様の希望を、と叫びながら、私はまだ何もなしえていない。今でもこうして刑部に甘えるばかりだ。私が清らかならば、刑部の方がずっと清らだろう」
吉継はハッとした。
三成は、変わったのではなかった。
そらごとをいっているわけでも、太閤への想いをすりかえているのでもない。
佐吉だった頃に、戻っているだけなのだ。
二人で身を寄せて暮らしているうちに、心が昔を思い出したのだろう。
佐吉は、紀之介の好きなものをなんでも知っていた。
慰みになりそうなものを、さりげなく用意したりもしていた。
佐吉はもともと、そういう少年だったではないか。

*      *      *

二人で使いにでて、共に帰った日があった。
黄昏どきになると、それまで熱心にしゃべっていた佐吉が、ふと足をとめた。
「……逢魔が時か」
あたりは淡い金いろと深い蒼に満たされ、この世のものとは思えぬ光に染められていた。
魔物が現れるとされている刻だ、うかうかしているとあっという間に暗くなるから、一刻も早く戻った方がいいのだ。だが紀之介は、一番星が出てくるまでの、このわずかな時間を好んだ。昼間のあわただしさを忘れ、静けさに浸れるからだ。人あたりのよい、苦労人の紀之介には、黙ってひとり、己の心をしずめるひとときが必要だった。
佐吉は路傍の石に腰かけると、空を見上げた。
紀之介も腰かけ、無言で空を見上げた。
しばらくして、佐吉が小さく呟いた。
「《ゆうずつ》だ」
夕星――またの名を宵の明星、つまり金星が、青みを帯びた天蓋で輝きだしていた。
「よう知っておるな」
「紀之介が好きだといっていたから、憶えた」
「そんな名を、いつ、ぬしに教えたものやら」
「だいぶ前だ。ぼんやりすることのない紀之介が、じっと見つめていたから、気になって訊いた。紀之介に教わったのだから忘れるわけがない。それに、きれいだ」
「佐吉」
紀之介は、己の胸に清水がしみとおっていく心地を味わっていた。
きまじめで情緒を介さないと思われている佐吉が、星を数えるとは。
星見は、天候の推移や時間、方角や季節を知るのに必要な学問であり、情緒の問題というよりも、佐吉の得意な算術に近いかもしれないが、紀之介が何を思って濃紺の空を見上げていたのかを、おそらく、わかっていっている。
ずっと紀之介を見ているからだ。いつもまっすぐ、心を寄せてきているからだ。
「ああ、遅くなってはいけないな。帰ろう、紀之介」
ともに立ち上がり、再び並んで歩き出した二人を、降りてきた夜の帳がしっとりと包んで――。

*      *      *

「三成よ」
吉継は穏やかな声でよんだ。
「なんだ」
「われはすべて、ぬしの思うとおりにさせたかった」
「ああ。させてくれていた」
「ぬしが死ぬなら、われも死のうと思うておった」
「死ぬな、刑部」
「そうよの。われもぬしを、死なせとうなかったからの」
「それもわかっている」
「われはなァ、三成。太閤に見せるあの顔を、われにも見せてほしかったのよ」
三成は眉を寄せた。なにをいわれているのか、一瞬わからなかったようだ。
「秀吉様と刑部は、まったく違うのにか」
「では、もし太閤でなく、われが先に死んでおったら、ぬしはどうしておった」
「死んでいた」
「三成」
吉継の瞳が、ぐるりと動いた。
動揺をみせる吉継に、三成は静かに応えた。
「私は秀吉様に見出されて、豊臣になった。今でも秀吉様を敬愛している。感謝の気持ちも変わらない。あの方のお役に立てたらと願っている。だが、私が生きのびてこられたのは、紀之介が守ってくれていたからだ。秀吉様を失った時も、刑部がいなかったら、豊臣はまとまりを失っていたはず。だいたい、術策の合い間をぬって、私の衣食まで手配していたではないか。刑部なしで、私がどれだけ長らえられたと思うのだ。貴様は私の半身だ。他に誰を信じろというのだ。ましてひのもとの行く末など、私ひとりで、どうにかなるものか」
吉継の胸に、ストンと落ちるものがあった。
心の曇りが、すっと晴れていく。
もともと優しい童子であった。太閤や賢人殿にも、もっと甘えたかったろうに、配下の自分はわきまえなければと、我慢していたことも知っている。ひとりでいるのを好むのは、自分の始末を他者にまかせるのが苦手だからで、ほんとうは寂しがりだということも知っている。吉継には心を開いていたから、なんでも話しかけてきたが、それ以外の朋輩の前では、口数の少ない無愛想な若者で通っていた。曲がったことが嫌いで、友人の悪口をいうものを片端から殴りつけるような戦闘的なところもあったわけだが、そういう種類の人間は、最初からつきあう人間の数をしぼるものだ。もちろん石田隊は、三成の純粋さや優しさを理解して慕い、心配しているが、だからといって配下のものたちが、友人のようにつきあえるわけもない。
「われしか、おらぬか」
「何度もいっただろう。貴様だけだ。刑部がいいのだ。ほかはいらん」
「さようか」
「刑部は違うのか? ほんとうは、私ではだめなのか」
瞳を潤ませる三成の背中に、吉継は腕をまわした。
「やれ、ぬしが泣いてどうする」
「刑部……」
吉継は柔らかな微笑で応えた。
「そう案じずともよいのよ。ぬしはほんにイイ男ゆえな、われもつい、余計なことまで考えてしまうだけのことでな」
「よく、わからないが」
「まあ、余計なことゆえなァ。そうよな、気散じに、ぬしとゆっくり星がみたい。今度、見晴らしのよいところへ、連れていってくれぬか」
「お安い御用だ。だが、夜は冷える。軽くても暖かいものを着なければ」
「われは平気よ。ぬしと一緒におれば、そう寒くもあるまいて」
「すぐ見たいから抱いていけというなら、そうするが」
吉継は低く笑った。
「せっかちなのは変わらぬなァ。次に屑星が降る夜は、もうすこし先よ」
「屑星がみたいのか」
「夕星でもよいがな。どのように暗くなろうと、最初から輝いて、強い光を失わぬのよ。ぬしと同じよ」
「私と?」
「われはぬしから、目が離せぬゆえ」
「心配ばかりさせているからか」
「いや」
三成の背を、あやすように撫でながら、
「ぬしがわれを見ていたように、われもぬしを、ずっと見ていたということよ」
「刑部」
三成は頬をゆるめた。
「よくわからないが、刑部がひそかに泣くようなことがないなら……そんな風に、笑ってくれるなら、私は、それだけでいい」
「われもよ。ぬしがわれに笑みかけてくれるなら、それだけでわれは嬉しい」
「そうか。だが」
三成はふと眉をよせ、
「ひとつだけ、刑部の思いに応えられない」
「ん、どうした、三成」
「同じには、どうしても見られない。秀吉様を、そういう目で見ていたわけではないから……いや、刑部にも淫らな気持ちを抱いてはいけないと、ずっと思っていたのだ。だが、私は貴様の肌を知ってしまった。どんなに軽蔑されても、もう、触れずにはいられない」
「いけない、と思うておったと?」
三成は頬を赤くして、
「それは、刑部も、私に手を出したりしなかったし……それに、刑部がいやだというなら、好きだからこそ、むりには、抱けない……」
「ぬしはほんに、優しいの」
吉継は、三成の髪を撫でながら、
「三成。われもな、ぬしが愛しゅうてたまらぬから、ぬしがよいなら、われもよいのよ。淫らなわれでよければ、ぬしの好きにしてくれやれ。それがイチバン嬉しい」
「刑部」
三成は目を伏せた。
「私は刑部を、淫らなどとは思っていない。閨ではいつも、ひどく可憐で、それがまた、たまらなくて、むしろ私の方が、よほど、淫らなことを」
「やれ、自覚があったか」
吉継は、三成の口唇を楽しそうになぞる。三成はため息まじりに、
「淫らな私でもよいのか、刑部」
「ヨイヨイ。ぬしだとて、われがどんなに乱れようと、嫌いになったりせぬであろ」
「当たり前だ」
「あれでは足りぬ、もっと淫らをされたいとゆうたら、してくれるか」
三成はうなずいた。
「する。刑部が望むなら」
「われもうんと、淫らをしてやろ、とゆうたら?」
「すればいい。刑部のすることに、間違いなどない」
「ぬしには、ほんに、迷いというものがないの」
「刑部も、西空の目印になる星に、私を喩えたではないか」
「いや、実は夕星はよう動く。明けの空にも浮かびおるゆえな」
「そうだったのか」
「ただ、どの空にあろうと、はっきりそれとわかるほど明るいものよ。どんな名で呼ばれようが、見ていると、心が澄む」
「ならば刑部も同じだ」
三成は、吉継の目元にそっと口づけ、
「刑部といると、心が澄む。貴様の名が紀之介であろうと吉継であろうと、私の腕の中にいてくれるだけで、こんなに満ち足りる」
「三成」
吉継は瞳を潤ませながら、
「ぬしが欲しゅうてたまらなくなった。はじめからもう一度、してはくれぬか」
三成はうなずき、吉継の口唇をなぞりかえしながら、
「それはいいが、なんだか、我を忘れてしまいそうだ」
「ぬしはよく、優しくできないというがな、われはおなごではないゆえ、強くしてもよいのよ。その方がよい時もある。口を塞がれておらねばな、痛ければ痛い、イヤならイヤといえるであろ」
「ああ。そうだったのか」
三成は、吉継の身体をぎゅっと抱きしめた。
「わかった。もっと強く抱く」
「みつな……」
熱い抱擁に、一瞬、吉継は気が遠くなりかけた。
ああ。
われも、ようやっとわかった。
あの日の関ヶ原と同じ、求めていたのは、ただこれだけのことだったのだと――。

(2011.12脱稿)

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Written by Narihara Akira
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