『星の行方』


その夜、幸村はふと目をさまし、薄闇の中、愛しい人をじっと見つめた。
《大谷殿》
心から慕う人に受けいれられ、肌を重ねる喜びまで教えてもらえた――その幸せを、静かに味わっていた。
《いずれは諦めねばならぬとしても》
幸村は、吉継の真の想いが、三成にあることを知っている。三成もまた、吉継を想っているのを知っている。その気持ちがとけあったなら、自分は身をひくしかない。
だが、二人は寝ていないというし、吉継は幸村に優しい。
だからまだ、今は離れられない。
「ん……ゆきむら……」
吉継が身を寄せてきたので、幸村は静かに胸を貸す。起こしてしまったのかと反省しながら、腰のあたりに腕を添え、そっと包み込む。
満足げなため息をもらし、吉継は幸村に身を預けている。
《大谷殿?》
幸村は、吉継が眠っているのに気づいた。
無意識に呼び、甘え、安心して身を委ねているのだ。
思わずきつく抱きしめそうになって、幸村は必死でこらえた。
《某に、すっかり心を開いてくださっている……!》
喜びが全身を熱く突き抜け、叫び声をあげてしまいそうだった。
《石田殿のかわりでなく、この幸村を!》
ああ、ゆるされる限り、こうしてずっと寄り添っていたい。
いくら佐助に罵られようと、この熱はさめない。
思いもかけぬ時に、ほのみえる羞じらいが愛おしくて。乱れる姿がみたくて、つい激しくしてしまっても、応えてくれて、優しくゆるしてくれて。
その人が頼りに思ってくれるというなら、諦めることなどできはしない。
思い上がってはならぬ、と己を戒めつつも、幸村は小さく囁いた。
「某の腕の中で、佳き夢を、ご覧くだされ……」

*      *      *

「あ、どーも、失礼しますよっと」
黄昏深くなった頃、居室に黒い羽が落ちるのを見て、吉継は文机から顔をあげた。
「ましらか。めったなことでは、ここへは姿をあらわさぬと思うておったが」
「一応、武田の副将格ってことになってるもんで、表にも顔出さなきゃならなくってさ」
猿飛佐助は真田幸村の腹心というより、保護者に近いということを吉継は知っている。目を細くして呟くように、
「心底われが気に入らぬ、という顔つきよなァ」
「正直、今の大谷さんには、あんまりいい感情、持ってないけど」
「やれ、徳川を討つまでは共闘でなくては困る。仲良しこよしで頼みたい。で、われに何の用よ」
「失礼ついでに、ひとつ訊いときたいんだけど。そろそろ決戦だと思うんだけどさ、大谷さん、ほんとに仇討ちする気あんの? 凶王さんのこと、心配じゃないの」
その台詞の意味するところを、吉継はすぐに汲みとった。
「むろん、三成のことは案じておる。首尾良く徳川を斃せたならば、この世と別れるつもりであろ。だが、あれは無駄を嫌う男よ、己の命も粗末にはせぬ。今は絶望に眼が曇っておるだけのこと、太閤の遺したものを放ってよいのかと問えば、目をさまし、なすべきことをなすであろ。われが添うておるうちは、三成は死なぬ。いや、死なせぬ」
「だったらなんで、うちの大将を? ちゃんと断ってくれてたら、諦めたはずなんだ」
「やれ、ぬしも悋気か」
吉継は苦笑した。
「真田のことは、最初から気に入っておったのよ。娘の行く末を頼もうと思うておったほどでな。だが、どうしても、われのような病人がよいのだと、せがまれてなァ」
「なにそのノロケ!」
目を丸くする佐助に、吉継は穏やかな声で、
「なに、いずれは武田へ返すつもりよ。甲斐の虎も、いつまでも伏せたままではおらぬでのあろ? われも、半ば隠居の身とはいえ、豊臣の領土を預かる者。真田家へ、花嫁御寮とのりこんでゆくわけにもなァ。なに、いっときの熱情よ、そのうち若虎も落ち着くであろ。ぬしが妬くことはない。たいした手ほどきもしておらぬゆえ、妙な性癖がつくかと案じる必要もない。ぬしのあるじは、素直なままよ」
佐助はふうん、と首を傾けた。
「器用だねって流したいところだけど、意外にハマっちゃってるのは、大谷さんの方だったか」
吉継は動じる様子もみせず、
「気に入っておるとゆうたであろ。ぬしのあるじを傷つけるつもりはない。西軍にとっても、大事な男ゆえな」
「いちおう、その言葉を信じとくよ。どっちかっていうと、早めに大将を泣かせてもらいたいんだけど、仕方がない。俺様が怒っても、逆効果みたいだし」
すっと頭を下げて、
「それまで大将のこと、よろしく頼みます」
言い残すと、姿を消した。
吉継の背中から力が抜けた。文机につっぷす。
「やれ、他家の忍に、あのような振る舞いをされるとは……」
だが、無礼を咎めるのもおっくうな心地だった。
「そのようにわれを責め立てるな。先の短い病人だと忘れておるのではないか?」
下半身が思うように動かない。時には息をするのも苦しいほど、身体がだるい。嘆いてもどうにもならないから、愚痴をこぼさぬようにしているが、何もかもどうでもよくなり、この世を呪い滅ぼしたくなるほど、病の身がうらめしくなる日もあるのだ。
そんな自分を慕い、気づかい、熱い肌で慰めてくれる凛々しい若者がいる。気に入るに決まっているではないか。少しの気晴らしもゆるされぬのか。大切に思っているのも嘘ではない。三成は朋友、助力は当たり前のことで、今さら触れたいなどとは思わない。幸村と比べられるものでもない。
疲れがどっと出てきて、吉継は机にもたれたまま、目を閉じた。

《……やれ、水でなく、湯をわかす匂いがするとは》
次に吉継が目覚めた時、静かな雨の音がしていた。
背に薄い綿入れがかけられているのに気づいて、吉継は身を起こした。
それほど長い間、寝ていたわけではないようだが、火鉢の上に、彼が置いたのでない鉄瓶がかかっている。
後ろに控えていた幸村が、小ぶりの茶碗に注いだものを、吉継に差し出した。
病人用の湯冷ましかと思いきや、薄茶が入っている。
「ぬしが煎れたのか」
「おうすでしたら、某でも点てられますゆえ」
口をつけ、吉継はホウ、とため息をついた。
三成は茶の味にうるさく、点てるのも巧いが、幸村の素朴な薄茶も美味かった。なにより、吉継の心を落ち着かせた。
佳き男よな、とあらためて思う。
単純で愚かなのではない。
すべてわかっていて、飲み込んでいるのだ。
それでいて爽やかさを失わない。若さゆえか、気質ゆえか。
忍が妬心をみせた気持ちも、わからなくない。
「あたたまるの。よう眠れそうよ」
優しく礼をいうと、幸村は膝を揃えなおし、
「お休みになりますか。夕餉はすませておられますか」
「われはすませた、ぬしはどうした」
「某もすませておりまする。汗も流して参りました」
「では、闇がもちと深くなるまで、ぬしと仲良うするか」
「大谷殿」
幸村の頬が赤くなる。
「お相手して、いただけるのですか」
声がかすれている。初々しい、羞じらいを忘れぬ風情が、好ましい。
「むしろわれが願いたいほどよ。今宵は少し、冷えるゆえな」

幸村は、包帯を巻いた吉継の爪先に、そして脚に口づけ、抱きしめる。
それは大切に愛おしむ仕草で、「もうかわゆいばかりではないなァ」と吉継は思う。
だんだんと、大人の色気も備わってきている。
吉継は深く息を吐き、
「やれ、ぬしはほんに、われのような者でよいのか」
幸村は吉継の頬に触れながら、
「某の思いを受けてくださって、これ以上の幸せはござりませぬ」
「真田」
「大谷殿とこうしていると、身も心も充たされまする」
すると吉継は、若い身体にすがりつき、小さく囁いた。
「われもよ」
幸村は思わず、吉継を強く抱き返した。
もっと慈しみたい。想われたい。甘えて欲しい。甘えたい。
言葉にならない思いを受け取ったか、吉継は幸村の腰に腕をまわし、
「われからも、ぬしにいろいろ、してやりとうなった」
「大谷殿」
「嫌ならせぬ。心配せずとも、傷つけたりせぬ。それに、ぬしの身を可愛がって、あまり柔肌に仕上げてしまっては、戦ばたらきが辛くなろ。もう、熟れてはおるがなァ」
幸村の胸に指を這わせ、暗い桃いろの突起をつまんで、やわやわとさする。
新たな喜びに身を貫かれ、幸村は低く呻きながら、
「そのように、して、いただけるなど、某にはもったいなく!」
「素直で佳き身体よ。うんと淫らを仕込んで、われだけのものに、しとうなる」
幸村はもう、声をこらえきれなかった。
「大谷殿ッ、して、くだされぇ……ッ!」

その夜、吉継は湯をすませていなかったので、幸村は彼を湯殿まで運び、清め、新しい包帯を巻いて、着物まで整えた。包帯は、巻くこと自体が時間がかかる上、やたらにはずしていると巻いている意味もなくなってしまうので、普段の吉継は幸村にほどかせないし、多少の汚れは、別な布で軽く叩いて乾かしてしまう。だが、その夜は空気が湿っており、二人ともだいぶ乱れて、ひどいことになっていたため、すべての始末をまかせた。
幸村の首に腕を回し、甘えるように身を預け、姫御前のように抱かれて、吉継が私室へ戻ろうとした、その時。
「刑部」
「あい」
音もなく、三成が現れた。
幸村は、さすがにドキリとして足をとめた。
以前、吉継は三成をこう形容した――用があれば、夜中でも、事の最中でも、閨へ押し入ってくる男だと。
その事実をまのあたりにして、言葉を失ってしまった。
三成は、白い頬に何の表情も浮かべていない。声もしごく冷静で、
「すこし込み入った話をしたい。明日の昼、貴様の部屋へゆく」
「話なら、われがそちらへ行こ」
「わかった。待っている」
三成はうなずき、すみやかに去っていった。
幸村は、立ちつくしたまま、鼓動を早くしていた。
「やれ、どうした真田よ」
「あっ、申し訳ござりませぬ、戻りませぬと」
吉継に声をかけられて、ようやく幸村は歩き出した。
「ぬし、三成に、なにかされたりしておらぬよなァ?」
幸村は小さく首をふった。
「石田殿は、そのような方ではありません。大義のために生きておられる、立派な御仁。余計なことは、なさいません」
吉継は低く笑った。
「たしかに三成は、太閤の仇を討つことしか考えておらぬからなァ。他はすべて、切り捨てておるゆえ」
幸村は目を伏せ、憂いを帯びた声で、
「なにも、切り捨ててなど……大谷殿のことは特別に思うておられます、某でもわかり申す。先ほども、すぐにでも話したい用があって、あんなところで一人で待っておられたのでしょう。おそらく、大谷殿が寝ておられぬので、心配で探しにこられた、なのに某に遠慮して、なにもいわずに戻ってしまわれたのです」
「真田?」
「大谷殿も、ご懸念めされず。某、全力で石田殿をお助けいたしますゆえ。徳川家康を討つために西軍にはせ参じたのです、今も、その心、かわっておりませぬ」
寝室に戻って吉継を布団に降ろすと、幸村は再び、膝をそろえて座った。
「実は某も、お話したいことがありまして、こちらへ参ったのでござりまする。大谷殿の情けが、あまりに細やかでもったいなく、切り出しそびれておりました」
「さようか。だが、われとぬしの間であろ。そうかしこまることもあるまい」
吉継も布団から出て、ズイ、と幸村に近づいた。
膝つきあう距離だが、幸村は頬を引き締め、
「実は。真田丸の整備が、ようやく、整いまして……」

*      *      *

その夜、石田三成は眠れなかった。
長く寝る男ではないが、いちど落ちればその眠りは深く、おかげで激務に耐えていられるのである。
だが、今宵は目を閉じても、なかなか力が抜けていかない。
先ほどみた情緒纏綿たる様子が、目に焼きついて離れないからだ。
「刑部」
小さく呼ぶだけで、胸が疼く。
大谷吉継という男の矜恃を、長年の友である三成はよく知っている。
ゆえに、閨ならともかく、いくら夜更けとはいえ誰もが通る廊下で、男の首に腕をまきつけて甘える仕草を見せるなど、ありえない光景としか思えず、表情を変えずにいるのが精一杯だった。
「貴様は、そこまで、あの男を……」
いつもなら、吉継の前で妬心を露わにするところなのだが。
胸底におしこめてしまったために、なおいっそう苦しかった。
先日「刑部を頼む」と幸村にいったのは自分だというのに、吉継があのように甘えてくれたらと願う、誰にも知られたくない気持ちがある。今まで独り寝を寂しいと感じたことなどなかったのに、吉継と幸村が慈しみあい、寄り添って眠っているかと思うと、漆黒を抱く空しさを憶える。
「くだらぬ感情だ」
そんなことを考えてどうするのだ。比べてどうなる。
吉継が自分に、あのように甘えるわけがない。
他人を慰めるなど、自分がもっとも苦手とすることだ。不調法で、他人に優しさを示すことができない。私の腕の中で、あられもなく乱れる姿を見せることなど、ありえない。吉継の誇りを傷つけずにいたわる方法も、思いうかばない。
ならばいっそ、まかせてしまえばよいではないか。
「私が死んでも、あの男がいれば、きっと刑部は生きられる」
吉継を大事にしてくれるだろう。義を重んじる男だ、けっして粗末にはすまい。
上田城に出向いた時、三成にからんできた青ずんだ装束の男がいた。会話からして、おそらくは古い知り合い同士なのだろうが、幸村は三成を「我が盟友」とよび、かばうように男の前に立ちふさがった。守ってもらう必要など微塵も感じなかったが、道理をとき、筋を通した幸村を、とても好ましく思ったのだった。友人の少ない三成は、純粋な好意を向けられることに慣れておらず、つまり、仇討ちに奔走する荒んだ日々の中で、幸村に対しては、じわじわと好感をふくらませていたのである。
そうでなければ、頼むなどとはいわない。まかせようとも思わない。
「病をえてから、ずっと辛い思いをしてきたのだ。束の間でも刑部に穏やかな日々が訪れたことを、私は喜ぶべきなのだ」
そういいきかせながら、ぎゅっと目をつぶる。
身体だけでも休めねば、と、三成は右手の甲を額にあてて、重しにした。
左の掌は脾臓の下あたり、脇腹にあてる。
こうすると、身体がゆるんで楽になる。
眠れずとも緊張をとく方法を教えてくれたのも、かつての吉継だった。
「もう、私の紀之介では、ないのだから」
いつ私のものになったわけでもないが……そう思うとなにかがこみ上げてきた。三成の寝具が湿り気を帯びたのは、外の雨のせいではなかった。

日がだいぶ高くのぼった頃、吉継の短い影が、三成の部屋に落ちた。
「来たか、刑部」
「うむ。陣はどこに置くつもりよ」
三成が絵図を広げる前に、吉継は切り出した。
この時期にこみいった話となれば、きまっている。
「さすがに話が早いな」
広げられたのは、関ヶ原の図面だった。細く曲がりくねった道でしか奥へいけない布陣で、相手の数が多くても対処できるようになっている。
吉継は目を細め、
「五つの陣を敷くか」
「一番手前は長曾我部元親の陣だ。二つめが島津隊だ。島津義弘が、ほとんどの兵をとめてくれるとは思うが、この、三つめの陣に、刑部に入ってもらいたい」
「あいわかった、大谷隊はここへ置こ。山越えと奇襲に備えさせよう」
「私は総大将として、四つめの陣に入る」
「やれ、一番奥が毛利でよいのか」
「あの男は、家康と戦いたくて戦うのではないだろう。わずかでも寝返る可能性のあるものを、私の手前に置くつもりはない」
「ぬしが毛利に背を衝かれたら、どうする」
「一番高い場所だ、ここへ閉じこめてしまえば、中国から増援がくることはないだろう。あとは、石田隊の配置で対応できる」
「なるほど、よく考えられた布陣よの」
「刑部と私の陣の間に、多くの忍を配置している、何かあればすぐに下がれ。私もできるだけはやく、駆けつける」
「なにより家康の首をとるのが大事なことよ、われの身など案ずるな。だいいち、ぬしは、われにかまっておるヒマなど、ないであろ」
すると三成は、ふと頬を染め、黙ってしまった。
かまいたい、といいたいのだ、と気づいて、吉継は顔が熱くなるのを感じた。
三成もまた、自分を大事に思っているのだと気づき、ホウ、と思わずため息をついた。
すると三成は、
「真田は……」
「若虎がどうかしたか」
「真田の陣は、すこし迷ったが、真田丸が完成したというので、万が一を考えて、大坂の守りについてもらうことにした。上田城で徳川分隊の進軍を攪乱してもらうことも考えたが、守備は忍たちと武田騎馬隊で足りるという話だ」
「よかろ。迷うことはあるまい」
「ただ」
三成はうつむき、声を低くして、
「もし、刑部が、望むなら、大谷隊の支援に向かわせても、よいかと……」
次の瞬間、三成の頬が、鈍い音をたてて鳴った。
「刑部」
何が起こったかわからず、掌の跡がついた頬を押さえて、三成は目を瞬かせた。
「これはいくさよ。負けてはならぬ、大いくさよ。武将のわれが、いくさばで私情をもちだして、どうする!」
吉継が怒りに震えているのを見て、三成は青ざめた。
「私は、そんなつもりで……」
「とぼけたことをぬかすでない、われにそんなにはたかれたいか。真田だとて、われと出陣したいなどと、いわなかったであろ。そのような甘い覚悟で決戦に臨む男ではないわ。ぬしはほんに、太閤の仇を討つ気でおるのか?」
「当たり前だ!」
「ならばすこし、落ち着きやれ」
三成はうなずいた。
「すまない」
「家康を斃すまで迷うでない。なんのために西軍総大将を名乗る、好きでもない毛利と組む。このひのもとを、太閤の遺したものを、徳川ごときに踏みにじらせぬためであろ。万が一、ぬしが討ち取られてしまったら、われも亡き太閤に顔向けできぬわ」
「刑部」
「すべて義のため、ぬしのためよ。くれぐれも己を粗末にするでない。大事な身であることを忘れるでないわ」
「すまなかった。どうかしていた」
「どうせ昨夜も寝ておらぬのであろ、曇った頭で考えるのが悪いのよ。他に重大な決め事があるなら、午睡でもとってからにせよ。ここまで準備が整っておるなら、どこでどのように火ぶたを切るかという話だけであろ」
「ああ、それはだな……」
三成は、ほっとした顔で次の図面を広げた。
その横顔を見ながら、吉継は、先ほど三成に抱いた熱い気持ちが落ち着いていくのを感じていた。
やはり三成は、われを朋友としか思うておらぬ。他の者にまかせてもよいとしか考えておらぬ。
ならばわれは、すべて片づいたなら、幸村と共にゆこ、と。

前の晩、幸村は、吉継と膝をつきあわせながら、重々しく切り出した。
「真田丸が完成しましたゆえ、某は、大坂を守ることとあいなりましょう。関ヶ原にて決戦が始まりましたら、大谷殿とは、しばしのお別れになりもうす」
「そうよな。ぬしに武運を」
「大谷殿。お別れの前に、某の願いを、ひとつきいていただけませぬか」
あまりに真剣なその面持ちに、吉継はつい、はぐらかすように、
「やれどうした、無理難題はごめんよ」
「大谷殿。首尾良く家康を討ち果たし、決戦の後も、お互い無事でいられましたら、いちど、甲斐にお越し下され」
「上田の城にか」
「お館様に、大谷殿をお引き合わせしたいのです」
「甲斐の虎は、もう床を離れられるのか」
「おかげさまで、良き薬をえまして。ならば、武人として尊敬する大谷殿を、大切な方として、お館様にご報告したい所存」
吉継は一瞬、なにをいわれたか、わからなかった。
「大谷殿は敦賀の主、ずっと甲斐にとどまってくだされとは申しませぬ。しかし、一度武田と縁を結んでくださりましたら、大谷殿がご案じなさっているお身内の行く末につきましても、甲斐の国は、全力でお助けいたしまする」
求婚されているのだということに気づいて、吉継は思わず笑い出した。
「ヒヒ、どのように紹介されるか見当もつかぬが、甲斐の虎が後ろ盾になるとは、まこと心強きことよなァ。いくさの始末が終われば、遊山も悪くはないわな」
「大谷殿。なにとぞ、お願いいたしまする」
まっすぐに見つめられ、吉継は笑いをおさめた。
真面目な男だ、吉継のことをどうしたらよいか、ずっと考えてきたのだろう。
そして有力な武将と縁を結び、頼れることは、まったく損のないことだ。
「われも、城主といっても隠居とかわらぬ。休養もかねて、しばらくぬしに甘えるか」
「大谷殿!」
幸村の顔が、ぱっと明るくなった。
「これで、安心して力をふるえまする。大谷殿も、ご武運を!」

図面の説明を続けていた三成は、吉継の視線が遠くを見ているのに気づいた。
「どうした、刑部」
「いやなに、すこし時がとまった」
「疲れたか。身体をいとえといっているではないか」
「いや、むしろ今日は調子がよい。われもまだまだ、逝くわけにはいかぬ」
「そうだ、刑部。ようやくここまでたどり着いたというのに、死ぬなど許可しない」
「ヒヒ、そっくりそのまま、ぬしに返してやろ」
穏やかな微笑を向けられて、三成はほっとした。
つまり、その微笑が自分に向けられたものでないとは、気づかなかった――。

(2012.7脱稿)

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Written by Narihara Akira
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