『灯台へ』


バスに乗っているのは二人だけだった。
この先にはもう、使われていない灯台しかない。波が荒いので海は遊泳禁止で、夏だからといって、やってくる客は少ない。照り返しも強いし、何より暑かった。
二人とも、ひまわりの花を持っていた。後部座席に分かれて座っていた。
「もしかして、『灯台へ』をご存じですか」
若い女の方が、先に口を開いた。
「恋人の命日に、毎年思い出の灯台に行って、ひまわりの花を捧げて、故人を偲ぶお話があって」
年かさの女は、うなずいた。
「ええ、ありますね。今日がその命日ですよね」
「すごくリアリティがあって、とても好きな話なんです。たぶん今日が七回忌にあたると思って、それで灯台を見にきたんですけど」
「どうして七回忌だとわかったんです」
「廃止された灯台が一時的にライトアップされる場面があって、実際のその日からたどって……今日、ヒロインは新たな出会いをして、たぶんそれが、次の運命の人なんだろうなって思わせる描写が本当に素敵で。私も出会えるかもしれないと思って……きっと、書いた人も素敵なんだろうなって」
「ありがとうございます。私が作者です」
「えっ」
「もう、大事な人もいないし、自分は誰からも忘れられていると思っていました。でも、マイナーな雑誌に一度載っただけの作品も、ちゃんと命をもっているんですね。これ以上の運命はないと思います。感謝します」
若い女は頬を染めた。
「こちらこそ……予想以上でした」


(初出:2018.6 ポストカードギャザリング+イベント宣伝チラシ用書き下ろし)


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Narihara Akira
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