『強行突破』


トリコさんが帰国して、東北の映画祭にスタッフ参加している、とメールが来た。
「英語の元シナリオがあれば、字幕つけボランティアぐらいなら、できないこともないですけど」
返事を出すと、すぐに返信が届いた。
「そこらへんはもう終わってるから。それよりさ、せっかくの連休だし、お客さんとして、泊まりがけで遊びに来なよ。スタッフ用の部屋があるからさ、今からでも泊まるところはなんとかなるよ。近くに温泉もあるよ」
お言葉に甘えて、久しぶりの旅行に出かけることにした。 トリコさんは昔、同じ雑誌に書いていた頃からの知り合いだ。放浪の詩人で、頭の回転が速く、好奇心旺盛で、一緒に居ていつも楽しい相手だ。
今回もいい笑顔で迎えてくれた。
「佐倉さん、久しぶり。元気?」
「新幹線で旅行できるぐらいには」
「そりゃよかった。映画祭、楽しんでってね。今回は豪華でね、《ワンダー・ウーマンとマーストン教授の秘密》とか《ワイルド・ナイツ・ウィズ・エミリー》とかも、上映あり」
「あ、あのディキンソンの恋人の話?」
「そう」
「それは楽しみ」
「ワンダーウーマンの方は楽しみじゃないの?」
「ワンダーウーマン、よく知らないし、ポリアモリー物に慣れてないし」
「そっか。ま、気楽に観てってよ」
実を言うと、そもそも映画を観る習慣がない。二時間も集中力がもたず、ウトウトしてしまったりするので、自分から映画館に行くことは本当にまれだ。テレビならコマーシャルが入って休憩できる。オンラインなら適当なところでとめられる。だが、映画館では見逃した場面を巻き戻すことはできない。
「トリコさんはどれを観るんです?」
「一応、めぼしいのは観てるんだよね。裏方だから、あんまり観客席にはいられないんだ。まあ、後で部屋を案内するよ。また夜に」
「はあい」
トリコさんと別れ、キョロキョロしながらロビーに入ると、後ろから声がかかった。
「佐倉さん?」
「チトセさん?」
これも昔の知人で、映像系のライターだった。
「お久しぶり。東北映画祭へようこそ。一人で来たの?」
「トリコさんに呼ばれてきたんです」
「へえ。彼女、今回、ずいぶんはりきってるんだよね。なんか、好きな人が来るとかって」
「新しい彼女ってことですか? トリコさんの好みなら、きっと若くて綺麗な娘さんでしょうね」
「さあねえ、よく知らないんだけど。佐倉さんは何を観に来たの?」
「せっかく来たのでいろいろ観たいと思ってますけど、ディキンソンの映画は押さえておこうかなと」
「ワイルド・ナイツは今回の目玉だから、早めにチケットを買っといた方がいいよ」
「入れないかもしれないってことですか。じゃ、急いで買ってきますね」
「それじゃあ、またね」
狭い世界だ、他にも誰かに出くわすかな、と思ったが、果たして業界に残っている知人はどれぐらいいるだろう。片手の指で足りてしまいそうな気もする。
それにしても、変な顔をされた。
トリコさんが私のことを気にしてる、って言いたかったのかな?
そういえば前回あった時、「正月に幼なじみの夢を見た」と言ったら、突然泣かれたっけ。
「ねえ、どうしたの。泣くような話じゃないよ?」
「でもさ、好きだったんでしょう、ねえ。今でも夢に見るぐらい」
「別れた頃の顔しか思い出せないんだよ。二十年もたってるんだから、もうヨリは戻らないよ」
――って、まさかね。
あれは同情されただけだ。
トリコさんは面喰いだ。私が幼なじみを忘れてないことも知ってる。二番手に甘んじるようなタイプじゃない。
まあ、嫌われてはいないと思うけど――

*      *      *

「浴衣なんて着るの、久しぶり。うまく着られてるかな?」
夜、仕事を終えたトリコさんと合流し、同じ和室に寝ることになった。トリコさんも浴衣姿で、
「佐倉さん、いっつもジーンズだもんね」
「力仕事が多いから、職場でもデニムパンツが許されてたりするんだけど、ほぼユニクロで、最近はジーンズメイトですらないから、ちゃんとしたデニムの愛好家とは言えないかな。子どもの頃からはいてるのにね」
「主義でないなら、楽だから?」
「んー、幼なじみがジーンズが好きで、その影響で……膝に生まれつきの痣があったんだけど、他人にいろいろ訊かれるのが厭だったみたいで。彼女はまだ中学生ぐらいの頃から、ちゃんと専門店で買ってて、それを見て、いいなあ、私も着たいなあと思ってたんだけど、最初、親が許可してくれなくて」
「あー、それぐらいの年頃だと、服装の自由があんまりないよね。で、どうやって着るのに成功したの」
「強行突破」
「え?」
「彼女の家に遊びにいった時に、《私もはいてみたい》って言ったら、何本か出してくれてね。試着して、一本履いたまま帰ったの。親がびっくりして、それからジーンズが堂々と買えるようになったっていうか……人のを借りてまで履きたいなんてみっともない、それぐらいなら、っていう展開」
正直、彼女のジーンズに足を通しながら、ドキドキしていたわけだけれど、トリコさんは、《わあ、いやらしい》などと茶化したりせず、
「いいんじゃない、強行突破」
さらりと言って笑った。
「佐倉さん、わりとお育ちイイ感じだからさ、親に反抗するの、大変だったんじゃないの」
「特に反抗はしてなかったけど……学生の頃、外泊禁止だったんだけど、学祭の打ち上げの時に、あらかじめ遅くなるって言っておいて、《もう終電がないから朝までどこかの店で時間つぶして帰るわ》って強行突破したことはある」
「言い訳」
「いや別に、嘘はついてないし……まあ、ずっと音楽やってたから、お酒を出す店には高校の頃から行ってたし。そういう意味では不良だったかな」
「未成年の犯罪自慢?」
「飲んでるとは言ってないし」
「煙草もやんないよね」
「二十代の頃、試してみたことはあったけど」
「幼なじみの影響?」
「うん、まあ」
ふと、トリコさんは視線をそらして、
「……そろそろ寝ようか。佐倉さんが明日、映画観ながら寝ちゃうとあれだし」
「今日は寝てないですよ」
「佐倉さんは寝る時、真っ暗にしちゃう派? それとも、明かりがついてないと眠れない派?」
「若い頃は、小さい明かりがついてないと眠れない派だったんですけどね。今は暗くしないと眠れないです」
「幼なじみが明かり派だったってことね」
「やけにからみますね、トリコさん」
「急に他人行儀な言葉遣いするのは、警戒してるからだよね」
「今さらトリコさんを、警戒するもなにも」
「じゃあ訊くけど、強行突破しちゃっていいの?」
私は首をかしげた。
「別に、強行しなくても簡単に突破できちゃいますよ、私なんか」
「そういうことじゃなくてさ」
「いや、私の方はかまわないけど、トリコさんはかまわない?」
「佐倉さんがかまわないなら、私が何をかまうの」
「だって私、トリコさんのタイプじゃないでしょうに」
「私だって佐倉さんのタイプじゃないでしょう」
「いや、そんなことはない……」
「じゃあOK?」
「ええ、まあ」
トリコさんは照明に手を伸ばした。ちょっとはにかんだように笑って、
「私も明かりがついてた方がいい派だけど、佐倉さんにあわせる。消すよ」


ふっと暗くなってから後のことは、それこそ映画の中のことのようで――。



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(初出:2019.8 ちょこっと文芸福岡「折本フェア」参加作品)

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