『雑 談』


トリコさんが海外に行くというので、久しぶりに会って飲むことにした。
知り合いのいない、にぎやかな飲み屋の隅で差し向かい、とりとめのない話をする。彼女は昔、同じ雑誌に書いていた頃からの知り合いで、放浪の詩人だ。頭の回転が速く、好奇心旺盛で、一緒に居て楽しい相手だ。
「佐倉さんはさ、どうして彼女が一番だったの?」
「もちろん幼なじみの頃から好きだったけど、告白した時に全肯定されたから」
「どういうこと?」
「こっちはグチャグチャに汚い気持ちも抱えてるわけじゃない? でもね、《好きならそんなの、当たり前でしょう》って言われたの。あの瞬間、全身にきれいな水が染み渡ったようになって、私、これだけで一生幸せでいられるって思った。赤の他人が、自分の気持ちも存在も丸ごと受け止めてくれた。むしろ、身体の関係なんて、どうでもいいぐらいに思えたんだ」
「でも、お別れしちゃったんでしょう」
「彼女が私のことを要らなくなったから。でもいいの。無理に一緒にいなくても。共依存みたいなところもあったし、潮時だったんだなって」
トリコさんが、そこでぶわっと泣き出したので、
「ねえ、どうしたの。泣くような話じゃないよ?」
「でもさ、好きだったんでしょう、ねえ。今でも夢に見るぐらい」
「別れた頃の顔しか思い出せないんだよ。もうヨリは戻らないよ」
しばらくたって涙を収めると、トリコさんは手を振って帰っていった。
私はトリコさんに告白しない。私は彼女の好みのタイプと違うし、私も一年の半分以上を海外で暮らす人を、恋人にはできない。
それに。
「今でもやっぱり、彼女が一番なのよね」
ほろよいかげんで歩き出しながら、ほんの一瞬、胸が疼いた――

(初出:2018.6 2OL宣伝チラシ用書き下ろし)

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Narihara Akira
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