『湯あたり』


「みつなり」
「どうした」
吉継は、ちゃぷん、と白い湯を揺らしながら、三成の胸にもたれかかり、かすれた声で呟く。
「われ、ゆあたり、した……」

*     *     *

生駒山に秀吉の隠し湯がある。
そこへ、吉継は湯治に来ていた。
関ヶ原の後始末やら、豊臣政権の今後の安定を考えると、のんびり休んでいる暇はないのだが、疲れのたまった病身は悲鳴をあげている。生駒山ならば大坂城からも近く、何かあればすぐに戻れる。そう考えて骨休みに来て、もう一ヶ月以上が過ぎている。
湯治といっても、一日じゅう湯につかっているわけではない。適度に入り、適度に休み、好きな物を食べ、読みかけの書物に埋もれて過ごす。御医と、身のまわりを世話する、わずかな供しか連れてきておらず、文字通り平穏に過ごしている。
「やれ、愉快な隠居生活よな」
静かな日々が、こんなに早く訪れようとは。
この身はいずれ戦えなくなる、豊臣政権の中心にいられなくなる、それは業病が明らかになった日から定まっていたことだ。つらく寂しいことではあるが、太閤秀吉は軍師としての大谷吉継にも期待をかけてくれていた。己の悟性を朋友のために役立てることが、主君に対する恩返しとなろうと思う。朽ちかけた身を惜しみつつ、湯治場でもただ遊ぶでなく、その合い間に策をたて、各地への調略を続けていた。三成にもたくさん文を書いた。
三成は主に、大坂城に詰めていたが、数日に一度は、吉継の様子を見に、生駒山へやってきた。
湯治場だというのに、足繁く通いすぎだ、と思う反面、三成が眠るのを見届けられるのが、吉継にとっては嬉しかった。なにしろ寝ない男だが、来れば必ず泊まっていくので、寝かしつけることができる。療養中ゆえ、淫ら事は控えていたが、三成の安らかな寝息をききながら眠るのは、心温まるひとときだった。
その日の三成は、ちょうど夕餉の時間にやってきたので、食事の膳も共にした。
「食休みをとったら、夜も湯を使うのだろう?」
そういって三成が箸を置くと、吉継はうなずいた。
「ぬしも入るか」
「そうだな。今夜は一緒に入ってもいいか」
「三成」
大坂城でも彼らの城でも、数え切れないほど湯殿を共にしてきた二人だ。だが、ここは湯治場なので、病人用とそうでないものの場所が、分けられている。
三成は、自分を見つめる吉継から、つっと視線をそらすと、
「だめなら、いい」
あきらかに落胆したような声を出すので、吉継はおかしくなった。
「かまわぬであろ。ぬしなら今更、うつるもうつらぬもなかろ」

「刑部」
「なんぞ」
「意外にゴツゴツしているものだな」
ふだん、なめらかに磨き上げられた檜風呂を使っている三成は、半ば露天の岩風呂に平気で座っている吉継を心配しているようだ。
「ヒヒ、ぬしの柔肌には、これはつらいか」
「そんなことはないが」
三成はふと腰を浮かせ、吉継の後ろへ回りこんだ。
「ぬし、なにを、あ……」
吉継の身体を抱え上げ、三成は己の脚の上に座らせてしまった。
「触れたい」
後ろからゆるく抱かれている状態だ、逃げようと思えば逃げられたが、吉継はそのまま、三成に体重を預けた。
三成のものは、すでに硬い。
吉継の胸は甘く疼いた。
流石にここでは駄目よ、というべきところなのに、いえない。
それどころか、このままでいて欲しいと思っている。
なんとだらしない、と思うが、先ほど三成が人払いをしたので、近くには誰もいない。
二人っきりなのだ。
言葉も失って動けずにいると、ぼうっとしてきた。頬が熱くてたまらない。
「やれ、いいかげん、湯あたりしそうよ」
その呟きをきくと、三成は腰を浮かせて吉継を横抱きにした。腕を伸ばし、手近にあった竹筒をつかむと、中身を口に含む。
そして、吉継にくちづけた。
「ん」
冷たい清水が、口移しで流し込まれる。
竹の爽やかな香りも流れ込む。
「みつなり……」
潤んだ瞳で見上げると、三成はうなずいて、
「足りないのだな」
再び、三成の口唇が吉継に重なる。
欲しい。
もっと欲しい。
この甘露をすべて、飲み干したい。
すると三成は顔を離して、
「涼む場所があるな。一度あがろう。私ものぼせてきた」
その頬は、もちろん赤い。
三成は湯からあがると、竹製の涼み台の上に何枚か湯着を敷いた。
「火照っているな。大丈夫か」
そう囁くと、遅れてあがってきた吉継を、そっと横たえる。
あたりは星明かりとちいさな篝火しかない、薄闇だ。
三成の熱を欲しても、誰にも見られず、きかれることもない。
「われは平気よ。それより、はよう」
「欲しいのか」
低く囁きながら、吉継の脚をゆっくりと押し開く。
「まだ焦らすか。ぬしが、そんなに意地が悪いとは思わなんだ」
すねてみせると、三成は白い頬をますます染めて、
「すまない。久しいから、加減が、できないかも、しれない」
「しなくてよい。そのかわり、われがどんなに乱れても、驚くでないぞ」
「刑部」
堪えきれなくなったらしく、三成は吉継の腰をぐっと引き寄せ、
「……その方が、むしろ嬉しい」

吉継は、午睡をとるようになった。
そのぶん、夜おそくまで過ごすようになった。
月明かりに肌をさらして、露天につかる。
三成が来た夜は、共につかる。
吉継が「湯あたりした」と呟くと、三成が待ちかねたように抱いてくれるからだ。
後ろから抱きすくめられただけで、身体が熱くなる。
冷たい水を口に含まされると、とろとろになってしまう。
舌をからめあうだけで、頭の芯が甘くしびれる。
涼むための竹製の台には、乾いた湯着を何枚も、あらかじめかけてある。
あまり広くはないが、三成の熱を受け入れて、その腰に脚をかけるぐらいの余裕はあるからだ。
二人とも満足すると、互いを清めて、再び湯につかる。
三成が「貴様は湯治にきているのだ、身体を冷やしてはいけない」と真面目な顔で言うからだ。
閨でもう一度、という時もなくはないが、三成の腕枕に頭を預けて、眠ってしまう夜の方が多い。
落ち着く。
ひとりの方がぐっすり眠れると思っても、朝まで腕の中にいる。
明るくなったら帰ってしまうと思うと、離れられないのだ。
三成も湯治にくればいい、と思ったりもする。
ずっと働きづめなのだ、三成も骨休めをした方がいい。
大坂を留守にできないことは、わかってはいるが……。

しらじらと夜が明けてきて、三成は目を覚ました。
「刑部」
吉継も起きているのに気づいて、その頬を包み込んだ。
「そろそろ、大坂へ帰らないか」
吉継は思わず身をすくめた。
離れたくない気持ちを見透かされたか、それとも、三成も離れているのが寂しくなったか。
どちらにしても、身が火照る。
かすれた声で、ようやく答える。
「まあ、頃合いか。われの病は、湯治でどうこうなるものでもなし」
体表をいくら温めても進行を遅らせるのがせいぜいで、薬を飲んでも回復するものではない。それは三成もよく承知している。
「いや」
三成はそっと吉継に口づけると、
「ずっと気になっていたのだが、ここは貴様にあわないのではないか?」
「あわない?」
「本当に疲れが癒えているか? なんというか、いつも寂しげで……ここでは静かすぎて、面白くないのだろうかとも思ったが、実は休めていないのでないかと思うぐらいで……湯屋で甘えてもらえるのは嬉しいが、もっと落ち着いた場所でしたいのではないのか。たまになら、変わった場所もいいかもしれないが」
吉継は目を伏せて、
「別の湯治場にせよ、ということか」
「違う。ずっと行きたいといっていたから、ゆっくり湯治を楽しんで欲しかったが、そうでないなら、離れていたくない。一人は嫌だ」
「三成」
「こんなにしょっちゅう押しかけて、そのあげく、貴様を散々むさぼって、なんと浅ましいと思いながら、止められなくて」
抱きしめられて、吉継は深いため息をついた。
あふれ出しそうになるものを堪えながら、
「やれ、ほんに湯治はよいものよな。ぬしからそんな、甘い台詞をきこうとは」
声がかすれる。
「刑部はいいのか、このままでも」
「われは」
三成にたっぷり慈しんでもらいたいばかりに、昼から寝ている有様なのに、余裕めかして、今さら何になる。
「ぬしといられるなら、どこでもよいわ」
ようやくそう呟く。
湯あたりするより、ずっと身体が熱い。
「私もだ」
三成の声はうわずり、その身をすりつけてくる。
「なら、たまには朝寝もよかろ」
そう応える吉継の声もうわずっていて、三成は歓喜した。
「いいのか、ここでも」
「どこでも変わらぬ。ぬしの肌、ほんに熱くて、われ、のぼせてしまうのよ」
「私もだ」
三成は吉継と深く身を重ねた。
「ああ、貴様の中も、こんなに熱い……」

(2013.10脱稿)

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Written by Narihara Akira
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