(承前)

5.REGINA/WONG/CARLO

「よく、ここまで来ましたね、レジーナ・ベルフロンド」
ああ、すべてが罠!
レジーナはきつく口唇を噛んだ。
どうもおかしいと、もっと早く気付いていなければいけなかった。
いくら独立部隊とはいえ、軍の一司令官の所在の情報が、たやすく漏れる訳がないのだ。いや、情報はもちろん疑った。だから、できうる限り細心の注意を払って防衛ラインをくぐり抜け、一番安全と思われるルートをたどって、メカニカルな最深部にまで侵入してきたのだ。そこで機をうかがい、ウォンが一人の時に、隙を狙って倒すつもりだった。接近戦なら、負けはしない。破壊力には自信がある。いくら相手が時を操る男だったとしても、速攻をかければ殺れるはずだ。ウォンだって、時を戻すことは出来ないのだから。
しかし、待ちかまえられているなら、話は別だ。
レジーナは、まったく動けないでいた。
捕らえられていた、ウォンが宙に仕掛けた、赤と金がまだらに輝く特殊空間に。人ひとりしか入れない結界の中で、見えない力に磔にされているのだった。当然、超能力も封じられていた。いや、封じるというより吸い取られているのかもしれない。脱力感が激しい。
ああ、こんな罠にさえ、つかまっていなければ。
目の前の、同じ空間の中に、ウォンがいる。一人きりで。
ちょっとでも力が使えれば、少しでも近づけさえすれば、やれるのに。
それなのに、自由に出せるのは声だけだなんて。
「しかし、たった一人でくるとは、あまりに無謀な。よほど思い詰めていたのですね。それにしても、ノアでは誰の協力も得られなかったのですか? 気の毒に。それとも、誰にも言わずにきましたか? あの、可哀相なお兄さんのために」
「う……ウォン!」
レジーナが吠えると、ウォンは肩をすくめた。
「まあ、そんなに心配する必要はありませんよ。命をとろうとはいいませんから」
「貴様、あたしを新しい実験材料にするつもりか!」
「いえいえ、そんなつもりは。そういったものは、もう充分間に合っていますしね」
眼鏡の縁を軽く押さえながら、なんでもないことのようにウォンは続ける。
「実を言うと、ちょっとした密約がありまして、今は新生ノアから来た者を虐る訳にはいかないのですよ。そして私自身も、少々都合がありまして、新生ノアの者に殺される訳にはいかないのですよ。第一、あなたたちを勢いづかせるのは、百害あって一利なし、ですからねぇ」
「えらそうに! あんたにだって余裕がないのは知ってるんだ。裏でこそこそ画策してるくせに!」
「そうですか」
ウォンの顔から、いつもの微笑みが消えた。
「どうしても私を殺すつもりですか、レジーナ・ベルフロンド」
「当たり前だ、裏切り者!」
深い蒼の瞳が、眼鏡の底で冷たくひかった。
「そうですか。なら、命を失う覚悟はしてきましたね? 犬死にしてもいい、それで兄さんが奮起してくれるなら、と、そう考えて、来ましたか?」
「犬死になんか、するもんかっ!」
「ほう、威勢のいい」
ウォンは肩をすくめた。
「仕方ありませんねぇ。それでは懲らしめのために、死ぬよりひどい目に遭わせてさしあげましょう。あなたの肌に、少しも傷をつけずにね」
死ぬよりひどい? 傷をつけずに?
まさか!
レジーナは青ざめた。
身体の自由がきかないのだ。
もし今ウォンが、この身体を犯すつもりでいるのだとしたら……いや、そのつもりならむしろチャンスだ。結界がとかれればチャンスが生じる。もし超能力が使えなくなっていたとしても、こっそり服の下に武器が幾つか仕込んである。油断さえしてくれれば、最中に殺すことだってできるはず。
しかしウォンは、ただ薄く笑うだけだった。
「心配しなくても、これ以上近づきませんよ、レジーナ。あなたに対してそういう興味を持ったことは、残念ながら一度もないのでね。ですから、今から私を誘惑しようとしても、ムダです」
レジーナは内心舌打ちした。しかし、ウォンが好んで手をつける女性はすべて十七歳以下――その幼女趣味もまた有名なので。
「それならいったい」
「何をする気か、というんですか?」
ウォンの口唇に微笑が戻った。
「秘密を、暴くことです」
変だ。
ウォンの声が、やけに遠くできこえる。
脱力感だけではない、妙な吐き気に襲われて、レジーナは低くうめいた。
頭がグラグラしてきた。
何を自白させようというのさ。
あんたが何を知ってたって、ちっとも驚かないよ。
あんたは元ノアのメンバーで、今もノアに資金提供をしてて、たぶんスパイも何人も潜り込ませてる。それなのに、いったいあたしなんかから、今さら何を探りだそうってのさ。
ウォンはレジーナの心を読みとったか、次の言葉をこう継いだ。
「ノアの事ではありません。あなたの心の秘密ですよ、レジーナ」
「あたしには、秘密なんか」
「そうですね、ほとんど公然の秘密ですからねえ」
「何がいいたい、ウォン」
おかしい。声の距離感が消えた。テレパシーとも違う、変な響きだ。
ウォン、あたしに何をしてる!
「あなたの、お兄さんへの、やましい愛の話ですよ」
「やましくない!」
「ほう」
ウォンは、明らかに面白がっていた。
「そうですか、美しくも清らかな片恋ですか。それでも禁断の愛であることは、間違いがありませんがね」
「違う!」
「レジーナ」
物柔らかな笑み。ぞっとするほど優しい声。
「別に、《禁断》という言葉を恐れる必要はないのですよ。他人の愛を裁く権利は、誰にもないのですからね。それに、あなたは若く、健康で魅力的な肉体の持ち主です。愛する人と身体の喜びをわかちあいたいという気持ちは、不自然なものではありませんよ」
「うるさい!」
「まさか、まだお兄さんに打ち明けてもいないのですか?」
「黙れ!」
「そんなに激しい思いを、伝えないでいて悔いが残りませんか? いっそ、見事に熟したその身体で、犯してしまえばいいものを」
「ふざけるな!」
「冗談ではありませんよ。はっきりいって、カルロ・ベルフロンドにはもったいなさすぎる身体です。ですから、熱烈に欲しているのなら、さっさと押し倒してしまえばいい」
「私はおまえとは違う!」
「愛しているから、力づくなどという卑怯な手段などはとれないと? それとも、女だから、自分から誘惑することなどできないというのですか? それで、毎夜欲しくて身悶えているのは、誰なんです」
「そんなことない!」
必死で否定し続けるレジーナに、ウォンはかわらぬ優しい声で、だが、語気は鋭く畳みかけていく。
「何をためらっているのです。その理由はなんです? お兄さんが、ノア総帥代理の座を奪われることを恐れているのですか? 兄と妹の肉体関係など、おおっぴらにさえしなければ誰もとりざたしませんよ。いやらしく追求してくるような者は、ノアから追い出しておしまいなさい。ああ、子供ができることを心配しているのですか? 避妊がここまで発達したこの時代に? たとえできたところで、兄の子だと告白する必要はないでしょうに。大昔から人は、愚かしい性行為を何千何百万回と繰り返してきました。あなたの恋は、特に目新しくも汚らしくもありません。しかも、あなたはサイキッカーなのですよ。最初から人間と対立し、差別される存在――どんなに正しく道徳的に生きたところで、愚民どもに指さされ、嘲笑されるという事実は、少しも変わらないのですよ?」
おかしい。
否定の声が、出てこない。
どうして?
耳を塞ぎたいはずなのに、どうして言われるままになってるの、あたし?
どうし……て?
兄さんとの、子……赤ちゃん……?
「いったい何を気にかけているのです。兄と妹の濃い血のつながりから優秀な子供が生まれた方が、サイキッカーの未来のためには良いことなのではありませんか? あなたのお兄さんは、一人でも多くの優れた同志を望んでいるのではないのですか? 選ばれた民が、数でも勝る未来を。そのためにお兄さんが、別の女性サイキッカーを犯していないと、あなたは断言できますか?」
「……」
「おや?」
相手をひたと見すえていたウォンの声の調子が、ふと変わった。内緒話のような、早口の低い声で、
「レジーナ。身ごもっているんですね?」
彼女の首が、こくんと縦に動いた。
その動きは、なぜか人形のように不自然だった。
ウォンは満足げに微笑んで、
「ほう、あなたの本当の秘密に、ようやくたどりついたようですね。そうでしたか。失礼なことを言ってすみませんでした。……誰の子供かということは、尋ねるだけ愚かなようですね。もう、四ヶ月をすぎているのでは……もし他の男との子なら、とっくの昔に処置をしているはずですからね」
「そうよ、決まってるじゃない……」
レジーナの頬にも、微笑が浮かんでいた。しかし、その翠の瞳はひどく虚ろで、どこにも焦点を結んでいなかった。
「それでは、そんなに寒々しい服を着てはいけませんよ。愛しい人との子供を育む身体を冷やすなどというのは、一番いけないことです。転びやすいブーツを履くのもおやめなさい。やたらな出撃もおやめなさい。母体は大切にしなければいけませんからね。しかし、とにかくおめでたい話です。ノアの皆にも教えてあげるといい。ところで、肝心のお兄さんは、あなたの懐妊をもう知っているのですか?」
「まだよ。これから話して、驚かせてあげるの。兄さん、きっと、喜ぶわ……」
一本調子の返事。魂の抜けた声。
「そうですね。とても喜ぶことでしょう。そして、あなたならとても良い母になれますよ、レジーナ・ベルフロンド」
特殊結界がすっと消えた。
それまで宙に浮いていたレジーナは、どさりとウォンの腕の中に落ちた。
「大丈夫ですか? ノアまで誰かに送らせましょう。大事な身体ですからね、丁寧に運ばなくては……」
そう囁くウォンの瞳にはだが、奇妙な憎しみが浮かんでいた。
レジーナが、虚ろでありながら、どこか幸せそうな表情を見せているからだ。
兄の子供をはらんでいるなどという、いかがわしい暗示で、どうして。
実際に共寝をしたかどうかの問題ではない。彼女にとって、妊娠は避けたい事態のはず。それなのに、催眠の言葉に丸め込まれる前から、それを夢見ていたとしか思えない様子なのだった。それも切ない乙女心と言えば言えるが、その相手が、あの頼りない若造であるかと思うと。
ウォンは緊急脱出用カプセルに、彼女の身体を静かに横たえた。
可哀相な、レジーナ・ベルフロンド。
少しもかえりみてくれない兄を慕って。あなたの兄は総帥代理とうそぶきながら、ノア総帥を夜ごと犯して楽しんでいるのです。あがめ奉るふりをしながら、利用し、見下し、苦しませているのですよ。
そんな醜い状況を、兄の片腕であるあなたが、許してはいけません。
これから彼の気持ちは、せめてもう少しあなたに注がれるべきです。
今までのように軽んじられたままでは、絶対にいけませんよ。

★ ★ ★

「うん? どうしたんだ、レジーナは」
「わかりません、今日は丸一日、レジーナさんを見た者はいません」
「そうか。まあいい、始めよう」
「いいんですか?」
「何がだ」
みな、顔を見合わせている。
ノアの定時の会議には、彼女はかならず出席している。決して遅れたりしない。
そのため、若い幹部達は不安になり、カルロの様子をうかがっている。
カルロはそれが腹立たしかった。全ての議題の最終決定権は僕にある。それなのにみな、レジーナに気をつかう。彼女が特別な発言をする訳ではないのに。オリジナリティのあることも言わない。彼女はただ、兄を支援する台詞しか口にしない。
それなのに、皆のこの動揺した様子はなんだ。
兄のくせに、妹の動向を少しも把握していないのかと、不信感のようなものすら生まれているようだ。
「気にしなくていい。レジーナはレジーナで動いている。会議より大事なことがあると、彼女自身が判断してのことだ」
「そうですか」
それから、微妙な雰囲気を残したまま、次の計画についての話し合いが始められた。
カルロは話に身が入らなかった。
レジーナの奴、いったいどこをほっつき歩いているんだ。
僕が出撃の命令を出していないのに、勝手に基地を出るとは何事だ。
戻ってきたら、きつく叱ってやらなければ。
身内だから甘やかしていると思われたら、今いる者達にしめしがつかない。
そんなことばかり考えながら、益もない現状確認に、曖昧なうなずきを続けていた……。

6.PATTY/MIGHT

「ごめんね、マイト。全然気付かなくって」
気がつくと、彼は自分のテントの中にいた。
毛布がかけられ、額には冷たいタオルがあてられていた。上着は脱がされ、汚れた顔や口の中は、すっかり綺麗にされていた。
「調子、よくなかったんだね。水くみに行ったら倒れちゃうほど具合悪かったなら、そう言ってくれればよかったのに。どうりで」
変だと思った、とパティはタオルを取り替えながら笑った。
「パティが……ここまで俺を運んでくれたのか」
「そうよ。サイキック使えば、マイトぐらい、たいしたことないもの」
「すまない、母さん……」
そう口走った瞬間、マイトは再び強烈な吐き気に襲われた。
母さん。
どうして俺は、パティを母さんだなんて!
「マイト? どうしたの?」
「うわあぁぁぁっ!」

思い出した。
思い出した。
長い廊下に、ズラリと並べられた縦置きのカプセル。
その一つ一つに、どろりとした液体と共に、人間の身体が封じ込められている風景。
そこには髪が金のもの、赤毛のもの、中には銀いろの人間もいた。性別や年齢も様々だ。
SF映画ではよくある風景で、蝋人形館のような趣きもある。
ぞっとしない。
なぜ、父さんは俺をこんなところへ連れてきたんだ。
「ゆっくり話をしたいと思っていたんですよ、マイト」
長身の父が、柔和なまなざしでこちらを見つめている。長い黒髪は艶やかで、年の割には意外なほどに若々しい。慇懃な口調は風姿にふさわしいもので、マイトはあまり嫌な感じがしなかった。
「これはなんなんだ? 悪趣味な飾りだな」
軽口を叩くマイトに、父は軽く肩をすくめた。
「飾りではありません。クローン体です。すべて優れた超能力者からつくりあげた、優秀なコピーです。時が来れば、皆、めざめます」
「コピー? 何のために」
マイトが眉をしかめると、父は微笑みを消した。
「……あなたも年頃ですから、ガールフレンドの一人もいるでしょう?」
話を急に自分にふられて、マイトは赤面した。
「そんなもの……」
「おや、いないんですか。もう十六だというのに、意外に純情なんですねえ。どんなタイプが好きだとか、そういうこともないんですか?」
「俺は、別にそんな」
「それなら、順番を追って話さなければいけませんね。……マイト、どうして西洋では、嫁入り前の娘が処女であることに、長くこだわり続けてきたと、思いますか?」
「し、処……」
マイトが思わず足を止めてしまうと、父はその背を軽く叩いた。
「おやおや。……そうですね、言葉だけでそんなに照れてしまう年でしたね。無理に質問に答えなくていいですから、続けて聞いて下さい。中世の冒険時代、文字通り海外で暴れた西洋人達は、新大陸から沢山の性病を持ち帰りました。性病は、気付かないうちに身体をむしばみ、その間にパートナーにも感染させてしまいます。病気同士のカップルから産まれる子供は、親の不品行をあからさまにするだけでなく、弱くて死んでしまいやすい。男にとっては、家を断絶させないため、丈夫で綺麗で病んでいない子供を産ませるために、若く、まだ性病にかかっていない生娘を妻にするのが、大変に重要なことだったのです。ですから彼らは、妻が世継ぎを充分こしらえてしまえば、彼女の身体には見向きもしません。外でもっと、経験値が多くて楽しめる女性をさがします。処女の価値というのは、その程度のものなんですよ」
マイトは、話の不快さに顔をしかめたままだ。
父は続ける。
「反対に東洋では、伝統的に、処女であることはあまり意味のあることではありません。婚前性交はたいした問題でなく、地方によってはむしろ文化として奨励されていました。むしろ、女性に関しては結婚後の裏切り――不倫の方が、死に値するほどの問題とされてきました。東洋では女性は働き手、家族の柱の一つです。ですから、あからさまによその家の子をはらんで、家庭を崩壊させてもらっては、困るのですね」
瞳こそ青いものの、いかにも東洋人の風貌をした父は、平気でそううそぶく。
いったい彼は、何を訴えたいのか。
「そんなくだらない話がしたくて、俺をこんな処へ連れてきたのか?」
父は再び微笑みを浮かべた。
「まあ、今のは単なる文化論で、前置きです。西洋と東洋の、どちらが優れているかという話でもありません。女性が《子供を産む道具である》という認識としては、どちらも全く同じなのですからね。……本題はこれからです」
マイトの背を軽く押して、父はゆっくり歩きはじめる。
「一般的に男性は、女性と自分は違う生き物だと思っています。ですから、理解したいなどとも、まず、考えません。女性というのは、男性同士のゲームの景品にすぎず、その中身については、価値をおくどころか、物として見下しています。もしくは、必要以上に恐れています。実に愚かなことですが」
「俺は……」
「そうですね。まだ実際の色事を知らないマイトには、そんなことは想像もつかない話でしょう。それに、俺は女を馬鹿にしたりしていない、と言いたいのでしょう。よく、わかりますよ。私も別に、女だからどう、ということは思っていません。もちろん好みはありますが、女性全般を嫌ってはいません。ですからこれは、あくまで一般論です」
「だから、それが、どうしたんだ」
「マイト」
父は廊下の角を曲がった。その通路は、一つの部屋に続いているようだった。
「多くの男性が何故、女性を見くだしながらも恐れるか、知っていますか。それは、どんな人間も、母の胎内から産まれるからです。そして、多くの男性は、母に世話をされて命をつなぎ、育ちます。つまり、弱く、情けなく、醜い過去は、母親にすべて握られているのです。だからこそ、多くの男性は恥ずかしさから、空いばりせずをえないのです。そして、母になるべき女性達を、否定してきたのです。これは実に愚かなことです。女性だとて、女性から産まれてくるのですから、男性だけが引け目を感じる必要など、少しもないというのに」
父は、相変わらず優しい声で続ける。
「マイト。私自身は、自分の母をとても愛していました。それゆえ、多くの男性達のくだらぬ女性観を、ずっと軽蔑してきました。そして、考えたのです。彼らのつまらぬ恐れを、この手で消し去ってやろうと。母でない者から産まれる子供達を、より多く世の中に放つことによって」
「それで、クローンか。安易な結論だな」
マイトが吐き捨てるように言うと、父は首を傾げた。
「安易でしょうか。私はむしろ、根本的な意識改革のためには、必要なことだと思いますよ。なぜ多くの人間が、人間のクローンに関してだけは、あんなに必死に倫理問題を持ち出すのか。それは、今までの常識をくつがえされるからです。ただ双子が増えるだけだというのに、自分がとって変わられるのではないかと、必要以上に恐れる。今までのモラルの方が、よほどくだらないというのに、彼らはそれにしがみつかずにいられないのですね。新しい世界の方が、よほど自由で暮らしやすいというのに」
「そんな馬鹿な」
「どうやらマイトは、クローンに関しては否定派のようですね。そうですか。それでは仕方がありません。開かずの間を、あなたにだけは見せてあげましょう」
「えっ」
つきあたりの部屋のドアが、ウォンが手をかざすとスッと開いた。
照明がぐっと落とされた、薄暗い部屋。
先ほどの廊下と同じで、人の入ったカプセルが、ところ狭しと並んでいる。
「こ、これは……!」
赤い髪、すんなりのびた若い肢体――自分とまったく、同じ顔をした、同じ年頃の青年達。
父は、こともなげに呟く。
「すべてあなたの兄弟達ですよ。あなたは十三番目の、マイトです」
待て。
俺がクローンだと?
クローン? 誰の?
待て。元の俺は、いったい誰から産まれたんだ。
父親は、目の前にいるこの男だ。それは知っている。
しかし、母は?
「お母さんに、会ってみたいですか」
父が、低く囁く。
「どこにいる」
「ここに、いますよ。……非常に残念な、話ですが」
残念?
「彼女のクローンをつくることは、できなかったのです。彼女は優れたサイキッカーで、素体としても非常に良いものだったというのに……その失敗は、悔やんでも悔やみきれません。ですから私は、時をかける新たな能力を開発しました。簡単に言えば、過去に戻る能力です。増幅機械とサイキックを使うことで、新たな道が開けようとしているのですよ。ですからあなたも、いつか、生きた母親に会える日が、くるかもしれません」
「母さんは、死んだのかっ!」
「残念ながら、この時代ではそうです……ほら、ここに」
部屋の一番奥に据えられた、ひときわ大きいカプセルの中に、一人の少女が浮かんでいた。豊かに流れるブルネット。意志の強そうな眉。引き締まった口唇。華奢で、折れてしまいそうなウェスト。
パトリシア。パティ。
「マイト・マイヤース」
父はマイトの左後ろに立ち、身を屈めて囁く。
「おそらく過去で、私はあなたとわけあうことになります、この女性を」
囁かれて背筋が凍り付いた瞬間、カプセルの向こうから声がきこえた。
「マイト」
パティの声だ。
残留思念?
「マイト。お願い。過去の私を殺して。リチャード・ウォンにもてあそばれる前に、その稲妻の剣で、私を斬って!」
「できない、そんなこと」
マイトは心の声で答えていた。
できない。
母さん。
いや、パティ。
「お願い。これが私の、最後の願いなの。お願い!」
「俺には無理だ」
「それなら、忘れさせてあげる。私が母親だってこと。だから、私のサイキックの波動を覚えて、沢山のサイキッカーの中から、過去の私を探し出して。追いかけてきて……!」
「絶対にいやだぁっっ!」

絶叫と同時に、マイトは過去の――いや、未来の思い出をすっかり思いだし終えていた。パティはすでに、テントの中で血まみれになって、倒れていた。
虫の息。
マイトの手から、すでに稲妻の剣は消えていた。
俺が、やったのか。
パティはまったく逃げようとした様子がない。
黙って俺に、殺されようとしたのか。
そんな。
《サイキッカーはすべて狩る》
それしか覚えていなかったのは、それが彼女の、未来の願いだったからなのか。
そんな。
俺が欲しかったのは、こんな過去じゃない。
俺が殺すべきなのは、パトリシア・マイヤースなんかじゃない。
今、はっきりわかった。
軍サイキッカー部隊総司令官、リチャード・ウォンだったんだ!
俺はこれから、未来を変える。
たとえそれで、俺の命が失われるんだとしても、俺は行かなければならない!
パティの応急手当てだけをすませると、マイトは飛びたった。
何もかも覚えている。
そう、今は、何もかも。
こんなに恐ろしい記憶までも。

7.CARLO/KEITH

「どうしよう、私、こんな取り返しのつかないこと、いったいどうしたら……でもこの子、本当に可愛いの。だって、兄さんそっくりなんだもの。ねえ、兄さん?」
すすり泣いていたかと思えば、急に浮かれてケラケラと笑い出す。
何か小さな物を抱きかかえているポーズをとって、何もない場所に向かって、あやすような言葉をしきりに囁いたりもする。
「レジーナ……」
彼女にはもう、兄の姿も見分けられない。
誰に対しても、兄さん、と微笑みかける。
強大なプレッシャーをかけられて、精神に異常をきたした状態――カウンセラーが見てはいるものの、何か強烈な暗示でブロックされているらしく、狂気をとく糸口がみつからない。しかも彼女はその潜在的なサイキックのほとんどを奪われて、戦力としても使い物にならない身体にされていた。
たった一日半の、失踪で。
軍のものらしい妙なカプセルに詰められて、彼女はノアに届けられた。
極秘出口の一つに、こっそり放置されていたのだ。
レジーナ。
ほぼ廃人に近い有様の彼女を見て、カルロはさすがに苦しんだ。
僕の、僕の妹が。
どうしてこんな惨めな姿に。
治療室でこみあげる怒りをこらえていたカルロの後ろに、一つの人影が立った。
「キース様」
「いたのか。レジーナの様子はどうだ」
総帥キース・エヴァンズは、ベッドの上で、いない赤ん坊をあやし続けるレジーナを見つめ、その痛ましさに目を細めた。
「相変わらずです」
「そのようだな」
キースはすっとレジーナに近づくと、彼女の額に手をかざした。
その脳内で起こっている悲劇を、少しでも軽くしようと試みているのだ。
「……難しいな」
キースは小さく首を振った。
「よほど献身的な治療を試みなければ、回復は難しいだろう……私では手のほどこしようがない。彼女自身に目覚める意志がないんだ。基本的に、今の夢の中で幸せだからな。優しい兄と、可愛い子供がいる幻想の世界で、暖かく満ち足りている。だからその二つさえ奪われず平和でいられるのなら、ずっと狂気の中に住んでいて構わない、と思っている。だから……」
つまり、兄である君がつきっきりで愛情を注げば、あるいは正気に戻るかもしれない、と言う言葉を飲み込んで、キースはカルロを見つめた。
カルロは答えない。キースがのみこんだ言葉を、じゅうぶん察しながらも。
キースは小さくため息をつくと、治療室を出た。
カルロはすぐに後を追う。
「あれは、リチャード・ウォンの仕業です」
「おそらく、そうだろうな」
「キース様は何故まだ、あの男とコンタクトを続けているのですか! あんなことをする男を、いったい何時まで信用し続けるつもりなんです!」
「カルロ」
キースの瞳が冷たくきらめいた。
「……君は、あれが、私のせいだと、いうのか?」
アイスブルーという形容詞そのままの、凍れるまなざし。
「どうしてレジーナは、単身軍に乗り込んだのだ? 何故そんな無謀を試みた? それはいったい、誰のせいだと?」
可哀相に、という言葉をキースは飲み込んだ。
カルロは真っ青になっていた。
そして、震えていた。怒りで。
追いつめられて、猫を噛もうとする鼠の形相。
ついに来たか。
この男が、私に背こうという瞬間が。
しかしここでは大きな被害が出る。カルロを追いつめるには、誰も傷つかない、だが誰もが見られるような場所へ移動しなければならない。準備はしてある。第二エネルギー炉だ。今あそこには何のエネルギーも充填されていない。隔壁をおろせば誘爆も防げる。なるべく人通りの多い通路を通って、二人の争う様子を皆に見せつつ、そこまで急ぐ。そこで、カルロとうまく二人きりになれれば。
しかし今が、本当に適切な瞬間なのだろうか。
キースはくるりと、カルロに背を向けた。
「彼女が殺されなかっただけ、ありがたく思うがいい。とにかく今は治療を続けるしかない。生きてさえいれば、いつかきっと何とかなる」
カルロの殺気が少しゆるんだ。
希望の言葉をきかされて、逆上がなだめられたのだろう。
キースは少しほっとしながら歩き出した。
まだだ。
まだ決定的な瞬間ではないのだ。
そう、せめてレジーナが少しでも良い状態になる日が来るまで、待ってもいい。
しかし、そんなキースの思惑に気付かず、カルロはしつこく後からついてくる。
「どうした。私に何かまだ用があるのか?」
「新しい、軍サイキッカー部隊攻略計画の打ち合わせをしたいのです」
キースは心底うんざりした。さらに足を早めながら、
「またか。もういい」
「またかとはなんです」
「同胞を無駄な危険にさらす計画はやめろという意味だ」
「無駄ですって」
「向こうは国家防衛の名目で、十分な時間と資金をかけて新しいサイキッカーを集めてくるんだ。何度叩こうと不利なのはこっちだ。ノアの貴重な戦力を削ぐだけの計画など、やめておけ」
「今回はそんなことはありません、話をきいて下さい」
「なんだ、どうしても会議で私に話させようというのか。私などいなくても進められるだろう。頼れる妹がいなくて、そんなに心細いのか。大の男が」
カルロの足が一瞬止まった。
再び、怒りの発作に震えている。
駄目だ。まだここでは早い。
キースは胸の隠しから、一通の書類を取り出した。
「いま必要なのは、こっちの対策だ」
民間研究所の実態に関する報告書――キースがそれを手渡そうとすると、カルロは拒んだ。
「僕も、それには目を通しています」
キースはため息をついた。
「これを見て君は、資金提供者達のいうことがもっともだとは思わないのか? 民間研究所がサイキッカーを捕らえて行う実験は、軍のものよりさらに悪辣だぞ。思春期の息子の前で、母親を集団で暴行……こんなことは実験ですらないのに、サイキッカーを増やす研究として、堂々と行われているんだ。それを、許し難いとは思わないのか。苦しめられている同胞を、救い出さねばならないとは考えないのか」
できれば救い出したい、とキースは思う。
軍が民間研究所を襲って潰し、そこのサイキッカーを保護する例も、その書類には書かれていた。もちろん軍は天国ではない。だが、収容されてしまえば民間研究所よりましな状況になることも多いのだ。そこにはまだ、救いがある。そして、もしノアが、軍と同じ事を積極的にやれれば。
カルロは首を振った。
「その情報は、あてになりません」
「なんだ? 情報操作が加わっているとでも、いうつもりか」
「そうです。軍の操作です」
カルロ。
なぜ、そこまで軍にこだわる。
事実さえ認めようとしない。
同じ過ちを繰り返して、なぜ反省しようとしないのだ。
キースはあきれて、きびすを返した。
もういい。
もう、おまえとは、話もしたくない。
「キース様、待って下さい」
それでもカルロは追ってくる。キースは無言で歩き続けた。
「最大の敵は軍だということを忘れないで下さい。あいつらが何をしていたか、僕たち兄妹を助け出してくれたあなたは知っている筈です。民間研究所の規模などたいしたことはない。憎むべきは、軍なんです!」
キースは自分が、第二エネルギー炉エリアに入ったのに気付いた。
もういい。
そろそろ認めよう。終わらせる時が来たのだ。
元総帥と総帥補佐の関係がうまくいっていないことは、すでに周知の事実だ。
今日この瞬間が潮時なのだ。
キースはそっと、隔壁作動ボタンにサイキックで信号を送った。
このエリアには人がいない。そして、隔壁は素早く、安全に降りる。
たとえ全力を出して戦っても、余計な人死には出ない。
炉心ほど近い廊下までたどりついた時、キースはやっと足を止め、カルロを振り返った。
興奮から息を乱し、薄く涙を浮かべている、自分より年かさの男を。
「カルロ・ベルフロンド」
キースの心は、つめたく冷えていると同時に、深い怒りで燃えていた。
身体の底から吐き出すように、
「君からすべての権力を奪う。総帥補佐の仕事は、金輪際しなくていい。いや、この新生ノアから、出てゆけ」
「!」
キースはすかさず畳みかけた。
「いったい君は何者なんだ。自分のやりたいことだけをやり、その責任はとらない。総帥補佐といって私を担ぎだしておきながら、こちらの指示には耳を貸さない。君は有能な右腕どころか、忠実な犬でさえない。それの何が補佐だ? 君は卑怯者だ。不必要な存在だ。ノアに害をなすものだ。さあ、今すぐ出ていけ!」
「……わかりました」
カルロは、低く、静かな声で答えた。
「もう、あなたの犬であることはやめます。補佐を名乗ることも」
翠いろの瞳は、怒りに満ちていた。
理解されないこと、愛されないこと、ずっと踏みにじられてきたこと――すべての憤りが、ついにカルロの口唇から溢れた。
「これからは僕がノアの指導者となります。そして、軍を徹底的に叩く!」
「いいかげんにしないか!」
キン!と鋭い音が、二人の間ではじけた。
氷と水。
似て非なる二つのサイキックが、怒りのままに激突する。
来たのだ。
二人がようやく、決着をつける日が。

8.MIGHT/WONG

「ようやくここまで来ましたか。待ちくたびれてしまいましたよ」
どうやら、間に合ってくれたようではありますがね。
鈍い金色と朱色とで不気味に彩られた軍司令室私室の中で、リチャード・ウォンはうっすら微笑んだ。
「待ちくたびれた、だと?」
赤毛の美少年は、まっすぐな怒りを自分に向けている。
そう、それでいい。
「ええ。これは、予定どおりの未来ですからね」
「どういうことだ!」
マイトの瞳に動揺が走る。
そう、ここで迷わせてはいけない。
ここからが、この茶番のもっとも重要な部分なのだから。
ウォンは憎々しげに呟く。
「まだ、すべてを思い出していないようですね、マイト・マイヤース。あなたは軍が現在開発している生体兵器、《サイキッカーハンター》実験体の一人なのですよ」
「嘘だ!」
俺はハンターなんかじゃない。
軍に命じられて動いてるんじゃない。俺は、母さんの言いつけを守って動いてきたんだ。おまえに操られた訳じゃない。
「時空を越えた反動で、記憶がだいぶ混乱しているようですね。未来から過去へのタイムスリップは、普通のサイキッカーには辛いことらしい。私には自在のことですが」
嫌みたっぷりに笑ってみせ、
「あなたが創造主たる私に牙を剥くことも、とうの昔に予想ずみです。そしてあなたの命は、今日ここではかなく散るのですよ」
「そう簡単にいかせるかっ!」
マイトの手から激しい稲妻が走る。
「俺はおまえを倒す。おまえの醜い野望を、今この瞬間に刈り取ってやる!」
「ハハハハハハ!」
ウォンは尊大に笑った。
「果たして、わずかな時間しか残されていないあなたに、そんなことができますかねえ。第一、あなたがここに来たということ自体、過去で私が倒せなかったことの証左ではないのですか? あなたはこれから生まれるのですよ、私の手で」
「ふ、やってやるさ!」

マイトの動向を、リチャード・ウォンはほぼ正確に把握していた。軍を脱走させた時(そう、わざと脱走させたのだ)、表向きは追っ手もかけさせずにいたが、その動向は部下にずっと探らせていた。音を操るサイキッカー、パトリシア・マイヤースとずっと旅を続けていたことも知っている。つまりこの少年は、自分をパティの息子だと思いこんでいるはずだ。
マイトには何重も暗示がかけてある。そうしなければ精神が崩壊しかねない、危険な状態だったからだ。
彼は、民間研究所に捕らえられていたサイキッカーの一人だった。
母子ともに捕まえられ、引き離されて互いに人質にされていたために、逃げられなかったのだ。ある日マイトは、どうしても母に会いたいと訴えた。無事を確かめられるなら大人しくしている、と。しかし、いましめをかけられ、強化ガラス越しに見せられた母の姿は――陵辱されていた。催淫剤を盛られた複数のサイキッカーに、代わる代わるに犯されていた。自死できないよう、口に醜いくつわをかまされて。
母はしかし、心で叫んでいた。
《私を殺して、マイト。そして、あなただけでも、逃げて……!》
許せない。
無力な自分が。研究所員に踊らされ、無力な母をむさぼるサイキッカー達が。目の前の現実の、何もかもが。
許せない!
マイトの力が、いましめを越えて暴発した。
研究所内は騒然、侵入の機をうかがっていた軍サイキッカー部隊は、その混乱に乗じ、そこに捕らえられていたサイキッカー達をすべて回収した。
が、マイトの母は衰弱しきっており、応急手当ても空しく死亡した。
半狂乱に陥るマイト。
扱いに困った軍部隊は、彼を薬で強制的に眠らせ、連れ帰った……。

「おや、これは……」
気の毒な、たが、理想的な素体を見つけて、ウォンは眉を上げた。
優れた資質をもっていて、なおかつ、暴走しかねない者。それをずっと探していた。自分のひそかな計画のために。
マイトという少年に、彼は時間をかけることにした。
彼ならば、暴走したところで軍の施設ぜんぶを吹き飛ばす力はない。今回の茶番には最適の人材だ。しかし、最初から暴れられては困る。暴れてもいいが、狂ったままでいて標的を間違われては困る。サイキッカーハンターの候補に入れ、一度は理性を取り戻させなければ。
母のむごすぎる姿と死を目の当たりにしたマイトの心の傷は深く、現実を認めたくない気持ちの強さは、暗示をかけるのに実に都合のいい状態だった。現実にありえそうもない暗示ですら、その心の中に、するすると入っていった。
《あなたには過去がない。
あなたは未来からきたものだからだ。
あなたには母はいなかった。
あなたの母は、あなたが愛する最初の女だ。
あなたの使命は自分と同じ波動、サイキックを持つ者を追うこと。
あなたの悲劇はあなたの無力さから起こったのではない。
あなたの憎むべき相手は、この私――リチャード・ウォン》
暗示によって、経験してもいないことが現実として、マイトの中に刻みこまれていく。過去が勝手に再構成されてゆく。その再構成にさらに暗示を重ねがけする。そうして新しいマイトがつくられていく。
脱走直前、マイトはうまく仕上がった。
自分の名前と使命しか覚えていない状態に。
もちろん、そんな曖昧な心理状態に、人は長く耐えられない。
だから、愛する人間を見いだした時、そのバランスを崩して、偽の記憶が発動するようにしかけておいた。自分は未来から来た者、自分は母親と寝てそれを殺し、最後には父を殺すという悪夢の記憶を。
そんなに無茶でいたましい記憶でさえ、マイトにとっては本物の記憶よりもましなものなのだった。そうまでして忘れたい過去は、本当に消えてしまう。それがどんなに強い感情を伴ったものであったとしても、塗りつぶされて思い出せなくなってしまうのだ。
見極めをつけると、ウォンはマイトを野に放った。
戻ってくる日を、指折り数えて待つために。
そして、この日が来たのだ。
自らの息子エディプスに殺される父王という、人類最古の悲劇を再演する日が。

マイトに手首を捕まれた瞬間、ウォンは戦慄した。
強い。
偽の記憶から生まれた憎悪が、こんなにも強いとは。
いや、偽の憎悪というのもおかしい。
この少年をもてあそんだという意味では、憎まれて当然なのだから。
「これで終わりだっ!」
激しい電撃が、ウォンの全身を貫く。
「馬鹿なっ、この私がっ!」
増幅装置による緩衝がなければ、本当に気絶してしまいそうだ。
「未来は一つじゃないんだ、ウォン。俺がここで、すべてを断ち切ってやる!」
「あああああっ!」
ウォンの絶叫と共に、部屋中に閃光がひらめいた。
超能力の衝突による爆発。
激しい爆風は、司令官私室を見事に吹き飛ばした。
強い光の中、二人の姿はかき消すように、失せた……。

9.CARLO/KEITH

馬鹿な。
キース様が僕を追い出す?
僕がいけない?
僕の何が?
誰がノアを、ここまで立て直したと思ってるんだ?
キース・エヴァンズ、あなたはきれいごとしか言わない。
サイキッカーを救うのが使命だなどと言いつつ、自分では何もしない。
今のあなたは、力無い、虚ろな象徴だ。無茶な怒りをまき散らすだけの暴君だ。
それで、いいのか?
総帥補佐などという、ひたすら辛いだけの仕事を、この僕がなぜ懸命に続けてきたと思う。
あなたの始めたことが間違っていなかったからだ。だからこそ僕はついてきたんだ。どんな言葉を投げつけられても、あなたのそばで耐えてきたんだ。あなたを尊敬していた、敬愛していた。だから僕は全力を尽くして仲間を集め、基地を再建した。僕の持つ全てのもので、できる限りのことをしてきた。
それなのに、僕がノアに害をなすだと?
新生ノアがもう駄目だということは、僕だって知っている。
有力な同志はみな消えた。残っているのは弱く無気力な他力本願の者か、秘密結社の名を借りて好き勝手にやろうとする、ならず者ばかりだ。
ノアにいるのは、サイキッカーとはいえ、選ばれた民ではない。
最後の頼りだった妹も、発狂した。
だからもし、僕が始めたものなら、もうとっくに解散している。
それでも僕がノアにしがみついてきたのは、キース様、あなたの最後の理性を信じていたからだ。
どうしてあなたは、ウォンの甘言に踊らされていると認めようとしないのですか。
どうしてこんなに、愚かな選択をしようとするのですか。
いま僕がノアからいなくなれば、最後の支えを失った新生ノアは、崩壊する!
「何故です、キース・エヴァンズ。どうしてあなたには解らない!」
「それはこちらの台詞だ」
「目を、覚まして下さい!」
「目がくらんでいるのは、君だ!」
氷の槍と一条の水流がぶつかる。氷の龍を水の刃がはじきとばす。
二人の激しい戦いは、すぐにノア内にいる皆に伝わった。
みな、隔壁ごしに、その様子と行方を、息をのんでうかがっている。
誰も、どちらにも加勢しようとしない。
彼らの戦闘に割って入れば、自分が死ぬとわかっているからだ。
総帥のサイキックの破壊力、そして総帥補佐のトリッキーな力と潜在力。
二人の争いを止めえる力を持つ者など、もうこのノア内には残っていないのだ。
「おまえの力は見切った。さらばだ!」
「弾けろっっつ!」
爆音。閃光。
「ぁあああーーーーっ!」
その時、基地内に響きわたったのは、ノア総帥の断末魔……。

★ ★ ★

もうもうとたちこめる煙の中で、カルロは茫然と膝をついていた。
信じられない。
本当に、これがキース様なのか。
魂の抜けてしまった身体は、こんなにも小さく不気味なものに変わってしまうものだったか。
カルロは目の前の屍を、静かに抱き上げた。
死んでいる。
間違いなく、死んでいる。
だらりと垂れ下がる細い腕。閉じた瞳。血で汚れた冷たい頬。
僕が、殺したのだ。
この、僕が。
あまりにも激しい爆風は、一番近くにあった隔壁の一部を破壊していた。
二人の衝突によって、予期できる以上の力が加わったのだ。
しかし。
僕が、この手で、キース様を倒すなどということが、本当に……?
そんなつもりではなかった。
ただ、あなたをいさめたかっただけなのに。
たとえ暴君であろうと、操られていようと、抜け殻であろうと、あなたこそが、今のノアに、一番必要だったのに。
「キース様!」
カルロの頬を滂沱の涙が流れる。
「教えて下さい。僕たちはどこで間違ったのですか。本当にあなたが望んでいた結末は、こんなものではなかった筈だ。キース様!」
その慟哭の中、ノアをそっと抜け出して行く者もあった。
キースの力とカリスマに魅かれて来た者達は当然。そして、総帥を手にかけた総帥補佐に、失望した者達も。
あまりのなりゆきに動けないでいる者も多い中、カルロの号泣だけが続く。
「僕はこれからどうしたらいいのですか、キース様!」
その時。
壊れた隔壁を通って、煙の中を近づいてきた一つの人影があった。
「兄さん」
優しい声が、優しい掌が、カルロの背中にそっと触れた。
「……あたしがいるよ。これからもずっと、一緒だよ」
「レジーナ!」
さっきまでの狂気はいったいどこへ――?
「夢の中で、兄さんが泣いてるのが聞こえたの。だから、あたし、行かなきゃって」
兄の危機を感じて、彼女は目覚めたのだった。
あそこまで強くかかっていた暗示が、兄の心に感応して、一瞬にして解けたのだ。
甘い愛の夢よりも、過酷な現実を選んで迷うことのない、その強さ。
言葉もなく妹の顔を見上げていると、レジーナは目を伏せた。
「兄さん。今は泣いて。泣いていいんだから。大事なものをなくして、つらくない人はいないんだから」
カルロの瞳から、新しい涙があふれ出す。
それは、悲しみからではない。もっと何か別の涙。
レジーナは、低い声で静かに続ける。
「泣き疲れたら、ゆっくり眠ればいい。起きたら、また、考えればいいのよ。明日のこと、これからのこと。だってまだ、仲間が残ってる。何もかも失った訳じゃない。だから、希望はあるわ。だから、忘れないで……あたしが居ること」
「僕は、おまえを忘れたことなど……」
レジーナはクスッと笑った。
「わかってるよ。兄さんがあたしのこと、どれだけ思ってくれてるか。他の誰が知らなくても、あたしは知ってる。兄さんはだから、いつも私の支えだった。だから兄さん、もっとあたしのこと、頼りにして。頼りない妹かもしれないけど、それでもずっと、そばにいることぐらい、できるから」
「レジーナ」
カルロは総帥の亡き骸をそっとその場に横たえ、すっくと立ち上がった。
そうだ。
僕は何もかも失った訳じゃない。
僕はまだ、やり直せるのだ。
この、美しくも聡明な妹と。
「……強くなったな、レジーナ」
「ええ、兄さん」
カルロはその胸に、大きく息を吸い込んだ。
まだ壁の向こうで待っている者達に向かって、大声で叫んだ。
「これから、本当の意味での新生ノアが始まる。新しい理想についてこようと思う者は、僕のもとに集え!」
いや、構わない。
誰もついてこなくとも。
それでも僕は僕の手で、新しい流れを創り出す。
レジーナと共に。
隔壁の向こうから、近づいてくる影があった。
残っていた同志達だ。それが一人、また二人と。
遅すぎるとはいえやっと目覚めた、新しい指導者のもとへ……。

10.MIGHT

おかしい。
マイトは、薄暗闇の中で、ぼんやり考え続けていた。
俺は、母を手にかけ、父を殺した。
なぜ、俺は死んでないんだ。
いくらクローン体とはいえ、その祖先を殺したら、その瞬間に俺の存在そのものが、消えてしまうんじゃないのか?
それともウォンは、死ななかったのか?
いや、死体の確認はした。あいつに息はなかった。
だから俺も、安心して倒れたんだ。
もしかして、未来が、変わった?
それとも、あれは夢だったのか?
夢なら、何が、どこまでが夢だったんだ?
何故、ここは軍じゃない?
俺は逃げてきたのか? いつの間に? 無意識に?
それとも誰かに運ばれた……訳はないか。

大事なことを忘れている気がする。
なんだろう。
パティは本当に、俺の母さんなのか?
あの黒髪の東洋人と、豊かなブルネットのパティから、俺のような赤毛の息子が生まれるものなのか?
俺は本当に、未来から来たのか?
どうして未来のウォンは、俺にあんな秘密のクローン体を見せたんだ。
何故、俺を待っていた。
わからない。

俺の父は、ウォンじゃないのかもしれない。
ウォンは遺伝子研究の指揮をしていただけで、生物学上の父親は、また別にあったのかもしれない。
パティはたぶん、まだ生きている。
だから俺は消えないんだ。まだ息があるんだ。
生きていても良いことなど、もう何もないっていうのに。
過去も、家族も、愛する人も、使命すらも。
俺には何も残されていない。
それならいっそ、ここで冷たくなってしまった方が……。

「マイト! マイトなの?」
聞き覚えのある声に、マイトはハッと目を開いた。
膝をついて起きあがると、そこが、小さな病院脇の道路だったことに気付いた。
人の気配に気付いて起き出したものらしい、明るい窓の中で、パティが涙ぐんでいる。
「良かった。生きてたんだね、マイト……」
どうやら無事に保護されて、ここで静養していたらしい。
少し青ざめてはいるものの、命に別状はなさそうだ。
「パティ、俺は……」
言葉が、続かなかった。
思い出したからだ。
自分がパティを抱き、しかもその翌朝、パティを惨殺しようとした男だということを。
ああ。あれさえ夢であって、くれたなら。
パティは、薄暗がりにじっと目をこらしながら、
「マイト、怪我してるじゃない。大丈夫? 待って、私、ちょっとだけ歌うから。そしたら少しは楽になるはずだから……」
「俺には……」
俺には、そんなことをしてもらう資格はない。
「パティ。俺を、許さないでくれ」
「何いってるの、マイト?」
「俺は、パティの側にいる資格がない。俺は……」
「資格って何? 何を気にしてるの? 私は大丈夫よ。マイトがすぐに手当てしてくれたから。それにあんなの、サイキックがちょっと暴走しただけの事でしょ、よくある話じゃない」
「そうじゃない!」
「そうじゃないって?」
説明できない。
何一つ。
「マイト、昔のこと、思い出したんでしょう? それで、ケリをつけに行ったんじゃないの? それで、悪いことも全部、終わったんじゃないの? 違うの?」
パティの言うことは道理だった。
いつも通り、少しも間違っていない。
でも、だからこそ、俺は一緒にいられないんだ。
「ねえマイト。思い出して。マイトが誰でも、何をしてきた人でも、私の気持ちは変わらない。そう、言ったよね?」
「わかってる。だが……すまない、パティ!」
マイトはその場を逃げ出した。空をきって駆け出した。
少しでも速く、彼女から遠ざからねばならなかった。
街を離れて、少しでも遠く。全力を振り絞って。
「待って、マイト! ……あ、痛」
パティの怪我の状態では、飛んで彼を追うのは不可能だった。
稲妻の早さで、彼は消えていく。
「待って!」
伝えたいことが、あるのに。
もう、お母さんを探さなくてもいいこと――この病院の裏庭で、母の墓標を見つけたのだ。普通、軍に拉致されたサイキッカーの死体は、闇から闇へと葬られ、何処へも流出しない。しかし、パティの母は軍の拘束を抜けだし、この町まで逃げてきて力尽きた。気の毒に思ったここの医者が、目立たぬように墓をたててくれたこと。牧童にかつぎ込まれてきたパティを見て、もしや娘かと尋ねてくれたために、母の死はついに明らかになったのだった。
それは覚悟していた結末で、不思議に静かにパティの胸に落ちた。
悲しかったけれど、心の整理はついた。
そう、これからは本当に、自分のために生きなきゃ。
たぶんまた旅暮らしになってしまうけど、それでも頑張らなきゃ。
できたらまた、マイトと一緒に。
そう思ってたのに。
「マイト……」
ううん。
諦めることなんてないわ。
だって、今までだってずっと旅暮らしだったんだもの。
だから、これからは、旅の目的が、ちょっと変わるだけ。
マイト。
私の歌は、みんなを癒やす歌なんだから。私の力は、みんなを幸せにする力なんだから。
だから、あんなに苦しんだままのマイト、放っておけない。
パティは、薄闇の中を見つめ続けていた。
その口唇から、母親ゆずりの歌声が洩れだす。
「風が小舟を、ゆらり揺らして……月のしずくに……」
街全体が、その歌声の中にまどろんでゆく。
《希望》の歌の中に。
パティは知っている。
あきらめてしまったら、その人は決して救われない。
幸せは、幸せを願う人のところに来るものだから。
ひどいことは、いつかは終わる。
だから私は願い続ける。
命が尽きる瞬間まで、私は絶対に負けない。
待っていて、マイト。
なんとなく感じるの。もう一度あなたに会えるって。
予知能力なんてないんだけど、たぶん。
だから。

そして遠くない将来、マイトはもう一度、その子守歌をきくことになる……。

11.WONG/KEITH

「ウォン……?」
「気がつきましたか。身体は大丈夫ですか?」
「あ、ああ」
ウォンの腕に抱きかかえられて、ずっと空を飛んでいるようだった。
寒くないよう、ごく低空を、ずっと。
うっすら瞳をひらいたキースの顔を愛しげにのぞき込みながら、ウォンは囁く。
「まだ人目につかない場所なので、もう少し飛びますから。この先に車を呼んでありますから、そこでゆっくり休みましょう」
「うん」
キースは、ぼんやりと先の戦闘を思い返していた。
まさか、カルロの攻撃で失神してしまうとは。
不覚だった。
背後からの攻撃には慣れているつもりだったのに。
「すみません、怪我をさせてしまいましたね。少々演出が過ぎたようです」
「ああ、あれは君の仕業か」
どうも爆発が大きすぎる、と思った。
例によって、そちこちに何か仕込んでいたものらしい。
まあ、あれぐらいの演出をしておかなければ、皆も納得しなかったろう。適当な爆炎と煙は、いい目くらましになったはずだ。
ウォンのテレポート能力と時を止める力をもってすれば、あえて目くらましをかけずとも、キースを連れて脱出することは充分可能だったろうが、それでも。
「怪我のことは気にしなくていい。それより、いいタイミングで来てくれた。感謝している。……君の茶番の方は、もうすんだのか」
キースが淡く微笑むと、ウォンも微笑みかえす。
「ええ。司令室に、ダミーの死体を置いてきました。ハンター君のダミーもね。彼らは私を厄介払いしたかったのですから、ちょうどいい、とほくそ笑んでいることでしょう」
「それならもちろん、僕のダミーも、ちゃんと置いてきてくれたな?」
死んだことにして失踪するには、やはり遺体が必要だ。
ウォンは必要なだけのダミーの屍を用意していた。今あるクローニングの技術をフルに活用して。クローニングというのは、もともと傷ついた臓器の補いのために発達した技術だ、ただ器だけでいいのなら、つまり死体をこしらえるだけなのなら、現存の技術で十分に可能なことだった。
「もちろんです。すべて寸分違わぬものを用意しておきましたから」
「そうか、すべてか。いやらしいことを言う」
キースが含み笑いを洩らす。秘密の場所まで、そっくりそのままなのかと。
ウォンはキースの腿をキュウッときつく抱き寄せた。
「お忘れですか、私がどんなにいやらしい男か……ダミーの身体も、愛情をこめてつくりあげましたよ。隅々までこの掌で触れてね。だいたいカルロに疑われては、元も子もありませんからね」
キースは、ウォンの首に腕を回した。
「なんだ、まだ妬いているのか?」
「いいえ」
「それなら、いい」
ふと、ウォンが高度をさらに下げた。もうすぐ車の場所なのらしい。
そろそろ人里だということだ。
つまり、二人きりでなくなる、ということ。
「……ウォン」
「はい」
「これで、すべてうまくいくのか……新生ノアは、もう駄目だろう。そして、軍サイキッカー部隊は、まだ残っている。それでも、本当に、うまくいくのか?」
声に、不安がある。
そう、これはキースにとっては損な結末……彼は、もう、ノアには戻れないのだ。
総帥キースとして活動することも、二度と。
友も同志も、かつての財産も、すべて捨てていくのだ。
覚悟していたことでも、決して嬉しい事ではあるまい。
車まで距離はあるものの、ウォンはトン、と地上に降り立った。
「キース様」
青年を丁寧に地面におろし、その頬を両手で包み込む。
「ノアがなくなっても、残された者達は、それなりにやってゆきますよ。サイキッカー狩りがいくら続いたとしても、同志達が滅びてしまうことはありえません。私たちは、あくまで人の進化の一種なのですから。いつまでも時代の迷い子のままではいません。……軍の部隊に関しては、私の息のかかった者でかためてありますから、どうぞご心配なさらず。それに、ガデスやエミリオのような力の強い者は、軍にはほとんど残っていませんから」
「そうか」
見つめられて、キースは目を伏せ、ウォンの手を外した。
「本当は……」
「本当は?」
「僕は迷っている、まだ……」
ウォンは慌てなかった。対峙したまま静かに、
「冷酷な、破壊の帝王と行くことを、ですか?」
「そうじゃない」
キースは首を振った。
「僕は、あのままカルロに殺されても、良かったんじゃないか、って……」
「キース様!」
言われるたびに思い知る。
この人の滅びの欲望が、いくらぬぐっても消えないことを。
自分のために死んだ者の数を数えて、罪の意識に苦しみ続けていることを。
誰の、どんな力をもってしても、その乾かぬ傷口を完全に癒やすことは、不可能だということを。
しかし、だからこそ、死んではならないのだ、この人は。
「キース様。もう、私たちは死ぬ訳にはいかないのですよ。一度死んでしまったのですから、もう二度と死ぬことはできない。私たちの未来は、これで定められたのです」
「ウォン」
暗示などでなく、熱いまなざしで。
操るのでなく、真摯な魂で。
貴方に伝えなければならないことがある、私には。
「キース様。間違いを悔やむことは正しいことです。避けられた筈の悲劇を、悔やまない者はいません。そのために苦しみ、迷うのも、当たり前のこと……ですが、私と貴方が本気で力をあわせるなら、その過ちは取り戻せます。私たちは、よりよい未来を築くことができる筈です。貴方が迷う時、私は必ず、そばにいます。ですから……」
知らず、喉が鳴った。
頬にサッと血がのぼる。
どうして今更、私はこんなに緊張しているのだ。
貴方の前では、いつも立派な大人でありたいのに。
なぜ、こんな大事な場面で、膝まで震えている。
それでもウォンは、必死に先を続けた。
「ですから、私が迷った時も、一緒にいて下さい。私には……貴方が、必要なんです」
「わかった」
キースの表情から、迷いの霧が消えていた。
それどころか、ウォンのように、ほんのり頬を染めている。
「君と、行く。君が、僕を、必要なら……本当に、信じてくれるのなら……」
「キース様」
「行こう、リチャード・ウォン」
そして二人は、肩を並べてゆっくりと歩き出した。

もう、引き返さない。
今から辿る道が、どこへ続いているとしても。
間違った道であろうと。
二人、手を、たずさえて。

-- THE END OF PSYCHIC FORCE 2012. --

(2000.12脱稿/初出・恋人と時限爆弾『TIME SLIPS』2000.12発行)

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Written by Narihara Akira
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