『春 眠』


その朝、目覚めると、かたわらに三成が寝ていた。
いつのまに、と吉継は驚いた。
昨夜はたしかに熟睡していた。
だが、気配にまるで気づかなかったとは。
まあ、三成が夜にやってくるのはいつものことだ、朝まで隣にいるのも常のことゆえ、身体が自然に、警戒の必要なし、と判断したのかもしれない。
前日の三成が遠出をしていて、今日は来ないだろうと考えていたのもある。
三成の用事は早めにすんだのだろう、だから急いで寝所へやってきた。しかし吉継はもう眠っている。夜も更けていたし、目覚める気配もないので、そのまま布団に忍び込み、寝てしまった、というところか。
やれ、なんともぬしらしきことよ、と小さく吉継はため息をついた。
三成が風邪をひいたりしなければ、吉継としてはそれでよい。
冷えが大敵である病気を患っているので、綿の入った大きな上掛けを二枚かけている。二人の身体を覆うには充分だ。
寝着も包帯も乱れていないし、何かされたという違和感もない。
むしろ、三成のぬくもりが嬉しく感じられた。
昼間はうるさすぎる男だが、こうして寝ていると、ほんとうに静かだ。
まるで動かない。息をしていないような眠り方をする。
しかし、寝顔もなんとも整っておることよ、などと思いながら、再び吉継は、まどろみに落ちていった。

次に目覚めた時には三成はもうおらず、もしかして夢だったか、とさえ思った。
しかしそれから、気がつくと朝、三成が隣に寝ているということが、何度もあった。
吉継が深い眠りに落ちている時は、邪魔をしないよう、つとめているらしい。
たしかに、たびたび起こされるのは困りものだが、何もされないのも、なんとなく物足りない。
佐吉・紀之介とよびあっていた頃から、肌をあわせているのに。
行儀のよい三成を、「らしい」とも「可愛い」とも思うが。
もしかして、そういう興味を、この病躯にもう持てなくなったのか、と思うと――。

*     *     *

その晩も、三成が部屋にやってきた。
廊下を足音もなくやってきて、障子の開く音も、ほんとうにかすかだった。
起こさぬ配慮であろうが、あいかわらず「夢か」と思うほどの静けさである。
吉継は目を閉じたままでいた。
三成が、どうするかを知りたかった。
というか、今までどうしていたのかを。
吉継のかたわらに、腰をおろす気配がした。
おそらく、じっと見つめられている。
それから三成は、上掛けをゆっくり、はずした。
月の光に寝着姿がさらけだされていると思うと、身をすくめたくなったが、吉継はこらえた。
肌寒くなったので目覚めたというフリをしてもよかったが、時期を逸した。
ふと、三成の掌が吉継の寝着の襟元にのびた。
すこし、くつろげられる。
三成が身をかがめた気配がして、吉継は薄目を開けてみた。
あ、と声が出そうになった。
三成が、包帯の上から、吉継の胸の真ん中に口づけている。
それは艶めいた仕草というより、獣が獲物の匂いを嗅ぎ、食べられるかどうか確かめているさまに似ていて、吉継はあわてて目を閉じた。
三成は、少しずつ身体の位置を変えてゆく。吉継に触れているのは口唇と、そしてせいぜい鼻先ぐらいで、掌も脚も、吉継から離れたままだ。
いっそ、食べられたほうがマシかもしれぬ、と吉継は思った。
己が身をきっちり白布でいましめておいてよかった。
直に肌を吸われていたら、絶対に反応してしまっている。
掌でも脚でも、全身で触れてもよいのに、と思うが、三成は尊いものにでも触れるように、優しい口づけを降らせ続ける。
感じる。
震えるのをこらえるので、精一杯だ。
口唇に欲しい、とねだってしまいたい。
三成は爪先まで触れ終えると身を起こし、そしてようやく、吉継を抱きしめた。
「刑部。今日は起きているのだろう」
そう囁かれて、吉継は苦笑いした。
「やれ、お見通しか」
「お見通しもなにも、息が乱れているではないか。なぜ、しらんふりをする」
吉継の頬が熱くなった。
「ぬしは、われがほんとうに寝入っている時も、こうしておるのか」
「いや。いつもは刑部の寝顔をずっと見ている。飽きないから」
やはり何もされておらなんだか、と吉継が複雑な心持ちでいると、三成は微笑んだ。
「刑部の隣で横になっていると、時々、寝言で私の名を呼んでくれる。そうすると安心して、よく眠れるのだ」
吉継の全身が熱を帯びた。
寝言でまで求めておるなど……それとも、三成の淡い体臭を感じて、無意識に呼んでいるというのか。
「やれ、ぬしは寝言だけで満足するか」
思わずそう呟くと、三成は首をふった。
「満足するのではない。眠っている刑部はあまりに静かで、黙って私を置いて逝くのではないかと、不安になるからだ」
「三成」
「刑部はどうなのだ。これで足りてしまうのか?」
吉継の口唇を指先でなぞる。
「われは……ぬしが、したいと、いうのなら」
「したいに決まっているだろう。そうでなければ来ない。だが、今宵はもう、身を休めたい、というなら」
吉継は、三成の薄い胸にそっと掌を添わせた。
「このように火照ったままでは、眠りたくとも眠られぬわ」
三成は、再び吉継を抱きしめ、その口唇を吸い上げた。嬉しそうに微笑んで、
「わかった。よく、眠れるように、する……」

(2013.3:某アンソロジー用書き下ろし、5月改稿)


《よろずパロディ》のページへ戻る

Written by Narihara Akira
http://www5f.biglobe.ne.jp/~Narisama/