『添い寝』


「……つとめと思うておるなら、もう、くるでない」
低く押し殺した声で吉継がそういった瞬間、三成は口唇を噛み、閨を飛び出していってしまった。
それでよい、と吉継は呟き、上掛けの中で身を縮める。
いくらなんでも三成とて、己の寝床の方が、よう眠れるであろ、と。

*      *      *

めずらしく吉継から自分の閨を訪ねてくれたのが嬉しくて、差し向かいで朝餉をしたためながら、三成はめったにない笑顔を浮かべている。
そして、何か思いついたように、
「刑部」
「なんぞ」
「これから刑部の閨に、まいばん通いたい」
うっすら頬を染めながらいう。
「毎夜では身がもたぬ」
吉継も恥ずかしげにうつむく。
「添い寝だけでも、だめか」
「好きにすればよかろ」
「ああ、そうする」
吉継は忘れていた。
言われたことを、そのまま飲み込んでしまう男が発した言葉なのだと。


三成は相変わらず忙しかった。
伏見と大坂を行き来したりと、腰を落ち着けている日がない。遠方へ行く場合は、いくら三成の足でも数日仕事だ。佐和山が留守がちになるのは当たり前で、平時であっても、吉継と毎晩会うなどというのは、まず不可能事のはずだった。
なのに、三成はやって来る。
夜明け近くなることもあるが、吉継の閨へ忍んでくる。
具足をはずした姿で現れ、文字通り添い寝してゆく。
そっと寄り添う三成の体温が、最初は嬉しかった。
だが、それが夜ごと繰り返されると、吉継の胸中は、いささか複雑になってきた。
《いったいこの男は、なんのためにココにくる》
吉継が布団に入ってからやってくるのが常なので、起こすまいという配慮か、彼に言葉もかけない。そしてすぐに寝てしまう。おそらくはひどく疲れているのだ。短い眠りを眠ると、明け方にはそっと抜け出して帰ってしまう。
たまに三成が、なにか言いかけてくると思うと「きのすけ……」などという寝言であったり。
ある晩、吉継は寝なかった。
布団の上で起きていた。
月がだいぶ傾いた頃、三成はやってきた。
「刑部。起きていたのか」
「まだ宵の口ゆえ」
「だいぶ遅いが」
「遅いのに、なぜ来た」
「今宵は来てはまずかったか」
「ぬしは毎夜、何をしにここに来る」
「添い伏したい」
なにもせぬではないか、という言葉が、吉継の喉元まで出かかった。
そのかわり、
「ぬしはぬしの、下屋敷で休みやれ」
「なぜだ刑部。添い寝ならば毎夜でもいいと、いったではないか」
吉継は首をふった。
「寝る間を惜しんでこずともよい。ここへ来なければ、もっと眠れるであろ」
三成はうなだれた。
「私が来ると眠れないのか、刑部」
吉継は、三成をヒタ、と見つめた。
低く押し殺した声で、
「……これを、つとめと思うておるなら、もう、くるでない」
三成の表情がかわった。
口唇を噛むと、そのまま閨を飛び出していった。
それでよい、と吉継は呟いて横になり、上掛けの中で身を縮めた。
《ぬしの気持ちは有り難いが、憐れみはいらぬのよ》
寂しい病人の閨をあたためたくて来るのだろうが、手を出されないのでは生殺しだ。
出して欲しくとも、疲れ切って眠ってしまう三成に、何をねだれるというのか。
《これでよい。いくらなんでも三成とて、己の寝床の方が、よう眠れるであろ》

*      *      *

あまりにも三成がうちしおれているので、竹中半兵衛はこっそり、天主へ呼んだ。
その日は秀吉が不在で、二人きりになるには、ここが一番だったからだ。
膝を折り、頭をたれる三成に、半兵衛はため息をついて、
「今度はなんだい、三成君。大谷君と何があったんだい」
「いえ、何も」
「ここ数日、大谷君も様子がおかしい。喧嘩でもしたのかい」
「いえ」
「忙しいのはわかるけど、ちゃんと会いにいってるよね」
「はい。毎晩、添い寝を」
「へえ。そうすると、大谷君に無茶をさせてしまったのかな」
「そんな、はずは」
「君が閨で紳士なのはきいてるけど、毎晩だと、さすがに辛いかもしれないよ」
「いえ。添い寝しかしておりませんので」
半兵衛は目を剥いた。
「添い寝、だけ?」
「はい」
半兵衛は、さらに深くため息をついた。
「なんで君は、そう極端なんだい」
吉継が不機嫌な理由は、これでわかった。三成が手を出さなかったからだ。
しかし、なぜ三成はしなかったのか。
「大谷君の身体をおもんぱかるのはわかるけど、何もしないのも傷になるよ」
「わかっています」
「じゃあ、なぜ?」
「添い寝だけなら毎晩でもよいと刑部がいうので、通っていました。しかし、なかなか刑部が起きているうちに行かれず、わざわざ起こして、するのもと思い」
「それはそうかもしれないけど」
「すると刑部は、私が義務で通っているものと、思ってしまったのです」
「義務?」
三成は苦しげに胸を押さえた。
吉継の台詞が脳裏によみがえる。
《つとめと思うておるなら、もう、くるでない》
三成は、うっすら涙を浮かべていた。
「私の気持ちは、刑部に伝わっていなかった」
忙しくても、毎夜、一目だけでも会いたい。
その体温を感じて、眠りたい。
愛しい、と伝えたい。
それがすっかり空回りであったことを、吉継の怒りを聞くまで気づかなかったとは。
己の愚かしさに腹がたつと同時に、わかってもらえなかった悲しみに、三成の心は閉じてしまった。
もともと、我欲の淡い三成である。する気も失せてしまったのだろう。
そうでなくても、何かに打ちのめされている時は、誰であっても、勃つものも勃たないわけで。
「三成君」
「はい」
「僕のせいもあるね。ここのところ、君に無理をさせすぎてたかもしれない」
「いえ、そんなことは」
「大谷君の下屋敷を場所替えしよう。気兼ねせず、簡単に行き来できるようにするから」
「それはなんと、もったいなき御配慮」
「いいんだよ。秀吉には僕からいっておくから。あとね、三成君」
「はい」
「口で何をいおうと、大谷君は待ってるから。今晩にでも仲良くしておいで」
「待っていて、くれるでのしょうか」
「おや、僕の悟性を疑うのかい」
三成はあわてて首をふる。
「大谷君が本気で怒るのは、君とは遊びじゃないからさ。どうでもいい相手なら、適当にあしらうだろう、彼」
三成はハッとした。半兵衛は身をかがめ、三成にささやきかける。
「会えない時間が、お互いの気持ちを育てることもあるけれど、君たちはあまり長い間、離れてちゃいけない。余計なことを考えすぎる」
「はい」
「いいかい、君の気遣いや、添い寝が悪いといってるんじゃないからね」
「はい」
半兵衛自身、秀吉の優しさや、黙って抱き寄せてくれる腕が、泣き出したいほど嬉しい時がある。吉継が三成をどれだけ必要としているか、三成よりも半兵衛の方が痛感しているといえた。
「……それにしても、君は面白いねえ」
「は?」
けげんそうに見上げる三成に、
「秀吉に叱られるより、大谷君に叱られる方が、こたえるんだろう?」
「秀吉様は、むやみに叱責したりなさいませんので」
「それだけじゃ、なくってさ」
薄く笑うと、三成の肩に掌を置いた。
「さ、今日は早めに湯浴みして、大谷くんに男らしいとこ、見せておいでよ。明日は二人とも出仕しなくていい。ゆっくり朝寝してて、いいからね」
「ありがたきお言葉の数々、深く感謝いたします」
三成はもういちど頭を垂れると、天主を降りていった。
暮れていく空を眺めながら、半兵衛は低く呟く。
「君たちってホント、面倒くさいね。思ってたより、よっぽど難しいんだなあ」
佐和山で二人をしばらく休ませて、それでだいぶ関係がよくなっていたように見えたが、その後、逢えない日が続いて、反動がきたのかもしれない。
島左近が三成にまとわりつくようになって、二人の関係が微妙に変化しているというのもあるだろう。左近は三成の信奉者だが、あくまで部下ということはわきまえていて、二人の間に割って入ったりはしていないようだが、吉継は左近の若さがまぶしく、動かなくなっていく自分の身体を思うと、ひけめを感じるのだろう。
それに加えて、ずいぶん長い関係のはずなのに、未だ三成に童子のような行動をとられれば、キレもする。
「唯一無二の仲なのになあ」
半兵衛は二人の仲に気を遣うことはできても、三成の心の一番深いところにある屈託を癒やすことはできない。
三成の中には、なぜか大きな虚無がある。
我欲が薄いのは、生き物がもっている本能や衝動が、ほとんどないからだ。
職務とあればためらいなく誅戮できるのも、すべてその虚無から発している。
それが三成の真面目さ、忠実さ、勤勉さにつながっているので、その闇が完全に照らされて、心の底まで乾いてしまうと、優秀な部下としての三成はいなくなってしまう。
闇を闇のまま慰撫し、よりそい、導くことができるのは、傍らで別の闇を抱えてきた、吉継だけなのだ。
そして吉継の闇に、ほんのりと光と熱を与えることができるのも、三成の純粋さだけで。
「二人だけだと煮詰まることもあるだろうし、左近君もいい刺激だと思えばいいかな。あとは僕が、今のうちに時々、軌道修正すれば」
お互いどうしても必要な相手なのだから、簡単に心が離れることはないだろう。
竹中半兵衛自身の、それは、願いでもあった――。


夜着に着替えながら、吉継は目を伏せた。
「やはり、三成がわれを抱くのは、憐れみであったか」
三成は「つとめではない」と、即座に否定してくれると思っていた。
己を卑下するな、と怒る三成であるからには。
なのに、飛び出していったきり、もう何日も来ない。
遠征に出ているのでもなく、むしろ避けられている気がする。
「みつなり……」
包帯を巻いた指が、胸元をぎゅっと握りしめる。
どんな闇夜であっても、いつも変わらず天蓋に咲いている、すみれ色の星。
それを自分は、失ってしまうのか。
つまらぬ意地をはったばかりに、こんな不幸をよぶとは。
ただ一言、「添い寝だけでは物足らぬ」と囁き、その胸に甘えさえすれば、三成は喜んで抱いてくれたろうに。
「いや、われは別に三成に、されたい、わけでは……」
呟いた瞬間に涙がこぼれて、吉継は驚いた。
己に嘘を、つききれぬとは。
寂しさに息がつまりそうになった時、聞き覚えのある密やかな足音が、閨の前にとまった。
「刑部!」
三成は後ろ手で、素早く障子を閉めた。
「今宵は貴様を抱く」
次の瞬間、口唇を奪われ、布団に押し倒された。
舌をからめとられ、舐め回されて、吉継は身を震わせた。
首筋から鎖骨にかけての敏感な箇所を、三成はいとおしげに触れてゆく。
激しさと優しさが奇妙に入り交じった愛撫に、なんともいえぬ心地になって、吉継は己自身の中で募っていくものに、身をゆだねた。
三成の肌は熱く、その凶王はすでに硬く、あきらかに全身で吉継を欲していて、それが彼を深く満たした。
「刑部……」
胸をいじられ、甘噛みされると、吉継のものも力を持ち始めた。
三成が欲しい。今すぐ欲しい。
なのにもっと触れて欲しい。全身いつくしんで欲しい。
それに気づいたのか、三成は吉継の脚を押し開いた。
ゆっくり、そして、深く入る。
「ああっ」
吉継は悲鳴に近い呻きをあげた。
ぜんぶ入ってしまうと、三成は吉継を抱き起こし、己の上に向かい合うように座らせた。
あらためて吉継に口づけ、片手で胸をさすり、片手で背中を支える。
三成の物は、吉継の体内で熱く脈打ち、一番よいところを犯していた。
身も心も蕩けて、ぼうっとしていると、三成が囁く。
「いつも私の気持ちばかり押しつけて、すまない」
「ん?」
「ほんとうは、ずっと、欲しかった」
「ん」
「これからも、ずっと」
吉継は小さくうなずいた。三成の背中に腕を回すと、腰をゆらすようにして、
「……ぬしに、されたい」
三成のものがグンと硬度を増し、ふくれあがった。
「つらくしてしまうかもしれないが」
吉継は首をふった。
「ぬしよりはるかに、貪欲ゆえ」
そういいながら、きゅっと締め付ける。
「いくらでも、好きなだけ、われを……」


吉継の包帯はすっかりほどけ、三成が口唇を押してない肌はなくなった。
後孔から三成のものを滴らせ、己自身の白濁でも肌を汚している。
頭の芯は痺れたままで、疲れすら感じていない。
「刑部。大丈夫か」
「ん」
しどけない姿をさらしているというのに、羞恥心も失せていた。
三成は再び、吉継の肌に口唇をはわせ始めた。綺麗にしてくれているのだと気づくと、思わぬ言葉が喉から飛び出した。
「もう、しまいか」
「じきに夜があけるが、まだ欲しいか」
そんなにも長い交合だったか、と夢心地にきいて、吉継はハッとした。
「明日も来るのか」
「来る。だが、足りないなら」
三成は再び、己のもので吉継を貫いた。
甘いため息が漏れてしまう。
こういう時の三成は絶倫だ。
厭がるとあっという間に萎えてしまうのに、ねだると途端にこうだ。
どこに情欲を隠しているのか、ふだんの淡泊さはどこへいったのかと思うぐらい、何度でも吉継を欲する。
そして吉継も、飽くことなく求められるのが、なんともいえず嬉しい。
身体のつらさなど、忘れてしまう。
「明日もきやれ。添い寝だけで、よいから」
「無理だ。明日も来るなら、添い寝だけではすまさない。こうして久しぶりに触れると、ほんとによくて、たまらない……」
吉継はコクリとうなずき、三成の腰に脚を絡めながら、
「ずっと居続けでもよい。明日まとめて、太閤に怒られよ?」
「秀吉様が、そんな狭量なものか」
主君が人いちばい深い慈愛をもっていることを、三成は知っているので、
「ずっと刑部をいつくしんでおりました、と申し上げる。それで叱られるのなら、甘んじて受ける。ゆるされるよう、つとめる」
「ぬしは、ほんに」
真顔で言いかねぬ、われの立場も察しやれ、と思いながらも、三成の愛撫に再び溺れ始めた。
もう、添い寝だけでよいなどと、冗談でも二度というまいと、心に誓いながら――。

(2014.5脱稿)

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Written by Narihara Akira
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