『嫉 妬』
「家康のいう絆など、そう呼ぶに値しないものだ」
その日、三成は疲れていた。
若さにまかせて突っ走るばかりの男と思われているが、連日の戦さで、時には泣きだしたいほどヘトヘトになっている夜もある。
「長年仕えてきた者が主を慕い守るのは、武士として当たり前のことだろう。今や三河武士に、栄達をちらつかせているだけではないか」
すこし身体を休めようと私室へひきとろうとした間際、家康に声をかけられた。いつものように愚にもつかぬことをいわれ、三成は新たな苛立ちを堪えるので精一杯だった。もしあと二言三言、余計な誘いをかけられたら殴りつけていたかもしれない。「貴様がいったのだろう、拳で語れと!」と叫び声をあげて。
「やれ、どうした三成」
三成は馴染みの声にハッとした。
背後に杖をついた吉継が立っていた。知らぬ間に、彼の部屋まできていたのだ。
「貴様こそ、こんな時間になぜ起きている。どこへいってきた」
「やれ、寝る前にすこうし、口を湿してきただけよ」
「刑部」
濡れた口唇を意識した瞬間、三成は思わず吉継を抱き寄せていた。
「ああ。甘い香りだ」
杖が倒れる、軽い音がした。
そのまま部屋へ引きずり込む。
吉継は三成にしがみつくようにしていたが、口を吸いあううちに、少しずつ力が抜けてきて、三成が顔をようやく離した時は、とろんと瞳を潤ませていた。
「みつなり……」
いつもは落ち着いた低音が、ややうわずっている。
「刑部。欲しい」
そう囁くと、吉継はコクリとうなずいて、三成の胸にそっと身を寄せる。
「われもよ」
その可憐な仕草、信頼しきっている様子に、愛おしさがたまらなく募って、三成は自分の疲れも忘れて、奥のしとねに吉継を押し倒す。
ぱっと火がついたので、いつもより手荒くなった。それでも吉継が応えるので、三成はさらに煽られ、慣らすのをはぶいて細い脚を押し開き、前をいじってやりながら腰を動かす。深く浅くと繰り返していると、吉継が甘い声をあげたので、三成は満足した。先に達かせてやり、自分は抜いて外で出す。しかもこぼさぬよう、懐紙をあてがった。後始末が面倒にならぬようにだ。
「……ああ」
吉継が、ひどく残念そうな声を出した。
「どうした、刑部」
息を整えながら三成が囁くと、吉継は目を伏せた。
「今日のぬしは、ずいぶんと疲れておる」
その声音で気づいた。
もっとゆっくりして欲しかったのだ。さもなければ二度でも三度でも。
何より三成を休ませてやりたいと思いつつ、自分は物足りなくて、ほんとうは欲しくてたまらないのだ。
かわいい。
と思うと同時に、三成の胸の奥が、チリリと疼いた。
どれだけの者が刑部と肌を重ね、こんな身体にしたかと思う。
こんなに可憐では、一度抱いた者は忘れられまいと。
「大丈夫だ。もう一度するか」
吉継は首を振った。
「ぬしが満足したなら、われはそれでよい」
「嘘をつくな」
吉継はビクリと身を震わせた。三成はそれにおしかぶせるように、
「欲しいのなら欲しいといえ」
「よいのよ、われは」
羞じらいを含んだ声で応える吉継に、三成は意地の悪い声を出した。
「淫乱なのだと認めたらどうだ。本当は私のものでは満足できないと」
吉継は驚いて、
「ぬしが好きよ、われは」
「誰が貴様を、こんな淫らな身体にした」
「ぬしに教えたのはわれ、われに教えたのはぬしであろ」
「違う」
誰にでもいい顔をする、そういう意味では刑部も家康と同じだ、と三成は思う。
ちやほやされるのが好きなのだ。だから蝶のようにヒラヒラと舞い、相手を変える。
私は相手を選ぶ。そう、刑部だけだ。
三成が若き日からずっと心の底に押し込めてきた不安と不満が、どす黒い気持ちになってわきあがる。
「いいか。貴様が満足するまで、抱いてやる」
「三成、ああ、三成」
細い喘ぎ声は苦しげだ。しかし三成は、今度は吉継をうんと焦らす。感じるところを責めまくり、よくなる寸前でとめて、別の場所を丁寧になでさする。大事なところをかまってほしくて、吉継は身悶えする。
「あう、ひゃあっ」
一度は萎えた吉継が勃ちあがり、触れて欲しそうに震えているのを見て、三成はさらにカッとなった。やはり欲しくてたまらないのだ。満足などしていないのだ。淫乱なのだ。私の愛撫が好きなどと可愛らしく誘いながら、本当はもっとひどくして欲しいし、その激しさに耐えられるのだ。
吉継が泣いても、三成はなかなか達かせない。お互いに一度終わっているのだから、急ぐ必要もないことだ、と思った。
いつもならやめられるところでも、三成は踏みとどまらなかった。
やっと我に返ったのは、吉継の中にたっぷりと白濁を注ぎこみ、抱きしめ、相手が失神しているのに気がついた時だった。
「……やりすぎた」
三成はうろたえた。
こんなことがしたかったわけではない。
病の身を、さんざん痛めつけるようなことをするなんて。
教わったとおりにしていれば、ほんとうにトロトロになって、昼の様子からは信じられないほど、可愛く甘えてくれるというのに!
活を入れ、息を吹き返した吉継がようやく瞳を開くと、三成は安堵した。後ろを指で簡単に清めてやってから、
「すまない。かげんを忘れてしまった」
「よい」
吉継はなぜか、恥ずかしそうに身をすくめ、
「本気のぬしは、あのようにできるのだな」
というより、嬉しそうである。
三成はようやく鎮まった炎が、またチロチロと這いだしてくるのを感じた。
「やはり、ふだんの私では物足りないのか」
三成の声の翳りをなだめるように、吉継は白い頬を撫でた。
「そんなわけはなかろ。ぬしの宣言どおり、満足したわ」
「では、何に満足した」
「われの教えたとおりでないということは、ぬしにほんにしたいことであろ。ぬしがほんに、われを慈しんでくれているということであろ」
三成の中にあった黒い塊が、ふと溶け始めた。
「いいのか、あんなに激しくしても」
吉継は小さく首を振った。
「いや。ほんとうのことをいえば、ぬしには優しくされたい」
「なぜだ」
「われはぬししか信じておらぬゆえ。閨でつらくされたら、心がたえきれぬ」
「刑部」
三成はとろりと蕩けた瞳で、吉継を見つめた。
吉継は見つめ返した。
「われはぬしが好きよ」
「私、だけではないだろう……」
「ぬしだけよ」
「私以外を、たくさん知っているくせに」
「知っておるからこそ、ぬしの真心だけがほんものとわかるのよ」
「刑部」
「なにせ、ぬしはいつも、己の欲を充たすためでなく、われそのものを……」
いいかけて声をかすれさせ、頬を赤くでもしたかのように顔を背ける。
ああ、つまらぬ嫉妬をした、と三成は思う。
愛しい者をこの腕に抱いて、そして己の腕の中で可憐に羞じらってくれるというのに、それ以上何が欲しいというのだ。つまらぬ者共へ今さら気を散らすなど、自分らしくもないことだ。他に誰がいようと気にしない、欲しいと告白したのは自分なのだ。
「包帯をすっかり汚してしまったな。湯屋へ行くか」
「まだ離れとうない。朝までここで、寝てゆきやれ」
「そうか」
もし、別の腕の中でも同じようにねだるとしても、今の刑部はすべて私のもの。
「では、少し休む。明るくなったら、きれいにするから」
「気にせずともよい。よく休みやれ」
「わかった」
三成は目を閉じ、すとんと眠りに落ちる。
吉継は低く呟くように、
「らしくないことをいうと思うたが、そうとう疲れておるの」
続く呟きは、深くその身にのみこんだ。
《この身はぬしに、いかにむさぼり喰われようとかまわぬが……他の誰とも寝ておらぬ今になって疑われることの方が、よほど辛いわ。サビシイ、サビシイ》
そして黒々とした目を閉じて、三成が、可憐と思う仕草で身を寄せて眠り――。
(2012.4脱稿)
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Written by Narihara Akira
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