『信 頼』


「左近。そこにいたのか」
「ハイッ、三成様」
「そろそろ出る。私の留守を守れるな?」
「任せといてくださいよぉ、三成様!」
元気よく返事しながら、左近は三成の顔を見上げて、息をのんだ。
満面の笑顔だったからだ。
「では、任せた」
「ハイ、いってらっしゃいませ、三成様ぁ!」
左近も笑顔で送り出したが、その後、腕を組んで考えだした。
「三成様、ちょっとイイ笑顔過ぎんだろ? 佐和山に、溜まってる仕事、片づけにいっただけなんだよなぁ?」
「知らなかったんですか、左近様」
三成の小姓が、後ろでクスクス笑っている。
「あ、やっぱ、なんかあんの?」
「大谷様が敦賀から戻ってこられるのですが、だいぶお疲れということで、何日か佐和山で休んでから戻りたい、と申し出があったそうです。半兵衛様からもお許しがでたとかで、昨夜、入城の文が届いてからというもの、ずっとソワソワなさっていましたよ」
「あー、そんならわかるわ」
あれが、久しぶりに逢えるのが嬉しくてたまらない、という笑顔なら。


しばらく大きないくさの予定がなく、季節も良くなってきたので、吉継は自分の領地へ足を運んでいた。
ほとんど名ばかりの領主であっても、まつりごとはしなければならない。現地を己の目で確かめ、法令を整備しなおし、荒れた土地があれば手当てして、外敵への備えを固めるのである。とはいえ、吉継も多忙な身なので、滞在は長くて数週間にしかならない。敦賀はいささか遠いので、行って戻るための日数も必要になるからだ。
その間、三成は、大坂の下屋敷で執務をこなしていた。いくさ続きで、佐和山に行く前に、片付けておくべき仕事が溜まっていたからである。
そばに吉継がいない時、三成は基本的に無表情である。
もしくは、怒っている。
左近が豊臣に来たばかりの頃、「三成様の笑顔を見たら死ぬ」と冗談をとばしたら、新参の兵士の間に噂として広まってしまい、冷や汗をかいたことがある。それぐらい、普段の三成は笑わないが、豊臣に長くいるうち、左近は主君の表情が意外に豊かであることがわかった。
まず、秀吉様に誉められた直後は、はっきりわかるほど機嫌が良い。間違いなく、うっすら微笑んでいる。それから、久しぶりに吉継と首尾よくできた翌朝も、はっきりわかる。そういう日は、起き抜けが一番機嫌が良い。満足げな顔で、普段の顔色の悪さをどこにおいてきたのかと思うぐらい血色がいい。
三成も人の子、そういう意味では、大変わかりやすい男なのである。
「いやー、さっきのは、マジでイイ笑顔だったよなー」
可愛いなあ、と思うが、左近の胸は、微妙に苦しくなる。
《三成様、嬉しくて、たまんねえんだよな》
それはそうだろう、愛しい人から手紙が来て、自分の城で待っていてくれているというのだ。
誰にもうるさいことをいわれず、二人きり、久しぶりにゆっくり仲良く出来る。
《こういう時は、やっぱ、刑部さんが羨ましい》
俺にはあんな笑顔を向けてくれないもんな、と、ため息が出る。
いや、笑いかけてもらったことがないわけではない。
充分、よくしてもらっていると思う。
《三成様にもっと誉めてもらいたいけど、俺、ドジ踏んじゃったばっかりだし》
お払い箱にならないだけでも、ありがたいと思わなければいけないのだ。
「さて、三成様の留守中に、宿題を片付けとかなきゃいけねーよな」
こんな自分が側に居て、いいことが「ある」のだと。
それが何なのかは、自分で考えろと。
そう、いわれた。
《三成様が思ってることとは、違っちゃうかもしんねーけど》
答えを出しておくべきな気がする。
これからも、石田三成を主君と仰ぐなら。
《とりあえず、いっちゃいけねえことだけはわかってんだけど》
ずっとそばにいたいなら。
「考え、なきゃな……」

*      *      *

「刑部!」
三成が藤の描かれた美しい門扉を開けると、輿に乗った吉継が、ふわりと出迎えてくれた。
「やれ、待ちかねた」
「待たせてすまない。もう身体はいいのか」
「ここで二晩寝たら、すっかりようなった。ここは静かで、日当たりもようて、常に湯も湧いておって、ほんに良い城よなァ。大坂の玄関にふさわしい、見事な構えよ」
三成は嬉しげにうなずいて、
「秀吉様にたまわった城だ。大事にせねば、と思っている」
「そうよなァ。やれ、今日は供はおらぬのか」
「私だけで充分だ。その方が速く来られる。こちらの仕事は詰めている者に命じればよい。下屋敷から、わざわざ連れてこなくとも」
「さようか。ぬしだけか」
「ああ、もちろん」
吉継も嬉しげな笑みを浮かべた。
「アレを連れてきては、おらぬのだな」
「あれ?」
「いや、よい」
並んで奥の間へ移動しながら、吉継はすうっと輿の高度を下げる。
「三成」
「なんだ」
「今宵は、われから、たっぷりと甘えてよいか」
吉継がそっと腕に触れてくる。三成は頬を染めてうなずいた。
「ああ。刑部の、したいように……」


「ふ、あ……」
三成の喉から、普段からは信じられないような、甘い喘ぎが漏れる。
「ヨイか、三成?」
「ん」
吉継はぴったりと三成にその身を寄り添わせながら、丁寧な愛撫を続けている。
首筋に吉継の口唇が這わされた頃から、三成は自分から動くのをやめ、吉継の与えてくれる喜びに身をまかせた。
胸を吸われ、舌で転がされるだけで、三成の下半身はすっかり熱くなっている。吉継の指が三成に触れ、掌で包み込み、さすりだすと、三成の腰が浮く。
「あ、あっ……」
吉継は三成の敏感な場所を熟知している。達してしまいそうになると、吉継は愛撫をゆるめて、絶頂を先延ばしにする。
「やれ、凶王様は、あいかわらず立派なものよ」
吉継は三成の先端に口づけて、チロチロと嘗めていく。にじみ出しているものがあり、すっかり硬くなって、三成がずいぶん我慢しているのがわかる。吉継は口で煽りつつ、指で根元を軽く押さえつけ、暴発しないようにした。
「んんっ」
三成は口に手の甲を当て、じっと堪えている。
「意地の悪い、と怒らぬのか」
「あ?」
吉継は顔をあげ、上目遣いで三成を見た。
「こんなに焦らして、と泣かぬか」
三成は首をふる。すっかりうわずった声で、
「刑部が、私を良くしようとしてくれているのに、なぜ、怒らなければならない」
「女のように、されるままで、よいのか」
「女? なぜだ。紀之介が、私にやり方を教えてくれた時も、こうだったろう」
身をよじらせながらも、三成は吉継の愛撫に、何の疑問も抱いていない様子だ。
とにかく性的なことはすべて、吉継が仕込んだものである。彼がしてくれるのなら、それはすべて正しいことであって、どんなに焦らされても、快楽を深くするものだとしか考えない。自分の身体が玩具にされようが、それで楽しんでもらえるなら、三成は気にしないのである。
吉継は薄く笑って、
「われが欲しいか?」
「欲しい」
「では、このまま入れるか」
「いいのか、慣らさなくて」
「こんなにしておいて、まだ、待てるか、ぬしは」
すっかりそそりたった三成のものに、ふたたび口づける。三成が息をのむと、吉継は三成をまたいだ。
「久しぶりゆえ、ちゃあんと濡らしてある。そのまま、ぬしので、好きなだけ、われを味わうがよかろ」
ゆっくり腰を落とし、三成を飲み込んでゆく。
三成の喉から、小さな悲鳴が漏れた。
よすぎて、今にも溢れてしまいそうなのだ。
吉継は根元まで収めると、ゆるりと腰を回し始める。三成の背が反って、その動きに応え始める。
「ぎょう、ぶ」
「ん?」
「わたしの、よい、か?」
「ヨイ。たまらぬ」
「すまない。だめだ。こらえ、きれない」
三成が身を起こし、吉継を下にして、大きく脚を割り開いた。
さらに深い場所を犯されて、吉継のものも勃ちあがりかけている。
三成が手を添え、しごきはじめると、吉継の声が甘ったるい喘ぎにかわった。
「あ、みつなり、ああっ」
キュウキュウと締めつけられて、三成はついに達した。中に白濁を注ぎ込む。
「あ、や、まだ……!」
「ああ、まだだ」
三成は少しも萎えない。大きく腰を振って吉継に打ちつけながら、二度目、三度目の精を吐き出し、吉継の奥へ塗り込めてゆく。
奥を突かれ、前をしごかれ、吉継も何度も身を震わせる。
内壁がヒクヒクと蠢いて、さらに三成の熱を煽る。
「これでいいか、刑部?」
「あ、ああ、そこ!」
感じる処をグリグリと攻められて、吉継の喉からは喜びの喘ぎしか出なくなった。
ヌルヌルとした白濁が潤滑油の役目を果たして、三成の腰の動きはどんどん速まっていく。激しく揺さぶられながらも、吉継は己の秘所で締めつけ続ける。あまりの具合の良さに、三成は何も考えられなくなり、最後の一滴まで絞り出す勢いで、最奥で果てた。
あまりの快楽に、意識はしばらく飛んでいた。
満ち足りた心地のまま向かい合い、抱きしめていると、吉継が深いため息をつき、三成の頬に口づけた。
「ヨカッタか?」
「ああ。こうしていると、貴様の中で果てるために、生まれてきた気がする」
「三成」
その言葉に嘘がないのは、未だに吉継の中で三成が存在感を主張しているのでも明らかだ。さすがに先ほどまでの熱はもうないし、出るものもないだろうが。
「刑部がよければ、さっきしてくれたみたいに、私もしたい」
「やれ、われはもう、充分よ」
「そうか。すこしやりすぎてしまったか」
「いや」
「なら、続きは、明日の夜に」
「ん」
だが、三成が抜こうとすると、吉継はイヤイヤをした。
「まだ、はなれとうない」
三成は吉継の額に口づけた。
「湯屋で、お互い、洗いあえばいい」
「あそこでは、音が響くであろ」
「声を殺しながらするのも悪くない。それとも、ここで清めるか」
「みつな……あ」
三成は吉継から抜いてしまうと、溢れだしたものを拭き取り、吉継の前を口に含んで、ぬぐうように舌を動かし始めた。
「あ、やあ、みつなりぃ」
「熱いな。貴様はまだまだ、いけそうだな」
吉継を単衣でくるんで抱き上げると、湯屋へ向かった。
三成の首にしがみつきながら、吉継はかすれ声で、
「われ、ほんに、もう」
「本当は、甘えたりないのではないのか?」
吉継は無言でぎゅっと目をつぶる。図星ということだ。三成は愛しさに胸が苦しくなって、腕に力をこめながら湯殿へ急いだ。
明るい晩で、月はだいぶ傾いてはいるものの、灯りは不要だった。
源泉からひいてある湯を吉継にかけ、三成は自分の肌と、指と、口唇で、吉継の身体を丹念にこすりはじめた。吉継は瞳を潤ませ、とろとろに蕩けた表情で、されるままになっている。
「刑部。いいか、刑部?」
「ん。心地ヨイ」
「私もだ。たまらなく、いい……」

*      *      *

三成の几帳面な字で書かれた帳面を繰りながら、左近は考え続けている。
《俺がいて、三成様が喜ぶことって、なんだろうな、マジで》
実は左近は、使い勝手のいい男である。
事務的な才能においても、あまりに三成がずば抜けているので目立たないが、帳簿と倉庫をてらしあわあせて、必要な兵糧を正しく把握、確保することができる。つまり、城一つの経営ができる才覚はすでに持っている(博打でスッてしまわなければ!)。
軽口を叩いてばかりいるが、石田軍の先陣をまかされているのでわかるように、いくさばでの戦いぶりも優れている。三成の進軍速度が速すぎて、露払い呼ばわりされるが、実際は左近隊だけで殲滅戦が可能だ。指揮能力が高いので、雑兵達からも信頼されている。
正直、どこの軍に雇われても、通用するのだ。
だが。
《俺が三成様に勝てるとこなんて、一つもねーんだもんなー》
なのに、何に対して必要とされるのか。
《三成様、なんでも持ってんじゃん》
主君の信頼。左腕の肩書きにふさわしい見事な戦績。奉行としての実績。大切な幼なじみ。彼を信奉する配下。
《俺、身一つで豊臣に来たんだもんな。何ももってなくても、仕方ねえんだけど》
左近にとって、豊臣秀吉は未だ雲の上の人で、ようやく名前を覚えてもらったものの、まだ「若造」よばわりである。
それを考えると、左近が三成に勝っているものといえば。
《俺の方が、若い、ってことだけだな》
若いので無理がきく。吸収力もある。成長の余地があると、期待されているかもしれない。
《だけど、そんなん、ずっとじゃねえしな》
「ふふ、眉間に皺を寄せて、らしくないですね、左近様」
「わ、なんだい、俺に用かい?」
三成の小姓の一人が、書庫にひょっと顔をだした。美しい少年である。左近のため息を聞きつけてきたものらしい。
「この下屋敷で、左近様が入り用なものや、何かわからないことがありましたら、お申し付けくださいね。三成様から、そういわれておりますので」
「あんがとさん。でも、そういうのも、自分で探せねえと駄目なんじゃねえのかな、やっぱ」
「そうですか。そうですね。でも、どうぞ、お気兼ねなく声をおかけくださいね」
「うん。……あ、ひとつ訊いてもいいかな?」
「なんでしょう」
左近は鼻をこすりながら、
「三成様、俺の事で、なんか、いってた?」
「気になります?」
「そりゃあ、まあ」
「そうですね。左近には気骨がある、ってよくおっしゃいますね」
「気骨? マジで?」
「ええ。それだけ、三成様に期待されているということです」
「そーなん?」
「三成様はご自分が先頭に立ちたい方ですから、左近様に先陣を任せるというのは、とても信頼されているということですよ」
「それ、スゲーありがたいんだけど、俺、結構、ヘタうっちゃってんだよね」
「ならば、いずれは背中を守れるようになればよいのでは?」
「簡単にいってくれちゃってえ! 三成様ってめっちゃ足速ぇから、ついてくだけでも大変なんだぜ」
「後詰めは、知恵と勇気のいる仕事です。三成様の左腕を目指していらっしゃるのなら、撤退の方法も熟知しておかないと」
「そりゃあ、わかってんだけどさ」
「竹中様や大谷様に、兵法を教えていただいているのでしょう?」
「うん。まあね」
《あれを、教えてもらった、というんならな》
半兵衛の講義はなかなか難しく、高度なケレン味のあるいくさ展開を、当たり前のことのようにスラスラと語る姿に、左近はひたすら感心していた。
ある時、半兵衛はふっと喉を詰まらせた。でかかった咳を押さえて横を向くと、低い声で、こう呟いた。
「左近君。君には、三成君の補佐を、頼んだよ」
三成様には、刑部さんがいるじゃないですか、といおうとしたが、いえなかった。
そこに、半兵衛の願いを感じたからだ。
つまり、幼なじみでさえ抑えきれない時、左近なら捨て身で制止できる、ということをいいたいのだろう。
「ハイ、任せといてください、半兵衛様!」
左近が元気よく答えると、何もなかったように講義は再開されたが、あの時の横顔を忘れていない。
遠い目だった。
そのすみれ色の瞳は、未来を案じていた。
豊臣秀吉が憂いている、この国の未来というよりも、もっとささやかな、何かを。
《……そっか。そこらへん、なんかな》
左近の眉間から影が消えた。
「あんがとさん。あんたのおかげで、さがしものが一つ、見つかった気がすんよ」
小姓は美しい笑みを浮かべた。
「そうですか。お役にたったなら、何よりです」
確か、この美少年は三成のお気に入りで、そばでよく立ち働いている姿を見る。
「ところで、あんたは佐和山の城についてかなくて、よかったわけ?」
「大谷様と水入らずでいらっしゃるところへ、ですか?」
左近は、あ、と口を開けた。
これだけ利発な小姓なら、普通なら主君の手がついているはずで、小姓の方もそれを期待して仕えていたりする。だが、三成は吉継一筋で、決して小姓を食い散らかしたりしない。だからどんなに羨ましくとも、黙ってため息をついているしか、できないのだ。
「そうだよな。佐和山で刑部さんとイチャついてだもんな、三成様。いいよなー!」
ハッキリ口にしてしまうと、左近は胸のもやが薄らいだ気がした。
「留守を守るのも立派な仕事ですよ、左近様」
「うん。そうだよな。なんでも出来るようになんないといけねえよな。あんがとな!」
「いいえ」
小姓はふっと上目遣いになって、
「私は左近様が羨ましいんです」
「俺が?」
「左近様が来られてから、三成様、明るくなりましたから」
「えっ、マジで?」
あれで、明るく、といわれても左近はピンとこないが、
「大谷様のご病気は、治る見込みのないものですから……大谷様がいない日の三成様は、時に、ひどく鬱屈されるのです。左近様が来られてから、そういうことが、ずいぶん少なくなりました。お気がまぎれるのでしょう」
真顔でいわれて、なるほど、と左近はうなずいた。
普段は気にしていないような顔をしていても、病人本人が不在の時、その苦しみを思うと、同じように落ち込んでしまうのだろう。お調子者のにぎやかさが、それを少しでも和らげているのなら、左近がここにいる意味は、確かにあるのだ。
「いくさばでも三成様に認められていらっしゃるのですから、左近様をうらやんでいるものは、石田軍には結構な数、おりますよ」
「ありがてぇけど、まだまだ俺も、三成様に認められるってほどじゃ」
小姓はクスリと笑って、
「言い訳は不要だ、精進しろ、と三成様に叱られますよ?」
「あー。耳が痛い! けど、そういうことだよな」
「ああ、申し訳ありません、立ち話が長くなってしまいました。そろそろ失礼致します」
小姓は軽く礼をして、書庫から出て行った。最後に左近を振り返って、
「三成様は信頼のおける方です。そういう方に信頼をおかれているのですから、それを誇りに、励んでくださいませね!」

*      *      *

のぼせる寸前まで湯殿で戯れていたが、いつまでもそうしていると、かえって吉継の身体を冷やしてしまう。夜明けが近づいていて、外気も冷たくなってきている。
三成は名残り惜しげに、口移しで冷たい水をわけあってから、手早く吉継の肌を乾かした。
再び吉継を抱えて、床へ戻る。
乱れた布団を整えると、共に横になった。
「刑部。大丈夫か」
「ん。ヘイキよヘイキ。ぬしこそ、腰は大丈夫か」
「これぐらいで立てなくなるほど、やわな腰ではない」
「左様か」
「明日は、ゆっくり朝寝をしていていいぞ。貴様は自分の仕事を終えてきたのだ。しばらく客人扱いだ」
「ぬしこそ、朝寝せずともヨイのか」
「問題ない。刑部と肌を合わせると、全身に力が満ちる。寝ているのがもったいないぐらいだ」
「ぬし、ほんに絶倫よなァ」
「貴様だから、こうなる。それだけだ」
「三成」
「うん?」
「われはな、ぬしの本心がききたい」
「本心?」
「ぬし、左近には、とりわけ親身よな。アレをそんなに、大事にする理由があるか」
「まあ、そこまで親身なつもりもないが、死なれては困ると思っている」
「本気でアレを、豊臣の系譜にする気なのか」
「する」
三成の答えには、迷いがなかった。
「たしかに、ぬしの配下の中では、頭抜けてはおるが」
「あれには余計な係累がいない。帰れる故郷がない。召し抱えてみれば、戦力として使える。働きぶりも、秀吉様から少しずつ認められてきている。半兵衛様のご教授を受ければ、いずれ後詰めもできるようになるだろう。城ひとつ任せられるだけの力があると思うから、留守に置いてきたのだ」
「ぬしがそこまで、アレに信を置いておるとはな」
「いけないか。貴様も気に入っているのではないのか」
「われが?」
「貴様にずいぶん懐いているようだ。よく面倒をみているからだろう。だいたい、貴様も左近を不快と思うなら、兵法の手ほどきも、もっと厳しくしていたはずだ」
そういわれると、返す言葉もない。
「くだらん手すさびさえ改まれば、アレは、左近という名にふさわしい男になるだろう」
「さよか」
吉継が寂しげな声を出すと、三成は吉継を抱き寄せなおした。
「刑部」
吉継の指にそっと自分の指をからめて、
「秀吉様、半兵衛様から託されるものを、途絶えさせないためだ。私も貴様も嫡子がいない。私は子を成す気もない。そう考えてのことだが、刑部が厭なら、私は……」
「別に、厭なわけでは」
「今後はもっと厳しくしてゆく。豊臣の未来を託すのならば、礼節をわきまえた男になってもらわねば困るからな」
「ん」
「あれにとって、私が秀吉様なら、秀吉様は私に、もっといろいろなことを、実に細やかに手ほどきしてくださった。同じにはできずとも、伝えねばなるまい」
「あい、わかった」
「刑部」
不満げな吉継の頬に、三成は口唇を押した。
「本当は、閨で他の男の話をしたくない。夜があけるまで、私の身は貴様ただ一人だけのものだ。いくらでも好きにしていい。私も、貴様のことしか考えたくない。ひたすら愛おしみたい」
吉継は、三成の首筋に頬を埋めた。
「ぬし、ちっとも、わかっておらぬ」
「なんだ?」
「ぬしが左近を連れてこなんだ、ただそれだけで、閨で乱れるわれの気持ちを、わかっておらぬ」
三成のいう理屈はわかっている。だが、もっと自分だけを見て欲しいからこそ、左近が気になるのだと。
「すまない。貴様がとっくに承知していることを、くどくどと」
三成は吉継の背を、あやすように撫でながら、
「左近のことは、いずれ形にするつもりだが、貴様が気に病むことは何もない、案じてくれるな。それから」
「ん」
「佐和山にいる間、夜は寝かせない」
「ん?」
「数日でも、貴様をひとりじめにできるのだ、放さないからな」
「三成」
吉継は、ぎゅっとその身を押しつけて、
「われも、夜が明けるまで、ただ、ぬしだけの……!」

*      *      *

「あーっ、おかえんなさい、三成様ー! 刑部さん!」
左近が大きく手を振りながら、笑顔で迎えにでた。
三成は苦笑まじりの声で、
「どうだ。かわりないか」
「ありまっせん! いつもどおり、兵の鍛錬と、あと書庫の整理までしてあります!」
「そうか、貴様もかわりないようだな」
三成は己の下屋敷を振り仰ぎ、
「話がある。だが、先に秀吉様に帰還のご報告をせねばならぬ。夕餉の前に、私の部屋に来い」
「ハイッ、三成様!」
元気よく返事をして、再び屋敷を後にする三成と吉継の背中を見ながら、ふっと甘えたような顔をした。小さな声で、
「……ホント、おかえんなさい、三成様」


いいかげん陽が傾いた頃、左近は三成の部屋の前で、おそるおそる声を出した。
「あの、三成様……?」
「来たか。入れ」
三成の静かな声に、左近の背筋が伸びた。
「ハイッ、島左近、入ります!」
障子を開けると、三成は書見台の前で何か広げていた。
「あのー、三成様、お話って、なんすか」
「ああ。まず座れ」
「ハイ」
用意されていた円座に、左近はちょこんと膝を乗せる。
「左近。貴様、側に居て役に立つことが何かあるかと、先日、私に問うたな」
「は、ハイッ」
「貴様、豊臣の未来について、少しは考えるところがあるか」
「まだ、あんま、ハッキリとわかってはねえですけど」
「考えては、いるのか」
「秀吉様が、ひのもとをひとつにして異国の脅威を打ち払いたいと思ってることと、すっかりたいらかになった後、三成様が、住みやすい国をつくろうとしてんのは、わかってます。たぶん」
「そうか」
「俺、三成様のそばにいて、その未来を、支えられたらって、思ってます」
「わかった。そこまで考えているなら、今は、それでいい」
「あ、ハイ」
三成に拾われたばかりの頃は、豊臣の未来、という単語がピンとこなかった。
主君と共に暴れられればいい、いずれは焼き討ちの相手に遭遇して倒す機会もあるだろう、ぐらいの気持ちでしかいなかった。
だが、三成の真面目さは、配下にそれ以上のものを求めている。
だとしたら、こういう答えしかないように思う。少なくとも左近は、そう思った。
「貴様、大和に帰って、家を興す気はあるか」
三成に問われて、左近はキッパリ首をふった。
「ありません。俺は三成様についてくって決めてますから」
「係累が貴様を頼ることもあるだろう」
「ねえです。もう、誰もいませんから」
「そうか」
三成はなぜか、すっと目を伏せ、
「左近。石田の名字を、名乗る気はあるか」
「えっ」
「豊臣の未来をになう一人として、私の養子になる気はないか、といっているのだ」
「え、え、エエエエエェェーーーーっッ!」
思わず左近は大声を出してしまった。
そんな申し出をされるのは、左近の想像の外だった。
左近は、三成の生え抜きの部下でも元からいた小姓でもない。今以上の待遇は、望むべくもないはずなのに、そんな破格な扱いを?
そこまで気に入られていたとは、左近は夢にも思っていなかったのである。
「いいんすか、三成様」
「必要な書式はすべて用意してあるが、無理強いはしない。島の名字を残さねばならぬというなら、尊重する。貴様は選べるのだ。豊臣の敵になる以外のことなら、すべて許そう」
左近は頭がボーっとしてきた。夢じゃないかと思いながら、
「あの、俺が、三成様の……?」
「厭か」
「厭、じゃ、ないんすけど、俺、別に、三成様の息子に、なりたい、わけじゃ」
声が掠れる。
受けるべき話だと思いながらも、左近に残っている理性のかけらが、いや、むしろ突き上げる情動が、それを拒んでいた。
「そうか」
三成はため息をついた。
「私が示せる誠は、ここまでだ」
「み、三成様?」
「貴様が、ここに居ていいかと訊いたからだ。邪魔なのではなく、身内に加えてもいいと考えている。それだけ、伝えておきたかった」
「え、え?」
「貴様の気持ちはわかっている。なぜ、息子になりたくないのかも。だが、私は、その気持ちに応えられない。すまない」
「三成様」
左近の目に、熱いものが盛り上がった。
「そんな、優しく、しないで、くださいよ……!」
わかってる。三成様が優しいことも、ずっと気にかけてくれてたことも。
だからこそ好きな嫁を選べとか、子どもにならないかとか、そんなことまでいってくれるんだ。貴様の死など認可しない、とか。
自分がどんなに大事に扱われているか、あらためて思い知る。
むしろ、真面目な三成様に謝らせた、俺が悪い。だいたい、俺みたいな軽い男、適当に犯っちゃってもいいんだよ。冷酷に犯して、やり殺しちゃってもいいぐらいなのに。もし、刑部にはいうなよっていわれたら、いわないのに。
いや、それはバレるか。マジで、刑部さんに殺されそうだな。
「左近。私は断っているのだぞ。わかっているのか」
目元をぬぐっても、まだ溢れてくるものがある。左近は掠れ声のまま、
「わかってます。ただ、俺、三成様のそばにいたいだけで、それを、三成様が許してくれてんなら、それだけで、いいんす」
「そうか。なら、その名にふさわしい、精進をしろ」
「ハイ」
「よく、留守を守っていたな。賭場へも行かなかったときいている。今後も、よく身を慎め。風紀を乱すな」
「ハイ、三成様!」
左近はグイ、と目元を拭き上げると、深く頭を下げた。
「これからも、どうぞよろしく、たのんます……!」

(2015.2脱稿)

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Written by Narihara Akira
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