『春 色』


「ああ、いいぞ、よく締まる」
「あ、や、三成様ぁ」
甘い悲鳴がとまらない。
「いいか、左近?」
「あ、だめっす、前、触んないでください、俺、もう、あ、ああ……っ!」
一番いいところを突かれて、身もだえながら達する。驚くほど溢れてしまって、左近は完全に涙声だった。しかも、キュウキュウに締めつけているはずなのに、三成はまだ達っていない。
このまま二度目に突入するのかと思っていると、低い声が三成を呼ぶ。
「やれ、三成。あまり、待たせるでないわ」
「ああ、すまない」
三成は、左近からためらいもなく身体を外し、そして近づいてきた吉継を抱きすくめた。手早く脱がせてしまうと、優しく褥に押し倒し、すぐに腰を動かし始める。
「あ、まだよ、まだ!」
グチュグチュという音が激しくなる。三成が中で一度達して、それでも萎えずに、吉継の求めに応じているのだ。
「安心しろ、たっぷりしてやる」
「ん」
吉継は三成の首にしがみつく。
「われ、ぬしのがいい、ぬしのが……!」

*      *      *

「……あー、マジでダッセーわ、俺」
目が覚めると、下穿きがすっかり濡れていた。
みていた夢で、精を漏らしてしまったのだ。
「夢は夢って、わかってっけどさ」
夢で何を見ようと、罪ではない。
三成に身も心も捧げたい左近としては、無意識に主君の肌を求めてしまうのは、仕方のないこと、と割り切ったつもりでいた。
というか、そうするしかないのだ。
三成の濡れ場を盗み聞きしたこともある左近にとって、二人の絡みを想像するのはたやすいことで、そして若い自分が、明け方の浅い眠りに、淫夢を見ないようにするのは難しい。
とはいえ。
「夢の中でまで、ってのがなー」
一方的に達かされていた。さすがに中に入れるだけの硬度は保っていたが、きっと、何度やっても、三成は達かなかったろう。
自分では、あの人を喜ばせることはできない――いくら自覚していても、夢の中でもと思うと、あらためて左近は切なかった。
「そういや刑部さん、最初っから言ってたっけな」
《なんの穢れも知らぬようなあの男が、われの中でみっともなく果てるのが、面白いのよ。ただ、それだけよ》
「すげえ惚気だよな、アレ」
どちらも良いから、そうなる。
相愛の自信があるから、そう言う。
羨ましい。
「さっぱりしねえな。顔でも洗ってくっか」
髪まで濡らした涙の痕を、残しておくわけにはいかない。
左近は下穿きを取り替えると、顔を洗いに外へ出た。


「やれ、どうした左近」
「あ、刑部さん、おはござーす」
顔を拭いてから、声の方に振り返る。
「ひどい顔を、しておるの」
「あー、あんま夢見がよくなくて」
正直にいうと、吉継はため息をついた。
「しばらく、大いくさもなかろ。城下で少し、羽を伸ばしてくるか」
「そんなん、三成様に叱られますって」
「鉄火場へゆけ、というておるのではないわ」
左近は肩をすくめた。
「温泉いくほど、疲れてるわけでもねっすから」
「それ以外の遊びを、知らぬというわけでもあるまい?」
「あー」
左近は苦笑した。
「刑部さんは何でもお見通しっすね、っていいたいところっすけど、そういう気分には、ちょっと、なれねえんです」
女遊びも、男遊びもしたくない。
好きな人に満足してもらえないという空しさを、すり替えることはできないからだ。
「では、三成に、茶でも点ててもらうか」
「え」
「たまには、二人で遊ぶもよかろ」
「え、刑部さんは?」
「われは今更よ」
左近は目をまたたかせた。
「でも俺、あんま、作法、知らなくて」
「三成の言うとおりに、しておればよいのよ」
「てか刑部さん、マジで勧めてますよね?」
吉継は首をかしげて、
「犬ころみたいにじゃれついてばかりでは、芸がなかろ。教養のあるところを、たまには三成にもみせたらどうよ?」
「だから、俺」
「作法の前に、心よ、心。他に客がおらねば、静かに茶を喫するだけでよいのよ」
「あー」
そういうのも、ちょっと、いや、結構イイかもしんないけどな……。
左近の表情が和らぐと、吉継は微笑を浮かべた。
「なら、われからゆうておこ。ぬしも戦装束以外の服はあろ? それらしくして待っておれ」
「それらしくって……え、今日、これからっすか」
「なにか外せぬ予定があるか」
「いや、俺は別に。でも、三成様は」
「これから登城するが、昼を過ぎれば用事もなかろ。この下屋敷の隅にも茶室はあるゆえ、われから良く、ゆうておく」
「え、ちょ、ホント待って下さいよ、刑部さん」
「どうした、嫌か」
「別に嫌じゃねえすけど。あの、ほんと」
「この際、作法の基本を押さえておくと、太閤の覚えもメデタくなるかもしれぬぞ。茶室は密議の場所でもあるゆえ、慣れておいて、損はない」
「ううう」
あんな夢を見た日である、主君と顔をあわせるのが恥ずかしい、ということぐらい察してくれてもいいのに、と思いつつ、左近はようやく首を縦に振った。
「すんません。よろしくお願いしまっす、刑部さん……」

*      *      *

「硬くならなくていい、略式でする。貴様の作法に、期待していない」
「うう、すんません、三成様」
一応、慣れない羽織に扇子を持った姿で、左近は三成の後をついて茶室に向かう。
「私の動きを真似ていろ。ただし、静かに、丁寧にな」
「は、はい」
茶室への入り方、畳の上の歩き方。
まったく知らないわけではないのだが、どうもぎこちなくなる。
狭い茶室で、三成と二人きりなのも、緊張する。
何が起こるわけでもないのは、わかっているのに。
すぐに鉄瓶の湯が沸いて、三成は茶の準備を始めた。
「左近」
「はい」
「茶席は楽しむためのものだ。つらいなら、膝を崩してもかまわん」
「え」
「他に誰がいるわけでもない。第一、正式な作法は、一度では身につかない」
「あ、はい」
それでも左近は、膝を揃え、背筋を伸ばしたままだった。
三成が落雁を出してくれる。可愛らしく蝶をかたどったものだ。いつも刑部さんのことが頭にあるからだな、と左近は思う。
三成のした通りに茶碗を回し、左近は茶を口に含む。
「あ……!」
おいしい。
さすが、秀吉様に褒められただけのことはある腕前だ。
ただ苦いだけでなく、かすかな甘みがある。茶請けが要らないと思うぐらい、味にふくらみがある。
「どうした」
「お茶って、こんなに、うまいもんだったんだなーって」
「そうか」
三成は微笑み、もう一杯、点てる。
「ありがとう、ございます」
今度は、本当に落ち着いて二杯目を飲んだ。お世辞抜きにうまい。ほっとする。
飲み口をぬぐうと、左近は頭をさげた。
「結構な、お点前で」
「もういいか」
「はい」
「貴様も、やればできるな」
「え」
「様になっているぞ。その気があるなら、最初から教えてやる」
「いいんすか?」
「私の流儀でいいならな」
「三成様のお茶なら、いつでも飲みたいっす」
「そうか」
「ハイ。しかし、こんなにいい茶室が、あったんすね」
掃除のゆきとどいた茶室を、左近は見回した。
ほのぐらい床の間にいけられた、慎ましい薄紅の花の一枝。
掛け軸には「洞中春色人難見」とある。
たしか、竹中半兵衛の講義の最中に、その禅語の意味を教わった気がする。洞窟の中であろうと、春はやってくるが、普通の人間にはその気配が見えがたい、ということだ。つまり、それを感じ取ることができるかどうかというところが大切で、武将の神髄にも通じる、と。《春になれば、雪がとけて上杉が南下してくる。それを東国の人間は、毎年脅威に感じている。となれば、豊臣の打つ手としては、冬の間にも上杉としっかり同盟を結んで、いざという時は援護を頼み、敵を挟撃するのが正しいね》と。
《どうちゅうのしゅんしょく、ひと、みがたし》……左近はその言葉を口の中で小さく転がしながら、すこし考えてみた。豊臣にいるのは、たとえ病人であっても武将として強く逞しく、後方指揮をとるだけでなく、前線に出て戦うような人間ばかりだ。室内にこもって、かすかな気配を感じているだけの者などいない。外から気配をうかがうことは、あるとしても。
だとしたら、この軸の謎かけは――?
「左近」
「はい」
「生きているものの多くは、春に芽吹き、子を成す。人も例外ではないから、何もなくとも、肌の奥がうずくことがある。それを気に病む必要はない」
左近は、思わず三成をじっと見つめてしまった。
「刑部さん、いったい、三成様に、なんて……?」
「いつもより、少し余計にかまってやれ、といわれただけだ」
「それだけっすか」
「そうだ。だから、あまり心細いような顔をするな。隊の士気が下がる」
三成は真顔だった。そして、いつも通りだった。
喫した茶のおかげか、左近もどっしりとした心地で、微笑をもって応えた。
「そっすね。気をつけます」
「そうか」
三成は、しかし、そこで首をかしげた。
「左近」
「はい」
「いったい私の、何が良くて、ついてきた」
「え?」
「理由があるのか」
静かに問う三成に、左近は首をふった。
「三成様が、いったんじゃないすか。人を好きになるのに、理由なんて要らないって。もちろん、三成様は間違いなく豊臣の左腕で、優れた武将で、何でもできて、マジでカッコイイっす。誰でも惚れるっすよ。でも、それだけじゃない……」
三成はすっと立ち上がった。
「来い、左近」
「え」
つられてフラリと立ち上がった左近を、三成はそっと抱きしめた。
「……ここまでなら、してやれる」
低く囁かれて、左近は思わず深い息を吐いた。
あー。
夢じゃねえよな、これも?
二人っきりで、誰も見てないってのに。
駄目だろ。
そんなつもりねぇのに、欲しくなっちまう、とか……。
「三成様、俺」
左近は、ソロソロと三成の背中に腕を回そうとして、三成の身体が何の熱も帯びていないことに気づいた。
求められてる、わけじゃない。
これは、いたわりに過ぎない。
私の息子にしてもいい、とまで言ってくれた、この人の優しさだ。
左近はそっと、主君の胸を押し返した。
「これは、茶席の作法じゃないでしょ、三成様」
「左近?」
「今晩も、刑部さんと仲良くすんでしょ? 駄目っすよ、こういうこと、しちゃ」
「私を夢見て、泣くのにか」
「あー」
やっぱ刑部さん、三成様に、全部ゆっちゃってんじゃんよ……。
左近は首をふって、
「俺、三成様のぜんぶが好きで、だから、刑部さん一筋な三成様が、好きなんすよ」
「それでいいのか」
「三成様が俺のこと、好きに使ってもらえれば、それでいいんす。そばに、いられれば、それだけで」
「そうか」
何もなかったように、三成は再び腰を下ろした。
「三成様?」
「なら、最初から正式な作法を教えてやるから、座れ」
「へ?」
「私の茶なら、何度でも飲みたいのだろう? なら、教えてやる。それで貴様が、少しでも落ち着くというなら」
「は、ハイ」
狐につままれたような顔で左近も座りなおすと、三成はいつもの真顔で、
「秀吉様にはとうてい及ばないが、私もいずれは、席主として茶会を開くなり、亭主として取り仕切る日がくるかもしれない。つまり、どんな客が相手でも、もてなせねばならぬ。貴様ぐらいが、練習にはちょうど良いだろう」
「三成様」
「どうした。不満か」
「と、とんでもねっす!」
貴様の作法に期待していない、といっていた主君が、ちゃんと教えてくれるという。
それはつまり、期待してやろう、ということだ。
左近は手をつき、深く頭を下げた。
「よろしくお願いします、三成様」
「ただし、先は長いぞ。まず、畳の縁を踏むな。いくら茶室が狭くても、それは基本だ」
「ああっ、すんません、気をつけてたつもりだったんすけど」
「まあ、今日は二人でやるが、そのうち大きな茶会に出ても、恥ずかしくないようにしてやる。その覚悟でいろ」
「はい、三成様」
左近はようやく、顔をあげた。
それでも、どうにも熱いものがこみ上げてきて、それを目の縁からこぼさないようにするのが、精一杯だった――。


(2015.6脱稿)

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Written by Narihara Akira
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