『誠 心』


日が暮れてくると、熱があがってきたのか、耳鳴りがする。
「刑部に、今日は戻れないかもしれんといっておいたのは正解だったな」
一仕事を終えた三成は、己の部屋に布団を敷き、綿入れをかぶると、額を冷やして横になった。
いつもなら微熱で大事などとらないのだが、吉継に風邪をうつしてしまってはいけないと、すみやかに回復する方法を選んだのだった。
粥もすすった、真武湯ものんだ。ひとばん寝れば、すっかりよくなるだろう。
「刑部……」
貴様の苦しみがわかるなどと、口が裂けてもいえないと、改めて三成は思う。
この程度の熱ですら身体の自由を奪うのに、吉継が背負っているのは皮膚がこわばり爛れる病だ。そのつらさは想像を絶する。同じ病を得たものにしかわかるまい。
ぬしは疲れることを知らぬような、と苦笑されたこともあったが、若さゆえの気力で保たせているだけのこと。そしてなにより、大谷刑部吉継という男が、病の身をおして、陰になり日向になり三成を支え、細やかに世話をやいてきたからだ。
「刑部、私は……」
自分がどんなに想われていたのか、肌を重ねるようになってから更に、身に染みてわかるようになった。
教わったとおり肌をなぞっているだけなのに、吉継は震え、声を堪え、身悶え、そして、羞じらいながらも三成の熱をねだってくる。三成はたまらなく幸せな気持ちになり、もっと喜ばせたい、もっと優しく抱きたいと思う。もともと我欲の淡い三成は、自分の中にきざすものよりも、相手の喜びを優先することができたし、むしろ、愛しい相手が安心してとろける姿こそが、三成の熱を一番かきたてるのだった。終わった後に、あの吉継が「朝までぬしの、かいなの中で、寝ていたい」と、かすれ声で甘えてくる時さえあるのだ。抱きしめずにいられるものか。
だからといって「守ってやる」などと不遜なことも、三成は考えない。
剣も槍もふるえなくとも、吉継は誰かに引けをとる武将ではない。
むしろ常に、私は守られる方だったではないか。
「そういえば、あれはいつのことだったか……」
小姓時代、豊臣家の使いに出て、帰りが遅くなった日のことを、三成はぼんやり思い出していた。

*      *      *

使い先で、石田佐吉と名乗ると、なぜか取り次いでもらえない。
豊臣秀吉の使いならば、大谷紀之介がくるだろう、といわれたのである。
常ならば確かにそうだった。
手紙のやりとりだけなら大名飛脚ですむところを、あえて決まった小姓にいかせるのは、相手の武将と顔をつないでおくためだ。ふだんから行き来して信頼関係を築いておけば、いざ動くとなった時、いろいろと交渉しやすくなる。
しかしこの日、紀之介は別な用事で、まだ戻れずにいた。
それで、今日は佐吉が使いでもかまわぬだろうといわれ、急ぎやってきたのだった。
「目通りがかなわないなら、それでもよい。ただ、書状だけは受け取ってもらえまいか」
「だめだ、主のゆるしがない」
取り次ぎとしばらく押し問答になり、ついに佐吉は言葉を紡ぐのをやめた。
打刀をすらりと抜くと、その場に座り込む。
首に刃をあてて、
「やむをえまい。このままでは秀吉様に申し訳がたたない。主命果たせぬならば、己の志をみせるしか……」
命をかけて誠を示すという場合、本来的には腹を召すべきなのだろうが、小姓の自分が秀吉様の許可なく切腹することはできない。
それに、首に刃を滑らすだけなら、さほど無様もさらすまい。
白い肌に赤い滴が盛り上がるのを見て、驚いた取り次ぎが声をあげると、それをどこかで見ていたらしく、相手がすっと門前へ出てきた。
「待て。それしきのことで、死んでみせる必要などない」
いわれて佐吉が顔をあげると、
「おまえが石田か。なるほど、情のこわい子どもという噂は、本当のようだな」
うちつけにそういわれて、佐吉は表情を変えないようにするのが精一杯だった。
陰気で扱いにくい小姓だといわれることは、ままあった。さかしらなところがあって、可愛くないというのだ。
それを知りながらなぶられていたと思うと、さすがにいい気はしない。
膝をついたたま頭を垂れると、書状を高く差し出す。
「読んでやるから、屋敷の前で血を流すな」
ようやく受け取ってもらえたので、佐吉は手布で傷を押さえた。さらに身を低くしながらも、よく通る高い声で、
「返答は、いかに」
「書いてやる。その前にもう一度顔をあげて、よく見せろ」
いわれて再び面をあげると、
「思うていたより、見目良いな。紀之介とはだいぶ毛色が違うが、涼やかだ」
佐吉は思わず相手をにらみつけた。
貴様、なれなれしく紀之介などと呼ぶな。もしこんな男が、紀之介に指いっぽんでも触れているというなら、ゆるしはしない。穢らわしい。
「……すみやかに、返書を」
もしこの男が翻意し、秀吉様に仇なすというなら、この場で自分が首をはねてやる。
ふん、という笑いがそれに応えた。
「秀吉の使いで来たのであって、喧嘩を売りにきたわけではあるまい。返事をするといっているだろう。半時ほど待っていろ、そこで」
傷を押さえたまま、佐吉はじっと待った。
こういう時、紀之介だったらどうするのだろう。
きっと巧くやるはずだ。相手を怒らせることもなく、無礼を働かれることすら、ないかもしれない。
使いとしては、紀之介の方が優れているのはわかっている。
さして年もかわらぬのに、紀之介は頭の回転が速く、口も立つ。穏やかな笑顔と柔らかな物腰で、するりと人心を掴んでしまう。
だが、それを妬ましいとは、佐吉は思わない。
紀之介がなぜ好かれるかといえば、うわべだけの愛想や手管でなく、まことの心をもっているからだ。
佐吉は自分に、何かが欠けているのを知っている。しかし、紀之介の魂の清さがわかるぐらいには、己にもまことがあると思っている。紀之介が特に自分に心を砕いてくれるのは、互いのまことを解っているからだと。
だから、尊敬こそすれ、歪んだ嫉妬で紀之介を見ることはしない。
「……書いたぞ。届けよ」
ようやく返書を受け取れた佐吉は、胸元から懐紙を取り出すと書状をくるみ、糊で封をし、懐中用の筆でサラリと緘した。
相手はそれを、不思議そうな顔でみながら、
「面白いことをするのだな」
「これは私の名を記して、秀吉様に渡す前に、誰も見ていない証としているだけのこと」
「なるほど。だが石田、糊でとじる前に、中を見ずともよいのか。その書状に、おまえの使いの無様さが記してあるかもしれないぞ。それとも、途中で開けるか」
佐吉は薄笑った。
「たしかに私には何度でも封ができるが、秀吉様は信じて私を出してくださった。そして、自分に都合が悪いからと書状の一部を塗りつぶすような使いは、豊臣に必要ないはずだ。それに書状というものは、だいたい控えをとっておくものだろう」
「なるほど。道理だな」
相手は、貝殻に入った練り薬を袂から取り出し、佐吉に手渡した。
「石田よ。主君に目通りする前に塗っておけ。大事な小姓に傷をつけて返したとあっては、何をされるかわからぬからな」
佐吉は黙って受け取り、それを懐におさめた。
その言葉には悪意を感じなかったし、つき返す場面ではなかったからだ。
だが、本当に信用してよいかはわからない。もし膏薬に毒でも入っていたら、秀吉様の使いを果たせずに死んでしまう。
それに首筋の傷は、そんなに深いものではない。帰ってから洗えば、さほど目立たぬだろうと思った。
一礼して帰途につき、佐吉は森の中を急いだ。
「佐吉!」
暗い小径を抜けたところで、松明をもって駆け寄ってきた人影があった。
「紀之介。そちらはもう、用がすんだのか」
「われのかわりにいったというので、急ぎ戻った」
佐吉は低く笑った。
「迎えが必要なほど、私も童ではない。使いもひとりでゆける」
「むろんゆけよう。だが、俊足のぬしが、こんな刻まで戻らないのではな。太閤がその身を案じるとは、思わなんだか」
「そうか。それはすまなかった」
佐吉の物言いのおかしさに気づいた紀之介は、灯りを高く掲げ、血の跡に目をみはった。
「どうしやった、その傷は」
「少し手が滑っただけだ。先方で傷薬をもらった」
紀之介はため息をついた。何があったか想像がついたようだ。
「意地の悪いことをされたか。だが、あの方も、心底悪人ではないのだ。薬をもらったなら、佐吉は初手から信用されたのよ」
「まて。まさかあの男、紀之介に何かしたのではあるまいな?」
今度は紀之介が苦笑した。
「されるわけがなかろ。われもそこまで悪趣味ではないわ」
「ならいい。そうだな、紀之介が下手をうつわけもなかったな」
「なあに、ぬしもちゃあんと、使いを果たしておるではないか」
「まだだ。秀吉様に返書を渡していない。その前に着替えて、首を洗わねば」
「そうよ、そんな姿で戻ってはならぬ」
そして二人は、並んで歩き出した。
「佐吉よ」
「なんだ」
「ぬしの身はぬし一人のものではない。やすやすと傷つけるでない」
「そうだな。私は豊臣のものだ。秀吉様のお役にたてるよう、もっと強くならねばな」
「そうよ。太閤がどれだけ佐吉を大切に思うておるか、忘れてはならぬ。なればこそ、難しい使いも頼むのよ。末永く役にたとうとするなら、その身を損なってしまっては意味がなかろ。われも、いつなんどきでも、ぬしの側にいられるわけではない」
「わかった。気をつける」
それ以上、紀之介が言葉をつがないので、佐吉も黙した。
余計なことをきかれないのが、ありがたかった。
紀之介に嘘をいいたくない。だが、自分の不手際を伝えたくもない。
心配して来てくれたのだから、なおさらだ。
ほんとうは礼をいいたいぐらいだったが、なんといっていいかわからない。
むしろ、まだ道の途中だというのに、安堵して目元が潤んできた。
「佐吉」
城が近づいてくると、紀之介が低く、呟くように、
「太閤だけではない、皆そうよ。われとて、ぬしを……」
「紀之介?」
その呟きの続きは「大切に思うておるのだ」か。
佐吉は抱きつきたい衝動にかられたが、松明をもつ紀之介を驚かせてはいけない。
「私も紀之介が大事だ」
そう口走って、佐吉の頬は熱くなった。
いったい何をいっているのだ、私は。
今さらな、と笑われてしまうだろうか。
紀之介は、ごく真面目な声で応えた。
「われもよ。先ほどはぬしの血の匂いで、肝が冷えたわ」
「すまなかった。驚かせたな」
「無事ならよい。謝らずとも」
「紀之介、私は」
「もうよい、というておる」
ふと、紀之介の手がのびてきて、佐吉の掌を握った。
そっと指をからませてきて……ん、なぜ、布の感触が?
佐吉、と呼ぶ声も、随分しわがれているような?
三成は、ぱちりと目を開けた。
「刑部か」
外はすっかり暗くなっていて、吉継がともしたらしい灯りが、あたりを照らしている。
いつのまにかウトウトしていて、入ってきた気配にも気づかなかったようだ。
火鉢には赤々とした炭が入っているが、額の布は冷たい。吉継が取り換えてくれたのだ。
吉継は己の綿入れを膝にかけて枕元に座り、三成の掌を握っていた。見舞いにきて、しばらくそこにいたようだ。
「紀之介、と何度も呼んでおった。昔の夢でも、見ていたか」
「そのようだ」
「そう哀しげに呼ばれては、ぬしの声に応じてしまいたくもなろ」
「哀しげだったか」
三成は不思議そうに尋ね返した。
「悪い夢ではなかったのだがな。刑部が私を迎えにきて、一緒に帰るのだ」
「やれ、そんなことも、遠い昔にあったような気がするの」
「あったな」
吉継はあいている方の掌で、三成の髪をサラリと撫でながら、
「ぬしがこんな早くに休んでおるとはな。熱がひどかったか」
「いや、もう平気だ」
吉継は首をふった。
「ここ数日で急に冷え込んだからであろ。だのに、ぬしの肌がいつも熱いゆえに、気づかなんだ。やれ悔しや」
三成は、からめられた指を思わず握りしめた。
私はまだ、吉継に甘えたいのらしい。
童ではない、などとつっぱってみせていたのは、ほんとうに幼かったからだ。
あんなに紀之介を慕っていたのに。
しかも昔の夢をみながら、触れられているのが心地よい、と思っているとは。
「刑部」
瞳を潤ませ、甘え声をだしてみる。
「欲しい」
吉継にうつすまいと思っていたが、すでにこんなに身を近寄せてしまっていては、もう意味もないだろう。
「三成よ。なまみの身体が熱を出すのは、養生を欲しているのよ。前のように、急に倒れてもらっては、困る」
「もう平気だといっている」
「ぬしの身がなにより大事、もう少し休みやれ」
「私に触れられるのが、いやか」
「いやなわけがなかろ。われとてぬしの情けが欲しい」
「ほんとうか」
「ぬしと共寝をしなかった日は、この身が疼くほどよ」
「疼くだと」
三成は、額の布を外して身を起こし、吉継の口唇を吸った。
吉継はそれに応え、二人は互いに腕をまわした。
三成はクン、と鼻をならして、
「湯をつかってきたのだな、刑部」
「夕餉も薬も湯も、すべてすませてきたわ。ぬしがもう戻っているときいて、いそいそとここへ来たのよ。もう寝ているとは思わなんだから」
「なら、刑部の疼きを鎮めるのに、何の問題もないな」
三成はするりと吉継の着物の裾を割り、下帯越しに触れてみた。口づけに反応したのか、確かに熱くなっている。ソロリなぞると、吉継は低く呻いて、
「あまり触れやるな。それよりわれは、ぬしのもので、この身を鎮めて欲しいのよ」
三成はふと迷った。
私を喜ばせるために、そんな性急に求めてみせているのではないのか?
だが私は、吉継の言葉を今までまったく疑わずにきた。
他の者に対する方便はしらないが、吉継は私に対して、決して嘘を吐かなかったからだ。
なぜこんな時に疑わねばならない?
ためらう三成の前で、吉継は布団にうつぶせた。それから腰をあげてみせ、
「はよう、ぬしのを」
四つ足の獣のように、後ろからしろ、というのらしい。
「まて、刑部」
その体勢は、脚が弱っている吉継にはつらかろう。
三成はかけていた綿入れを丸め、吉継の腹の下に押し込んだ。
吉継の腕の力は、今でもかなり強いので、胸から腹までを何かで支えておいて、こちらでも腰をしっかり抱え込めば、そうひどいことにはならないはずだ。
「三成よ」
「なんだ」
「ぬしは優しすぎる」
「なにがだ」
「淫らなわれを軽蔑もせず、いたわろうとしておるであろ」
「私が欲しいといったのだ。準備をするのは当然だろう」
三成は自分の裾をからげると、吉継の着物をめくり、下帯をゆるめて己をあてがった。
そして、深く沈めてゆく。
「あぁ」
吉継が満足げに呻く。
「ぬしが、熱くて、たまらぬわ」
湯屋で清めてきたらしいそこは、三成をぬるりと受けいれると、キュウとしめつけた。
「私もだ。とてもいい。動くから少し、力を抜いてくれ」
吉継が弱く首を振る。
「無理よ、これでもゆるめておるのよ」
このような姿勢をとったのは、三成が動きやすいようにと考えてのことだろうに。
やはり、いきなりでは駄目で、ならさなければいけないのだ。
「わかった。それなら刑部を、このままゆっくり、味わっている」
腰を押しつけたまま、三成は動きをとめた。
いやがっていないのなら、少し待とう。
一瞬の鋭い快楽のみを目的にして、吉継に触れているのではない。体液の排出だけなら、自分ひとりで処理できる。
こうして肌をあわせるのは、なにより愛おしいと伝えたいからだ。
吉継の想いに応えたい。
それで心が通うなら、抱きあっているだけでもいい。
しかも、こうしてひとつになって、互いが心地よいのなら、それ以上何を望もう。
すると吉継は、息を乱しはじめた。
「三成、われは、ナァ」
「どうした」
「こんな……われを、かように淫らにさせるのは、ほんに、ぬし、だけなのよ……」
そう呟くと、吉継は腰を回し始めた。
三成は思わず呻いた。
吉継の中は狭く、あたたかく、しかもコネるような回転を加えて締めつけてきている。経験の少ない三成にとっては刺激が強すぎ、吉継の中であっという間に硬さを増していった。吉継みずから、腰を揺らして求めているのだ。その動きも眺めも、たまらなかった。
三成も、細かく腰を動かし始めた。
文字通りねだられているのだ。応えずによいわけがない。
吉継が満足するまで耐えられるかどうかだけが心配だったが、もし足りなければ、二度でも三度でもしてやろうと思った。
すると吉継が切なげに呻いて、
「三成、そう焦らさずとも……われは、もう……もっと、ぬしが……」
「そんなによいか、刑部」
「はよう、三成」
吉継はもどかしげに身をよじる。
三成は腰の動きを早めた。からみついてくるものを押し広げ、満たし、熱くこすりあげ、吉継が身を震わせるギリギリまで耐えてから、自分も達した。
「刑部……!」
きつく締めつけられて、三成の頭の芯まで痺れきった。
喜びはすぐにさめなかった。お互いとろけて、もう動けないのに、つながったところがまだヒクヒクと蠢いて、相手を刺激している。
二人はしばらく言葉もなくそのままでいて、そして深いため息をつき、つながったまま、しとねへ崩れ落ちた。綿入れはとんでしまっている。
背後からゆるく横抱きにされて、じっと身を預けている吉継に、ようやく息を整えた三成が、そっと囁きかける。
「大丈夫か、刑部」
「むろんよ。ぬしもであろ」
「ああ」
「ぬしはほんに、よい男よの。よすぎるわ」
声の震え方が、少しおかしい。
「どうした、刑部」
「ぬしは嘘をゆるさぬ男よ。正直者で通っておろ」
「なんの話だ」
「そのぬしが、早く戻ってきていたのに、われに心配をかけまいと、ひとりで寝てしまうとは……よほど悪いのかと思うたであろ。なにしろ、予定をきりあげて戻ってきて、われにも何もいわずとなれば……」
三成はドキリとした。
吉継のことを思っていたつもりで、余計なことで心をわずらわせてしまった。
こんなに私を、迷わず信じてくれているのに。
「すまなかった。これからは戻ったら、真っ先に刑部のところへゆく」
「それはよいのよ、三成。ぬしが無事なら、われは満足よ」
「なにをいう、満足していないのではないか」
「しておる」
「なにがだ」
「ぬしの肌が熱くて、こうして繋がっておるだけで、よすぎて動けぬ。このまま浄土へ、逝ってしまいそうよ……」
「刑部」
どうやら声の震えは、羞恥のせいもあるらしい。
三成は、まわした腕に力をこめて、囁いた。
「いかせない。刑部はずっと、私のそばに」
吉継はうなずき、まわされた腕にしがみついた。
「アァ、われはどうして、こんなにも、ぬしが」
「好きだ」
三成は吉継のうなじに顔を埋めた。
「好きだ、刑部」
囁かずにいられなかった。
吉継はもう一度、身を震わせて、
「紀之介、と呼んではくれぬか」
「なぜだ」
「黄昏どき、眠っているぬしに呼ばれて、嬉しかったのよ。ぬしは本当に、昔からわれのことを、と……あの頃であれば、どんなに良かったかと思うてな」
三成は、吉継の顔が見えないことを気にしながら、
「私の気持ちは、紀之介が吉継になろうと何になろうと、少しも変わらない」
「さようか」
「ああ」
「ならばこそ。まだ清かった頃に、佐吉に抱かれておればよかった」
「刑部?」
「今宵だけでよい。紀之介と呼びやれ」
三成はひたりと吉継に身を寄せ、
「紀之介。貴様は今でも清らかだ」
「三成」
「貴様の身より、貴様の心より、清いものなど、この世にあるものか」
吉継が、また震えた。
静かに泣いていることに三成が気がつくまで、すこし時間がかかった。
「どうした」
「嬉しいのよ。ゆうたであろ」
「そうなのか」
「それにやはり、われは淫らよ。はやく休めといいながら、まだ、ぬしが欲しいのよ」
「わかった」
三成は一度、吉継から身を離し、そして前を向かせると着物の乱れをなおした。
「もう一度、ちゃんとする。朝まで抱いている。だから泣くな。淫らだなどと、自分を卑下するな。そんなに切ない瞳をするな」
吉継はしゃがれ声で笑った。
「やれ、ぬしにそのような、童子にいいきかせるように言われようとはな」
「いやか」
「いや。われはぬしのココロが好きよ。それこそこの世で、もっとも清いであろ」
「そう考えているのは、紀之介だけかもしれないぞ」
「そう思うか」
三成はまっすぐ吉継を見つめて、
「貴様がそう思ってくれるのなら、それでいい。私は嬉しい」
「さようか」
吉継は三成の胸に顔を埋めた。薄い胸板をさすりながら、
「そうよな。われも嬉しや……」
「私の目を見ていえ」
吉継は顔をあげ、まだ濡れている瞳で三成を見つめ、
「どうしても嘘はいわせぬというか。ぬしらしい」
「嘘ではあるまい」
「それならばなぜ、目を見ろというのよ」
「いつもいっているだろう。羞じらうところも、すべて見たいからだ」
吉継は口唇をなめた。
「凶王様は、健在よの」
三成は吉継の目元に指をやり、透明な滴をぬぐいながら、
「どうしても嫌なら、貴様は羞じらったりなどしない。最初からその身をゆるさないだろう。大谷紀之介とは、そういう男だ」
「ぬしには、ほんに、かなわぬわ」
吉継は口唇を歪めて、
「このような身でも、清らなぬしに抱かれれば、いささかでも清められるのやもしれぬ」
三成は、吉継が何をいっているのか解らなかった。
ただ、さすがに己を憂いていることはわかったので、落ち着かせるよう背中を撫で、静かに身をすり寄せ、
「泣かせたくないのに、泣かせてしまうのだな、私は」
吉継は低く笑った。
「よいのよ、ぬしは」
「紀之介」
吉継は三成の頬に掌を伸ばした。
「泣かせてよい。われを泣かせられるのは、ぬしだけよ。ゆえに、好きにしやれというておる」
三成は、伸ばされた掌に甘えながら、
「私は、貴様を、よくしたいのだ」
「われなど良くして、どうするつもりか」
「どうするもなにも、紀之介がよければ、私もよくなる。求めるのは、なにかおかしなことなのか?」
「ぬしらしい、答よの」
吉継が淡く微笑む。三成はため息をついた。
「いや。私の方が、よほど淫らだからなのか」
「三成」
「私が貴様をよくしたいのは、もっと……もっと、私を、好いて欲しいからだ」
急にはずかしくなって、三成は目を伏せた。
どんなに想われているか知っていて、こんなことをいうとは。
なんと浅ましい、そう思われはしないか。
しかもそれは、本音なのだ。
吉継は優しく応えた。
「ほんとうに、われでよいのか、三成」
「ぎょ……紀之介がいい。何度もいっているだろう。貴様がいいのだと」
吉継の掌が、ふたたび三成の髪に触れた。そっと撫でながら、
「やれ嬉しや。ぬしはマコトしかいわぬゆえな」
もっといいたいことも、いえないこともある……そういいかけて、三成は黙った。
吉継も嘘をいわない男だ、嬉しいというのも真実のはずだ。
三成は吉継の首筋に頬を埋めた。
「もっと、触れたい」
「われもよ」
「刑部……」
貴様の心の、その底にまで触れたい、と思いながら、三成は吉継の肌をなぞりだした。
こうして慈しみあううち、泣かせずにすむようになれたら、と祈りながら――。

(2011.11脱稿)

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Written by Narihara Akira
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