『左 腕』


「やれ、さすが見事な働きぶりよなァ」
聞き慣れた声に、石田三成は振り返った。
「刑部か。貴様には及ばぬだろうが、見てのとおり順調だ。じき大坂に戻れる」
杖をついた朋輩は、コクリとうなずいた。
「そのようよな」
三成は、新たに上杉領に加わった、いくつかの寒村の検地にきていた。
かつて上杉家と親しかったのは大谷吉継であり、一揆の収束や検地の応援などは、主に彼の仕事だったが、板輿にのらねば長距離移動のままならぬ今の病躯では、平時に他国の所領で目立つ仕事をするのは、少々はばかられる。
そんな事情もあって、今回は三成が派遣されてきたのだった。
なにしろ彼は、検地を得意としていた。
まず、計算が速くて正確で、農民の邪魔をほとんどしない。
普段はニコリともしない、部下に対して口やかましい男なため、最初は民衆受けがよくないのだが、仕事を始めると律儀で公平な男であることがはっきりして、すぐに好感をもたれるようになる。この理不尽な時代にあって、重税をとったり弱い者いじめするようなこともせず、優れた仕事をした者には約束の報償を間違いなく与えるという態度は、なかなか得がたいものだ。よく統率された石田隊の働きもめざましいようで、村の声にひそかに耳を傾けてみると、豊臣の検地の評価は、かなり良いようだ。
三成が静かに尋ねた。
「それで刑部は、何をしにここへ」
「なに、太閤から上杉宛に追加の書状をたまわったゆえ、昔馴染みの国が懐かしゅうなってな。もう用事はすんだが、ゆるしをもらって、ぬしの仕事ぶりをみせてもらいに来たのよ」
そういって吉継が微笑むと、三成は空を見上げた。
「そうか。だが、そろそろ日が暮れる。先に帰って休んでいてくれ。この国は冷える」
「そうよなァ。人肌が恋しくてかなわぬわ」
その言葉に三成は頬を染め、
「ならば陣屋で湯を使わせてもらえ。人目が気になるなら、別室に湯を運ばせる」
「あいわかった。ナァに、上杉の者どもはわれの事情も知っておるゆえ、いたずらに騒いだりはせぬよ」
「そうか。私も夕餉までには、必ず戻る」
色素の薄い瞳を輝かせて、三成はうなずいた。
ヒヒ、と低く笑って、吉継もうなずいた。
「俊足のぬしが、そう慌てずともよいわ。ゆるり、戻りやれ」

心得たもので、三成にあてられた寝室には、その夜、布団が二つ並べて敷かれていた。
無駄遣いを嫌う三成は、よその所領ということもあり、いつもならさっさと灯りを消し、掻巻にもぐりこんで空が白むまで目を閉じているのだが、今晩は違う。灯明こそ、うんと細くしたが、すっかり暗くすることはせず、奥側の布団に横になっている吉継に、そっと囁きかけた。
「遅くなった、すまない。寒くはないか」
「思うていたよりはな。陣屋とはいえ、ここは堅牢なつくりよな。火鉢も温石も充分よ。わざわざ別の室をあけてくれるとゆうたが、もったいないので断ったほどよ」
「そうか。すると、私の身体の方が、刑部より冷えてしまっているかもしれないな」
三成は羽織っていたものを脱ぎ捨て、吉継の布団に滑り込んできた。
「よく来てくれた。私も人肌が恋しくてたまらなかった。あたためてくれ」
「いや、ぬしの肌はすぐに熱くなりよるゆえ……」
そういいかけた口を三成の口が塞ぎ、二人は互いの身体を、せわしなく探り始めた。

「ふ……っ」
吉継は口元を押さえ、声を殺している。あちこちの包帯がほどけてしまうほど乱れているのに、喘ぎすら抑えている。
三成は最初それに気づかず、「刑部、刑部」と囁きながら吉継を愛していたが、途中から黙った。お互いを、佐吉・紀之介と呼びあっていた頃から肌を重ねてきた二人の間に、今さら言葉はいらない。偽りの演技もいらない。優しくしたいなどと囁かずとも、いたわればよいのだ。欲しければ欲しいだけむさぼればよい。辛ければ相手を押しのければいい。
三成は吉継の脚を押し開き、すでに内奥まで侵していた。それに応えて、吉継は腰をひねって三成を締めつけ、己の良い場所で熱い肉を味わっていた。病に冒された体表よりも、内臓に与えられる刺激でより感じるようになっており、三成に抱かれて満足げなため息をもらすのは、それを本当に望んでいるからだった。
何を思ったか、三成はふいに吉継の包帯の端をくわえ、歯をくいしばった。そして掻巻をかぶると、吉継の脚を抱えて激しく腰を動かし始めた。
「んんっ」
吉継は手の甲を噛んだ。喜びを堪えきれないといったその風情に、三成の動きは加速した。包帯越しのくぐもった呻き声は、相手の名を呼んでいるようだが、目の前の吉継さえはっきりとは聞き取れない。薄い肉を打ちつけあう音も、分厚い布団と掻巻がすいとる。
「あ!」
思わず吉継が声をあげた瞬間、三成は己をズルリと引き抜いて、懐紙で抑えこんだ。白濁したものが滴り落ちないよう、何枚もあてがって、波が去るのを待つ。
「みつなりぃ……」
吉継はトロリと潤んだ瞳で、苦しげな三成を見上げる。
三成は包帯を口から外した。
大きなため息をつくと、まだヒクヒクと蠢いている吉継の中に指を二本滑り込ませ、前を口に含んで頬をすぼめる。熱い舌で裏側を淫らになぞられて、吉継の秘肉は三成の細い指を、キュウキュウと締めつけた。そのようにして、何度も何度も達して……。

あたりが白み始めた頃、吉継が目覚めると、三成がいなかった。
まだ残っているぬくもりを惜しむように布団を撫でていると、音も立てずに障子が開いた。
戻ってきた三成は、吉継のかたわらでなく、手前の布団へ入り込んでしまう。
「三成」
思わず呼びかけてしまった吉継に、三成は低く答えた。
「厠で後始末をしてきただけだ。だが、もう夜があける」
「そうよな」
いつもの三成ならば、吉継が求めれば、朝まで彼を抱いている。
三成の熱い肌が、吉継の病の苦しみを、ここち、和らげるからだ。
だが、ここは大坂ではない。
二人の仲がいくら知られていようとも、こうして布団を並べられ、枕元に懐紙まで用意されていたとしても、あられもない声をまき散らすべきではない。仕事で他領へ来ているのだ、早朝に他の者たちが声をかけにきた時、淫らに身をからませていては、さすがに指をさされよう。豊臣が嘲られるようなことは、あってはならない。
しかし、乱れてはならないと思えば思うほど、二人とも燃えた。声を殺し、相手の名を呼ぶことも己に禁じ、こらえるために白布を噛み、最低限の音しか漏れぬようにしたからこそ、喜びはさらに強まった。
三成は、ふと声を和らげて、
「刑部」
「うむ」
「この寒さだ、己が身をあたためたいと思うのは、おかしなことではないな?」
「そうよな」
「よければ、もう一晩泊まってゆけ」
吉継は微笑した。
「なに、ぬしの仕事が終わるまで、この地に逗留して共に戻れと、太閤からいわれておるのよ。近場に温泉場もあるそうだから、そこで待たせてもらってもよいが」
「そうか。ならば昼は、貴様の好きにしろ。温泉場で身をあたためるというなら、夜は私がそちらを訪ねてもよい」
「やれ、この肌を人目にさらすのも億劫なこと、陣屋で待たせてもらうことにしよ」
「わかった」
ふと、三成は布団を這いだした。
吉継に近づき、小声で耳打ちする。
「昨夜の貴様は、可憐だった」
それだけいうと、すぐに己の夜具に戻って、掻巻をしっかりかぶってしまった。
吉継は太い息を吐いた。
「やれ、ぬしという男は……」
頬が、そして身が火照り、吉継は思わず身じろいだ。
共寝せずとも、こうまでわれを熱くするとは……という続きは、のみこんだ。

*      *      *

朝餉の膳の前で、吉継はホウ、とため息をつく。
三成はさっと起きだして出かけてしまったが、吉継は満ち足りていた。
久しぶりに三成と肌を重ね、隅々まで愛されて、甘い余韻が残っている。
「三成……」
思わず名を呼んでしまい、瞳が潤む。
給仕をしていた村人が、その呟きに反応した。
「石田様は、今日は一番奥の棚田に行かれるそうです」
雪国の訛りもすくない、ハキハキとした物言いだ。吉継は包帯の下で頬が熱くなるのを感じながら、
「やれ、われもいってみるか」
「輿を用意いたしますか」
見る者を驚かせないよう、他領では板輿を小姓に担がせることもある。だが、吉継は素朴な膳を、照れ隠しのように再びつつきはじめ、
「不要よ、杖をつけば行かれるゆえ」
「ご無理なさらず、いつでもお申しつけください」
「なに、だめだと思えば引き返す。道さえ教えてくれれば、案内人もいらぬ」
「では、そのように」

急峻な山道を、吉継はひとり登っていく。
杖をつき、あたりの様子を窺いながら。
確かに歩きにくい道ではあるが、吉継は身につけた浮遊術を使っていた。板輿の上で結跏趺坐の姿勢をとらないと安定せず、速く動くこともできないが、普通に歩いている時も、多少の助けにはなるのだ。
「なるほど、これぞ天然の要害よな……」
なぜこの寒村が、今まで上杉領でなかったのかわかる。
数すくない村人でも、なんとでも守りえる地形なのだ。攻められても困らぬし、どこからの庇護も必要なかったろう。
上杉あての太閤の書状にも「もし、今回の検地で村々から一揆が起こるようであれば、石田隊が制圧するゆえ安心されたし」とあった。かの軍神は、書状を読みながら美しい面に微笑を浮かべ、「そのようなしんぱいは、むようです」とすらいわなかった。吉継の前で、豊臣の援軍は必要ないといいきることも、無礼だと考えたのだろう。
「やれ、ようやくよ」
遠くの棚田に、見慣れた姿が見えてきた。
吉継はゆっくりと歩みをすすめていく。
三成はまだ、こちらに気づいていなかった。流れる水を確かめ、あたりの土の手触りを確かめている。
そして、稲が刈り取られた後の田の指で泥をすくうと、口にいれた。
吉継は目をみはった。
三成は土を吐き出しもせず、笑顔を浮かべた。
あわてて近づいていくと、三成の高い声が、村人に話しかけているのが聞こえてくる。
「ここの米は極上だ、普通の倍から三倍の値段をつけても惜しくないだろう。石高が少ないなどと気にやまず、胸をはってつくるがいい」
「本当に、そうなのでしょうか」
「ああ。ここからあそこの田までを上杉への献上米とし、租税を免除するよう伝えよう」
「そんなことが、できますか」
「上杉が不服とするなら、豊臣の直轄領とするといってやる。ここの米を、私が今すぐ買い取って、秀吉様の献上米としてもよいぞ」
思わず吉継は声をあげた。
「よいのか三成、そのような約束をして!」
「ああ、刑部も来たのか」
三成ができぬ約束をしないことは、吉継が一番よく知っている。
なのに安請け合いとしかとれぬことを、よその領地でいっているのだ。
三成は手を拭きながら、不思議そうに吉継を見つめ、
「そうか。陣屋の飯では、わからないのだな」
村人へ向き直ると、
「八つどき用に、にぎりめしをもっているだろう。ここの田でできた米を、むすんだものだな?」
「ハァ、そうです」
「代をはらう。ひとつでいい、私にわけてくれ」
「いただけません。それに石田の皆さまのためには、別に仕度をしてありますから」
「ここの米がいいのだ。これは手間賃だ。うけとれ」
三成は銭を払い、村人はハア、とうなずいて、懐のにぎりめしを三成に差し出した。
「食べてみろ」
手渡されて、吉継は白い米を口にいれた。
三成のいうとおりだった。
穫れたばかりの米というのもあるだろうが、どこで食べたものよりも、うまいにぎりめしである。
「ぬしはどの田からどの米が穫れたのか、そこまで調べておったのか」
「なんだ、土の味でわかるだろう。秀吉様に教わったろう?」
吉継は目を瞬いた。
三成は首を傾げたが、ふむ、とうなずいて、
「まあいい。これで私の役目もすんだようなものだ。手数をかけるが、今日の日暮れ前に、皆を長の家の前に集めてくれ。先ほどの話を、もう一度する」
「ありがとうございます、石田様」
長らしき男は深々と頭を下げ、他の村人に声をかけるために山道をくだっていった。
二人きりになってから、三成は呟いた。
「豊臣に来た頃から、悟性豊かな小姓だったからな。秀吉様も、教える必要はないと思っていたのだろう」
慰めをいわれているのだと気づいて、吉継は凍りついた。
三成は、いつ主君から、田の見分け方を教わったのか。
年少の佐吉の知識は、紀之介に及ばないところが多々あった。
佐吉が豊臣の小姓となり、その後、紀之介が仕えるようになるまでに、一年ほどの差しかなかったはずだ。
それがいつの間に、田の泥を口に含んだだけで、米の味をいいあてることができるまでになったのか。誰も見ていない場所で、どれだけ秀吉に可愛がられてきたのか。
「陣屋の飯もうまいが、あれは上杉が私たちをもてなすために用意した米だ。ここの村のものではないからな」
「まさかぬしの口から、飯がうまい、などという言葉をきこうとはなァ」
「よその所領に行くたびに、土の味と米の味を比べるようにしてきたからな。そうでなければ検地奉行などつとまらない。見ろ、刑部」
三成は山を指さした。
「ここは雪国だ。年の半分は雪に閉ざされてしまう。ほとんど米も刈り取られているから、初雪はじきなのだろう」
「そうよなァ」
「この村にあるのはちっぽけな棚田だけだ、たいした量の米はとれない。だが、土地そのものは肥えている。雪解けの水が山の滋養を田に運ぶ。この山の上には誰も住んでいないから、水が汚れない。田の土はさらさらとしていて水はけよく、それでいてよく水を含む。もともと良い条件が揃っているから、上杉は米どころなのだろう。そして、この村の田はその中でも、極上の部類だ」
「たしかに、ここの米はうまいが」
だからといって、租税を免除するなどと、他家の武将が勝手に決めてしまうのはどうなのか。
「刑部も気づいているだろう。この地形は自然の賜物だが、ここに住んでいる村人は、それを有利に使ってきたのだ。そしてあの、田舎者とは思えない口のききぶり、陣屋のつくり、目端のきくこと、女子どもの少なさ……」
つまりここは落人村の一つで、村人たちはすべて腕に覚えのある連中ばかり。連中が身をひそめるためにつくった砦であるから、いざ事が起これば立ち上がって、地の利をいかして誰とでも戦える、と三成はいいたいのだ。
太閤の書状にあった言葉が、思い出される。
一揆が起こるようならば石田隊に制圧させよ、という言葉の真の意味を察して、吉継はうなずいた。
「いちど、上杉のものにはなったが、ということか」
「ああ。形の上だけでも領地となったからには、いくら穫れる石高が少なかろうと、何もおさめぬわけにはいかないだろう。しかし、ここの極上の米を献上米という形で納めるなら、租税が免除されても誰も不思議に思わない。上杉も脅威に思ってはいないだろうが、このように辺鄙な村を、あえて敵に回す必要も、ないだろう?」
吉継はため息をついた。
「やれ、ぬしという男は、まさしく太閤の左腕よな。立派な人たらしよ」
もう目の前の男は、幼なかった佐吉とは違う。
武人としての腕前だけで、秀吉の懐刀とよばれているわけではないのだ。
秀吉の意図も、上杉の真意も、しっかりと理解している。
その上でこの寒村の利益を考え、「献上米」という提案をし、自分に損があろうとも引き受けよう、といった。
しかも、めったに笑わない男が、笑顔でそれを約束したのだ。
言葉どおり実行されれば、ここの村人は一気に三成に信頼を寄せ、豊臣の味方となるだろう。
三成は目を輝かせて、吉継を見つめた。
「そうか、左腕か。そうだな、右腕は半兵衛様だからな」
秀吉のかたわらには、常に軍師・竹中半兵衛が控えている。自分がその次に位置すると誉められたのが、よほど嬉しかったらしい。
「刑部、もうすこし逗留しているつもりだったが、こうと決めたからには秀吉様にも報告せねばならない。明日にでもここを立とうと思う。もう一度上杉を訪ねてから大坂へ戻るが、貴様はどうする」
「急ぐ使者ではないゆえな。ぬしと戻ろ」
「ならば助かる。貴様の口添えがあった方が、上杉とも話しやすい」
「やれ、それはぬしだけでも大丈夫であろ。あれは美形を好む」
「世辞はいらない。ただ、貴様がいてくれたら心強いと思っただけで、難しいならいい」
やはりさすがの三成も、献上米の独断は、いささか不安なのだろう。
そう考えて、吉継はうなずいた。
「あいわかった。われはいつも、ぬしと共に……」

三成が村人たちに話をした後、二人とも陣屋で湯をつかい、夕餉の膳についた。
給仕をしている村人に、三成は柔らかく声をかけた。
「ここに泊まるのも、今日が最後だ」
村人は頭をさげた。
「いろいろとありがとうございました、石田様」
「いや、それは私の勤めだからよい。それで、もう給仕はいいから、この後は刑部と、二人だけにしてくれないか」
「ハァ」
「これは私の長年の朋輩で、こうしてわざわざ陣屋まで尋ねてきたのだ。部屋も同じにしてもらっている。知り合いもいない場所だ、二人ですこし寛ぎたい。察してくれ」
村人はニコリとした。
「では人払いをして、明日の朝まで、お邪魔いたしません」
「頼む」
「それまでに、何か御用があれば、炊屋まで声をおかけください」
「わかった。膳は外へ出しておく」
なにしろ三成は、女どころか、酒を出されることすら断っているようだった。吉継のために、昨日から少しだけ用意させたようだが、彼自身は飲んでいない。もともと強くもないのだが、こうまで真面目でよいのかと思うほどだ。
そんな男が、訪ねてきた者と二人きりで寛ぎたいといいだせば、村人も笑うことだろう。
吉継は頬に熱を感じたが、三成の表情はしごく真面目だ。
「それでは、ごゆっくり、おやすみくださいませ」
給仕は去り、二人は淡い光の中に、残された。

布団の上で、三成が後ろから抱きすくめると、吉継は身を硬くした。
「どうした? 昨晩は、あんなに甘えてくれたのに」
吉継は身をすくめるばかりだ。
「もしかして、平気で泥をすするような口が嫌か」
吉継は首をふる。
「疲れているのか。身体がつらいなら何もしない。ただ抱いている。あたためあうだけで、良いから」
吉継は瞳を潤ませた。
切ない。
昼間の三成が、あまりに眩しかった。
自分がすでに豊臣の中心から置いていかれているのを感じ、全身を寂しさが蝕んでいた。
「ぬしがくれた、にぎりめしの味を、思い出していただけよ」
ようやく吉継がそれだけ呟くと、三成は吉継を抱きなおし、
「私が知っていて、貴様が知らないことがあるとは思わなかったのだ。さかしらで嫌だったのだな。すまない、改める」
「そうでは、ない」
吉継は三成の胸を押し返す。
いつまでも、可愛い佐吉のままでいてほしかったわけではない。
年相応に、それ以上に、見事に勤めを果たす三成を、誇らしく思う。
そう、思うのに。
「ぬしが給仕のものに、あのようなことをいったゆえ、はずかしゅうて」
「余計なことをいったか。だが、貴様が声を堪えるのが、つらそうだったから」
「三成……」
吉継もわかっている。
三成がどれだけ真面目に、想ってくれているかということは。
だからこそ、つらい。
「なにしろ今のわれでは、ぬしの左腕にすら、なれぬゆえ」
「なにをいっている!」
三成は語気を強めた。
「いつ私の部下になった。私が大切な朋輩を、見くだしているとでもいうのか」
吉継の卑屈さを、本気で怒っている。
「私のすることが危なかしいからと、いつも手を添え、口を添えてくれているのは知っている。それがどんなにありがたいか……それを当然などとは、少しも思っていない……」
三成の声が潤んだ。
「私ももう子どもではない、いつまでも刑部のお荷物ではいられない。なのに刑部の口から《われはいつも、ぬしと共に》という言葉をきくと安堵する。情けないことだ」
深く沈み込んでいくような声。
吉継は思わず、三成の背に腕を回した。
「われはな。心地よいから、ぬしといるのよ」
「刑部」
「ぬしもわかっておるであろ。ほんに嫌なら、ここにはおらぬ」
「ん」
三成は、甘えるように吉継の首筋に顔を埋めた。
「今晩は、声を堪えられそうにない」
「ヒヒ、そのための人払いであろ」
「いいのか」
「よい。ぬしが好きなだけ、むさぼればよい」
「貴様もだ。好きなだけねだれ」
「やれ、われに命じるか」
「違う。ただ、よくなって欲しいだけだ」
「われもよ」
そう、三成の望むとおり、肩を並べ、いつまでも共にあれたら。
三成の頬を、吉継は両掌でくるんだ。
「三成……」
口づけ、熱く身を絡ませ、愛しい者の名を呼び続け――。

(2012.12脱稿)

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Written by Narihara Akira
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