『プロローグ』

シェーンが十五になった日、この美しい弟が次の神官にふさわしい、とバスカーの里人全員の意見が一致した。優れた資質は幼いころからすでに明らかだったが、彼に《夢見》の能力が発現したことが皆に知らされたからである。亜人種の子孫と呼ばれ隠れ里に暮らしながら、天変地異を事前に察知し、時にその身を贄としてファルガイアを守ってきたバスカーに住む者の中で、特に先祖の血の濃いものが大地と会話する力を持ち、重大な予知夢を見る。齢二十二になろうとする、シェーンの兄ギャロウズは、磊落な性格から里人に好かれてはいたが、彼には神官にふさわしい落ち着きも真面目さもなかった。もちろん現神官の孫であるから、まったく力がない訳ではない、だが、今後の修行で弟に追いつき追い越すことは考えられなかった。今までも祖母に厳しく鍛えられてきたのだ、成人してから予知の力が発現し、急激にのびる可能性は、ほとんどないといっていいだろう。
その夜、神殿の前の広場で祭りが行われた。
炎の前で次々に祝辞がのべられ、神官への捧げ物がシェーンの前に積まれる。ひらひらとした房飾りのついた皮の上着、髪を束ねる飾り紐、顔を染めるおしろい。シェーンは華奢な身体に、贈られた上着をゆったりと羽織り、長い亜麻色の髪をふとく三つ編みにして飾り紐でゆわく。魔除けの化粧をほどこして、皆の前に再度姿を現した時は、少女とみまごう美貌に慣れている里人も深いため息をついた。
「皆さんの祝福に感謝します。まだ半人前の自分ですが、神官の孫にふさわしく今後も勤めて参りたいと思います。どうぞよろしくお願いします」
彼の挨拶が終わると一区切りとなり、そのまま酒宴になった。
ギャロウズも隅で飲んでいた。彼は神官職にまったく興味がなかった。神殿に納められた秘宝には食指が動くものの、そのためにバスカーに籠もって一生を終える気になどなれなかった。彼がずっと心中に描いている未来は《渡り鳥》――広大なファルガイアを股にかけて冒険することだった。バスカーから一度も出たことのない彼だが、外界の情報が全く入ってこない訳ではない。彼の素朴な若さと、熟しはじめた巨躯は、この狭い隠れ里におさまりきれるものではなかった。ゆわえなければならない髪を、ざんばらに風に波打たせているのは、自由を求める彼の姿勢を端的に示していた。
ただ、まだ今は飛び出す時期ではない。いくらしっかり者とはいえ、弟は七つ年下、里を背負って一人で立つには幼すぎる。俺のようなぼんくら兄でも多少の風よけにはなる、いないよりはいた方がいい筈だ。
そんなことを思いながら、巨岩にもたれていいかげんに盃をあおっていると、ふと袖を強くひかれた。
「シェーン?」
「兄上は、お祝いに何をくれるつもりですか」
はしばみ色の瞳はほんのり潤んでいた。すでに化粧を落とし、素顔になっている。酒を口にしたのだろう、その頬も少し赤い。それでも弟が何かねだるのはひどく珍しいことなので、ギャロウズは真顔で応えた。
「今日は大事な日だ、おまえの欲しいものをくれてやる」
「なんでも?」
「まあ、俺の手に入るものならな」
「本当ですか」
「ああ」
秘宝アークセプターでも、もし今の俺の力で手に入るなら……という言葉を飲み込んだとたん、さらに袖を引かれてギャロウズは暗がりへよろけこんだ。
「それでは、欲しいものを言いますから、とりあえず家に戻りましょう」
「っておまえ、祭りはまだ」
「皆さん酔っています。主賓が消えても、もう誰も気づかない状態です」
「言われてみりゃ、そうだな。じゃあ戻るか」
ギャロウズは酔いに重い身体を立て直し、シェーンと並んで歩き出した。
ふだん慎ましいこの弟が、その夜どんな大胆なことを言いだすのか、まったく考えもせずに。

★ ★ ★

家に戻ると、シェーンはすぐに二人の寝室に結界をはった。
「ずいぶんと念のいったことを……どういう内緒話をするつもりだ」
ギャロウズはあきれた。
バスカーの里人には、わずかながらテレパシーの能力を持つ者もいる。それを絶つための結界をシェーンははった。これをはると、よほど大声を出さない限り、外へは音は漏れない。結界外から中を見ることもできない。強い力を持つものなら破れるだろうが、それのある彼らの祖母は、今夜は一晩中神殿にお籠もりをすることになっている。
「いったい何が欲しいんだ」
シェーンは薄く微笑んだ。
「兄上が持ってるものなら、くれるんですよね」
「ああ。だが」
「一度くれても、気が変わったなんていって、取り戻したりしないですね?」
妙な念を押す。ギャロウズは肩をすくめた。
「俺はしみったれかもしれないが、大事な弟にやった祝いの品を、後で取り上げたりはしないぞ」
「良かった」
突然シェーンは、ギャロウズの厚い胸へ、ドン、とその身を投げかけた。
「どうした、なんだ?」
「欲しいのは、兄上の……この、躰」
熱い、ため息。
酔ったまぎれの冗談かと思ったが、押しつけられている身体が確かに欲情しているのに気づいて、ギャロウズはハッとした。
「こんなもので、いいのか?」
「ええ。ずっと……欲しかった」
切ない眼差しで見つめられて、ギャロウズは次の言葉に詰まった。
俺達は兄弟じゃないか、第一おまえならどんな女だって選べるだろう、と言い返しそうになったのだが、バスカーの里はあまりに小さい。彼につりあう年齢の女はおらず、同年輩の者すらほとんどいない、そして年増女たちには皆相手がいる。大人びた少女のようなシェーンだが、身体も育って欲望の兆し始める時期だ。適切な相手がいなければ、身近な兄をその対象に選んでしまうのも、さほど不自然でないかもしれない。
動揺しつつ、せめて兄らしい威厳をつくろおうと、ギャロウズは声をあらためた。
「まさか夢見で、俺を見たというんでもあるまい?」
「ええ。抱きました」
瞬間、激しい眩暈がギャロウズを襲った。
本当に夢を見たのか。
おまえのような賢い男が、血迷って俺をか。
二メートル近い、硬い筋肉だらけの躰を抱くことをか。
いや、予知夢の方がまだマシだろう、それがおまえの願望の現れであるより。
「そうでなくても、兄上がもっているものなら、くれるとさっき」
言ったでしょう、と続く言葉は、ギャロウズから口唇で塞いでしまった。
驚いたシェーンの眼差しから、そっと彼は視線をそらして、
「あまりおまえにふさわしい躰とも思えないが、俺もまだ清童だ。摘みたいのなら今のうちかもしれん」
「兄上」
かすかにシェーンの声は掠れた。胸に詰まった何かにひっかかったように。
「初めてなら、優しくします……」

あらかじめ枕辺に用意されていたのは、麻痺を治すための(今晩の用途はおそらく潤滑剤がわりの)軟膏、そして床には、星のうつる井戸から汲み上げられた水の桶。
シェーンはそれこそ儀式のように、もしくは新妻のように、寝台へ腰掛けた兄の服をかいがいしく脱がせていく。
ギャロウズは緊張していた。無言で考え続けていた。俺はなぜすんなり弟に抱かれようとしている。拒む言葉すら吐かずに。
おまえの気持ちに、薄々気づいていたからか?
おまえは決して思いを口に出さない。俺が外界への憧れを口にしても「行かないで」とは言わない。それは俺の実行力のなさを知っていて侮っているからじゃない、止めても無駄だと思っているからでもない。ただ、おまえは言わないのだ。行って欲しくない、と強く思っていても、決して。
仲の良い兄弟である、単純な兄の失敗を思慮深い弟が尻ぬぐいする力関係である、しかしはた目から見るほど、二人の心の距離は近くなかった。シェーンには誰に対してもどこか遠慮があった。それは神官の家系に生まれた者の諦めだ。なにしろ、星を守るためなら里人全員から死を望まれる存在――【柱】の使命は時に過酷だ。兄もまた、その生まれから、神官の孤独を理解している。だから、それを一気に癒やすために極端な接近を望む気持ちも、すうっと胸に入ってきてしまったのだ。いつも身体を触れ合わせふざけあっていれば、シェーンも「欲しい」などと言い出さなかったことだろう。しかし年齢差体格差、そして二人の性格の根本的な差が、今まで二人をそこまで近づけさせなかった。
そう、時にはこんな風に甘えさせてやってもいい、これも一つの祝いだろう。
下帯までとりさってしまうと、シェーンは兄の全身を、清水に浸した白布で拭き始めた。濡らされたところはひんやりと涼しく、酔いの醒めきらない身体に心地よい。弟の手はきわどい箇所にもかかったが、ギャロウズは自制して大人しくぬぐわせる。
「いい感じになってきましたね」
他人によって与えられた刺激で、ギャロウズの中心は硬くなりはじめていた。
冷たい掌が、ギャロウズの身体をなぞり出す。その後をおって、熱く濡れた口唇が、彼の筋肉をたどる。シェーンは真剣そのもので、その愛撫のつたなさも、かえってギャロウズをかきたてた。このいじらしい弟を置いていこうと考える俺は何者なんだ、神官の責任も命を投げ出すこともすべて押しつけて……ふだん押しこめている罪悪感も、ちろちろと燃えだした官能に彩りを添えた。そう、それは感じる理由、今行われていることを自分に許す理由になった。おまえのために足ぐらい開いてやってもバチはあたるまい、俺はそれだけの仕打ちをこれからしようとしているんだ、だからおまえの手指で乱れる芝居ぐらい……。
シェーンはかなりの時間をかけてギャロウズをほぐしていった。どこで学んだか知らないが、入り口の周辺は特に念入りに清め、揉みしだき、軟膏をつけた指で、少しずつ少しずつゆるめていく。そんなことをしている間におまえは萎えないのか、とされている本人が心配になるほどで、さっき清童などとわざわざ言わなければ良かったか、とも思った。二人の体格差を考えれば、そこまで丁寧にしなくとも入るはずだ。だが、兄の反応を楽しむ余裕もないようで、ビク、と身をすくめるたびに「ごめんなさい、まだ辛いよね」と小さく呟く。つらいのじゃない、感じはじめているんだとも言えず、ギャロウズは無言で息を荒くした。はやくむさぼるがいい、おまえの可愛らしいもので、ここを……と危うく口走りそうになって口唇を噛んだ。
ふと、愛撫がやんだ。
シェーンはギャロウズの大きな掌をとって、自分のものへ導いた。
「これだけれど……大丈夫?」
熱く脈打つものを握らされて、ギャロウズは思わず頬を染めた。
「立派なもんだ……おまえの花嫁になる娘は、幸せものだな」
「兄上」
シェーンの表情が突然変わった。意地の悪い笑みを浮かべ、兄の巨体をなんなく裏返す。
「さあ、腰を上げて。そう、四つん這いに。枕は顔にあてていていいから。行くよ」
「う、うあっっつ!」
思わず身体を浮かそうとする兄を押さえつけて、
「枕を噛みちぎってもいいから、大声は出さないで……いくら結界をはってあっても、戻ってきた里の人にきかれたら、二人ともバスカーから叩き出されてしまうから」
「く、うぅ……っ」

声を出すな、の命令が一番辛かった。
押し開かれた箇所の痛みが激しいからではない、ギャロウズは犯されて感じていた。背後から打ち込まれる熱いくさびに、背筋がゾクゾクと震える。シェーンは決して上手ではない、初めてだから当たり前といえるが、それでもギャロウズは痛みでないものを感じていた。喉の奧から低い呻きが洩れるのを、食いしばった口唇から涎が溢れるのを、つぶった瞳から涙が流れ出すのをとめられない。
自分の淫らさが恥ずかしい。弟は俺を性の欲望で抱いているのではないのに、俺は欲情している。シェーン。突いてくれ。出す前にもっと激しくこすってくれ。ヌルヌルとして力が入らないが、なんとか締め付けてやるから。おまえと一緒に、のぼりつめてやるから。
あッ!
体内に熱いほとばしりを感じた瞬間、ギャロウズは自分のものを握りこんだ。弟より一瞬長くもたせて、それから彼も達した。ギュウッと締め付けられて、シェーンは二度三度とほとばしらせたが、すぐに兄から引き抜いて、清水をかけてきよめた。
「兄上。自分できれいにできますか」
「ああ、たぶん……」
引き抜かれた姿勢のまま、ギャロウズはくずおれていた。
「ちゃんと清めないと、後で大変なことになりますから、そのまま眠らないで」
「それはわかるが……今は、廁まで歩けそうにない」
「夜が明けると、二人きりでいられなくなります」
「わかってる」
「仕方がない」
シェーンは結界をといた。ほとんど背負うようにして、ふらつくギャロウズを廁まで連れていく。水桶を持ち込んで、丁寧に中を洗う。兄に乾いた布を渡すと、彼は寝室までとってかえして、汚れたものをはぎとり、取り替えた。これも漬け置き用の桶に水をはって沈め、そして兄の元へ戻る。
「歩けますね」
「歩ける」
無事寝台までたどりつき、再び仰向けに身を投げ出すと、ギャロウズは声をたてて笑った。
「面倒なもんだなあ……」
つられてシェーンも笑い出した。
「感想はそれだけですか」
「それだけか、と言われてもなあ。おまえは良かったのか?」
シェーンは兄の傍らに腰をおろし、コクン、とうなずいた。
「そうか。なら、それでいいさ」
額あてからこぼれた弟の前髪を撫で、ギャロウズは目を細めた。
「おまえにやったもんだ、おまえが気に入ったんなら、欲しい時に好きにしていい。バアさんの目を盗めればの話だが、ま、おまえならなんとかなるだろう」
「え」
いいの、とシェーンの瞳がきらめく。
ギャロウズはその眼差しにうたれながら、こう続ける。
「だが、それは、俺がバスカーにいる間の話だ」
「わかりました。兄上がこの里にいる間、おばあさまの目の届かない、誰にも知られない場所でなら、いいんですね?」
「ああ」
そんな日はそうそうないだろう。何度もすればシェーンも飽きるだろう。この弟の求めているのは単なる親密さだ。だから約束は、たいした意味をもたないだろう。
「……ありがとう」
ため息ごと身を寄せてきた弟を抱きしめてやりながら、ギャロウズはすでに睡魔に犯されていた。
「おまえも疲れたろう。ゆっくり、休むといい……」
そのまま眠ってしまった兄から、シェーンはゆっくりと身をはがし、自分の寝台へもぐり込んだ。
「兄上」
身体は疲れきっていたが、とても眠れそうにない。
自分を抱くように身体を丸めて、シェーンはもう一度嘆息した。

夢で兄を抱いたのは本当だった。
そうでなければ、酔いの勢いを借りても押し切れなかったろう。
というより、最初から兄を犯したかった訳ではないのだ、ただ、もしできたら、快楽をわけあいたいと思っただけで……不自然なのは、二人が兄弟の間柄であるというだけではない、二人が身体を重ねるとなれば、誰もがシェーンが受け身をとると思うだろう。夢の中で侵入の喜びを味あわなかったら、兄に「抱いて欲しい」と言ったかもしれない。そう、どちらでも良かったのだ、ただ、兄のもので犯されたら壊れてしまうかもしれない、もし兄がたたなかったら、それどころか最初からその気にならなかったら……いろいろ考えると、夢のとおりに自分が攻め手になるのが一番楽、と判断した結果の告白だった。

本当は、受け入れてくれると思っていなかった。何を馬鹿なと笑われるか、気味の悪いものでも見るようにあしらわれるか、とにかく拒まれるのが普通だろう、と。
何故、なんなく許してくれたんだろう。神官職が決定してしまった弟への哀れみか。それとも僕の気持ちに、前から気づいていたからか。
口唇を奪われた時はこちらが驚いた。まだ清童だから今のうちだ、という返答にも。
気さくな性格で年長の女性に好かれる兄だ、すでに手ほどきをされていると思っていた。バスカーにも外からの人間が時々来る、その中の誰かと何処かですませたか、とも。だから、まったくの初めてをおまえにやろう、と言われたのだと気づいた瞬間、心臓の鼓動がはねあがった。雄の興奮に突き動かされながら、必死になって愛撫した。兄の息の乱れも、秘所に触れた時に洩らした声も、彼を煽りに煽った。そんな風に乱れるの、そんなに艶やかな声を隠していたの、本当に僕が初花を摘んでもいいの、中で達ってしまっていいの……でも欲しい、ここまできたらもう我慢できない……!
挿入は乱暴なものになった。だがそれは興奮のためではない、シェーンの乱れた心のせい、兄の言葉「おまえの花嫁になる娘は、幸せものだな」の一言のせい。
自分も適齢になれば必ず誰かとめあわされる。子孫を残すのも神官のつとめだ。里人同士では限界がある場合は、よそに残っている亜人種の末裔たちの中から、適当なものが選ばれるだろう。さもなくばそれこそ渡り鳥たちの中から。
しかし、僕の花嫁は幸せになどなれない。決して。
その理由は兄上だということを、わかっていますか?

兄の安らかな寝息をききながら、シェーンの思いは巡り続ける。
里を出たい気持ちはわかる、自分の力を試してみたい気持ちも。
それをずるい、と彼は思う。
シェーンの方がなにかにつけ優れていると、祖母も里長も里人も思いこんでいるが、そんなことは決してない。夢見の力をのぞけば、神官必須の特殊能力は互角なのだ。思ったことを何でも口にしてしまう単純さや、大言壮語するわりに気の小さいところがあるのが知られすぎていて、それで潜在的な力を割り引かれてしまっている訳だが、兄が今後も真面目に修行を続けたら、そしてこれから外の世界でもまれて戻ってきたら、自分はとてもかなうまい、と弟は思うのだった。もしかしたら、ファルガイアの危機を救う真の英雄は兄になるかもしれない――シェーンの中にある予知の力は、そんな予感を彼に与えていた。
だから言えない。行かないで、とは決して。
でもだから意地悪をする。祖母や里人の目を盗んで、その躰を犯したい、などと難題をふっかけてみたりする。
でも、兄はたぶん、それをぜんぶ見透かしている。

でも、なら、この切ない気持ちは、どこへもっていけばいいの?

★ ★ ★

シェーンの背が伸びて、兄の肩まで届くようになるのにそれから二年かかった。
二人の関係はひそかに続いたが、星をうつす井戸は枯れてしまった。
兄はついに里を出る決心を固め、神殿に忍び込んで秘宝を手にした。いきがけの駄賃という訳だが、そのせいで神殿の試しにかかって外へ出られなくなった彼を助けたのは、それを察知して駆けつけたシェーンだった。
ただ、シェーンの力だけでは、試しの壁は壊れなかった。兄と力をあわせたことでそれは消えた。二人ともまだ半人前なのだと兄弟は気づいた。それでも兄は行くという。
兄の出発の日、シェーンは兄の手をとった。
その未来を少しでも予知するために。
しかし、二人の心に去来したのは未来でなく、二人で過ごした過去だった。
手が離れた時、シェーンは少女のような笑顔でこう呟いた。
「ずっとここで待っています。いつでも帰ってきてください」
だからご無事で。
兄は、潤んでいるはしばみ色の瞳をじっとのぞきこんだ。
はじめて言ってくれたな。待っていてくれると。
それは、行かないで、と言われるより辛い。
だが、どんなに甘い告白か。
シェーン。
ギャロウズは、その思いをぜんぶのみくだした。
むしろ冷たすぎる声で、こう応えた。
「行ってくる。おまえも元気でな」

そして彼は、広大な荒野へその一歩を踏み出した。
時に弟を忘れ、時に思い返しながら――。

(2002.5脱稿)

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Written by Narihara Akira
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