『ポメラと私』


親が腰を痛めて自力で歩けなくなった頃、ポメラを買った。
イベントで実機を触った時、キーの位置にちょっと不満があり、その時は購入を見送ったのだが、小さい子どものいる早書き作家さんたちはだいたいポメラユーザーで、なにかの待ち時間や移動の時間にポメラでいろいろな下書きを完成させていた。集中力の途切れがちな私にはできないなと思っていたが、親の介護をしながらPCの前にどっかり座って書くことは不可能であろうということに気づいた。台所で親の様子を見ながら打てるのなら四万円ぐらい出してもよかろう、と思い切って買った。ATOKも入っていることだし。

正直、介護しながら書くのは無理だったが……。

それからほぼ、小説やエッセイっぽいものをポメラで下書きしている。あとでPCに落とし込んで、一太郎で推敲して、折本ソフトなどにうつす。
これで充分だなあと思い始めた。PCは去年一度クラッシュしてしまい、なんとかあるデータでリカバリしたが、一太郎は最新版のCDが見つからず、ダウングレードしている。どのみちウィンドウズ11になったら新しいバージョンにしなければならないので、それまで昔の一太郎でしのげるだろう。

頭の中で「いい小説がほんとうに書きたい?」という言葉が響く。ほとんど毎日だ。なにかの一瞬、油断していると響く。これは病気だ。おまえはもう、小説を書きたいなんて思っていないだろう? いや何かは書くけれども、何かシリーズとして新しいものをというところまでもっていけないだろうと。まだ書いていないものは何かの残滓だ。もしくはすでに書いたけれど書いたことを忘れていることだ。いつの間にかおそろしいほど年をとってしまった。退職まであと何年か、指を折って数えられるほどになってしまった。昔、職場の先輩が、新しい仕事をおしつけられるたびに「老いた犬は新しい芸をおぼえないっていいますよ」と苦笑しながらこなしていたが、私もあの時の彼女にどんどん近づいている。怖い。順番だが怖い。これからは職場も人が減っていくから、指を折りきっても働いているかもしれない。それも怖い。就業規則をいくら読んでも覚えきれないことがあって、アンチョコでやりすごしているのに、これ以上なにか新しくなったら大過なく働き続けられないのでは、と。

とりあえずもうしばらくは、ポメラをモバイルバッテリーにつないでおくつもりだ。




(2024.3 書き下ろし)


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Narihara Akira
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