『逢 瀬』


「やれ、薄闇にまぎれて、三成のところへでも出かけるか」
その夕暮れ、吉継は側仕えの小姓らにのみ行き先を告げて、ふらりと自分の下屋敷を出た。
いつものように輿にのり、数人の供と、人目につかぬ道をゆく。
「春よなァ」
もう桜はだいぶ散ってしまったが、八重桜はこれからが盛りだ。
夜もまだ肌寒い。
なにより春めいてきた証拠に、人肌が恋しい。
無性に三成に逢いたい。
佐和山から戻ると、三成はふたたび、夜遅くまで走り回る生活に戻った。
吉継の閨へ来る余裕もないようだ。
「それで、寝ておるならよいのだがなァ」
昼のうちに、二言三言、話すことはあるが、顔色は悪くないので、無理はしていないと思うのだが。
賢人にそそのかされて行ったが、やはり佐和山の城はよかった、と吉継は思う。
見かけのきらびやかさだけでない、要衝の地にあるだけに日当たりも悪くなく、静かで落ち着いた城だ。
二人で行かれて、本当によかった。
三成の良い領主ぶりを、あらためて間近で見られただけでなく、清潔に整えられた閨で毎晩、細やかに愛された。
しっとりと抱き合ったまま眠り、三成のくちづけで目覚める。
どんなに大事に想ってくれているかと思うと、身も心も満たされる。
このままずっと三成の胸に甘えていたい、大坂へ戻る日が一日でも遅くなればいい、と心のどこかで願ってしまうほど――。
「なに、今更な」
三成と逢いたくば、己から行けばよいのである。
病をえてから、親しく行き来する者は減った。しかし三成との仲は知れ渡っており、そうでなくとも立場上、いつ三成を訪ねたところで、不思議に思われることはない。仕事であろうが、そうでなかろうが、気にする者もいないわけだ。
勝手知ったる他人の屋敷。
そう思って入っていくと、左近が現れた。
「あ、刑部さん! どうしたんスか、こんな時間に」
「ぬしはもう戻っておるのか、三成はどうした」
「それが、まだなんスよー。秀吉様へのご報告が残ってるとかで、夕餉も外で済ませてくるから、先に戻れっていわれました」
「さようか」
「どうしましょうか、刑部さん?」
「われも夕餉はすませてきたゆえ、三成の部屋で待たせてもらお」
「了解っス。ところで三成様に、先に御用向き、伝えてきましょうか?」
「なに、火急の用ではないゆえ、報告の儀を妨げることはない。ただ、少し三成と話したいことがあってな」
「じゃ、三成様が戻ってきたら、刑部さんが来たことだけ、いっときますねー」
吉継がうなずくと、左近はすっと道を空けた。
小姓を返すと、吉継は迷わず屋敷の左手へ入っていく。
三成の閨の、ある場所だ。

「ほんに、物のない部屋よナァ」
三成の私室には、ほんとうに何も置かれていない。
散らかすと片付けるのが面倒だというのもあるだろうが、太閤に賜ったものはすべて佐和山にでも送っているのかと思うぐらい、何もない。
無聊をなぐさめようにも、書物すら片付けられている。
だいたい、三成の部屋にあるのは兵法の巻物ぐらいもので、それを読みかえしているかどうかも怪しい。三成は自分が納得できる形でしか物事を理解できない。剣法だけではない、兵法も我流で習得しているので、人に教えられないのだ。
ある意味、一種の天才ともいえるのだが。
「人の上に立つには、難儀なことよな」
きれいな文机に寄りかかって、吉継は障子越しの月明かりを見ながら、うつらうつらとし始めた。
吉継とて暇だったわけではない。大坂に戻れば責務がある。竹中半兵衛に頼まれて断りきれない仕事もある。その疲れが出た。
いつの間にか、ぐっすり眠ってしまった。
《みつなり……?》
人の気配を、夢うつつに感じていた。
部屋に音もなく入ってきた人影が、吉継の背に薄物をかけた。
薄目で見上げると、三成はすでに具足を外しており、あわい色の着流し姿だ。
静かに床をのべ、火鉢を寄せている。
声を出せないままでいると、そっと体勢を変えられた。膝下に腕が差し込まれ、姫御前のように抱き上げられる。
薄い胸にもたれかかると、そのまま床に運ばれ、横たえられる。
そして、くちづけが降ってきた。
「刑部」
吉継は、あ、と小さく喘いだ。
三成が低く囁く。
「せっかく来てくれたのに、今宵は添い寝だけで、よいのか」
思わず吉継は首を振った。
「そんなわけが……」
そう呟いた瞬間、羞恥で全身が燃えあがった。
これは夢ではない。
この男に抱かれたくてたまらず、ノコノコと出かけてきたのだ。
なのに、うぶな乙女のように、されるままになっていたとは。
吉継は三成の胸に、掌をあてた。
「ぬしが、ほしゅうて、きた」
「刑部……!」
三成の顔が、喜びで輝いた。
吉継から求めてくれたのが、嬉しくてたまらないのだ。
「私も欲しい」
吉継の着ている物を、一枚ずつはがしながら、
「小姓も皆、さがらせた。二人きりだ」
佐和山と同じにしたから、安心して乱れろというのだろう。
「手回しのよいことよなァ」
吉継がため息まじりに呟くと、三成は自分の帯もゆるめながら、
「左近が、貴様が閨で待っているから、はやくゆけと」
「さようか。気の利くことよな。アレはよい男よ」
ふと、三成の声が硬くなる。
「ずいぶん左近を、気に入っているのだな」
「そういうわけではないが、よう働く。ただの遊び人ではない。ぬしもそれがわかっておるからこそ、先陣を切らせるのであろ」
「あれの肌が欲しいか」
吉継は苦笑した。
「あのような小僧っ子を、われが本気で相手にすると思うのか」
「本気でないのはわかっている、だが、興味があるのではないか」
「三成」
吉継は三成の口元に指を滑らせた。
「むしろ妬かねばならぬのは、われのほうであろ。おそらくアレは、ぬしに抱かれたいと思うておるぞ」
「まさか! 左近が私に?」
「まさかもなにも、アレはぬしのために、迷わず死ぬ覚悟よ。ぬしとて、ああまで慕われて、悪い気はせぬであろ」
「豊臣の臣として重用しているだけで、そんな気は毛頭ない」
「ぬしにその気がないのも、わかっておろ。それでも尽くすとは、健気なことよな」
「刑部。閨で他の者を誉めるな」
「あ」
三成の指が、吉継の敏感な場所をなぞる。常になく淫らな触れ方で、思わず身を震わせた。
「妬いて、おるのか」
「……」
三成は更に、指を動かす。否定も肯定もできないから、無言なのだろう。そんなつもりはないが、嫉妬しているのだ。
「われは、ぬしに、抱かれたい」
「こうか」
抱きしめられる。三成は呟くように、
「来てくれて、嬉しい……のに……」
吉継は思わず抱き返した。
ふだん、そういう素振りをみせないが、三成は本当は人一倍、人の好意に飢えている。
裏切りに過敏な反応を示すのは、それだけ不安感が大きいからだ。
吉継がそばにいるからこそ、かろうじて安定している。
純粋であるから生きづらい、というだけではないのだ。
それで誰彼にいい顔をしないのが面白いところで、心を開いた相手にだけ、深い執心を抱く。
なぜ己が三成に選ばれたのかはわからない。だが、三成が心から吉継を信じ、欲していることだけは疑いようもなく、その一途さは、いじらしい。
「われも嬉しや。ぬしに、こうして、触れられて」
「ああ」
三成は小さくうなずくと、吉継の脚を押し開いた。
浅く埋め、腰をゆるく回す。
「ああっ」
もっと、奥まで欲しい。
なのに入り口だけで感じてしまって、吉継は甘く呻いた。
「ゆっくり、たっぷり、刑部が欲しいだけ触れる。だから、安心しろ」
「ん」
吉継は三成の首を引き寄せた。
「みつなり……いっぱい……」
そう囁きかけると、三成は、吉継を深く貫いた。
一番いいところを突かれて、先走りを漏らす。キュウキュウと締め付けてしまう。
「ほんとうに、私が欲しくて、来てくれたのだな」
三成の声が濡れている。
「やれ、身体は正直よ」
恥ずかしさに、思わず吉継が目を閉じてしまうと、三成の口唇が降ってきた。
胸も秘部も撫でまわされて、痺れるような快感にひたされる。
三成が再び、腰を動かし始めた。
その凶器は、とても熱く、硬い。
「もっと味わえ。私もいい」
「ん、われも、たまらなくヨイ……ああっ!」

*      *      *

「へへッ、三成様って結構、カワイイとこあるよなー!」
朝餉を整えている炊屋の前で、左近はニヤニヤしながら、台子を手癖ではじいている。
「刑部さんが逢いに来てくれて、嬉しくてしょうがなかったんだろうなー! 《火急の用でないなら、あわてずともよい》とかいいながら、すっげえソワソワしてんの! 具足脱ぐのも湯を使うのも、支度するのも速いこと! そのくせ、ほとんど足音もたてないんだぜ? がっついてるって思われたくないんだよなー、アレ」
目の前の小姓達が急に青ざめたのに気づいて、左近はギクリと振り返った。
「え、み、三成様!」
「てすさびはやめろと、何度言ったらやめるのだ、左近」
三成の声は、常よりずっと低く、左近は思わず背筋を伸ばした。
「は、ハイィ、すみません!」
三成は、じろりと左近の顔をにらみつけると、
「いいか、左近。私には刑部だけだ」
「え、は、ハイッ」
「刑部にも私だけだ」
「は、ハイ?」
「わかっているならいい。朝餉は刑部と二人でとる。貴様は下がっていろ」
「は、はい」
「いちいち口ごもるな」
「ハイィィィッ!」
三成が去ると、左近は激しく動揺した。
「今のナニ? オレ、なんかした? 余計なこといった? 盗み聞きもしてないし、佐和山よりこっち、邪魔したりもしてないし? なんか誤解されてたらヤバイんだけど? こ、怖ぇぇ、ああいう時の三成様、マジ凶王様ーーーー!」
膳を整えた小姓が、小さくため息をついて、
「騒ぎすぎです、左近様。もし何かあったとしても、お二人だけにしておけば、いずれ落ち着かれるでしょう」
「そうなの? そういうもんなの?」
「大谷様も、左近様のことは気にかけてらっしゃいますから、とりなして下さいますよ」
「あ」
左近はそこでようやく、気がついた。
おそらく吉継が、閨で自分のことを話題にしたに違いない。
久しぶりの逢瀬だというのに、なぜ私に集中しない、と拗ねてしまったのだろう。
確かに、三成に求められれば、つとめとして、いつでも抱かれるつもりではいるが。
《そんなん絶対、無理無理無理無理。だいたい三成様が、そんな気おこすわけねーし。心配しなくたって、あんだけ好きあってる二人の間に、誰も割り込んだりしないっての――いや、すんのか?》
左近は苦笑した。
「やっぱ、三成様、可愛いわ」
「そう思っても、不用意に口走るものではありませんよ」
「そうだよなー。むしろ悪い虫を取り除くのがオレの仕事だよな。じゃ、オレ、ちょっと見回りいってくっから」
《そうそう、今日ぐらい水入らずじゃないとな。オレが邪魔しちゃ、ダメだかんな。むしろ半兵衛様とか、秀吉様に近づける、いい機会だと思わないと》
「朝餉はどうされます」
「いいよー、どっかですませてくるから。じゃな!」
そういい捨てて、屋敷を飛び出して行く。
二人が仲むつまじく朝餉の膳をわけあう様子を、ちょっぴり羨ましく想像しながら――。

(2014.4脱稿)

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Written by Narihara Akira
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