『さびしいおうさま』

1.

浅い眠りが途切れた。
あたりはしいんと静まりかえった、丑みつどき。
「ロデム」
ビッグファイアの口唇が動くか動かないかのうちに、黒豹のような生き物が寝台の脇へ現れた。脚を揃えて、行儀よくその場にひかえる。
ロデムはビッグファイアの第一のしもべである。十傑集やBF団の人間の前ではこの豹はアキレスと呼ばれているが、アキレスと呼ばれる存在はこのロデムの分身、影なのである。アキレスは軍師孔明と行動を共にしたりもするが、本体のロデムは主人のビックファイアから決して離れることがない。その本名もビッグファイア以外だれも知らないという秘中の秘の存在。
「来い」
低く命じられて、ロデムはビッグファイアの寝台に登った。
しなやかな獣の身体が、主人の傍らに寄り添う。
「わかっているな?」
ロデムは主人の身体に自分の顔をすりつけて応じる。
はい、伽の命ですね、と。
ロデムは自在な変身能力をもつ。性別も年齢も自由、どんな生き物であろうと化けることができる。筋骨たくましい男だろうとなよやかな絶世の美女だろうと、思うがままお好みのままだ。身体の隅々までつくりあげるので、なんぴとにも疑いを抱かせない。ビッグファイアの戯れの欲情にふさわしい身体に変わることなど、ぞうさもないことなのだ。
だが。
「いいか、そのままの姿で抱くんだ」
ロデムはうなずいた。
時々ビッグファイアは、獣のままのロデムと交わることを望む。普通のやり方では満足できない気分なのだろう。ロデムは上手に口を使って、ビッグファイアのマントから脱がせにかかった。前足と口でほぼすべての衣服を脱がせてしまうと、ビッグファイアを包み込むように身を低くし、ザラザラとした舌で主人の首筋から胸を嘗めてゆく。前足が、いささかたどたどしく舌の愛撫を追う。ロデムの体温は低く、黒ビロードさながらの毛並も冷たいのだが、ビッグファイアの身体は火照りが鎮まるどころか煽りに煽られていた。ロデムの舌が主の男性にたどりついた時、そこはもう硬くそそりたっていた。鋭い牙で傷をつけないように気をつけながらロデムは口に含み、深く飲みこむ。舌先でその先端をチロチロと愛撫する。
「もういい」
ビッグファイアはしもべの動きを制した。
「後ろから、だ」
そう呟いてビッグファイアはうつぶせになり、腰だけを高く持ち上げた。薔薇色の蕾にロデムは舌を押しあて、そのままピチャピチャと濡らしはじめる。
「う……」
四つんばいのまま、ビッグファイアは甘くうめいた。その声をきいて、やっとロデムは舌を離した。そしてそうっと主人の身体の上に覆いかぶさる。ロデム自身を、相手の中へ埋め込んでいく。
「ふ、くっ……」
ビッグファイアの身体が震えはじめる。ロデムの長い尻尾が、主人のわき腹からソロリと這いこんで、前にやんわり絡みつく。そうしてから、ロデムはゆっくり腰を動かし始めた。犯した内部をさらにかき回すように。
そして、その動きがだんだん速くなって。
「あ、あ……っ!」
どうしても堪えきれず、ビッグファイアが放った。
ロデムも主人の中へ熱いものを注ぎ込んだ。それは精というよりは生体エネルギーというべきもので、欲情の証というよりむしろ忠誠の印だった。
息の乱れたまま、ビッグファイアは仰向けに寝ころんだ。ロデムは主人が肌にほとばしらせたものを舌でペロペロと嘗めとってゆく。シーツにこぼれたものまできれいに。それは猫族特有の愛らしい仕草で、ビッグファイアはその首を抱き寄せ、抱きしめる。
「ロデム」
快感の余韻はまだ続いていた。
だが、おさまりつつある欲情は空しさも連れてきた。
「私はいったい、何をしているんだろうな」
秘密結社BF団のトップに君臨するビッグファイア。
彼は強力な超能力の持ち主である。その祖先は遥か宇宙の彼方から飛来してきた者で、宇宙船の事故で故郷に戻れなくなったのだった。優れた子孫に期待した彼は砂漠の中に要塞を築き、その中に自分の遺産を託した。それから何千年もの時が流れた。優れた能力を持つ子孫は確かに現れ、要塞の遺産を継いだ。そして、手のひとふりで地球全体を壊滅させることが可能なほどの超能力が、その子孫に覚醒した。
今、世界はまさしく彼のものといっても過言でなかった。
だが。
「くだらない……」
だからといって、いったい何が面白いか。
ビッグファイアの存在を知って、世界中から彼を崇めるものが集まってきた。彼ほどではないにしろ、通常の兵器などはるかに凌ぐ破壊的な超能力を持つ者達が。最強の成人十名は十傑集と呼ばれ、少年の面影の残る彼に敬意を示した。そして彼らは、ビッグファイアの頭文字をとって自らをBF団と名乗るようになった。
BF団は世界征服をもくろむ悪の結社になった。本来人間がもつべきでない力を持つものは、当然のように悪とされる。そのレッテルを貼られたものは自然に悪い方向へ押しやられ、また自分も悪の誇りに目覚めて、なお一層その深みへはまり込んでいくのが常である。
ビッグファイアは、それが面白くなかった。
せっかくの力が、世の破壊のみにしか使われないとは。
だが、軍師孔明と十傑集がBF団全体を動かし始めていた。集まってきた能力者はそれぞれの力量によってA級B級C級エージェントとふるいわけられ、ごく弱い者を順繰りに従えていった。連中のお題目は「我等のビッグファイアのために!」だったが、トップ中のトップの彼には、大まかな指示を出す自由しかなかった。それもビッグファイアにとって、まったく面白くないことだった。しかも彼は眠り病にとりつかれてしまった。長い間起きていられない。強大な力を内に抑え込むために、身体がエネルギーをすっかり使ってしまうのだろう。きたるべき事態に備えて、彼は昼夜をわかたず眠った。時々目を醒ましては、十傑集や孔明の動向を探る。自分の名の元に、彼らが取り返しのつかない仕事をしないかどうか。
そんな夢うつつの生活が、ビッグファイアはうとましい。たいした気晴らしをする時間も思いつく時間もないのだから。献身的な彼の三つのしもべ、空の神・海の神・地の神の化身がその時間の隙き間を埋める。特にこのロデムが。
愛しいロデム。
常に自分に忠実に仕えてくれる、獣の王。
「ロデム」
その滑らかな黒い首筋を撫でてやりながら、ビッグファイアは囁く。
「最近、BF団の中に面白い奴はいないか? 十傑集も驚くような力や想いを胸に秘めた者はいないのか?」
「……一人。幻夜が」
ロデムが低い男の声で答えた。
「げんや? 誰だそれは」
「本名エマニュエル・フォン・フォーグラー、二十八歳。コードネームは幻夜。彼は、シズマドライブ開発チームのエースだった、F・フォーグラー博士の遺児です」
「ああ、バシュタールの惨劇の、か」
バシュタールの惨劇。
今の世になくてはならぬ、無公害・無限リサイクル可能のエネルギー装置、シズマドライブ。その研究中、一部の学者が暴走したために起きた爆発事故があった。それはバシュタールという小さな国一つを吹き飛ばし、全世界のエネルギーを七日間沈黙させた。その十年前の事件を、人々はそう呼ぶ。最後まで実験現場に残っていたのはフォーグラー博士で、彼の暴走がこの惨劇を引き起こしたとされている。
「はい。そのフォーグラーです」
「そうか。息子が生きていたのか。だが、よくもあのバシュタールから逃れることができたものだ。若くして父の助手をしていたときいているが」
「ええ。幻夜にはテレポートの能力が……それで、故郷も家族もすべて失った彼を、孔明が拾ってきたのです」
「なるほど。ありそうなことだ」
八の字髭の策士の薄笑いを思い浮かべながら、ビッグファイアはため息をつく。あの男が、まだ二十歳にも満たぬ若者を拾って余計な知恵を吹き込めば、どのように歪むかしれたものではない。
「それで、その幻夜が何を企んでいる?」
「父を愛するあまりの復讐劇です。彼はそれを地球静止作戦と呼び、自分の正体をひた隠しにしながら、こっそり準備を進めています。いまだ下級エージェントのため、なかなか思うにまかせないようですが、日夜図書館に泊り込んで計画立案に余念がありません」
「そうか」
幻の夜。
なんと皮肉なコードネームか。
フォーグラー博士が真実願ったのは、全人類が安全に眠れる美しい夜だったというのに、それをすべて幻にしようというのか。しかも地球を静止させようとは。まさかあの、悪夢の七日間を再現しようとでもいうのか――。
「ロデム。私は幻夜に会おう」
「ビッグファイア様」
「もし彼が私の信頼に値する魂であれば、A級エージェントに格上げしてやろう。そして、彼の望むことをさせてやろうではないか。十傑集を越える権限を与えてやろう」
ロデムのきんいろの瞳が一瞬迷った。それは恐ろしい結果を招く作戦である。一歩間違うか、もしくは成就が少しでも遅れるかすれば、この世は地獄絵図に変貌する。
しもべの懸念を読み取って、ビッグファイアは笑った。
「なに。そういう展開になれば私が止める。そのための力だ」
「ですが、危険では」
「危険は承知だ。もし私の次の目覚めが間に合わないと思ったら、おまえが止めろ。できるだろう?」
ロデムはうなずくしかなかった。
「……わかりました。それで、いつ」
ビッグファイアは薄青の瞳を閉じた。眠気が襲ってきたらしい。声に急に力がなくなってくる。
「明日の夜だ。それまで少しだけ私は眠る。後は、頼んだぞ……」
「わかりました」
眠りこんでしまった主に服を着せかけ、ロデムは寝室を出た。
明日の準備のために思考を巡らす。
少し寂しくもあった。明日の夜は、ビッグファイアの脇にはべることが許されないかと思うと。何が起こるかわかっている、幻夜が召された後、寝室で何が起きるか。
そんな物想いをふりきって、ロデムは動き出す。
いつものように、影のようにひそやかに。深く静かに。

2.

深更。
幻夜は自分がビッグファイアに召されたことがなかなか信じられず、また不安でもあった。吉報であることだけを祈って指定の場へ急いだ。
招き入れられた闇の中、自分の乗った円形の足場が、塔のようにせりあがってゆく。
目の前にあるもう一つの塔の上に、幻夜は一人の青年の姿を認めた。
銀の髪、薄青の瞳。
その瞳と同じいろの服と長套を羽織った男。
見覚えのある黒豹を従えて。
そうか、これがビッグファイアなのか。
年齢はどう考えても自分より上なはずだが、甘くかすんだ微笑みはまだ少年のもののようで、幻夜は不思議でならなかった。
「幻夜か」
柔らかな低音で囁かれ、幻夜はシャンと背筋を伸ばした。
「はい。御命により参上いたしました、ビッグファイア様」
「うん」
悪くない。
ビッグファイアは、長い黒髪の青年を見つめて思った。なかなか悪くない。まっすぐな眼差し。すらりと長い脚。ストイックさを感じさせる白の上下に身を包んで。この男が、一人寝に欲情を持て余すことがあるのだろうか。ただひたすら世間を憎んでいる。父の遺志を果たすことしか考えていない。彼らをさげすんだ者達への復讐しか。それさえ果たせれば、誰がどうなろうと知ったことではない、という凶悪な考えに取りつかれて。
ああ。
ビッグファイアの笑みが妖しいものに変わった。
この若い肉体に犯されてみたい。
その気にさせるのは簡単だ。瞳を見つめて軽い暗示をかけるだけでいい。目の前にある身体は、おまえが欲しくてたまらないものだと。それだけで、どんな相手も自分に夢中になる。いっそ乱暴に扱え、と命令することだってできる。
「幻夜。君の話をじっくりとききたい」
「……」
幻夜は返事ができなかった。
ビッグファイアがどこまで自分の目的を把握しているのか、それがわからない。自分の正体を、十傑集でさえ気付いていない。だが、孔明は知っているのだからビッグファイアだとて察知しているだろう。BF団に利益をもたらさない、むしろ害になるほどの作戦を進めている彼である。問いただされて不安は募るばかりだった。
「そう怖がるな。叱るつもりはない。ただ私の寝室に来て、寝物語をしてくれと頼んでいるだけだ」
その瞬間、突然わきあがった欲情に幻夜は戸惑った。
目の前の青年を抱きたい。抱いてめちゃめちゃにしたい。この身体が肉欲に狂い、喜びにのたうち回る姿を見たい。この肌のありとあらゆる場所を、犯して犯して犯し尽くしたい。
何故だ。
なぜ、いきなりこんな。
「幻夜、おいで……さあ」
自分に向かって差し伸べられる掌。
幻夜は魅入られたように一歩踏み出し、足場をひらりと蹴って、ビッグファイアの華奢な身体を抱きしめた。
「ビッグ、ファイア……様」
「慌てなくていい。ゆっくり話をきく」
ビッグファイアは幻夜のウェストに腕を回し、その長身を抱えて宙を飛んだ。
そのまま寝室へもつれこむ。
そして、二人がベッドへ倒れ込んだところまでを見届けて、目立たぬ片隅へ行ってひかえる、ロデムの小さな影。

向かいあっての座位。
「う、うん……」
食いしばった口唇から洩れる喘ぎ。湿った音。
ビッグファイアは幻夜の首に腕を回し、飲み込んだものをきつく絞りあげながら腰を動かしていた。体位を変えて何度も交わったのに、幻夜のものは萎えなかった。ビッグファイアは喜んでそれをむさぼった。熱い肌。熱い精。熱い肉。きっかけはビッグファイアの暗示だったが、幻夜が性の営みに飢えていたことは間違いなく、彼はその長い渇きをこの一晩で満たそうとしていた。
幻夜にたっぷり濡らされたビッグファイアの内部は、さらに妖しく蠢き出す。
「もっと、突いてぇ……」
ビッグファイアが呟く。腰は淫らに動き続けているのに、その小さな呟きにはどこか恥じらいが感じられて、幻夜の熱情は煽られた。腰を揺すってさらに深い場所を犯す。ビッグファイアが悲鳴を上げた。
「あ!」
何度目かの絶頂を迎えて、ビッグファイアが崩れおちる。共に達した幻夜がくさびを抜いてやろうとすると、ビッグファイアは首を振った。
「抜かないで」
「しかし」
「中で、感じてたい」
ビッグファイアはしばらくそのまま動かなかった。体内にあるものの熱が醒めていくのを、ゆっくり味わっていた。
「ビッグファイア……様?」
「素晴らしいな、君の身体は」
ビッグファイアはどうしても名残りおしいらしく、幻夜に背をむけると、もう一度その上に腰を降ろして幻夜を飲み込んだ。幻夜はそれを後ろから抱いてやる。不安定な体勢によって出来た肉の洞のすきまから、溜っていた精が溢れ落ちる。それも背筋の震えるような快感で、素晴らしいのはあなたの身体です、ビッグファイア様、と低く囁き返していた。
「そうか?」
その声が嬉しそうで、幻夜はとむねを突かれた。
この人は、あからさまな世辞などききなれているのだろうと思っていた。そんなものには動じないように見えるし、むしろ嫌がるのではないかとさえ。
でも、どうやらそうではないようだ。
さびしい人、なんだな。
それに可愛い。
そのうなじに口唇をあて、軽く吸うだけでピクンと震えて。喘ぎ声も本当は極力抑えているように思われた。乱れる様にもどことなく幼さがある。洩れる誘いの言葉にもどこかおずおずとしたものが感じられて、本当に欲しくてたまらないのかと思わされてしまう。天性の媚態だ。
下半身に再び力がみなぎってきた。
「ビッグファイア様」
「うん。わかっている。でも、少し疲れた。休ませてくれないか」
ビッグファイアは軽く幻夜に体重をかけてきた。それを支えて、幻夜は回した腕に力を込めた。なんだか無性に愛しくて。
「幻夜」
「はい」
「決まった恋人がいるのか?」
「いいえ」
答えながら、幻夜の胸はときめいた。もしビッグファイアが求めるなら、何度でも応じようと思った。しばらく恋人でいろというなら、首を縦にふろうと思っていた。
だが、ビッグファイアの次の言葉は、彼に冷水を浴びせかけた。
「そうか。だから自分の命を粗末にするのか」
「えっ」
地球静止作戦はやはりビッグファイアの知るところだったか、そういえばこの男は強力なテレパシーの持ち主だった、自分は何をうかうかと……とすっかり青ざめた幻夜の掌を、ビッグファイアは優しく撫でた。
「君の父上は、君が自分の命を捨ててまでやろうとしていることを喜ぶだろうか」
「……」
幻夜が言葉を失っていると、ビッグファイアは続けた。
「責めている訳ではない。むしろ、父の無念を晴らしたいという気持ちの強さがうらやましいのだ。それはすなわち、君が父上を慕っていた気持ちの強さだからだ。君は、父上によほど愛されていたのだろう。違うか?」
幻夜の、母譲りの黒い瞳から涙が溢れ出した。
そうです。
そうです、父の無念を、僕以外誰も知らない父さんの最期の言葉を、全世界に向けてしらしめたいんです。そのためには命なんか。今更惜しくもない。
もし邪魔をするというなら、あなたでさえこの場で殺す――ビッグファイア。
その時、低い声が答えた。
「泣かなくていい。君は間違ってなどいない。私は君に、地球静止作戦の全権を与えよう。この作戦においては、十傑集も君の指示に従わねばならない。もし彼らが何か文句をつけたら、これはビッグファイアの作戦だと答えるがいい。それで、ほとんどの障害がとりのぞかれるはずだ」
「ビッグファイア様」
涙をおさめ、幻夜はビッグファイアからそっと身体を離した。
ビッグファイアも身体を離し、幻夜と向かい合った。
「やれるだけやってみるがいい。いま、国際警察機構がシズマ博士の怪しい動きに気付いている。彼を止めるのはフォーグラーの子でなくてはなるまい。それに、君にならできるだろう」
「ありがとう、ございます……」
頭を垂れる幻夜の肩を軽く叩いてやって、
「一つだけ残念なのは、計画がスタートしたら、もう君と寝られないだろうということだ。君の黒いビキニ姿はセクシーで気にいったんだが……いつもあんな下着なのか?」
「それは……」
頬を染める幻夜の髪を、ビッグファイアはそっとかきあげてやる。
「まあいい。もう一度だけ、抱いてくれないか」
「はい」

幻夜が身じまいを整え、ビッグファイアの寝室から退出すると、ようやくロデムが目にたつ場所へ現れた。乱れたベッドの後始末を、無言で始める。
ビッグファイアの目蓋は重く垂れていた。もう眠くてたまらないのだ。後始末もおっくうらしく、ロデムにされるままになっている。体内から溢れ出すものをロデムが嘗め始めると、甘くうめいた。
「あ、ロデム……」
「すぐに終わります。少し待っていて下さい」
清め終えると、ロデムはビッグファイアに寄り添った。
次の命を待っているのだ。
ビッグファイアは低く呟いた。
「幻夜か。……まれにみる純粋さだな、あれは。父の復讐とは。つい肩入れしたくなる」
「はい」
ロデムは短く答える。
内心穏やかでないのだ。何が起こるかわかっていても、目の前であんな激しい濡れ場を延々見せつけられて、嫉妬の気持ちが少しも湧かなかったといったら嘘になる。しかも、ビッグファイアは幻夜を本当に気に入ってしまったようだ。自分の進言の結果とはいえ、ぽっと出の若造の前であんな艶っぽい姿態をと思うと、たまらない。
ビッグファイアは穏やかな声で続ける。
「何もかも皮肉だな。おそらく、多くの無駄な血が流されるだろう。そしてそれは、国際警察機構の手によるだろう。それが最初の皮肉だ。シズマ博士は前回よりもさらに大きな過ちを繰り返すだろう。自分が殺した者の亡霊におびえて今度こそ正義をなすつもりでな。それも皮肉だ。そして幻夜は、気付かぬうちに父の真の遺志をつぐのだ。彼は泣くだろう。だが、その皮肉は、愛する父の魂を最後まで信じられなかった幻夜自身の報いだ。彼は事の真相を世にしらしめ、世界の破滅を願ってむしろ地球を救うだろう。何もかも皮肉だ。悲喜劇だ」
「ビッグファイア様」
いくら超能力者といえ、未来を見通す力を持っている訳ではない。あまりに断定的な口調に、ロデムは不安になった。
「油断なさらないで下さい。幻夜の正体を知らない十傑集はともかく、孔明がどうでるかわかりません。彼のせいで計画が別の方向へ動く可能性もあります」
「わかっている」
ビッグファイアはロデムの首をそっと抱き寄せた。
「だが、大丈夫だろう。……おまえがいれば」
「ビッグファイア様」
「もう眠る。後は頼む。それから、地球静止作戦が無事終了したら起こしてくれ」
ビッグファイアはポン、とうつむいたしもべの首を叩いた。
「どうした? 私があんまり淫乱で、あきれたか」
「いえ」
「そうか。そうだな。今更か」
ビッグファイアはほんのり微笑んで、
「やっぱりおまえが、一番いい……」
小さく呟くと、そのまま眠りに落ちてしまった。
眠りこんでしまった主に服を着せかけて、再びロデムはその傍らにはべった。
今後の準備のための思考を巡らしながら、心の底が暖かくなっていることに気付く。
自分にこんな感情があったとは。
この人の祖先に選ばれて、忠実にかしずき補佐することだけを念じて生きてきた。もちろん常に冷静だった訳ではない、第一のしもべであるプライドや、それを犯される嫉妬の感情は感じてきた。
だが、大事に思われて嬉しいと思うのは、はじめてだ。
この孤独な王の心の伴侶に、自分がなりえるかもしれないという思い。
それは、こんなに幸せなもの――なのか。
しばらく感動に酔っていたが、物想いをふりきってロデムは動き出した。
いつものように、影のようにひそやかに。
深く静かに。

(2000.2脱稿/初出・梶タモツ様ホームページ「DRP」2000.2)

BF様の面を拝んでみよう

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Written by Narihara Akira
http://www5f.biglobe.ne.jp/~Narisama/