『盗み聞き』


「ふあっ」
左近が妙な声をあげた。
「刑部さん。こんなとこ、三成様に見られたら、俺、殺されちゃいません?」
「そうよな、あれは悋気のひどい男ゆえなァ。ぬしの柔肌を、われが楽しんでいるなどと知ったら、いったい何をしでかすか」
「や、ほんと俺、死んじゃいますよ。まずいっすよ。あっ、刑部さん、そんなとこまで」
もう、三成は我慢できなかった。
襖を勢いよく開けて、二人の前に躍り出る。
「うわっ、三成様!」
「ぬしは、来るなというておいたに」
左近は半裸だった。その肌を吉継の掌が、淫らにさすっている。
「いったい何をしている、刑部!」
左近はあわてて吉継の閨から転がり出した――本当に殺されかねないからだ。

*      *      *

豊臣軍に来て間もない島左近は、とりあえず、何でも見ておきたいと思った。
だが、これがなかなか、難しい。
まかされた雑兵たちは、みな豊臣の調練を受けているので、左近があれこれ口を出さなければならないところが、あまりない。
三成の陣立て、采配や用兵について知るには、実践の場で見ないと意味がない。
組織的なことも承知しておきたいが、太閤秀吉に取り次いでもらえるほど、まだ信用されてもいない。
そうすると自然、城の中をうろつき回って、いろいろ探ることになる。
「一番いいのは刑部さんに、話、きくことなんかなー」
石田三成の唯一無二の親友で、「刑部」といかめしく役職名で呼ばれている男――石田軍の副将格として、また、竹中半兵衛の補佐役として重んじられているという大谷吉継に、左近は会いたいと思った。
そんなに重要な役職にありながら、業病に苦しんでいるらしい。
病のために足を悪くし、乗馬もままならぬ状態だという。
それを補うために修行によって異能を身につけ、己の乗った板輿と巨大な数珠を、思うまま操って戦うそうだ。
全身を覆う包帯の上に、白い頭巾と必要最低限の鎧をつけて出陣する姿には、鬼気迫るものとして怖れられているようだ。
なぜ、すべて伝聞の形でしか知らないかというと、吉継が怪我で伏せっていたからだ。先日、敵の放った槍が脇腹をかすめたという。
命にかかわる傷ではないが、場所が場所だけに、大事をとっているとか。
それが日常生活に差し支えないところまで回復したときいたので、ある夕方、不意打ちに訪ねていこうとすると、吉継の小姓たちに押しとどめられた。
「左近様。この先はいけません」
「えっ、なーんで、なんでー?」
「先ほど、三成様がお渡りになりました。お邪魔をしてはなりません」
「お渡りにって、それじゃまるで」
女の寝所へ忍んでいくみたいじゃないか、といおうとして、左近はハッとした。
小姓の頃からそういう仲で、今でも夫婦同然という噂は、本当なのか。
それはそれで、そそられる。
物堅い石田三成という男が、閨ではどんななのか。
真面目一方なのか、それとも淫らに豹変するのか。
「邪魔するつもりはないけどさー、ちょっと聞き耳たてるぐらい、いいっしょ?」
「だめです、お帰り下さい」
「あんたらは、隣の部屋で不寝番してんじゃん」
「それはお役目ですから。ただ、三成様は邪魔を嫌い、なんでもご自分でなさいますので、私たちの仕事は、ほとんどございません。それに、慣れている者ですら、あの、情緒纏綿たるご様子をきいたら……」
左近は思わず口笛を吹いた。
「絶対、声とか出さないって約束する。俺は三成様の左なんだぜ? 不寝番、一緒にさせてよ、頼むよー!」
あまりに軽いその様子に、小姓たちはため息をついた。
「三成様にお命を賭けるのは、左近様のご自由ですが、少しでも邪魔をなさったら、斬られても文句はいえないと、覚悟を決めてから控えていてください。くれぐれも、よろしくお願いいたします」


小姓らの話は、大げさではなかった。
左近は、喉を鳴らさないようにするので、精一杯だった。
ふすま越しに聞こえてくる、乱れた息と、甘くかすれた声。
三成がどんなに優しく、そしてどんなに丁寧に吉継に触れているのか、はっきりわかる。
「ああ、みつなりぃ……われ、もう……んん……」
「いいか、刑部?」
「ヨイ、よいから、そろそろ」
三成の、やや高い声も、普段と違う熱を帯びている。
「そうか。ここはもう痛まないか」
「ヘイキよ。むしろ、ぬしの掌の熱さが、心地よい」
「痕になってしまったな」
「病に爛れた身よ、この程度の傷など、今さら何でもないわ」
「だめだ。貴様のかわりはいない。大事をとれ」
「あい、わかった、だから、ぬしのを」
「達きたいのだな。なら」
「ああ、そんな、指では足りぬぅ」
「貴様のいいところは、ここだろう? いいだろう、どうだ」
「そこは、ああっ」
「大丈夫だ、前もしてやる」
「や、いやよ、ぬしの口を汚しとうない」
「別に汚れなどしない」
「そうではない、われ、まだ、ぬしの口を吸いたいのよ」
「なら、こうか。これでいいか」
「あ、や、みつなり、われ、ぬしのがぁ」
「湯殿に行けば、そこでまた体力を使うだろう。私は貴様をよくしたいだけなのだ。今宵はこれで、我慢しておけ」
「ああっ……うっ!」
濡れた音と吉継の切なげな悲鳴が、左近の股間を直撃した。
《やべっ。三成様、閨でも凄腕だ》
大の男が、こんな風に懇願するとは、そうとうの技巧をこらしているはずだ。
吉継も、中に欲しいだの、くちづけが欲しいだの、可愛らしいにもほどがある。
これは夢中になるわけだ。
「みつなり……ぬし、ひどい……」
その声は、すすり泣きに近かった。
「よく、なかったか?」
「指だけで、われをこんなにして……いったい、なんの罰よ」
「罰ではない。ただ、もう、単騎で出るな。私と貴様は、常に一緒でなければ」
「いつも、そういうわけには、いかぬであろ」
「どうやらまだ、満足していないらしいな。仕方ない、口でする。貴様の甘露をよこせ」
「や、あ、やあああっ!」
吉継が再び達する声と共に、左近も下帯を濡らしていた。
後始末を終えた三成が寝所を出て、その場を遠く離れるまで動けず、それまで無言で、身もだえているしかなかった。
《やっぱ、すげーわ、三成様……》


ところが。
三成の機嫌は、その日を境に、日に日に悪くなっていった。
どうやらあれから、吉継が触れさせてくれなくなったらしい。
《アレって、やりすぎだったんじゃね?》
小姓が聞き耳を立てているところで、散々泣かされたのだ、きっと吉継の矜持は、いたく傷ついたに違いない。
だが、夫婦同然だというのに、それぐらいのことで機嫌を損ねるのも妙な話だ。
三成の小姓も美形揃いだが、本当に吉継一筋なので、誰ひとりとして手がついてないという。
そうまで仲むつまじいというのに、今さら、そんなことで?
とにかく左近は、吉継と直に話がしてみたいと思った。
「吉とでるか、凶とでるか。ま、ご挨拶、と参りましょうか」


話にきいてはいたものの、大谷吉継のいくさ装束姿は、左近の予想をこえた異形だった。
庭で鍛錬しているというので、遠くからそっと、様子をうかがってみたのだが。
《うわー、ホントに浮いてら……あれ、上から吊ってんじゃ、ないんだよな》
板輿というのは本来、人が担ぐものだ。
病人や怪我人、長く歩けない者のためにあるのだ。
軍師として采配をふるう際は、いくさばを見渡すために乗るのである。
それが宙に、軽々と浮いている。
その上に、背筋を伸ばして結跏趺坐で座っている武将の姿は、たしかに鬼神といえた。
全身を包帯で覆い、あばらの模様を刻んだ緋色の胸当てをつけている。
その周囲を、子どもの頭ほどもある数珠が八つ、グルグルとめぐっている。あれを使って摩訶不思議な方術を行うらしい。空に穴をあけることすら、できるという。
修験者の怪しい術については、左近もいろいろ聞いてきたが、実際に目の前にすると、やはり驚く。病の身で、どれだけ厳しい修行を積んだのか。人に余る力を、もとから持っていたのだろうか。
吉継はしばらく、空中で数珠をもてあそび、落ちる木の葉と戯れていたが、遠巻きにしていた左近に、ようやく声をかけた。
「やれ、そこの若いの、何をじっと見ている。腕のなまったわれの、相手をしてくれるとでもいうのか」
「あー、えっと、そのー、はじめましての、ご挨拶に……」
吉継の輿が、ぐっと高度をさげた。左近にすっと近づいて、
「やれ、ぬしが島清興か。三成がひろってきた男よな」
《ひょえええ、俺の昔の名前まで知ってんのか。さすが豊臣の軍師》
動揺を押し隠し、左近はむりやり笑顔をつくった。
「はい、はじめまして、刑部さん。豊臣の左腕に近しい、島左近、と申します。どうぞよろしく、お見知りおきのほどを」
「刑部さん、ときたか」
じっと左近の顔をのぞきこみ、
「なるほど、美形好みの三成らしい趣味よな。して、ぬし、われの相手ができるか」
「手合わせって、ことっすか」
左近も、吉継の顔をじっと見つめた。
《これが、三成様と相愛の、大谷刑部吉継……》
顔まで覆い尽くした包帯と物々しい麺頬のせいで、第一印象は恐ろしいが、こうして近くで見ると、端正な顔立ちがよくわかる。病のせいで濁ってしまってはいるが、潤みがちな両の瞳は、ぱっちりと大きい。鼻筋もとおっている。口唇の線の甘さときたら、思わず吸いつきたくなるほどだ。それに、引き締まった上半身の動きの、優美なこと。
病で皮膚が崩れる前は、そうとうの美形だったに違いない。
三成とつきあい出した頃は、それこそ輝くばかりの二人だったのだろう。
よく見れば、兜代わりに頭部を覆う白頭巾もふっくらと丸みを帯び、吉継の家紋を示す、大きな蝶の飾りが、可愛らしさを添えている。
左近は吉継の瞳を見つめたまま、うなずいた。
「俺なんかで、つとまるもんか、わかりませんけど、どうぞ、お手やわらかに……」


「ひゃー。ホンットーに強いっすねー、刑部さん」
見慣れぬ武器の動きに、左近はすっかり翻弄されていた。
ただ、じゅうぶん手加減されているのも、感じていた。
くぐってきた修羅場の、数の差だろう。
自分も相当のいくさばを経験してきたつもりでいたが、覚悟の差を思い知らされる。
息を切らしている左近を、吉継は笑った。
「ヒヒ、ぬし、その程度で、三成の左腕を名乗る気か」
「まーだ名乗らせてもらえないんスよ。貴様が腕などおこがましいって。だから、左近って」
「まあ、そうであろうなァ。なに、いずれはぬしも、そこそこの者になろ。今は三成の使いしか、できずともな」
左近は仰天した。
「えっ、そりゃあ違います、俺が勝手に来たんです。刑部さんと、話がしてみたくて」
「さようか。そういうことに、しておいてもよいが」
皮肉な笑みを見てとると、左近は真顔になった。
今、誤解されては、いろいろと困る。
「あの、俺、豊臣のこと、ちゃんと訊ける人がいなくて、困ってて……秀吉様とか、半兵衛様とか、マジ雲の上の人で、話をきくどころか、会うことすらできないんで。だから今日は、三成様が一番信頼してる人に、いろいろ教えてもらいたくて、来たんス」
本音を正直に打ち明けると、ふむ、と吉継はうなずいた。
「ならば、われの部屋で、少し休むか」
「え、いいんすか、やーりぃー!」
「その前に、そのひどい汗をぬぐっておけ」
「あっ、すみません」
駆け寄ってきた吉継の小姓から手巾を渡されて、左近は恐縮した。
「われの湯屋があちらにあるゆえ、一風呂浴びてきてもよいぞ」
「え、刑部さんと入ってもいいんすか」
吉継は丸い目を、さらに丸くした。
初対面の、しかも業病持ちと、風呂に入りたいというのか、とその顔に書いてある。
その口元は、微苦笑に歪んだ。
「ぬしは一人ですませてこよ。われはこの程度のことで、汗などかかぬわ」


すでにあたりは薄暗くなっていた。
一風呂あびて、着替えをし、さっぱりとした顔で吉継の私室に戻ってくると、そこには二人ぶん、冷酒と簡単な肴の準備ができていた。
「なんか、押しかけてきて、こんなにしてもらっちゃって、申し訳ないっす」
「よいよい、三成と違って、ぬしはなかなか、いける口であろ」
「そんなことまで、知られちゃってんですか」
「なに、酒と賭博にうつつをぬかす男を、よく、あの三成が雇うたと思うてな」
左近は頭をかいた。
「それ言われちゃうと、厳しいっすねー。手すさびはやめろって、よく叱られてます」
「ならばそれだけ、気に入られたということよ。まあ、膝を崩して、すこし飲め」
「じゃ、遠慮なく、いただきます」
左近は最初の盃をあけた。吉継も盃を口に運びながら、
「さてと。ぬしは、なにゆえ豊臣の門を叩こうと思った」
「豊臣の門っつーか……ちょっとこれまで、いろいろありまして、一度ぜんぶチャラにしたいと。そんな時、三成様の噂を聞いて、もしかしてこの人なら、俺の迷いを、バッサリ斬ってくれるんじゃないかって」
「はて、三成にそんな、良き噂があったか」
首を傾げる吉継に、左近はうなずいた。
「いやー、なんてーか、最近って、なんとか王とか自分で名乗っちゃうの、流行りじゃないすか。で、三成様って、凶王って呼ばれてますけど、それは自分でそういったんじゃなくて、周囲がつけたあだ名だっていうから、どんだけ冷酷無比な男なんだろうなって。そういう人に、俺の未来を賭けてみるのも、面白いかなー、と」
「ヒヒ、ぬしはたいそう妙な男よ。そんな主が欲しいとは、若気の至りにもほどがあろ」
「いや、俺は賭けに勝ちました。三成様は、俺が思ってた以上の人だった。拾ってもらえたのは、ほんと、夢みたいで」
「さよか。では、われはぬしに、三成の話をききたい、というわけか」
「あー、それもあるんすけど……豊臣軍の、基本構成を知りたいんす。正直、今の俺の腕前じゃ、三成様にかなわないんで。先陣切らせてもらえるのは、ほんと、嬉しいんすけど、背後のことも、やっぱ、まるっと知っときたいじゃないすか」
「なるほど、道理よな」
吉継はもう一口、酒を含むと、手近の紙を筆を引き寄せて、サラサラと図を書き始めた。
「まあ、さほど難しいことはない。豊臣は新興勢力で、その組織も盤石ではない。ゆえに賢人は、三頭政治ということを考えておるようよ」
「賢人?」
「太閤の右腕よ」
「あ、半兵衛様のことっすか」
そういえば竹中半兵衛は、沈黙の賢人という二つ名の持ち主だときいた記憶がある。
太閤といえば秀吉のことのはずで、そんなことも知らずに豊臣について尋ねるな、ということなのだろうか、と左近は思う。
「太閤を軸にし、その右に智を補う軍師をたて、左には武を補う武将を置く、そうして三人で行うまつりごとを行いたい、と考えておるらしい。つまり、現在の右は賢人、そして左は、三成よ」
左近は身体が震えるのを感じた。
三成が豊臣軍の中で、もっともその力を重んじられている武将なのだということを、あらためて自覚したからだ。
そして、その人のそばに、自分が居る。
「さらに、嗣子のいない太閤に、豊臣は今後も三人でまつりごとを行うことを提案しておるという。太閤の後継として、三成を考えているというから、その右はおそらく、われであろ。そして、その左に……」
筆をとめて、左近を見つめる。
「ええっ、俺ぇ?」
「ヒヒッ、なりたかったのであろ? ぬしがなれると、まだ決まったわけではないがな」
左近は本気で驚いた。
豊臣は大所帯だときいていたし、実際の兵数もかなりのものなので、若輩者の自分に順番が回ってくるとはとても思えかったが、吉継の態度からして、それは非現実的な話ではなさそうだった。
「せいぜい精進するがよかろ。あれが先陣をまかせるというなら、ぬしは期待されておるのよ」
「ほんとっすか」
「約束できぬことを、口にする男ではないゆえな」
「そっか。三成様、俺のこと、そんなに買ってくれてたんだ……」
嬉しげな左近の様子に、吉継はあきれ声を出した。
「豊臣のために命を捧げよと、本気でいう男よ。ぬしはそれでよいのか」
「俺の命、好きにはってくださいよって、お願いしたのは俺の方なんで」
「やれ、あの三成の、どこがそんなに気に入ったものやら」
左近は次の盃をあけ、それからズッと膝を進めた。
「そういう刑部さんは、三成様のこと、どう思ってんすか」
吉継は低く笑った。
「三成は三成よ。それ以外の何者でもない」
「いやー、そういうんじゃなくて」
「融通のきかぬ男よ。真面目といえば、聞こえはいいがな。何かに夢中になると、他が見えなくなる。それでは人の上には立てぬというに」
「でも、太閤の後継だって」
「補う者があれば、の話よ。三成の隣におれる者は少なかろ。われも病身よ、そういつまでも、おられぬわ」
「そんな」
だが、竹中半兵衛も、胸の病を患っているという噂だ。
だから、若くして後継者問題など考えなければならないのだろう。
そしてそれは、石田三成も同じ事。
「あー。刑部さんてホント、三成様のことが、好きなんすね」
本当はずっと、そばにいたい。いつまでも三成を支えたい。心から病がうらめしい。
吉継のいっていることは、そういうことではないのか。
だが、本人はさらりと、こう続けた。
「ただの腐れ縁よ。好きとか嫌いとか、そういう仲ではないわ」
「でも、三成様と、その」
三成の愛撫に震え、可憐に甘える様子を聞いてしまった身としては、吉継の物言いは、とぼけているようにしか思われない。
「なに、無理にいわずとも知っておる。盗み聞きしておったのであろ」
ひいっと肩をすぼめる左近に、吉継はぐっと身を近づけて、ニッと笑った。
「われはな、なんの穢れも知らぬようなあの男が、われの中でみっともなく果てるのが、面白いのよ。ただ、それだけよ」


「はー」
吉継の部屋から帰った翌日、左近は大きなため息ばかりついていた。
聞かされた話の数々を、消化しきれないでいたのである。
なんど賽を投げても、いい目はでない。
こういう時は、ヘタに動かないに限る。
のだが。
三成が珍しく居室で仕事をしているらしいので、思い切って声をかけにいった。
「あのー、三成様?」
「なんだ。どうした、左近」
周囲をさっと取り片付けると、三成は左近に向き直った。
あいかわらず、不機嫌そうな顔つきだ。
正直、後ろを向いたまま聞き流してもらいたかった、と思いつつ、左近は口を開いた。
「三成様が思ってるより、刑部さん、三成様のこと、好きっすよ?」
その瞬間、三成は激昂した。
「そんなことは、わかっている!」
怒声と共にはじき飛ばされて、左近はへたりこんだ。
「刑部は、刑部はっ!」
ようやく顔をあげると、三成は鬼の形相で、
「どれだけ刑部が、私のことを……だからこそ!」
そこから先は、興奮で言葉にならないようだった。
好きだからこそ、相手も自分を思ってくれているからこそ、ままならぬ時もある。
ただ抱き寄せれば、何もかも通じ合うわけではない。
左近は咳き込み、胸を押さえて、声を振り絞った。
「すみません、三成様。俺、さしでがましいこと、いって……」
そのまま、気を失ってしまった。


それから数日が過ぎた頃。
三成は丁重に追い返されるというのに、左近が、しげしげと吉継の私室を訪れているという噂がたった。
三成は、どうしても信じられなかった。
左近のような軽い男を、吉継が可愛がるとも思えなかったが、先日、妙なことを口走っていたこともあり、どうしても気になる。
小姓にいいふくめて、なんとか押し通ると、隣室でこっそり、中の様子をうかがった。
「ふあっ」
左近が妙な声をあげた。
「刑部さん、こんなとこ、三成様に見られたら、俺、殺されちゃいません?」
「そうよな、あれは悋気のひどい男ゆえなァ。ぬしの柔肌を、われが楽しんでいるなどと知ったら、いったい何をしでかすか」
「や、ほんと俺、死んじゃいますよ。まずいっすよ。あっ、刑部さん、そんなとこまで」
もう、三成は我慢できなかった。
襖を勢いよく開けて、二人の前に躍り出る。
「うわっ、三成様!」
「ぬしは、来るなと言うておいたに」
左近は半裸だった。その肌を吉継の掌が、淫らにさすっている。
「いったい何をしている、刑部!」
吉継は低く笑った。
「ぬしが新入りに、手荒なことをしたというから、気の毒に思うてな。われの傷に使った薬が、まだ残っていたゆえ、手づから施してやろうと、こうして毎晩、呼んでおった」
「私のせいだというのか!」
「そうよ。ぬしのせいよ」
「私の何が気に入らない!」
吉継は、静かに首をふった。
「ぬしは、まったく、わかっておらぬ」
「何をだ」
「われの傷は、もうよいというたであろ。それなのに、ぬしときたら、大事をとれといい、こちらを弄ぶ真似をする。われの不覚をあざ笑っておるとしか、思えぬわ。いくさばに出られぬ武将など死人と同じであろうに、単騎で出るな、などと」
「刑部、違う、私は決して弄んでなど」
膝をついた三成に、吉継はぐっと顔を近づけた。
「……ぬしは、ほんに、わかっておらぬ。われだけがよくなって、どうする。ぬしが気持ちよくならぬのなら、抱かれる意味など、ないのよ」
「刑部」
三成は思わず、吉継を抱きすくめた。
「すまなかった。本当は私も、貴様の中で、いきたいのだ……!」


左近は、あわてて隣室へ這い出していた。
そのまま始まってしまったので、邪魔をしたらそれこそ、殺されかねないからだ。
《すげーや、こりゃあ、誰も割り込むスキマなんてないね》
自分がダシにされたのはわかっている。
吉継に特別扱いされたのが、三成を煽るためだったのも。
ただ、それで二人の仲が深まるのなら、ダシにでもなんにでもなる。
《三成様の機嫌がよくなれば、俺も楽になるし》
あんな風に、三成に愛を囁かれる吉継が、すこし羨ましくもあるのだけれど。
それよりも、なりたいものがあるからだ。
《へへっ、俺、がんばるっす。絶対、三成様の左腕に、なってみせますからね!》
それにしても。
《三成様、夜の方がよっぽど凶王様だよな。マジすげーわ。勉強になります》
こっそり聞き耳をたて続け、三成に「いつまでもそこで何をしている!」と怒鳴りつけられる前に、逃げ出した――。

(2014.2脱稿)

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Written by Narihara Akira
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