『あのひとがわらっているので』


「見つかってよかったけど、問題は、どうして湯川さんが、天藤さんからのプレゼントを盗まれたって嘘をついたか、だと思ったんだけど」
「紅井さんは理由が知りたいの」
「知りたいっていうことは、大洋くんはわかってるんだ、やっぱり」
 大洋くんは目をそらした。私は首をかしげた。
「親に捨てられたなんて知ったら、天藤さんがいやな気持ちになるから、隠そうとしたのかな」
「それもあるだろう」
「他にもあるの」
「いつもなら湯川さんは嘘なんてつかない。素直で優しい。お祝いは心から喜ぶ。誕生日じゃない時にもらったものだって、部屋に飾ったり、いつも身につけてたりしてる。相手の誕生日にも素敵なプレゼントを忘れない。それなのに、どうして天藤さんのペンダントだけ、親が捨ててしまうようなところに置いていたか」
「気にいらなかった?」
「かなり変なアイテムでも、部屋の一番いい場所に飾ってたのに?」
「天藤さんがきらい?」
「その反対じゃないかな」
「どういうこと?」
「湯川さんは幼なじみの天藤さんの誕生日を忘れない。天藤さんは喜んで《来年の湯川さんの誕生日には、絶対素敵なプレゼントを贈るね》って毎年言ってる。だけど、湯川さんは今まで一度ももらったことがなかった」
「だったら、やっともらえて、うれしかったんじゃないの」
「誕生日じゃない日に?」
「あ、そうか!」
「そんなことを言われてなければ、湯川さんは普通に喜んだと思うよ。たとえ誕生日の三週間前だったとしても。でも、天藤さんは湯川さんにプレゼントを贈るどころか、誕生日を覚えておく気すらなかったんだ。湯川さんは悲しかった。だから身につけたり飾ったりする気になれなくて、玄関に包み紙ごと置きっぱなしにしてたんだ」
「それは天藤さんには言えないね。でも、どうしてわかったの」
「紅井さんも、佳作をとった湯川さんの詩をみたよね」
大洋くんに言われて思い出した。
《あのひとがわらっているので さみしい》
難しい詩だと思ったけど、今なら《あのひと》が誰だかわかる。
「そっか。友達同士でも、同じように思いあってるわけじゃないんだもんね」
「そろそろ天藤さんと距離をおいてもいいんじゃないかと思うけど、それは他人が口をだすことじゃないから」
不思議だ。大洋くんはこんなに人の心がわかるのに、どうして友達が少ないんだろう。どうして説明をはぶいたり、「僕は頭がいいんだよ」なんて、人を遠ざけるようなことを言ってしまうんだろう。私にはこんなに優しいのに。 
大洋くんは私の心を見透かしたみたいで、
「紅井さんも嘘はつけないけど、黙っていることができるから」
「え?」
「だから本当のことを話す。それだけのことだよ」

*     *     *

「大洋くん、やっぱりいいなあ」
『少年探偵ブルー』の三巻め、最終話の「友情片思い」を読み返して、私はため息をついた。お母さんが買ってきた子ども向けミステリで、主人公はブルーこと、蒼井大洋。唯一の友達の紅井月子が語り手だ。大洋くんは私と同じ小学生だけど、すごく頭がいい。太い黒縁の眼鏡をかけて、長い黒髪を颯爽となびかせて、日常の謎を解決する。決め台詞の「僕は頭がいいんだよ」もかっこいい。余計なことをいう外野を黙らせて、依頼人がそれ以上傷つかないようにする。優しい。
お母さんはミステリが好きだけど、今まで買ってくれたことがなかった。なのにこれは「紫乃が好きそうだと思って」といって最初の巻から順番に買ってきてくれた。面白くて何度も読み返している。人気があるのもわかる。アニメになるのも嬉しい。自分の部屋で録画して一人でみられるから。四巻めになる最新刊の表紙はアニメ絵になってて、悪くはないけど、もともとの挿絵の方が好きだから、新作を読む前に前の巻を読み返しちゃった。
「……美咲ちゃん、変な顔をしてたな。悪いことしちゃったな」
最新刊を一刻も早く買いたくて、一緒に帰ろうとする美咲ちゃんを断っちゃった。
しかも、変なことを口走っちゃった。
《好きな人ができたの。だから今日はごめん。さよなら》
なんで、あんないい方、しちゃったんだろう。
いつもだったら、美咲ちゃんに「面白い本を見つけたんだ」って先に言ってたはずだった。だけど私がブルーを大好きなことは、担任の元木先生にしか言ってない。先生に教えたのも、本を抱えて読みながら歩いてたのを見られて、危ないわよって叱られたからで、内緒にしてくれるように頼んだ。先生は笑って、「そうね、美咲さんには言わないわ」って約束してくれた。
《あのひとがわらっているので さみしい》
そういう気持ち、美咲ちゃんも知ってるかな。
私がブルーを好きなのは、本の中の人なら、いくらでも勝手に好きになっていいから、なんだけど――



(2023.2脱稿・ぺらふぇす2023参加作品・「初恋」裏話)




《創作少女小説のページ》へ

copyright 2023
Narihara Akira
http://www5f.biglobe.ne.jp/~Narisama/