『後 悔』


「今宵は湯を使うか、三成?」
「ああ。刑部は先にすませたのか」
「むろんよ。あとでわれの閨に来やれ」
「そうする」
三成は眩しいほどの笑顔で答えた。
このところ、三成の薄い口唇に、ずっと笑みが浮かんでいる。
吉継を腕の中に抱きとると、嬉しげなため息さえつく。
ずっと想っていた相手に受けいれられた喜びに満たされているのだ。
だが。
《ぬしは、われの肌しか、知らぬのであろ?》
そんなに満ち足りてしまってよいのか?
閨での三成は優しい。
あきらかに、吉継の身をいたわりながら抱く。己の熱は二の次であるかのように。
三成は自分のことには実に淡泊な男だ。吉継を欲しいといいながらも、性的な欲望はそう激しくないのかもしれない。我慢しようと思えばできる年齢になっているというのもあるだろう。
だが。
《それでは不憫よ》
誰かと肌を重ねる喜びというのは、もっと奥の深いものだ。
三成は淫らさを好まないかも知れないが、童子のように、肌を寄せあうだけでよしとしてしまうのは、なにか違う。
《手管など、ぬしには教えぬつもりでいたがナァ》
だいたい、三成に練れた手管は似合わない。本人に艶っぽさが足りないので、技巧だけ学んだところで、活かせぬだろうとも思う。それに当然、学べば試そうとするはずだ。つまり「閨でこうして欲しい」とねだるのと同じことで、そう考えるとやはり恥ずかしく、細かに教えるのはためらわれる。
だが、それでも三成に、もうすこし大人らしい喜びを学ばせたい。
いずれ自分は、この世から屑星のごとく消え失せる。いずれは残して逝かねばならぬ。いつともしれぬその時に、清らな友、清潔な保護者としての思い出しか残らないのでは、さすがに切ない。
いくら三成が無欲でも、愛しい者に触れられる喜びぐらい、味わってもよかろう。
飲みこみは早いほうだ、一度教えれば忘れまい。
それが肉の喜びとしては淡くとも、幾度かは熱い肌を慰めることができよう。
教えることで、三成が性的に飢え乾くようになり、他の誰かを抱く日がくるようになったとしても、それはそれで構わない。なぜならその時、三成は必ず、吉継のささやかな手業を思い出すだろうからだ。
どんな形でも、三成の中にとどまりたい。少しでも忘れられたくない。
そう思いながら、吉継は己が身に、包帯をきっちり巻き直す。
《よいなァ、三成? ぬしがつらくなるようなことは、せぬゆえな?》

今宵の月明かりは、あわかった。
「来たぞ」
枕元の灯明が、湯上がりの三成をほんのり照らす。吉継の前に膝をつき、期待に満ちた瞳を向けてくる。
「三成よ」
「なんだ」
白い頬が眩しく、吉継は思わず目をそらしながら、
「今宵はわれから触れてもよいか」
「刑部が?」
「ぬしが学びたいといっておったゆえ、実地に手管を教えたい」
「いいのか」
吉継はうなずいた。
「これから無粋なことをいうが、よくききやれ」
「ああ」
「ここは奥ゆえ、声はこらえずともよい。いくらでも出せばよい。そのかわり、厭なら厭とはっきりいいやれ。ぬしが厭がることはせぬ。傷つけるようなこともせぬから、安心しやれ」
わざわざ言い含めたのは、今の三成に、色っぽい声で誘ったり、可愛らしく拒んで相手をそそるなどという細かい芸を、期待できないと思ったからだ。こちらが興ざめすることになっても、正直に反応された方がましだ。三成をよくしたいのだから。
「わかった。刑部にまかせる」
すっきりとした顔でうなずく。
「よいのか三成? なにをされるか、わかっておらぬであろ」
三成は首をかしげ、
「貴様を疑う理由があるか」
「ぬしにも嘘をついたであろ」
「嘘などつかれた憶えはない。刑部はいつも、私のために動いていたろう。ついたとしても、すべて私を思ってのことだ。疑う必要など、まったくない」
吉継は小さくため息をついた。
こうまで信頼されて、無茶ができるわけもない。
「そうよな三成。ぬしのためにするゆえな、ゆるり、身をまかせるがよい」

「ん……」
そっと口を吸っただけで、三成の身体は緩んだ。
しとねに横たえると、とろりと潤んだ瞳で見上げられる。
「ぎょうぶ?」
小さく問いかける三成に、素直になついてきた佐吉の愛らしい姿が重なって、吉継の掌は次の動作をためらった。
「こうして触れると、ほんに熱い肌よの」
この痩せ方と白い肌からは想像もつかないほど、三成の身体は熱い。
ほとんど脂肪に覆われていないために、体内の熱がそのまま伝わってくるのだ。男ならではの熱である。
「知っていたろう?」
三成は不思議そうに吉継を見つめる。
吉継は頬を熱くした。
求められると、この肌の熱さがたまらないのだ。抱きしめられると、すっかり力が抜けてしまいそうなほど、良い。
淫らな手管など、この男には、やはり、必要ない――。
すると三成はすい、と腕をのばした。
「焦らすのもいいが、口を吸うところから教えろ。私も刑部をよくしたいのだ」
吉継の顔を引き寄せようとする。
「三成よ」
包帯をまいた指が、三成の頬を撫でる。
「ゆっくり触れて焦らすのも、大事なことゆえな……?」
そう囁きながら、三成の目蓋に口唇を落とした。

どれだけ三成に信頼されているか、わかっているつもりだった。
それでも、全身をすっかり委ねて平気なほどとは思っていなかった。
吉継の指が、舌が、口唇が、三成の首筋を、肩を、胸を、ゆっくりと蕩かしていく。
胸を吸われ、いじられて、三成は甘い吐息で応えた。
「よいか、三成」
「ああ」
こたえる声もかすれている。淫らとはいいがたいが、そそられる。
吉継はゆるゆると下半身へむかい、脇から三成のてっぺんに口づけた。
低い呻きがもれ、腰が動く。
「ぎょう……」
口を硬くむすんで、三成は喉の底に、相手の名を抑えこんでしまった。
「どうした、三成」
立ち上がってきたものを、指での愛撫に切り替える。赤い舌は脇腹をつたって、胸から首筋をはい上がる。
三成は首をふった。
「なんでもない」
「よくて、たまらぬか」
三成は太い息を吐いた。
「自分でわからないのか。貴様のすることに、間違いがあるか」
その言葉どおり、三成のものは、芯がとおったように硬くなっている。
「それでは、もちと、よくしてやるゆえな」
吉継は三成の脚をひらかせると、縮めた己の身を間に入れる。指での愛撫を続けながら、腿のあたりに口唇を這わせて、さらに焦らしてみた。
もう三成は限界が近いらしく、
「刑部、私は……私の……」
「ヒヒ、そろそろ辛いか」
吉継は三成自身を丁寧に裏から湿らせ、そしてようやく、先端を再び口に含む。
「ああっ」
そのまま達きそうになる三成の根元を押さえ、深くのみこむと、吉継は口をすぼめた。
言葉にならない悲鳴をあげて、三成は身悶えた。
こらえきれなくなって、ついに樹液が噴きだす。吉継は喉を鳴らした。
だが、いちど達っても、三成のものは萎えなかった。
「凶王様は、まだまだ満足せぬような」
三成は涙まじりの声で、
「貴様の仕方がよすぎるのだ……!」
「さようか。では、あらためて馳走になろ」
吉継はしずかに三成をまたいだ。
足の不自由さゆえ、この体勢ではよく動けないのだが、されるままに達した三成があまりに愛らしく、男の本能をそそられていた。むろん三成を犯すわけでなく、受け容れるのだが、それでも上にいたかった。
濡れた三成のものに手をそえて、そっと己にあてがい、ゆっくり腰をおろしてゆく。
「みつな……り……」
熱い肉を体内に感じて、吉継は満足のため息をついた。
愛おしい。
愛おしくてたまらぬ。
こんなによいと思わなんだ、もっと早くに求めるのだった。
三成はけっして拒まなかったはず。
「刑部、だめだ」
かすれ声で呼びながら、三成はむりやり上半身を起こそうとする。
「やれ、どうした」
「もう我慢できない。貴様をむさぼりたい」
「ならばぬしの好きにしやれ」
ついに淫らな三成が見られる。我を忘れて腰をゆらす三成が。
吉継が重心をずらして、体勢をかえるのを手伝うと、つながったまま三成はのしかかってきた。
「あとで私が、湯屋へつれてゆく、から……」
「余計なことを考えずとも、たっぷり濡らしやれ。われもぬしがほしいのよ」
余裕をもって返事をしたつもりが、吉継は己の声もかすれているのに気づいた。
「ほしいか」
三成の身体が震えた。
二度目の絶頂が近いからでなく、今の吉継の言葉に反応してのことらしい。
「もう、こらえるのも無理であろ?」
目を細めて見つめ返すと、三成はうなずいた。
「ああ、止められない」
吉継の脚を抱えて深く入り込むと、そのまま激しく突き始めて――。

汚れたものを片づけ、湯屋で互いをざっと清めてから、二人は閨へ戻ってきた。
布団に並んで入りながら、三成は吉継の耳元に口を寄せた。
「いやと思うことなど、ひとつもなかった」
吉継は低く笑った。
「ヤレ、お誉めにあずかり、恐縮よな」
「刑部はよかったのか」
「きまっておろ」
する前に包帯をまきなおしたのは、今夜は己が身をよごす気などなかったからだ。完全に主導権を握って、三成を味わずに終わろうと思っていた。しかし、わずかな愛撫にも瞳を潤ませ、愛される喜びに震え、声を殺して堪える三成を見たら理性がとんだ。つまり三成も待っていたのだ。淫らなことなど教えたくないと思ったことすら、忘れてしまった。
「あまりによすぎて、この身がぬしから離れぬわ」
三成は満足げに、吉継の身体を抱き寄せた。
「それは私の台詞だ。貴様と同じにできるようになるのに、しばらくかかるだろう」
「よいよい三成。ぬしはもともと、上手ゆえなァ」
「そこはあまり甘やかすな」
そういいながら、三成は吉継の胸元に頬を押しつける。
「だが、よかった。こんなに刑部に……される、なんて……」
今さら照れているようだ。吉継は銀いろの髪を撫でながら、
「ならば、時々してやるゆえな」
「ああ。ゆっくりでいい、教えてくれ……」
そう呟くと、三成はがんぜない子どものように眠りに落ちた。
吉継はその寝息をききながら、暗い天井を仰いだ。
呟きは彼の口唇をもれなかった。
《そうよな三成。もし、われの身に、それだけの刻が、残されているなら……》

(2011.8脱稿)

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Written by Narihara Akira
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