『蜜の味』


月の明るい夜には、三成が吉継の肌に膏薬を塗る。
すべて終わって互いに身を清めおえ、あとは寝るばかりという時になって、三成が塗りたがるのだ。
そういう手当ては昼の方がいいにきまっているのだが、人目に肌をさらすのが好きでない吉継は、三成に熱心に請われると、つい、ゆるしてしまう。
昔は血の滲む箇所に、刀傷用の金創膏などを用いていたが、今はもっぱら白檀だ。秀吉が交易を積極的にすすめて、手に入りやすくなったからだ。
白檀の粉を求めて清水で煮詰め、椰子油を加えて練って使う。業病を治す効能はなくとも、肌にはよいし、精神的にも癒される。三成の精を肌に受けてピリピリと痛む時も、それを塗ると落ち着く。
しかし、このところ、それを塗る三成の手つきが、いやらしい。
一種の後戯であることは、吉継もわかっているのだが、いったん落ち着いたはずの熱が、下腹からジワジワと全身にひろがってゆくと、また三成が欲しくなって、つい、身じろぎしてしまう。
小姓の頃から肌を重ね、吉継の反応を熟知している三成である。
相手の熱に気づくと、耳もとに口唇を寄せ、歯をあてる。「塗りおえた。どうする?」と甘く囁いてくる。
そんな時、吉継は「寝るだけよ」と答えて寝着を羽織り、前をかき合わせるのが常なのだが、時に前が、はっきり反応してしまっている時がある。
今宵もそうだった。
「寝るだけか。なら、よく眠れるようにしなければな」
三成の掌が吉継の脚の間に滑り込む。そっと握りこまれて、思わず喘いでしまう。すると吉継を布団に横たえ、顔を埋めた。
「ひゃあっ」
三成は細い指を一本だけ滑り込ませ、まだ濡れているところを突く。小さな口で、吉継のてっぺんを吸い上げる。
堪えきれずに達してしまうと、三成は満足げに飲み干し、あとを拭き清めた。
まるで自分からねだってしまったようで恥ずかしく、じっと身を縮めている吉継を、三成はもういちど寝着の上から抱きしめて、
「眠れそうか」
「ぬしはぁ……!」
吉継は怒った声を出す。
「このような病の身を弄ばずとも、ぬしを慕う小姓でも抱いてやればよいに」
「どうした刑部。なんの話だ」
「まさか、われがぬしの色男ぶりを、知らぬとでも思うておるのか?」

先日、吉継が不在のある夜、三成のところのうら若い小姓が、あるじに憧れるあまり、白檀を服にたきしめて閨へ忍びこんだという。
三成は潔癖な男である。吉継のふりをして抱かれようなどとすれば、「よくもこのような戯れを!」と怒りを買い、その場で斬り捨てられるかもしれない。
本人も、覚悟はしていた。
だが、寝具に滑り込んできた少年を、三成はするりと抱きすくめた。
意外なほど力強い抱擁に、小姓が息をのんでいると、三成は目をさまし、
「ああ、すまない。私としたことが、ずいぶんと深く眠り込んでしまったようだ」
三成は小姓の頭を撫でてやりながら、
「私の油断をよく知らせてくれた。だが、もうよい。さがって休め」
「三成様」
声を詰まらせている小姓をおこし、座らせると、三成は優しい声でいいきかせた。
「なにも泣く必要はない、これからもよく仕えよ。豊臣の一員として、その身を大事にするのだ」
「はい、三成様」
静かに諭して帰したので、その小姓はなおいっそう、三成に憧れるようになった。
聞き耳をたてていた他の小姓たちも、三成の紳士ぶりにうたれるものがあったらしく、いっきに噂がひろまった。
そば仕えの者は皆、三成が吉継ひとすじで、他の誰ともしていないのを知っている。三成が夢中になると、どれだけ乱れ、熱烈に愛するかも。
だが、その一途さゆえに、むしろ清々しい関係とさえ思われている。吉継と常に親しくしていても、人目のあるところでは淫らさなどかけらもみせず、朋友としての体裁をつくろっているからだ。
戦場では苛烈な男とよばれ、ふだんは己にも配下にも厳しい。そんな三成の小姓への物柔らかな扱いが珍しく、詳細な噂が吉継の耳にも届くところとなったのである。

「やれ、ぬしのような男が、どこでそんな手慣れた断り方を憶えてきたものやら」
吉継が、声も硬く答えると、三成はすっと身体を離した。
驚いた吉継が三成に向き直ると、膝を揃え、ずいぶんとしょげた風でうつむき、
「紀之介が……」
「われが?」
「昔、紀之介が珍しく、断っているのをみたことがあって、ああ、角の立たない、まことのある断り方とはそうするのか、と……それに、主の私が、子どもの悪戯にいちいち怒るのも、どうかと……」
常にないしおらしさで、吉継はほだされそうになったが、つと顔を背け、
「いつものぬしなら、近寄せもしないであろ。ぬしも気に入りであったから怒らなかったのであろ。われよりずっと、柔らかな身体で、抱き心地もよかったのであろ」
「いや」
三成は首をふった。
「味気なかった」
太い息をついて、
「たいして好きでもないものを片端から食い散らかして、それを威張るものの気持ちが、私にはさっぱりわからない。なにが面白いのだ? たいして良くもないのを、自慢して楽しいのか? みじめなことではないのか」
吉継が、若き日の己の行状を責められた気がして黙っていると、三成は顔をあげた。
「紀之介にゆるされて、最初に触れた夜のことを、今でもはっきりと憶えている。あの夜に味わった喜びをこえるものを、私は知らない。今でも刑部に触れているだけで、心がみたされる。落ち着く。もっと欲しくなる。なのに、なぜ別の者を抱いて、砂を噛むような思いをしなければならないのだ」
吉継もため息をついた。
三成は大人になった今も、初恋の甘さに溺れている。
それは自分がゆるし、あまやかしてきたせいなのだが、その純粋さが正直、いらだたしくも感じられた。
すると三成は、物思う顔で、
「いわれてみると、あの小姓、出会った頃の紀之介に、すこし似ている……瞳の大きな、頬の豊かな小姓で、普段はもっと落ち着いた物腰で……好かれているらしいのは知っていたが、まさかあんな大胆なことをするとは、思わなかったのだ……」
「やれ、もうよい三成」
吉継もわかっている。
面差しがわずかに似ているだけで小姓に好感をもったなどというのは、普通の男なら言い訳だが、三成の場合は大真面目なのである。
三成にとって、吉継はすべてだ。ともに戦う朋友であり、優しく受け入れてくれる恋人であり、いやむしろ、幼子にとっての全能の親に近いのかもしれない。
「刑部」
「もうよい、というたであろ。くだらぬ悋気と笑えばよいわ」
「笑うものか。ただ」
三成は膝をすすめて、
「もしかして、私が薬を塗るのがいやか」
「ほんに厭ならさせぬ。だが、われもこの身を休めたいのよ」
「すまない。かげんする」
二人は寝着を整え、並んで布団にはいりなおした。
三成は、吉継に静かに身を近づけ、
「刑部」
「ぬしも、いいかげん休みやれ」
吉継が背を向けると、三成は声を低くし、
「刑部は、蜂蜜というのを知っているか」
「蜂の集めた蜜であろ。花の蜜より甘いという」
「肌にいいときいた。たぶん、白檀よりも」
「ばかをいうな。どれだけ値すると思うておる」
戦国の世では、まだ蜂蜜はあまりつくられておらず、それこそ値千金もする。たしかに薬と呼べるほど滋養のあるものだが、食用ならいざしらず、肌に塗るなどとんでもない話だ。
「ああ、そうだな。塗らなくても、貴様の肌は甘い」
「三成」
吉継は、三成の胸に身を預けた。
「そんなに欲しいのなら、わればかりにほどこさず、ぬしもすればよいであろ」
三成は、嬉しげに吉継を抱き寄せながらも、
「休め、といったのは貴様だろう」
「ぬしは何がしたいのよ」
「夜があけるまで、このままでいたい」
ほっそりした見かけからは想像もつかぬほど、筋肉のしっかりついた腕と胸に抱きしめられて、吉継は小さく喘いだ。この抱擁の甘さを自分以外の誰かが知ってしまったかと思うと、泣きたいような気持ちになった。
「あい、わかった。その方が、ぬしがよう眠れるというなら……」
「ああ。抜いたから、貴様もよく眠れるだろう?」
「だから、ぬしはぁ……!」
すこしだけ甘えてみようかと思っていた矢先に、なんと無粋な男よ、と怒りたくなったが、ほんとうは吉継も、ひとりで眠るのが好きではない。
三成は吉継の背中を撫でながら、
「ほんとうは、毎晩でもこうしていたいのだ。冷たい布団は嫌いだ」
「ならば閨では、もちと睦言も、甘やかにすることよ」
「そうか。難しいが、つとめてみる」
三成は吉継の瞳を見つめ、囁いた。
「離れたくない。せめて朝まで、貴様のぬくもりを味わっていたい」
吉継は目を伏せ、小さくうなずいた。
「あい。われも同じよ……」

(2013.2脱稿)

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Written by Narihara Akira
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