『WELCOME TO MY ROOM 〜ロリコンキャッチャー刹那☆その愛〜』

「あなたという人は、本当に綺麗ですね、刹那」
言われて刹那は、頬を染めた。一糸まとわぬ姿を少佐の目の前にさらしているのが、急に恥ずかしく思えてきたのだ。ベッドではためらいなく服を脱ぎ捨てる彼だが、シャワールームはいかんせん明るすぎた。
前を隠すこともできず戸惑う彼に、ウォンは更に優しい声をかけた。
「髪を洗ってあげましょう。さあ、そこの椅子へ腰掛けて」
洗ってもらうなんて、そんな、と思いつつ、少佐に背を向けることができて刹那はほっとした。これで少し、全身を凝視される恥ずかしさが減る。それに……逞しい少佐の裸身も、眩しくて。
「大仕事をさせてしまいましたからね。あなたの疲れを少しでもねぎらいたいんですよ。いい、というまで目を閉じていて下さい」
「はい」
「口もですよ」
そう言って、ウォンは本当に彼の髪を丁寧に洗い始めた。
刹那は拍子抜けがしたが、すぐに少佐の指の動きに心奪われてしまった。あまりに心地よくて――全身に触れてくる時と同じ愛撫だ。優しく巧みな。
口唇を噛んで声を殺す、刹那。

その夜早く、刹那の部屋に封筒がひとつ滑り込まされていた。
《パティ、それから栞の捕獲、御苦労様でした。疲れたでしょう、刹那。今晩十時に私の部屋へいらっしゃい。ささやかなお祝いをしましょう。――リチャード・ウォン》
刹那は、誇らしい気持ちでいっぱいになった。
初めて少佐の部屋に呼んでもらえた。
軍サイキッカー部隊の中で、刹那は今、ウォンの右腕の地位をほぼ得ていた。少佐に命じることはどんな事でも、エミリオやガデスのように気まぐれを起こすことなく、ちゃんとこなしていたからだ。特殊な超能力、もしくはそれに似た強い力を持つ少女を誘拐し、軍研究所へ連れてくることが、彼の最近の任務だった。本当はたやすい仕事ではなかったのだが、少佐に与えられた能力を最大限活用し、表向きはなんでもないことのように遂行してきた。
ウォンは、少しでも多くの素体を集めようとしていた。使える有能な手駒を増やし、自分の部隊をより強固なものにしようとしていた。刹那はそれが少し、寂しいような、苦しいような気もしていた。より優れた人工サイキッカーが出来たら、俺はお払い箱になるのかもしれない、などと厭な想像をしては打ち消していた。そう簡単に出来るものではないんですよ、それにゆくゆくは、あなたにも更に新しい能力を加えることが出来るかもしれませんしね、というような説明をされているので、それを信じていた。
疑える、訳もない。
こんな風にいたわりの言葉をかけられ、部屋に招かれたりするだけで、こんなに嬉しくてたまらないのだから。
刹那は急いで仕度をし、少佐の部屋へ向かった。
熱いときめきに瞳を輝かせて。

ウォンは、時間通りにやってきた刹那を素早く部屋へ招きいれると、低いテーブルにつかせた。用意してあったらしいワインを取り出し、低くこう耳打ちした。
「最初に乾杯しましょう。それから……ベッドへ」
「少佐」
そう囁かれただけで、胸が鳴る。
ウォンは面白そうに刹那の頬のあたりを眺めていたが、きれいに磨かれたグラスを持ち出して、深紅のワインをゆっくりと注いだ。
育ちがいいとはいいかね、また社交にも慣れていない刹那は、ボルドーの銘柄までは読めても、それがどの程度のクラスのものかよく判らない。少佐が飲む仕草をまねてそっと口に含むと、極薄の甘口が喉をなめらかに滑り落ちていった。美味しい。
「気にいりましたか? 甘いのが厭なら、別のを出しますが」
「いえ、これで……」
刹那はもう一度グラスに口をつけた。
甘いけれど、冴え冴えとつめたい後味――まるで、少佐の口吻のような。
刹那は、身体の火照りを感じ始めていた。
まだ、そんなに杯を重ねていないのに。少佐の昏い瞳に、じっと見つめられているせいだ。なんて親密なひとときなんだろう。少佐。
「もう、酔ってしまったのですか?」
「え」
驚いて刹那がグラスを置くと、ウォンもグラスを置いて、
「アルコールはほどほどにしないと、ベッドでの楽しみがかえって薄くなるものなんですよ。私の言う意味が、わかりますか?」
「……はい」
今晩は酒の力など借りる必要もないほど楽しませてあげますよ、ということなのだろう。ささやかなお祝いというのは本当にそういう意味だったのか、と思うと、刹那はさらに赤くなった。
少佐は柔らかな微笑みを浮かべて立ち上がった。
「軽く、シャワーから始めましょう。……いらっしゃい」

ウォンは刹那の髪を洗い終え、乾いたタオルでよく拭いた。相手のどこが気持ちが良いかを熟知している彼は、念入りに耳とうなじをくすぐる。刹那はその度、軽く身悶えた。このままここで最後までされてしまうのかも、と思うとたまらない気持ちになる。それに、気になっていることが一つある。タオルが離れると、刹那はウォンと向き合った。
「少佐」
「どうしました、刹那?」
「捕まえた、あの二人……遺伝子採集のための素体ですよね。もう、実験はすんだんですか?」
「ええ」
ウォンは薄く微笑んで、
「若い女性にあまりむごい思いをさせては可哀相ですからね。眠らせて、その間にすべてすませましたよ」
その微笑に、刹那は背中がゾクリとするのを感じた。少しためらってから、抱いていた疑問を口にのぼらせる。
「その、もしかして……味見も、したんですか」
「おや、妬いているんですか」
「そういう訳では」
刹那が目を伏せると、ウォンの瞳の底が妖しくひかって、
「二人とも、初めてだったようですよ。特に、片方は神の妃ですからね……気の毒に、今ごろ、泣いているかもしれませんね」
悪い、男。
刹那は言葉を失った。
わかっている、軍サイキッカー研究所がありとあらゆる実験をしてきたのだ、少佐のしていることなど、悪行のうちに入らないだろう。この俺だって、自分で望んだこととはいえ、研究室で散々いじられ、過去も血縁も本名も、すべて捨てさせられたのだ。それに、あの少女達は、この俺がさらってきたのだ。少佐に意見する資格など、ない。
「どうしました?」
「いいえ、別に」
さらに刹那がうつむいてしまったので、ウォンも顔色を改めた。
「焼き餅でないとすると……私が、怖いんですか?」
「それは……」
怖くないといったら、嘘になる。
それでも、そうは言えない。
「怖くなんかありません。そういう話なら、俺も楽しませてもらえば良かったと思っただけです」
精一杯強がって、悪い台詞を吐いてみる。するとウォンは瞳を細めて、
「頼もしいですね、刹那。今晩は、楽しくなりそうです」

きめ細かな泡のたつ石鹸を全身に塗りたくられて、刹那は気が遠くなりかかっていた。抱かれたことは何度もあっても、こんな愛撫をされたことはない。冷たいタイルの壁に寄りかかって立っているのがやっとで、膝もずっと震えたままだ。
ウォンはヌルリ、と手を動かしながら、均整のとれた若い肢体を賛美した。
「綺麗ですよ、刹那……見とれてしまいますね、この腰にかけての線といい……ここも淡い薔薇色で……綺麗です……」
「しょ、少佐……もう」
うぶうぶしい刹那の喘ぎ声に、ウォンはだいぶ満足したらしかった。
「そうですね、そろそろ後ろもきれいにしておきましょうか」
そう囁くと、長い中指を刹那の中に滑り込ませてきた。敏感なところをこすりだす。
「ふ……あ!」
内壁の弱いところを刺激されて、そのまま崩れ落ちそうになる。ウォンはそれを上手に支えて、指の数を増やした。刹那の中心はすでに頭をもたげて、少しでもそこに刺激を受ければ達してしまう状態になっていた。
「もう……駄目……」
「まだですよ。泡をよく洗い流しておかなければ」
ウォンはシャワーのノズルを手にし、指で押し広げた刹那の中にぬるい湯を注ぎ込む。
「……う」
もう爆発してしまう、と思った時、達することが出来ないように根元を掴まれた。苦しくて、苦しくて、刹那はもがいた。
「少佐……お願いです、達かせて……下さい……もう、入れて……」
「欲しいんですね、たまらないんでしょう」
「少佐!」
やっとウォンは愛撫を中断した。刹那の肌をバスタオルでくるむと、シャワールームを出て、そのままベッドへ二人でもつれこんだ。
刹那は、完全に理性を失っていた。
生乾きの身体のままウォンにすがりつく。
「中に……中に、欲しいです」
「もう、我慢できないんですね?」
ウォンは、刹那の腕をはがすと、彼を裏返した。
「少佐……」
潤んだ瞳で振り返る。ウォンはあくまで優しい声で、
「よつんばいになって、腰をあげなさい。そうしたら、今日の御ほうびに、たっぷりねじこんであげますよ」
ねだるポーズをとれ、というのだ。刹那は少しためらったが、言われた通りうつ伏せて、細くくびれたウェストから丸い腰の美しいラインを、少佐の前で反り返らせた。
「そう、もう少し高く……もっと脚を開いて……ああ、よく濡れている。このまま入れても大丈夫ですね」
もう一度指で確かめられて、刹那は低くうめいた。
「は、早く……」
「ふふ」
ついに、熱いくさびが刹那の後ろに押し付けられた。
「ん、あ!」
ズッと深く突き入れられて、刹那は息をつめた。
いつもより大きい。こんな物で一晩中なぶられたら、壊れてしまう。
この人は、昼間二人も処女を犯して、それでもこんなに元気なのか。
刹那は怖くなって、さらに身を堅くした。
しかしウォンは、歯をくいしばった刹那を見て、別のことを思ったらしい。
「どうしても辛かったら、一度達っていいですよ。足りなければ何度でもしてあげます」
「違……」
しかし、返事を待たず、ウォンは激しく刹那を犯し始めた。さっき刺激された場所がもう一度刺激されて、刹那はすぐに我慢がきかなくなった。自分も腰を揺すって、一刻でも早く達しようとした。
「あ……!」
刹那の腹部が、自分の放ったもので濡れた。くいしばっていた筈の口唇の端から涎液が溢れ、流れ落ちて清潔なシーツに染み込んでいく。
しかし、打ち込まれたくさびは、そのまま抜かれたりはしなかった。
「まだ、中で出していませんよ。欲しかったんでしょう?」
「ん、んん」
でも、あんなに締め付けたのに、少しでいいから休ませて欲しい、と思ったが、ウォンは刹那の薔薇色の塔へ手を伸ばし、自分の腰の動きにあわせてしごきはじめた。
「とてもいいですよ、刹那……意識のない小娘なんかより、ずっと……」
「あっ……ん」
そうか、逆だったのか、とようやく刹那は気付いた。昼間二人もして、その興奮がさめていないのだ。だから、今日はこんなに激しくて、しかも意地が悪いのだ。
普段は、本当に優しいのに。
少佐はいつも紳士で、セックスの時も慇懃で丁寧で、それでいて最後まで甘く暖かく包み込んでくれる。最初の晩は、感動して泣き出してしまった程だった。そうか、愛される、というのはこういう行為をさすのか、と納得した。
でも。
実を言うと、刹那は、激しい愛撫を欲していた。いきなり脚を押し開いて、我を忘れてむさぼってくれたら、と思う夜もたびたびあった。めちゃめちゃにされたい、と夢みる日もあった。
確かにこれは、《ごほうび》なのかもしれない。
今日の少佐は燃えている。こんなに燃えて、自分を欲しがってくれている。
肉体的な快楽だけで終始する晩も、悪くない。
「少佐……少佐も一度、出して下さい……抜かなくて、いいですから……たっぷり濡らしてください……その方が……滑りもよくなるし……」
刹那が呟くように言うと、ウォンははっとしたように動きを止めた。
「え?」
濡れたくさびを引き抜かれ、刹那はもう一度仰向けにされた。
「少佐?」
「意地悪を、しすぎましたね。……もう、私なんか、嫌いになったでしょう」
とても悲しそうな、顔。
バックでしていたのは、この表情を見られたくなかったからか、と思うほど。
その時、刹那の胸は、不思議な閃光に打たれた。
ああ、そうなのか。
少佐はとても寂しくて、いつも相手の愛情を確かめずにはいられないひとなのだ。普段は優しい愛撫の中にその欲望を隠しているけれど、本当は常に飢え乾いていて、相手の台詞や反応の中にある甘い泉を絶えず飲み干さないといられないのだ。いかにも悪者らしく振舞って、嫌われてもいいようにしたりしているけれど、でも、本当は愛されたくてたまらないのだ。でも、そんなに寂しがり屋だと相手に知らせてしまうには、さみしい、と相手を抱き寄せるには、少しプライドが高すぎて。
なんだか少佐がひどく可愛らしく思えてきて、刹那はニコリと微笑んでみせた。
「嫌いになんて、なりません。それより、キスして下さい。今夜はまだ、少佐のキスをいただいていませんから」
ウォンの瞳のいろが動いた。さっきまで自分の下で乱れ狂っていた青年に、あらためて魅入られたような表情をしている。
「……わかりました」
その時の口吻は、いつものように軽やかなものではなかった。舌を吸い上げられ、嘗め回されると、刹那は静まりつつあった興奮が一気に燃え上がるのを感じた。思わずしがみつこうとすると、少佐の口唇はつい、と離れ、今度は刹那の胸から腹にとびちっている白いものを丁寧に舌で嘗めとり始めた。
ああ。
もう、我慢できない。
「少佐、入れてください……ひとつに、なりたいんです……欲しい」
「刹那……」
入れはするが、今度はゆっくり、浅いところで動かすウォン。刹那の声はうわずって、
「焦らさないで……少佐……」
「少し我慢した方が、快楽が深くなるんですよ」
「でも……もっと……乱暴に……その方が……」
切なくうめく刹那を見て、やっとウォンは深いところまでズ、と侵入してきた。そして、ぐっと腰をひき、ひねりを加えてまた深く突き刺して。
大きな抜き差しにたまらなくなって、刹那は少佐にすがりついた。
今度は彼も刹那がしがみつくのを邪魔しなかった。刹那の望む乱暴な仕方で、前と後ろを同時に責めたてる。微妙な場所を的確に突いて。
「あ、ああんっ!」
少佐の熱いものが身の内にほとばしるのを感じた瞬間、刹那はもう一度達していた。
だが、ガクン、と力は抜けたものの、刹那は腕をほどかなかった。
「まだ……です……少佐に一晩中、犯されたい……何度も……何度でも……」
気絶するまで責め抜かれたい。あなたの激情に溺れたい。
ウォンは愛しげに刹那の髪を撫で、興奮のさめない声で囁いた。
「せっかく濡らして具合を良くしたんですから、まだ終わりませんよ。うんと、良くしてあげますから……でも、明日の朝は、もう指一本動かせないぐらい、クタクタになりますよ。それでも、いいんですね」
「構いません。めちゃめちゃに……してください」
「そんなことを言って、後悔しますよ、刹那」
「あ、ああ、あっ」
だが、快楽の海に沈みながら、刹那は身の内に新しい力が起こるのを感じていた。
これからは、俺が少佐を守ろう。
俺が愛そう。
せめて俺の前でだけでは、あんな悲しそうな顔をさせちゃいけない。
そのために、俺はもっと強く、そして、何にも動じない男にならなければ。
何度も突き上げられ、揺さぶられて、気を失いかけながら、刹那はウォンを離れなかった。幾度も放ち、全身が痺れて思考が停止しても、それでも少佐を受け止める者は自分しかいないという矜持を最後まで失わず、結んだ腕をほどこうとはしなかった。
ウォンがその激情を注ぎ尽くし、深い眠りに落ちるまで。

翌朝、ウォンは目覚めて、自分の脚の間に顔をうずめている暖かなものに気付いた。
「!」
刹那が、ウォンの中心に舌を這わせ、口に含み、つついて吸い上げるようにしていた。
あんなに激しく愛したのに、まだ足りないのか、とウォンは驚いた。今日は動けないだろうから、一日寝かせておいてやろうと思っていたのに。怖ろしい回復力だ。こんなに淫乱な青年だったろうか。
「ん、ふ」
しかし、刹那の全体的な動きは鈍かった。指や身体を動かす時はいかにも大儀そうで、朝から犯して欲しくて、ウォンを愛撫しているのではなさそうだ。
淡い菫いろの瞳が、限りない忠誠をこめてウォンを見上げる。
「ああ、とても上手ですよ、刹那」
頭を撫でてやり、それからウォンも自分から動いて、刹那の口唇を犯してやる。
「う……ふ」
喉まで深く鋭く突くと、ウォンは自分のものを引きずり出し、外で放った。
「!」
相手の体液を顔にぶちまけられて、刹那はちょっと咳こんだ。
だが。
それをペロリと嘗めて微笑んだ彼の、ゾッとするような美しさ――一つふっきれた表情。魂を悪魔に売り渡して、憂いを忘れた者の顔。どんな悪行にもおびえない豪胆な者に、一晩で生まれ変わってしまったようだった。
「刹那」
ウォンは、愛人の頬に手触れ、優しい瞳で尋ねた。
「私が怖いですか?」
「いいえ。少しも」
「そうでしょうね」
ウォンは刹那を抱き寄せた。本当に嬉しそうに微笑み、その耳元に口づけた。
「すっかり闇に染まりましたね、私の天使――」

(1998.7脱稿/初出・恋人と時限爆弾『L'AMANT/ラマン』1998.12発行)

『HONEY』

1.

薄ら、あかるい。
もうそろそろ起きる時間か、とキースは薄く目蓋を震わせた。
その瞬間、視界がぱっと明るくなった。
自分の顔の上からどいた影があるのだ。おや、と思って目を開けないで待っていると、その影は少しずつまた近づいてくる。
誰の影かは判っている。
朝からぶしつけに僕の寝顔をのぞきこむような輩は、今のところ一人しかいないからだ。
ああ、そんなに息をつめて。
もうとっくに気付いているんだ、いまさら気配を殺そうとしても無駄だ。
「……カルロか」
目を閉じたまま呟くと、ギクリと影が動きを止めた。
キースは静かに瞳を開けて、カルロ・ベルフロンドの顔をじっと見上げた。
「おはよう」
「あ、あの、おはようございます、キース様」
しどろもどろに答える、カルロ。
キースは薄く微笑した。
そんなに動揺しなくてもいいのだ、何もしていないのだから。
寝ている間なら、そっと口吻しても構わないのに。おはようのキスです、ぐらいのことを言って笑ってもいいのに。
いや、カルロにはそれは無理だろう。
あの時、きっぱり拒絶しすぎたのだ。君とそういう関係になりたくない、と言われてしまうと、こういう男はどんなに思い詰めていても、一生こちらに手を出せないだろう。
かといって、なかなか諦められもしないのだ。
気の毒に。
生殺しにしているな、僕は残酷だな、とキースは思った。
そんなに抱きたいなら、抱かせてやらないでもないんだが。特に嫌っている訳ではないから、無理強いされなければ寝てもいいんだが。だが、それではかえってカルロの気持ちを弄ぶことになるだろうし。
キースはすっと身を起こした。
「すぐに仕度をする。着替えるから、この部屋の外で待っていてくれないか」
「……あ、はい、すみません」
カルロは慌てて寝室を出ていった。
キースは小さくため息をついた。
「悪い男では、ないんだがな……」
ふと、身体の中で奇妙にゆらめくものをキースは感じた。
きんいろをした、甘く重たい液体のようなもの――悪い誘惑をしてみたい。いっそカルロを弄んでしまえばいいんだ。その愛情だけをむさぼって、後は冷たくしてやろう。それで彼がもっと夢中になってきたら、さらに知らん顔をしてやる。いつ僕が君を愛しているといった、と嘲笑してやる。うんと意地悪く。相手がたまらなくなって自分を引き裂くか、もしくはすっかり愛情をさましてしまうまで、遊んでやりたい。
キースははっと胸を押さえた。
こんな感情が、自分の中に生まれるなんて。
もしかして僕は、ひどく渇いているのか。
何かを、新しい何かを、求めているのか?

ウォンのことは、もういい、と思っていた。
肉体的にも、精神的にも、常に側にいる必要はない、と。
離れていても、一年以上我慢できたんだし、と。
「君も、もう大丈夫だな? あれでわかって、くれたよな?」

新生ノアの体勢がある程度整ったところを見はからって、キースは単身、秘かにウォンに逢いに軍に向かった。リチャード・ウォンは軍サイキッカー部隊の指令官として、米軍の中で一つの地位を築いていた。だからキースは確かめたかった。ウォンがどうしてノアを離れたのか、その意図は何か、ノアにあくまで敵対しようというのか、そして、自分をまだ愛しているかどうかを。
そして、確かめることができた。ウォンがノアを出て行った理由がただ悪いものでないこと。また、ウォンが自分を忘れかねて深く苦しんでいたことも。
キースは満足した。
抱かれたくて逢いにいったのではない、何よりも彼の気持ちが知りたかった。ウォンの心の中でまだ自分が一番かどうか、一目見るなり抱きしめずにいられないほど飢え渇いているかどうか、実際に逢って確認したかった。
ウォンは変わっていなかった。
僕は、今でも強く愛されていた。
その自信を得て、キースは新生ノアへ戻ってきたのだった。
あえて、軍にウォンを置いたまま。
一緒にいれば、ウォンの気持ちはまた揺れる。離れていれば、純粋な想いだけが募る。僕は愛され続けるだろう。それに、君は悪いことはしないな、としっかり念も押しておいた、もう彼がノアに敵対行動をとることもあるまい。
だから、今はいったん離れておこうと思った。ウォンが自分を忘れないのなら、それでいい。それに、逢おうと思えばいつでも逢える筈だから。
もう、ウォンとは大人の恋愛にしてしまいたいのだ。友情や同志愛のような。二人の間にあるのは、いちいち寝て確かめなければ薄れるような情愛ではない。離れていてもわかりあえる仲の筈だ。逢えばいつでも笑み交わせる筈だ。
そういう二人に、なりたいのだ。
そうでなければ、お互い辛すぎる。
元々僕達は行く道の違う人間だ。やり方の違う人間だ。一緒にやれることが終わったのなら、別々に生きればいい。その方が二人ともよりよく生きられるなら、これは当然の選択だ。
一抹の寂しさはないでもない、それは否定しない。だが、ベタベタと共に暮らすだけが、互いを拘束するだけが愛ではあるまい。
そう考えて、思いきった。

新生ノアの中で仕事を再開した時、キースの中にあるのは充実感だった。心の決着を一つつけて、恋人の心も確認できて、だから新しいことに打ち込もうという気持ちでいっぱいだった。繰り返される人類の愚行にひるむことなく進もう、と。退屈も怠惰の気持ちもすっかり消えて、彼なりに張り切っているつもりだった。
しかし、反対に、心の中に妙な空洞が出来てしまったのも事実だった。
一つの荷物、一つの苦しみをおろしてしまった分の隙き間である。
その虚に、少しずつ溜りはじめたものがあった。
樹液のように、蜜のように、ドロリとした新しい情緒。
以前なら、なんと不潔な、と考えることさえ嫌った妄想。
だが、キースは少しずつ変わりつつあった。
いろんな意味でしなやかに、より強靭になり、そして、悪い意味での成長を、したたかさを覚えた。
そう、思うだけなら、考えるだけなら、罪ではない。
ふふ、カルロはあの時、どんな顔をするんだろう?
いや、意外に、たぶん。そして、きっと。
クスクスと笑いながら、キースは寝着を脱ぎ捨てた。
考えるだけなら、害など何もないのだから。

身支度を整え寝室を出ると、書斎で待っていたカルロがぱっと振り向いた。
「おはようございます。今日もよろしくお願いいたします」
声にも動作にも隙がなかった。
カルロはすでに、理性の仮面をつけおえていた。
清潔で、曇りのない眼差し。
有能な総帥代理、キースの意思の正確な伝達者としての役を自らもって任じ、その誇りに胸を張っている。哀れな恋情を深く身の内に沈めて。
けなげだな、カルロ。
そう思って見直す反面、さっきのおろおろとした様子をもう少し見ていたかったな、とキースは思った。
「では、始めよう。昨日言った資料は、もう揃っているな?」
「はい」
カルロは短く答えて、仕事の準備を始めた。
キースはそれを見ながら、薄く笑った。
さて、今からどうやって口説きおとしてやろう。慌てることはない。カルロの気持ちはそう簡単には静まるまい。それをかきたてるのは、あまり難しくはないだろう。
思うだけなら、罪ではない。
だが、罪とは、つい犯してしまうものでもある。
キースは淡い微笑を浮かべたまま、カルロと同じデスクについた。
彼の中で、きんいろの蜜が生き物のように蠢く。
熱く。
そして……甘く。

2.

そろそろ、夜も更けて。
「ここの区域に住むサイキッカー達には、無理に呼び掛ける必要はないだろう。現時点で政府に目をつけられていないのだから、今までどおり静かに暮らしていてもらった方がいい。それよりも、問題は……」
「ええ、ここですね」
「ああ、そうだ。こんな辺境にまでサイキッカー狩りの手が及んでいるとなると……」
カルロは書面に視線を落としているふりをして、上目づかいにキースを見つめていた。
最近、キース様は優しい。僕の話もきいてくれるし、昔のようにきちんと指示を出してくださるようになった。
良かった。
ほっとする反面、カルロは自分の中の恋情がどうしても抑え難くなっているのに気付く。
何故なんだ。
キース様が新生ノアにいてくだされば、それだけでいい、と思っていた。僕達のしるべになってくだされば、それ以上何もいらないと。
それなのに。
僕は、欲情してしまう。
優しくされると、それだけで期待してしまいそうになるのだ。
恋は理詰めのものでない、という。好きだから欲しくなる、というのは当たり前の感情だ、ともいう。
だが、僕がキース様に抱いているのは尊敬の念だ。
だから、こんな思いは理性で抑えられる筈だ。
「ん、どうした、カルロ?」
「いいえ、なんでもありません」
キースは戸惑うカルロの瞳をじっとのぞきこんで、
「疲れているのか? 今日はもう終わりにするか?」
「あ、いえ、僕は……でも、キース様はお疲れですよね、もうお休みになられますか」
「そうだな。そろそろ寝ようか」
キースの瞳が悪戯っぽくきらめいた。
「……じゃあ、おやすみのキスでも、してくれないか」
「えっ」
聞きまちがいかと思う間もなく、キースの掌がカルロのうなじを引き寄せた。
こつん、と額を押しつけられて、
「教える。仕方を」
あ。
テレパスで、イメージが伝わってくる。
静かな、静かなキス――キース様は、こんな口吻が好きなのか。
額が離れると、キースはうっとりと瞳を閉じた。
待っている。
キース様が待っている。
この口唇に、触れてもいいのか。
本当に?
カルロは、伝えられたイメージ通り、自分の口唇を静かにキースのそれに重ねた。
ほとんど、触れるか触れないかの、淡い口吻。
「ん……」
だが、カルロが顔を離そうとすると、キースの方からそっと吸いついてきた。
柔らかく、滑らかな、その口唇。
どうしよう。
抑えられない。
欲しい。
せめて、抱きしめたい。
そう、今なら、優しく抱き寄せれば、厭がられない、たぶん……。
カルロは、おずおずとキースの背に腕を回した。
「うん、カルロ……」
甘い吐息。
捕らえられても、カルロの腕の中で、じっと体重を預けて。
駄目だ。
身体が熱い。
これ以上、我慢出来ない。
そう思った瞬間、キースはカルロから身を離して、
「カルロ。まだ君は、僕の肌身が欲しいか?」
微妙なニュアンスを含んだ眼差し。
「なんだか、今夜はそんな気分なんだ。もし、君が触れたいというなら……」
そんな、気分。
それは、つまり。
ガーン、と頭を殴られた気がした。
キース様は、本気で言ってらっしゃるのか。
それとも僕を、試しているだけなのか。
するとキースは、カルロの掌をきゅっと握って、
「ただし、僕の好きなやり方でしてくれれば、の話だが」
そう言われた途端、新たなイメージが流れ込んできた。キースが何処をどんな風に触れられるのが好きか、そのすべてがカルロの中に満ちた。
ああ。
駄目だ。
触れたい。
あなたが欲しい。
キース様。
カルロの瞳が恋情の濁流にもまれているのを見届けてから、キースは立ち上がった。
「僕はシャワーを浴びてくる。もし、欲しいなら……ここで少し、待っているんだな」

シャワールームで身体を清めながら、カルロは自分の身の内をかけめぐる血潮をどう抑えたらいいか、そればかりを考えていた。
キース様はさっき、バスローブ一枚の姿で戻ってきて、君も湯を使ってこい、と言った。
その顔は、ごく真面目だった。
本気なのだ。
その時、カルロの思考回路の歯車は、調子を外して恐ろしい勢いでまわりだした。
信じられない。でも、夢ではない。嘘でもない。でもどうして。本当にいいのか。どうしたらいいのか。本当に、今キース様に見せられたイメージ通りにしさえすれば、抱いてしまっていいのか。だが、イメージを見せられただけでもうたまらないのに、あれが本当に僕に出来るのか。僕はからかわれているだけではないのか。でもキース様がそんなことをする筈が。でもそんなことを言ったら、キース様が僕を誘うなんて、そんなことがある筈が。君とはそういう関係になりたくないって、以前あんなにきっぱり言われたのに。
おかしい。変だ。嬉しい。それなのに怖い。どうしていいかが解っているのに、どうしようも出来ない気がする。キース様。僕はどうしたらいいのですか。キース様。
カルロは、シャワーの栓をひねって止めた。
とりあえず身体を拭き、もう一枚用意されていたバスローブを羽織る。
「キース様」
シャワー室の外へ出ると、部屋の照明がもう落ちていた。小さい、オレンジいろの灯火だけが、寝室を淡く照らしている。
はっと足を止めたカルロに、部屋の奥から低い声がかかった。
「おいで、カルロ」
さっきのバスローブ姿で、キースはベッドに横たわり、カルロを手招いていた。
どこか艶めいた、その仕草。
「……さあ」
カルロは心を決めた。
からかわれているのでも、何でも構わない。
欲しい。もう、我慢なんか出来ない。
ゆっくり大股に歩み寄ると、カルロはベッドに腰を降ろし、そして、キースの上にその身を投げ出した。
「あ!」
いきなり乱暴に押し伏せられて、キースが抗議の声を上げると、カルロはそっと身を起こし、それから、キースの口唇をチュ、と軽く吸い上げた。
「ん……」
カルロは口唇を離すと、キースの瞳が甘い情緒に潤んでいるのを確認し、掌をバスローブの胸の上に優しく置いた。うんと軽く、羽毛で撫でているほどの軽さで、それを動かす。胸から腹にかけてを、指を何度も往復させて。
キースは、おとなしく身をまかせている。
掌の下で、胸の突起が堅くなったのを感じた。それを布地越しに柔らかく転がしていくうちに、キースの表情が変わってきた。
それは、怜悧な総帥の顔ではない。
誘惑の罠を仕掛けている、意地悪な大人の顔でもない。
これは、誰かに甘えたくてたまらない――子供の顔。
カルロは泣きたくなった。
すみません、キース様。
知らなかったんです。僕は知らなかったんです。あなたはいつも立派で、一人でも充分生きていかれる大人にしか見えなくて、だから、こんなに寂しい思いをなさっていたなんて知らなかったんです。優しくされたい、包まれたいっていつも強く願っていたなんて思わなかったんです。以前無理に抱きしめた時、あなたに心を閉ざされたのは仕方ないことだったんですね。あなたがベッドでこういういたわりを求めていたなら、厭がられて当たり前だ。
どうしよう。
あなたが愛しい。
どうしよう。

キースは、軽い愛撫に身をまかせているうちに、カルロの眼差しが微妙に変化したのに気付いた。
そこにはもう、おどおどした色も、欲情の濁りもない。
これは、愛しい者を見つめる、大人の瞳だ。
どうしたんだろう。急にそんなに落ち着いてしまって。
あ、声が洩れそうだ。
いま変な声を出すと、必要以上にカルロを煽ってしまう。我慢しなきゃ。
でも。
なんだか変な気分だ。
誘惑したのは僕なのに、この程度のことで、深い情感が湧いてくるなんて。
厭だな、やっぱり僕は、ウォンと離れて寂しいのか。
でも、カルロ、思ったより上手いから……これなら素直に、声を出してもいいかな。
カルロ。
もう、脱がせて。
触って。ぜんぶ。

「キース様」
「ん……もっと……でも、優しく、して……あっ……」
愛しい。
なんて可憐なんだろう。
いとけない幼児のようなイヤイヤ。切なげに細められた瞳。掠れた声。甘い吐息。
ああ、キース様が、こんなに無防備に何もかもさらけ出すなんて。
しかも、僕の腕の中で。
ベッドの上で、僕の掌に、僕の指に、僕の舌に震えとろけて。
たまらない。
「キース様……優しく、しますから……」
カルロはそっと、キースの蕾に指で触れて、
「入りたい……」
キースはゾク、と身を震わせた。ウォンはいつも、ひとつになりたい、と囁いた。入りたい、と囁かれることが、新たな情感を引き出したのだった。
「少し、待て」
キースは腕を伸ばし、枕元にあった何のラベルも貼っていないプラスティックの壜を掴んだ。蓋をあけて、掌にたらたらと中身を垂らす。無色透明のローションだ。少し溜めて肌の熱で暖めるようにし、それからカルロの脚の間に掌を伸ばした。
「濡らすから、動くな」
「あ!」
キースの華奢な指に触れられて、それだけでカルロは達しそうになった。懸命に堪えたが、ローションでたっぷり濡らされて、そこは期待でさらに熱く堅くなった。
キースはペロ、と指先を嘗めると、
「最初は、ゆっくり、な」
そう言って、もう一度仰向けに横たわると身体の力を抜き、それから静かに脚を開いた。

本当に優しいじゃないか。
カルロ。
もう、堪えるのも限界だろうに。
僕も、そろそろ苦しいのに。
きんいろの蜜が、とぷん、と揺れる。
すがりつきたい。カルロにしがみつきたい。
そして、このまま。
駄目だ、ウォンって口走ってしまいそうだ。だって、僕の好きな愛撫は、みんなウォンが僕に教えていったんだから。
いや。大丈夫だ。微妙に違うから。
それに、これも、悪くない。
「カルロ……もう、いいから……そろそろ……」
「キース様……いいんですね?」
とたん、カルロの動きが激しくなった。
そう、それでいい。
僕も、そこが、そう。
ひくくんっ、と跳ねる躰。
カルロの低いうめき声が聴こえて。
ああ……っ!

終わってカルロは、仰向けに身体を投げ出した。
凄く、良かった。
だが、苦しい。息が整わない。
キースもうつ伏せ、短い呼吸を繰り返している。
なんとかやりおおせた、というのが、今のカルロの一番正直な気持ちだった。
いや、キース様が先に愛撫の仕方を一通り教えてくれていなかったら、どうしようもなかったろう。ある意味有難かった。どんな風にされるのが好みかというのは尋ねづらいし語りづらい。だが、教えてもらえないからと自分勝手な愛撫をしたら、嫌われる。
それは厭だ。
相手を好きで、傷つけたくなくて、できれば優しくしたいのに。
「……カルロ」
ふと、キースが顔を上げた。
カルロに這い寄り、その胸に頬をうずめる。
一瞬、息がとまるかと思った。
まだ、欲しいというのか?
だが、おそらく優しく抱きしめて欲しいだけなのだろうと推察して、おそるおそる腕を回す。
「キース様……?」
「悪く、なかった」
胸に響く低い声。
「すまなかったな、我が儘を言って」
「キース様」
「まだ欲しければ、もう、君のやり方でしていい。乱暴にされるのも、実は嫌いじゃないんだ」
「そんな、僕は……」
言いかけて、キースが何を望んでいるのか、カルロは敏感に察知した。
乱暴でもいい、というのは、愛され求められている実感が欲しいから。
君のやり方でいい、などというのは、最初に自分の希望を果してもらったからだ。フィフティ・フィフティにしよう、というのだ。
でも僕は何よりも、あなたが僕に甘えてくれている今が嬉しいんです。
いつでも、あなたが望む愛撫をしたい。
それだけで、こんな風に身を寄せてもらえるなら。信頼してもらえるなら。
「僕は、今晩ずっと、キース様とこのまま抱きあって眠れたら、それだけで嬉しいです」
「カルロ」
キースは一瞬瞳を細めたが、そのままカルロの胸に頬を押し付けて、
「……優等生の答だな。君らしい」

翌朝、カルロがベッドで目を覚ますと、キースはもう着替えまで済ませていた。
いつも通りの立派な総帥の姿。
これが昨晩、自分の胸に甘え乱れていた青年とはどうしても思えず、カルロは何度も目をこすった。
「どうした?」
キースは朗らかに笑った。
「おはようのキスくらい、してくれても構わないぞ」
「キース様!」
冗談だと思った。
だが、キースはベッドに腰を降ろし、身を起こしたカルロの前で目を閉じた。
カルロはそれを軽く抱いて、頬に口唇を押してやる。
「ふ」
キースは、低い含み笑いを洩らした。
彼の身体の中でたゆたっていたきんいろの蜜は、だいぶなくなっていた。まるで、カルロに吸い取られてしまったかのように。だから、キスを求めるのも誘惑の気持ちから出ているというより、むしろ共犯者に対する親愛の情に近かった。
なんだ、落ちたのは自分の方か、と思いながら、悪い気はしない。
「キース様」
身体を離すと、カルロは少しだけ青い瞳を翳らせて、
「あの、……僕で、いいんですか?」
「うん」
何故だ?という顔でキースはカルロを見つめた。
「君で、いいんだ。君はよくやっている。これぐらいの見返りがあってもいいだろう?」
「見返り、ですか?」
ああ、やはり僕はキース様に弄ばれているのだ、と思い、そしてそれの何が悪い、と考えなおした。
カルロの中に、新しい何かが生まれていた。
自信。大人らしい抱擁力。巧みな愛撫。
僕は愛するキース様を、抱いて満足させることも出来るのだ。
それは彼の、新たな誇りとして付け加えられたのだった。
「こんなに素敵な見返りがあるなら、僕はもっと頑張らなければいけませんね」
カルロが笑顔で応えると、キースも微笑した。
「そうだな。期待しよう」
その瞬間、カルロは秘かに決意した。
ノアの資金源のことは、この人には絶対に言うまい。
知られてはいけない。
今は、特に。
この、新しくうまれたきんいろの情感を、ずっと抱き続けるために。
「どうした?」
「いいえ」
カルロは、再びキースを抱き寄せた。
「もう一度だけ、おはようのキスを、させてください」
キースもカルロの背に腕を回し、もたれかかるようにして、
「もう一度だけ、でなくていい。毎朝しても構わない。じっと顔を見つめられているより、キスで起こされた方がいい」
「キース様」
再びベッドに倒れ込んで、クスクスと笑うキース。
そしてカルロは、教えられたものでなく、自分の口吻をキースの上に降らせた。
甘い、甘い、蜜のキス。

(1998.8脱稿/初出・恋人と時限爆弾『L'AMANT/ラマン』1998.12発行)

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