『許 可』


「刑部、湯浴みか。ひとりで大事ないか」
「三成か。なに、傷はすっかり癒えたわ。ぬしの助けもいらぬ」
「そうか」
細長い影が、するりと湯屋に入ってきた。
「どうした三成。ぬしも湯を使うか」
「ああ。そのあと……」
三成は一瞬いいよどんだが、すぐに真顔できっぱりと、
「貴様に触れる、許可を」
「ヒヒ」
湯に身を沈めて、吉継は笑った。
「ぬしの好きにすればよかろ」
「わかった。無理はさせない……つもりだ」
「好きにせよ、というたが」
「ここで触れてもいいというのか?」
三成はあいかわらず真顔である。
迷うことのない性格だ、本気でここで始めかねないので、吉継はさらに深く湯に沈み、
「いや。せめて、しとねは敷いてくれやれ」
「わかった。貴様の部屋でいいな」
いいすてて、三成は湯屋を出ていく。
大谷刑部吉継は、思わず太い息を吐いた。
いささかあっさり、応じすぎたか。
だが、石田三成は私心のない男、めったに何か欲することのない男だ。
わざわざ許可を求めにきたなら、本当にこの身が欲しいのだろう。
いまさら病を口実に断っても、「私はかまわない」と押しきられることだろう。
しかもわざわざ、湯屋まで来たのだ。
「やれ、ちと丁寧に、隅から隅まで清めておけ、ということか」
他人と肌を重ねるのは久しぶりだ。中まで洗って、よく濡らしておかねば。
病に縮んだ肌を撫ぜ、吉継はもう一度ため息をつく。
「あまり無様も見せられぬが……」
はたして、自分と違って潔癖さを絵に描いたような三成が、閨で男がどうするものか知っているのだろうか。「佐吉」「紀之介」と呼びあっていた若い頃には、互いの身を寄せあって眠ったこともあったが、艶っぽいことはしなかった。傷を手当てする時も、着替えの時も、三成はいっさい、そんな素振りを見せなかった。
もし、交合を一から教えてやらねばならぬなら、情緒のないことよ、と思うが、まあそれも、情人を育てる楽しみ、と考えればよいのか。
だいたい、三成がどれだけ無骨な抱き方をしようと、淫らにむさぼってこようと、させたいようにさせ、すべて受け止めることができるのは、われひとりだ。
関ヶ原で、三成の腕が自分を強く抱きしめた時の感触を、まだ忘れていない。
触れたところから流れ込んできた清冽な愛情が、肌に落ちた三成の血涙が、吉継を現世につなぎとめた。
この男を残して逝けぬ。
その一念のみで、三途の川を引き返してきた。
三成は、もうこの世に絶望していない。
豊臣の夢と希望を引き継いで、新たな生をいきようとしている。
ならば共に生きてやれと、小さな城に籠もって三成の世話を受けながら、今日まで静かに暮らしてきたのだ。
「三成よ……」
この気持ちがなんであるか、あらためて問う必要は、もうない。
三成が三成である限り、そのすべてが愛おしい。
自覚したこの情は、吉継にどっしりと根をおろした。身を重ねるかどうかで、かんたんに揺らぐものではない。
それは三成も同じこと。
そう考えた瞬間、吉継の頬は強張った。
三成も、ほんとうに、同じであろう、か……?

*      *      *

吉継は清潔な頭巾をかぶり、素肌に乾いた湯着をはおって、三成が敷いたしとねの上で、あぐらをかいて待っていた。
丸い月が、障子越しでも部屋を明るくしている。
包帯をまきなおすか悩んだが、三成はほどいてしまうだろうと思ってやめた。
あえて湯着を着なおしたのは、月光に肌をさらす気になれなかったのと、その上から触らせるつもりだからだ。感染力の弱い病だ、うつすかもしれないと今さら心配もしていないが、ざらついた皮膚が、三成の滑らかな肌を傷つけはしまいかと……。
「待たせたな、刑部」
三成も白い湯着姿だった。頬がほんのり上気している。
「よいよい。ほどよく汗もひいた」
三成は上からかけるような綿入れを小脇に抱えており、腰をおろして傍らに置いた。
「刑部。触れるぞ」
透き通った瞳が、吉継を見つめる。
情欲など知らなそうな清潔な容貌が、思いつめた表情に変わっている。
強い視線に射すくめられて、吉継の身体は緊張した。
だが。
「来やれ三成。この身はすべて、ぬしのものよ」
三成はうなずくと、吉継の軽い身体をそっと抱き、しとねに横たえた。
細い指が、吉継の口唇をツッとなぞる。
頭巾に覆われた頬を撫で、包み込む。
三成の口唇が、吉継をはんだ。薄い口唇を吸い上げるようにする。
されるままになっていると、三成の舌は口を割って、さらに舌をからめてきた。
その動きはあくまで優しく、いささかぎこちないが、初めてにしては上出来だった。草紙かなにかで手順を学んできたのだろうか。
三成の動きにあわせて舌を動かしているうちに、吉継は自分の息も乱れてきたのに気がついた。いつの間にか三成は、湯着の上から、吉継の身体を少しずつさすりはじめていた。皮膚の薄いところを丹念にいじって、反応をうかがっている。
やはり、包帯で全身を鎧っておけばよかったか、と吉継は後悔した。
下帯すらつけていないので、三成はどこでも好きに触れることができる。
三成の指が、掌が、腕が、すべて熱くてたまらない。その肌を抱き寄せて、動きを封じてしまいたくなる。しかし、こんなに真剣な三成を、どうしてとめることができようか。
「刑部」
三成が低く囁く。
「瞳が潤んでいるな」
「それはぬしもだ」
「貴様に夢中だからだ。ゆるせ」
吉継の身体がビクンと震えた。その反応に、三成の瞳が輝く。
「もっと私に、触れさせろ……」

三成の丁寧な愛撫に、いつしか身体はゆるみとろけて、吉継の喉から、かすれた喘ぎがもれだすようになった。
こんなにすぐに流されてしまうとは。
乱れてしまいそうな予感に、さらに身体が熱くなる。
三成は時折、「刑部」と囁きながら、吉継の身体を開くことに没頭している。
「みつ、なり……」
思わず呼びかえすと、三成の掌はいたわるように動いて、
「どうした。つらくはないな?」
つらくないどころか、切なくてたまらない。
どれだけ気を遣って、こちらを良くしようとしているかと思うと、身体の芯まで痺れる。
「さんざめく屑星が、降りそそぐ心地よ」
体表から徐々に身体を蝕んでゆく病だ、崩れた皮膚が硬くなり、触れられてもこそばゆさすら感じないはずだった。誰かに愛されて動く情感など、とうに失ったと思いこんでいた。
「よいのだな?」
「ぬしになら、もっとキツくされてもよい」
「煽っているのか、刑部」
「そのとおりよ。このような身体に欲情する者など、この世にぬししかおらぬゆえ」
しかし吉継は、思うように動かぬ脚を閉じ、己の秘所を隠すようにする。
三成は反対に、はっきりと欲情している部分を吉継に押しつけて、
「隠すな。貴様が気をやるところが見たい」
濡れた声でねだられて、吉継は思わず身をよじった。
「先にいきやれ、われの中で」
「そうか。貴様がそう望むのなら」
三成は、もってきた綿入れを畳み、吉継の腰を浮かせると、その下へあてがった。
受け身の姿勢を楽にするために用意したものらしい。
そんなことまで考えていたとは。
三成は吉継の脚を開き、まず指でそこに触れた。
濡れているのを確認すると、すっかり硬くしたものを、浅くあてがう。
「刑部のすべてを、私に……」
そう囁くと、三成は深く身を沈めた。

文字通り、全身をむさぼられた。
三成の口唇が、肌が、彼自身の凶器が、吉継の肌すべてを犯した。
我が身はすべて三成のもの、ぬしに尽くすが喜びよ、と思っていたが、実際こうして身体で愛されてみると、どれだけ己が三成を欲していたか、身に染みる。
三成と知りあってからずっと、その背を守って生きてきた。三成の心を傷つけるぐらいなら、いかにこの手が血にまみれようと構わぬと動いてきた。太閤の死が三成を自暴自棄にした時も、三成とともに死ぬるなら悪くないと思った。じわじわと我が身を削る病に殺されるより、豊臣に殉じようとする三成と、運命を共にしようと。
そうして自分を律してきた。
それなのに、己の心は、内はこうまで甘かったかと、思いしった。
三成は自分だけが果てることをよしとせず、吉継の身体に愛撫を加え続けている。
内と外から攻められて、吉継もついに達し、三成をきつくしめつけた。三成も切なげに呻いて、二度三度と中で達く。余韻を味わっているらしく、終わってもなかなか身体を離そうとしない。それどころか、ざっと後始末をすると、吉継を抱き上げて、再び湯屋へ連れてゆき、隅々まで彼を清めはじめた。
羞恥心から抵抗しようとしたが、吉継はすぐにあきらめた。
ぬしの好きにすればよかろ、といったのは自分だ。
「大事ないか」
清めおえ、新しい湯着に汗を吸わせながら、三成は吉継の耳を甘がみする。吉継は身をすくめながら、
「ないとゆうたであろ? それに、湯をつかうぐらい、ひとりでできる」
「だが、今は私がしたいのだ」
「三成」
ほんとうにこれが、白い背を見せ、こちらを置いていく勢いで走り続けた三成か。
振り向こうともせず、ただ横顔で豊臣への忠誠を誓わせてきた三成か。
太閤と軍師の二人を心の底から崇拝し、「半兵衛様につぐ悟性」を、誉め言葉として押しつけてきた三成か。
三成の心の清さを知っていたから、すべてそれに甘んじてきた。
なのに今、こんなにもかいがいしく、一途に愛してくれるとは。
この純粋さを我が身に受けることの、なんと甘美な心地なのかと。
「ぬしは愉快な男よの」
思わず呟いてしまった吉継に、三成は怪訝そうな顔をした。
「なにがだ」
「かようにこの身をほしるなら、ぬしにはいつでも、できたものを」
「いや。できるわけがない」
三成はすっと目を伏せた。
「私は貴様に、ずっと甘えていた。刑部ならわかってくれると、いつも頼っていた。それなのに、どうして無体ができるのか」
吉継をぐっと抱きしめて、
「秀吉様が討たれた時、私の心は一度死んだ。あの方に殉じて、二度目の死をとげるつもりでいた。それは刑部も知っていたろう? だが、貴様の病がいくら重くとも、苦しみが深くとも、いますぐ命が絶えるわけではない。だとしたら、こんな思いを打ち明けて、困らせたくなかった。おいてゆくのに、感謝の言葉以外、私に何がいえた」
「よいよい三成、もうよい」
三成の華奢な背に、吉継は細い腕をまわした。
「そこから先は、寝物語でしてくれやれ。湯にあたる前に、のぼせてしまうわ」
三成はふっと微笑んだ。
「いいのか、続きをしても」
「ぬしの望みが、われの望みよ」
「私は刑部の望みがききたい」
吉継は、まわした腕に力をこめた。
「三成よ。いつからわれを思っていた」
「それがききたいのか、刑部」
「いいたくなければ、いわずとも」
「そうか」
三成は吉継にそっと顔を重ねた。口唇を離しても、視線だけははずさずに、
「ならば、続きは閨でだ。長くなる……」

(2011.6脱稿)

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Written by Narihara Akira
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