『呼び声・続』

しらじら明け。
レッドはその光で目が醒めて、自分が男の腕の中に抱きすくめられているのを思いだした。二人とも下履きまですっかりといてしまったのに、着物一枚を羽織っただけで、畳の上にごろ寝の状態だ。
レッドは微苦笑を漏らした。
なんと、余裕のない情交。
それだけ夢中でむさぼりあったということか。
怒鬼はまだ、薄く瞳を閉じたまま眠っていた。
長い黒髪の流れる寝顔は美しいはずのものだが、その表情は硬い。
その身体も。
いま離したら、大事なものを逃してしまうとおびえているかのような。
「怒鬼」
小さく吐息だけで囁くと、怒鬼の長い腕が、長い脚が、さらにレッドに絡みつく。
目は醒めていないようだ。無意識に、急所を押さえてしまっているものらしい。
昨夜、やっと終わって、レッドがまどろみの中へ落ちていこうとした瞬間、怒鬼が低く呟いた。
「……離さない」
抱きすくめられて、身体の芯が熱く痺れた。
ああ。
怒鬼が、俺を、離さない、だなんて。

怒鬼が特別な感情を抱いて自分を見ていることにレッドが気付いたのは、最近のことではない。
もともと仲は悪くなかった。年が比較的近いというのもあるが、無駄口を叩かない静かな怒鬼を、レッド自身が好いていた。そういう目で見ながら接しているうち、怒鬼の態度が、自分に対してだけ違う、というのが少しずつはっきりしてきた。
一番わかりやすいのは、なんとなく互いの身体が触れた時の反応だった。
男の身体に触れる時、相手の身体の反応は普通、三種類しかない。
その一。こっちを嫌っているか警戒している奴の身体は、瞬時に硬くなって、こちらからすぐに離れようとする。
その二。こっちを何も警戒していないか、多少好意をもっている奴の場合は、その身体は緊張もせずごく自然体でいて、とにかく急いで離れようとはしない。
その三。こっちに対して好意を持っているか、積極的にアピールしようともくろんでいる奴は、すかさず向こうから身を寄せてくる。その時の身体はしなやかに動く。獲物を狙う獣のように。
怒鬼の反応は、そのどれでもなかった。
レッドが触れると、少し困ったような顔をする。
逃げはしないが身体は緊張気味で、最初は警戒されているのかとうたぐった。
同じ十傑集だからといって、すべからく仲間という訳ではない。同じ目的のもとで行動する際、積極的に互いを裏切るということはないにしろ、その命を奪いあうことがない訳ではない。彼の術を使えば、至近距離の怒鬼を倒すことは充分可能だ。つまりは信頼してもらえていないということ――とレッドは寂しい思いをしていた。
しかし、なぜ、俺に対してだけ?
レッドは少しずつ、怒鬼との間合いをつめた。一緒に行動する時間を増やし、時には怒鬼のために動き、仲間らしく自然にその肩に触れて、おまえに危害を加えるつもりは少しもないのだと、言葉でなく笑顔で訴える。
それでも、怒鬼の身体の緊張はとけていかなかった。嫌がっているようには見えないのに、男同士でいったい何をそんなに意識しているんだ、とレッドは訝しんだ。
そしてある夜、突然うかびあがる一つの結論。
あの困ったような顔は、はじらいの顔?
もしかして怒鬼は、別の意味で俺を意識している――?
そう思った瞬間、レッドは人知れず赤面した。
そんな馬鹿な、と思いつつ、それが本当だったら嬉しい、と思う自分に。
別に男と寝たい訳ではない、しかし怒鬼が相手なら嫌ではない。
もし怒鬼が、俺のことを好きで、俺を抱きたいというのなら、俺は……。
その想像は、若いレッドの身体を火のように焼いた。
恥ずかしい。
俺はもしかして、怒鬼に抱かれたくて近づいていたのか。
そうなのか?
俺の方が、怒鬼を?
とにかく駄目だ、こんなに意識しては。今までどおり自然に接しなければ。気付かれてしまう、俺がそういう目で怒鬼を見ていることを。
怒鬼が俺をどう思っているか、本当のところは全くわからないのに。俺の一人相撲だったら、これ以上恥ずかしいことなんて、ない。
そんな気持ちをひた隠しにしながら怒鬼に接し続けることは、やはりつらいことだった。それでも忍びとしてのならい性――己の感情を押し殺して決して見せないこと、弱点を露わにしないのが忍者の基本――は彼に味方し、恋に悶える日々を誰にも悟られずにきていた。とある夜、恋しい相手が、自分の名を呼んだ時も、とんでいきたい気持ちを必死で押さえつけた。
しかし、その次の夜、怒鬼に押し伏せられ、口唇を奪われた瞬間、どうしても堪えることができなくなった。
怒鬼。
好きだ。
俺もおまえが欲しい――。

「う……」
ようやく怒鬼は目覚めて、片目を開いた。
レッドが腕の中にいることを確認すると、ほうっと小さなため息をつく。
熱い肌を、さらにしっかり抱き寄せる。
「怒鬼。……離さない、と言われたのは、嬉しい」
レッドが囁くと、怒鬼は背中に回した腕で、さらにレッドを締め付けた。
「でも、怒鬼」
「……」
怒鬼の身体がまた緊張する。
「あまり甘やかすなと言ったくせに、そんなに甘えられると、俺も少し、困る……」
そう囁かれて、怒鬼は慌てて腕をほどいた。レッドの服を引き寄せてレッドへ押しやり、それからレッドに背を向けて、自分の着物の乱れを直し始めた。
やっぱり怒鬼、恥ずかしいんだな……そう思うと、とても愛しい。
怒鬼は着物を整えると、すらりと立ち上がってこちらを振り向いた。
目で、廊下に誰かきた、と示しながら、障子の一枚を開いた。
血風連の一人がそこに控えていた。
大きな傷を負い、まだ包帯に新しい血のにじんでいるような有様で。
「怒鬼様。《地球静止作戦》が終了したため、これからビッグファイア様の御指揮のもと、《バベルの籠城作戦》が開始されます。十傑集は至急集まれとのことです」
怒鬼は目でうなずき、とりあえず下がれ、と視線で伝えた。
そして、すうっと座敷に腰をおろすと、レッドの前で膝を揃えた。
「どうする」
怒鬼の声は、おそろしいほど落ち着いていた。
「おまえがいれば、世界がいまこの瞬間に終わっても、何の悔いもない。地球が止まろうと、粉々に壊れようと、少しもわずらわされはしない。ビッグファイアの命令がなんであろうと、もう、どうでも」
つまりそれは。
BF団にそむくことになっても、レッド、おまえといたい、ということ。
レッドは、いつもの涼しい微笑みを浮かべて立ち上がった。
「俺は行く」
「行くか」
「たぶんそれが、おまえと一番いっしょにいられる方法だろう。違うか」
「そうだな」

二人はそして、肩を並べて歩き出す。
未曾有の悲劇が起こった夜を、ただひたすらな愛の嵐にもまれて過ごした、二人が。

(2000.7脱稿/初出・梶タモツ様ホームページ「DRP」2000.7)

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Written by Narihara Akira
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