『後 朝』


三成が先に目を覚ました。
もともと眠りの浅い男であるが、その覚醒は、かつてないほど満ち足りていた。
暁のあわい光の中、かたわらで眠っている吉継の顔を見つめていると、自然と笑みがこぼれてくる。
気配を感じたか、吉継も目を開いた。
三成の視線に気づいて、はっと目をそらす。
「刑部」
優しく呼んで、抱き寄せる。
「三成、もう朝よ」
さらに顔を背ける吉継の耳に、三成は柔らかな吐息をおとす。
「わかっている、無体はしない。ただ、夢でなかったと確かめさせてくれ」
吉継は返事をしない。だが、抵抗もしない。三成の腕に、じっとその身をあずけている。
三成は、吉継の単衣の背を愛おしげに撫でながら、
「もうしばらく、こうしていたい」
「三成……」
吉継は頬を強張らせている。胸の鼓動をはやくしている。
三成の胸を、熱くつきあげるものがあった。
ああ、夢ではないのだ……本当に。

他人の肌をろくにしらない三成である、当然、房事にはうとかった。
耳学問をいくら増やしたところで、実地でなければ学べないことがあるからだ。
だが、彼も武将だ。鍛錬を重ねてきた神速の剣士だ。
つまり、人の気配はよく読める。相手が次にどう動くかということに対しては、本能的とでもいうべきカンが働く。
目の前のものが敵か味方か。殺気を隠しているのか、それとも油断しているだけか。
剣の軌跡が残像となるほどの速さは、そういう瞬時の判断ができなければ不可能だ。
それゆえ純な三成にも、自分の腕の中にいる愛しい者のことはわかる。
なぜ吉継が、ときどき緊張するのか。
技巧も経験もあるはずなのに、なぜ言葉もなく、されるままになっているのか。
瞳を潤ませ、身をゆるませ、深い息をもらしながらも、己の秘所を隠そうとするのか。
《拒まぬどころか、刑部は私をいやがっていない。むしろ、こうされるのを待っていたかのような風情だ……しかし、なんと可憐な羞じらい方をするのだ……誰かと肌をあわせるのも、久しぶりなのだろうな》
そう思うと、三成の身体はたまらなく熱くなった。
乱れさせてみたい。一緒に乱れたい。五感すべてをとぎすませ、全身全霊で愛したい。
《これが、私の……おそらく、私しか知らない、刑部……》
三成は文字通り、吉継の身体を夢中でむさぼった。
触れても苦痛の呻きがもれないことが、彼の喜びに拍車をかけた。
もう、傷もすっかり癒えていることがわかって――。

関ヶ原の戦いでの吉継の負傷は浅からぬものだったが、その回復は、三成の予想より、だいぶはやかった。
最初はよく動けず、慣れない手つきで介護に励む三成に笑みかけているだけだったが、己の身より三成が心配らしく、すぐに起きだすようになった。無理をさせてはいないかと心配になったが、潜在的な回復力が高いのらしい。彼の皮膚や脚を冒す病に対処できる薬は、残念ながらひのもとでは未だ見つかっていないが、もともと進行が緩やかなものでもあり、それによって彼の命がすみやかに失われることはなさそうだった。
だが、吉継のひきしまった身体、静かな立ち居振る舞いを見ているうち、三成の中で、ひときわ大きくなってゆく感情があった。
《……もし、ゆるされるのなら、刑部を抱きたい》
それは、思春期以降の三成が、ずっと封印してきた思いだった。
敬愛する秀吉様や半兵衛様によこしまな気持ちを抱かぬのと同じことで、小姓時代からの大切な朋輩であり、ほぼ身内ともよべる吉継に対して、淫らな気持ちを抱くべきではないと、三成はかたく心に禁じていた。
禁じていた、ということはつまり、禁じなければいられなかったからだ。
紀之介と名乗っていた若き日の吉継は、すらりと背が高く、日に焼けた肌が目に眩しい好青年だった。秀吉様の側に仕えるにふさわしい腕前をもち、身仕舞いはさっぱりと清潔で、こぼれる言葉は思慮深い。まだ佐吉と名乗っていた頃の三成は、やや年かさの紀之介と知りあってから、彼の篤実な人柄になにより魅かれた。無鉄砲なところのある佐吉に心をくばり、なにくれとなく世話をやく。群れるのを好まない佐吉も、紀之介の庇護だけは素直に受けた。それは時に甘い情感を伴い、ふらりと吸い寄せられそうになる時もあった。あの黒々とした大きな瞳を見つめていると、口唇を重ねたくなってしまうのだ。
だが、だからこそ、表情にも仕草にも出さぬようにしてきた。
気持ちがどうしても沸きたってしまいそうなら、そっけない素振りで遠ざければいい。後ですまないと詫びれば、紀之介は必ずゆるしてくれる。だから、笑みかけてくれる夢を見て、下帯を濡らして飛び起きるなどということは、決して知られてはならない……。
そうしてずっと生きてきた。
彼が、頭巾と包帯で己を隠して暮らすようになっても、病がすすんで戦場で刀をふるえなくなっても、三成の心は変わらず、むしろ、なおいっそう深くなっていった。大谷吉継という男の誇り高さもしっていたから、「貴様の苦しみはわかる」などと安易なこともいわなかった。むしろ変わらず接するべきが正しいのだと。
そして。
吉継が身を挺して、魔王から自分をかばおうとしてくれた、あの日。
彼が自分より先に逝ってしまうかもしれないと気づいた、あの瞬間。
どれだけ吉継が自分を大事に思っていてくれたか、自分がどれだけ吉継を必要としていたか、あらためて悟った。
まだ共にゆけるのなら、できうるかぎり、身も心も寄り添いたい。
失ってしまってからでは遅すぎる。
吉継の傷が癒えたら、この気持ちを告げよう。
ずっと、貴様に触れたかったと……。

吉継が、己の腕の中で身を震わせ、そして果てる。
三成の熱をすべて受け入れて、自分も甘く息を乱している。その姿もあまりに愛おしく、抱き上げて湯屋へ連れていった。
吉継は目を細めて、三成を見つめる。
「三成よ。いつからわれを思っていた?」
驚いて、三成も見つめ返した。
迷わず身をゆるしてくれたのは、三成がずっと前から思っていたのを察してくれていたからだと思っていた。三成に対しては甘い男だ、軽蔑するどころか、「ようやっと打ち明けたか」と、寛い心で受けとめてくれたのだろうと。
しかし、あえて尋ねてくるということは、三成の気持ちを測りかねていたということだ。
だとしたら、出会った日から好きだったというのは、正しい答ではないのだろう。
いつから語ればいいのだろう。
同じ床で寝た晩のことか――?
「……続きは閨でだ。長くなる」
清め終えると、吉継を再び抱きかかえ、三成は閨へ戻った。

*      *      *

月のない夜。
蹌踉と廊下を歩く佐吉に、静かな声をかけてくるものがあった。
「やれ、どうした佐吉」
「紀之介か。なにもない」
佐吉は首をふったが、紀之介はため息をついた。
「血水の匂いを漂わせてか。こんな晩に闇討ちをしかける輩をかばってやることはあるまいに。相手はいくたりだ」
手水ですっかり傷を洗ってきたつもりだったが、紀之介はお見通しのようだ。おそらく、頼りない足音に異変を感じて、起きてきたのだろう。
佐吉も低く答えた。
「卑怯だろうが、何人こようか、知ったことか。むざむざやられる私ではない」
まっすぐすぎる性格が災いして、佐吉には敵が多かった。よからぬ輩にとり囲まれたのも初めてのことではない。だが、豊臣の臣下として、そんな性根の連中に大きな顔をさせておいてよいわけはない。ゆえに、刀すら用いず、すべて無言で蹴散らしてきた。やせ我慢でいっているわけではない。
「数えるに値しないとは、ぬしらしい。だが、そのまま部屋へ戻る気か」
「なにが悪い」
「われの部屋で手当てをしていきやれ。そんな顔のまま、御前に出るつもりか」
佐吉はハッとした。あちこち腫れているようだ。秀吉様には見せられない。
「明日の朝のことを考えれば愉快であろ? あれだけのことをしたのに、佐吉の顔には傷ひとつついておらぬ、あんな涼しい顔をしておるぞと、皆を驚かせたくはないか」
「わかった」
佐吉はおとなしく、紀之介についてゆく。
灯明をつけると、紀之介は小さな木箱を取り出してきた。
「こういうことは暗の方が得手かもしれぬが、われにも心得がある」
「どうして黒田の話になる」
「目薬の行商で成り上がってきた血筋と知らぬのか」
「興味はない。新参者の噂など、どうでもよいではないか」
紀之介は苦笑した。
「まあよい。しみるかもしれぬが、じっとしていよ」
佐吉がコクリとうなずくと、紀之介の長い指が、涼しい香りの膏薬を、佐吉の顔にすりこんでゆく。
たしかに少ししみるが、紀之介のいたわりが有り難く、その掌の動きにまかせていると。
「やれ、顔だけですまぬな。上も脱ぎやれ」
そう囁かれて、佐吉はドキリとした。
諸肌を脱ぐのは簡単なことだが、ここで肌をさらして、理性を保てるだろうか。
しかし、ここでためらうのも妙な話だ。まるで紀之介を信じていないようではないか。
佐吉は立ち上がると、無言で帯をとき、下帯だけの姿になった。
「よくもまあ、これを我慢しておったの」
紀之介はため息をつき、並んで立つと、佐吉の全身の傷をあらためてゆく。
滑らかな指の動きを、佐吉は口唇をかんで耐えた。
紀之介は経験豊か、というのがもっぱらの噂だ。それは誹謗中傷ではないだろう、と佐吉も思う。男も女もへだてなくつきあう、気取りのない美男子だ。相手は選び放題だろう。潔癖な秀吉様が小姓に手を出さないのは有名な話だが、それ以外の人間なら、紀之介が閨で誰と身をからませていようと、なんの不思議もない。
こんな艶めく仕草で肌をなぞられたら、誰でもとろけてしまうだろうからだ。
「佐吉、ここは痛むか」
「平気だ」
「ここは」
「平気だ……あっ」
強く衝かれて、佐吉は身震いする。紀之介は含み笑いをもらした。
「たしかに大事ないようだ。一晩眠れば、よくなろうよ」
佐吉はため息で答えた。
「今日は叱らないのか、紀之介」
「何の話よ」
「もう童でもなかろう、すこしは人の顔色を読め、とか」
佐吉はよく、そのように説教される時がある。紀之介も、佐吉が作法にかなわぬ振る舞いをすると、上から頭をはたくことがある。だが、それには佐吉も大人しく従う。紀之介が怒る時は、道理をいっているからだ。
「なに、佐吉には読めようよ」
首を傾げる佐吉に、紀之介は微笑した。
「われの顔色なら、よく読めるであろ? 好きな色、好きな刻、好きな水菓子、茶道具、何でも知っていて、気を利かせてあつらえてくるのは、どこの誰よ」
佐吉は、自分の頬が熱くなるのがわかった。
紀之介を妬んであらぬ噂を流す連中をゆるせず、片端から殴りたおしたことがある。だがそれは、曲がったことの嫌いな彼の性格上、不自然な話ではなかった。紀之介に「やめやれ、火に油をそそぐだけよ」と諭されてやめたものの、悪いことをしたとは今でも思っていない。
だが、紀之介の好きなものを探して、折りにつけ届けるのは、ほぼ無意識にしていたことで、それではまるで、紀之介を追いかけ回して、貢いでいるようではないか。
いや、事実なのだが、別にそれは、紀之介におもねるためではなく……。
頬のほてりを隠すように、佐吉はうつむいた。
「私がいっているのは、不平や愚痴ばかりの連中の顔色のことだ」
声もさらに低くして、
「成し遂げたいことがあり、それに対して力を尽くす者が、どんなに知恵を絞ろうと、なかなかうまくゆかぬ、と嘆いているなら、それは貴い。いずれは道も開けよう。だが、ああでもない、こうでもないと難じておきながら、自分では何もせず、利だけを欲しがる連中は、どうにもゆるせぬのだ。それでどうして世がよくなる。そんな道理があるものか」
「よいよい、わかった佐吉」
「紀之介?」
「佐吉のいうとおりよ。そんな輩の顔色は、読まずともよい」
「よいのか」
「不逞の輩を嫌うのは人として当たり前のことよ、それを露わにするかしないかの差でしかないわ。聡い佐吉が、そんな者とつきあわずともよかろ。これから所帯を大きくしてゆく豊臣にも、害をなす者であろうよ」
思わず佐吉がうなずくと、紀之介は大真面目につけくわえた。
「佐吉はなぜ、己が選ばれて豊臣に加えられたと思うておる。見目麗しい、気の利く小姓だからではなかろ。裏表なくいつも正直で、曲がったことをいわぬ忠義者は、なかなか得難いものだからよ」
「そうなのだろうか」
「悪口で日を過ごす者にあるのは、私心のみ。佐吉とは真逆よ。そんなものを、太閤が信ずると思うのか」
佐吉は首を振った。
そしてストンと腰をおろすと、着ていた物を羽織り直した。
「たすかった。楽になった」
「あいわかった。ではそろそろ休むか」
紀之介はなぜか襖を開け、新しい夜具を出そうとしはじめた。
「なにをしている、紀之介」
「まだよく動けぬであろ? ここでしばらく休んでいきやれ」
「それでは紀之介が眠れまい」
「いや……」
その瞬間、近くで何かの気配が動くのを感じて、二人は押し黙った。
とっさに紀之介は、佐吉を己の夜具へ引きずり込み、羽織をかぶせた。
「大谷。曲者を見かけなかったか」
障子の向こうから、朋輩の声がした。紀之介は鋭く答える。
「こんな奥まで入り込まれるほど、豊臣の構えはもろいものかの」
「ではなぜ、貴様の部屋に灯明がついている」
「このような刻限に、無粋なことをきくでないわ。寝物語に花が咲いただけのこと」
「確かめてもよいか」
「刀の錆になりたければ」
障子の向こうは一瞬静かになり、そして、ドカドカと複数の人間が去る音がした。
紀之介は難しい顔のまま、じっと佐吉を抱きしめていたが、ようやく腕の力をゆるめ、
「やはり部屋に戻らぬがよい。あの様子では、待ち伏せは一度ですむまいよ」
「しかし、紀之介に害が及んでは」
「気に入らないというだけで、ここまでするのであれば、佐吉だけの問題ではすまなかろ。われも黙ってはおられぬ。賢人殿もいずれ気づく。いや、すでにかもしれぬな」
「紀之介、それは」
密告もあまり誉められたことではない。だが紀之介は頭のいい男だ、別なやり方で佐吉をかばうつもりなのだろう。半兵衛様も、下手な納め方はするまい。
「……巻き込むつもりはなかった、本当にすまない」
「よいよい。そろそろ独り寝もうすら寒いと思っておった。たまには佐吉と添い寝するのも、悪くはなかろ」
紀之介のあたたかな胸に再び抱きとられ、佐吉はぽうっとなった。
この肌の匂いも、なんともいえず好ましい。
豊臣軍においては、汗臭くしている者の方が少ないという事実はある。主君が風呂好きというのもあるし、風呂に入るのは百姓の大事な仕事のひとつだからだ。身分の低い者でも、能力さえあればどしどしとりたてる豊臣軍においては、常に清潔にしていることは当たり前なのである。
だが、それだけでなく、紀之介の肌は、なにかなつかしいような匂いがするのだ。塗ってもらった膏薬の涼やかな香りも心地よく、紀之介の胸に頬をうずめて、子どものように甘えたい気持ちになってしまう。
「ほんとうによいのか、紀之介」
「朝帰りで困るはめになるのは、佐吉の方であろ。まあ、噂になるのも楽しかろうよ」
冗談めかした口調に淫らな翳りはなく、佐吉はむしろ安堵した。紀之介はその背中を優しく叩いて、
「さ、そろそろ眠りやれ」
「眠れそうにない」
「目を閉じてじっとしておればよい。そのうち痛みも薄らいでこよう」
「別に、痛くなど」
「佐吉よ」
紀之介は佐吉の首筋にそっと触れ、
「われは怪我人に悪戯するほど飢えてはおらぬから、安心せよとゆうておる」
佐吉は思わず身を震わせ、
「そういう意味でいったわけでは……!」
「シ、声が大きい」
佐吉は身をすくめて、
「そんなことはわかっている。紀之介が私に、悪いことなど、するわけがない」
「わかっているなら、ここにおれ。近くでもっと、愛い顔をみせるがよい」
「紀之介ぇ……」
佐吉はうっすら涙ぐんでいるのを自覚した。傷の痛みのせいでも、からかわれているせいでもない。紀之介の優しさが、触れているところから全身にしみとおって、気が昂ぶってしまったのだ。
紀之介は佐吉の薄い背中をあやしながら、
「よいよい、誰もみておらぬ。こらえきれぬなら、こらえずともよかろ……」

*      *      *

昨夜、求められて、三成は自分の恋心をそこまで話した。
そんなこともあったかの、と吉継はとぼけていたが、満足した様子で眠りにおちた。
だが、今朝の羞じらいを見て、三成はもうひとつ思い出した。
「刑部」
「ん」
「昨夜の話には続きがある」
「さようか」
吉継はまだ、三成の顔を見ようとしない。
「翌朝、目覚めた時も、私は刑部の腕の中にいた」
「さもあらん」
「私は、刑部の顔をまともに見ることができなかった。見つめられて、あまりに眩しくて、目をそらしてしまったのだ。ついに、刑部と一夜を過ごしてしまったのだと……」
「淫らな物言いをするでないわ」
三成は吉継の腰を抱き寄せて、
「いっそ、何かされていたならよかった。それなら羞じらう理由になる。刑部は私の怪我をいたわっただけとわかっていたのに、誘惑されるよりも、この身が燃える思いをするとは思わなかった」
吉継は身をよじりながら、
「あの頃のぬしは、誰の肌もしらぬげで、穢してよいものとは思えなんだ。今だとて、昨夜のことが信じられぬほど、清らかな顔をしておるというに」
三成は目を細めた。
「私としては、ずいぶんと淫らなこともしたつもりなのだが、物足りなかったか? どうすれば刑部は満足する? 教えてくれ」
吉継は身をすくめる。
「充分よ。教えることなど、何もないわ」
「では何故、目をそらす」
「ぬしと同じ、はずかしゅうて、たまらぬからよ」
「なにを羞じらっている」
「そういうこととは無縁と思っていたぬしが、あんなことやら、こんなことやら。まるで、われの肌を、前から知っていたような愛で方を……」
「刑部の肌が、私にこうしろと囁いてくるからだ」
「三成、やめやれ。もう明るい」
「明るいのがいやなら、夜ならば、してもよいのだな?」
ふいに、吉継の腕が三成の首を強くひき寄せた。
口で口をふさがれて、思わず目が潤む。
「ぎょう……」
まだ鼻先が触れあっている距離で、吉継が囁く。
「もうよい、ぬしの気持ちは、ようわかった。われの気持ちも……」
もう一度、三成の口唇を静かに吸ってから、
「よくわかったであろ?」
三成はため息をついた。
「やはり刑部の方がうまい、ということがわかっただけだ」
吉継もため息で応えた。
「ぬしに教えねばならぬのは、こういう時、どう返すかということよの」
「なんといえばよい」
「ぬしらしく、今すぐ欲しいと、素直にねだればよかろ」
「よいのか、刑部」
「いま、われから誘っておろう?」
目を伏せながら、吉継は呟く。
「……これ以上、いわせるものでないわ」
三成は喉を鳴らした。
「ききたい。続きをきかせてくれ」
「われもわれよ、愛おしいからこそ、その身も心も損なうまいと、ずっと思うておった。三成も同じとは思わなんだ。なにしろ、ぬしのように正直な男が、けぶりも見せずにいたとは、なかなか信じられぬことでの」
「刑部」
三成は、先ほど自分がされたように、吉継の口にそっと触れ、吐息をふきこんだ。
「今すぐ欲しい」
吉継は目を閉じ、三成の背に腕を回すと、ふたたび抱き寄せた。
「ゆうたであろ。好きに、しやれと……」


(2011.7脱稿)

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Written by Narihara Akira
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