『呪 詛』


われの三成が、死んでしまった。
殺されてしまったのだ。
あの日、あの男に――

*     *     *

「刑部、どうした?」
その夜、吉継の身体は、容易にほぐれなかった。
慣れぬ宿泊先のせいか、いつもなら、もっと早く乱れ始めるのに、小さな喘ぎすら堪えている。
「つらいか。疲れているのか」
「もう、明日には大坂かと思うと、なかなか身が緩まぬのよ」
三成の仕事は、いつもどおり手早かった。吉継と共に残党を一掃し、陣屋を畳み、必要な報償を約束して、驚くほどの速さで秀吉のお膝元に戻ろうとしていた。
配下の者たちが、そうまで急がずとも、と思うほど。
「秀吉様にすべてご報告せねばならぬからな。緊張するか」
「そうではない、なんと、己が身の浅ましきことよナァと」
控えている小姓たちを気にする素振りを見せるので、三成はその頬を包み込み、
「浅ましいとは思わないが、気になるのなら、今からでも人払いするか」
「やれ、今更よ」
二人の側仕えは、三成や吉継が夜にどんな声をもらすものか、知らない者はない。それだけ頻繁に愛しあっているのであり、羞じらっても始まらない。
「刑部。どうしても厭なら、しないが」
吉継は首をふった。三成の背中に腕を回し、ぐっと声を低めて、
「浅ましきこと、というたであろ。われはな、ぬしのでたっぷり、蕩けたいのよ……」

すっかり夜も更け、満足した三成が、柔らかくなった吉継の身体を抱きしめて、こんなことを囁いた。
「実は、大坂に戻ったら、秀吉様にひとつ、許しを得たいと考えているのだが」
吉継は、潤んだ瞳で三成を見上げた。
「ふだん贅沢を願わぬぬしの、たっての願いならば、太閤もおゆるしになろ」
「それなら、いいのだが……私の下屋敷に、刑部の住まうところをつくれたら、と考えているのだ」
三成の下屋敷は、大坂城にほど近いところにある。だが、病身の吉継の屋敷は、だいぶ離れた場所にあった。
二人ともそれぞれ領国をもつ身だが、秀吉の左腕である三成は、下屋敷で仕事をすることも多い。
つまり、三成はもっと吉継と一緒にいたい、と秀吉に申し出るつもりなのだ。
だが、右腕である半兵衛を亡くしたばかりで、ただでさえ多忙な今の秀吉に、あえてその願いを伝えるべきか、と吉継は思う。
「やれ、われが近くに要りようなら、ぬしの屋敷に逗留すればよいだけのことであろ」
「そうなのだが、今の私の屋敷では、刑部はあまり、くつろげまい?」
三成は質素を旨とする男だ。戦装束のように、秀吉から下賜されたものぐらいしか、きらびやかなものは身につけない、側に置かない。吉継の趣味とはあわないだろう、といいたいのだ。
「屋敷の一隅を、われ好みに飾るぐらいのこと、誰も咎めだてせぬであろ。むしろぬしが、華美を厭うのではないのか」
「厭ならば、そんな提案をするわけがないだろう」
三成は吉継の額に口唇を押し、
「私にとっては、刑部が贅沢だ。こうしているのが、一番の楽しみなのだ。だから刑部の好きにしてくれれば、私も嬉しい」
吉継はため息にもにた声で、
「ぬしの好きにすればよかろ」
「うん。だが、一応、秀吉様に……」
「そうよな。通しておくのが、筋というものよな」
吉継は三成の胸にもたれかかった。
三成はその背中を優しく撫でながら、
「ああ、降ってきたな」
静かな雨音がしはじめていた。
「やれ、明け方は冷え込むか。ぬしの熱がありがたい」
吉継は三成の首筋に、甘えるように顔を埋める。
「貴様は雨が嫌いだな。身体が冷えるからか」
「それもあるが、星見ができぬゆえな」
「ああ、占いか」
「あまり馬鹿にしたものでないぞ」
「馬鹿になどしていない。貴様が天空の模様で戦局を占って、常に勝利をひきだしているのは知っている。だが、私にはできないことだからな」
「まあ、ぬしは見ずともよい」
実は吉継は、小田原攻めの頃から、星の運行に不安を感じていた。
力の象徴たる秀吉を示す星が、ひときわ光を強くしていた。そして、その連星もよく輝いていた。
だがある日、連星が消えた。
それと共に、竹中半兵衛が倒れ、はかなくなってしまった。
星は、潰える直前に強く輝くという。それは、病人が死ぬ直前に、突然元気な様子を見せるのに似ている。
星の強い輝きは、勢力拡大の象徴でなく、凶兆なのだ。
ということは、まさか、太閤の星も――?
「なんだ、厭な占でも出たか」
「そうではない。ただ、これからは、占いは本職に頼むとしようかと」
「なんの話だ」
「いや、大三島におる巫に、つなぎをつけておってな」
「海神の巫女か。瀬戸内の水軍を安定させるためだな」
打てば響くとはこのことで、吉継はうなずいた。
「やれ、ぬしも懸念しておったか」
「こないだのことといい、大坂にほど近い場所で、水軍どもに勝手をされては困るからな。鶴姫とやら、十代半ばで、もう伊予河野軍の大将だときいたが」
「大将というても宮司の娘で、清廉な象徴といったところよ。ただ、幼き日から男並みに鍛えておるというから、そう可憐な娘とも思われぬが、豊臣のためにな」
「なに、使えればよいのだ。貴様ならうまく扱えるだろう」
「やれ、皮肉か」
吉継が若い女をたらしこんでいたのは、ずいぶんと昔の話だ。病もちに何をいうかと苦笑していると、三成はきょとんとして、
「皮肉? 貴様の方がずっと可憐だということか?」
吉継は三成の口唇に指で触れた。
「睦言が苦手なくせに、ぬしは時折、とんでもないことをいいだすものよ」
「そう思うのだから、仕方があるまい」
三成は吉継の掌を押し頂くようにして、
「貴様ほど、可憐で清らで美しい魂が、他にあるものか――」

*     *     *

われの三成は、あの夜限りに死んでしまった。
豊臣のためにあらゆる研鑽を重ね、澄んだ瞳を輝かせて未来を語り、閨でも優しい恋人であった男は、もういない。
殺したのは、三河の狸だ。

*     *     *

篠突く雨の中、大坂城へ帰城した三成と吉継は、すぐに異変に気づいた。
「秀吉様がいらっしゃらない? どういうことだ」
側仕えの者たちも不安げに、
「それが、徳川殿が話があると、早朝からお二人で、外へ出られたのです」
「こんな空模様の日に、わざわざ外へか。どこへ行ったんだ」
「わかりません。本多殿も知らないとのことで」
ただの話なら屋内ですればいいこと、他の者にきかれたくないとすれば、人払いをすればすむことだ。
「三成、これは、太閤の後を追うべきよ」
「ああ」
二人は城を飛び出した。
そして、信じられない光景を、目の当たりにした。
大量の、黄色い葵の紋の軍旗。
降り出した雨の中、城の周囲を守っていた豊臣軍と、徳川軍との戦闘が始まっていたのだった。
三成は手向かってくる雑兵を、すかさず切り払う。
だが、その数は、一人で相手をするには多すぎた。
吉継は叫んだ。
「三成、ここはまかせよ。われの隊を呼ぶゆえ、ぬしは太閤の元へ!」
「わかった、後は頼んだぞ!」
三成はひたすら走る。屍の数がみるみる増えていく。
「秀吉様ぁ!」
叫びながら開けた方へと向かってゆくと、彼方で激しい雷光が閃いた。
一瞬、三成は悪寒に身を震わせ、そして雷光を目指して一気に戦場を駆け抜けた。
「ハァ……ハァ……ハッ」
全力で走り続けてきたために、さすがに息を切らした三成の目の前に、ありえない光景が広がっていた。
仰向けに倒れ、目を閉じている豊臣秀吉。
そして、傍らに立っていた家康が、三成を振り返った。
三成は動揺した。
なぜだ。
なぜ、家康が秀吉様を。
いや、秀吉様の拳が、家康に負けるわけがない。
これは夢だ。悪い夢なのだ。
だが夢といえど、秀吉様を襲った家康をゆるすわけにはいかない。
三成は即座に、家康に斬りかかった。
「フッ!」
家康は気合いとともに飛びすさった。
その瞬間、本多忠勝が飛来した。家康をその背に乗せ、すかさず飛び去っていく。
いくら俊足とはいえ、人である三成が追えるスピードではない。
三成は首を振った。
これが本当のわけがない。
秀吉様が、こんな。
三成は主君を抱き起こした。
もう、その遺骸は冷えかけていた。
いや、これは雨のせいだ。
掌を重ねてみるが、秀吉は目を開かない。
いつものように優しく、三成、とも呼んでくれない。
吉継がようやく三成に追いついた時、三成は血の涙を流していた。
「家康……貴様を許さない! 秀吉さま、秀吉さまあああああ!」

*     *     *

その瞬間から、三成は秀吉に許しを請いながら、「おのれ家康」と呟くだけの、抜け殻になってしまった。
悪い予感が当たってしまい、吉継は身を震わせた。
というより、なぜ家康の企みに気づかなかったのか、と己を責めた。
《そうよ。あの男は、最初からこの日を狙っておったのよ》
なんと悪賢い狸か。
あの男は、上杉との交渉事を増やし、三成や吉継との関係を薄めていた。また、伊達に近づいて同盟を結ぼうとしていた。敗残の北条にまで、前からコナをかけていたようだ。
雑賀衆は今後、あてにならないだろう。秀吉亡き今、新たな契約を結ばぬ限り、味方にはなる義理はない、というだろう。
黒田官兵衛は、九州攻めの際に謀反らしい動きをみせたため、秀吉から軟禁するよう指示を受けたので、三成と吉継が、石垣原の坑道へ押し込めていた。
つまり、半兵衛亡き後の秀吉、そして三成や吉継が戻る前の大坂城は、ある意味、ほぼ裸の状態だったのである。 家康がどんな手を使ったかは不明だが、単身、主君を呼び出して勝負を挑み、そして殺した。
《あの男は、賢人殿が亡くなるのを待っておったのだ》
秀吉が一番、力を落とすタイミングを狙っていたのだろう。
まさか、あの男、賢人殿に一服、盛ったわけではあるまいな――?

三成は混乱しきっていた。
曲がったことや企みを嫌うあまり、家康がやったことが理解できないのである。
もし「秀吉のやり方が気に入らない」と宣言して出ていったなら、わかったろう。
もともと三河武士の頭領なのだ、力をつけてくれば離反しても不自然ではないし、三成も、「秀吉様の政治が理解できなかったのだ」と思うだけのことだ。
だが、普段から「絆の力」がどうのなどというゴタクを並べていた男が、仲間であったはずの三成を裏切ったのである。もっとも卑劣な、だまし討ちでだ。
しかも、言い訳すらせずに、本多にのって逃走した。
せめて去り際に「もう豊臣のやり方にはついていけない。そう言ったら秀吉にいきなり襲われた、倒すつもりじゃなかったし、倒せるとも思っていなかった」ぐらいの言い訳をしていれば、三成は信じただろう。主君の仇であることは変わらないが、戦の行方はその時の流れで変わってしまうもので、それぐらいは三成とて武将なのだ、納得できたろう。
しかも、今まで家康は、三成に対して友好的だった。
三成のかたくなさを笑って受け入れていたのは、吉継だけではなかったのだ。
だからこそ、現状が理解できない。

《三成は、太閤を失うことを、予想しておらなんだゆえな》
吉継は三成の気持ちがわかる。
《賢人殿は病持ち、われも病持ち、いずれは、と三成も覚悟しておっただろうが、まさかあの太閤が三河の狸に易々と倒されるなど、われとて予想してはおらなんだ》
吉継でさえ、未だに信じられぬほどだ。
「おかげで一番悪いところだけ、残ってしまっておる」
吉継はため息をついた。
三成は一本気で、ひとつことに集中すると他が見えなくなる。
自分に対しての厳しさを他人にも求めて当たり散らし、文句ばかりいうようになる。
その混乱ゆえに、まだ仇討ちに走り出していないだけの話で、目の前に家康が現れれば、三成は即座に斬るだろう。
いや、言い訳ぐらいはきいてやるかもしれないが。
だが、本当のことをいうと、家康に対して呪詛をはきちらす三成以上に、吉継は家康を深く憎んでいた。
「太閤こそが、このひのもとを、たいらかにしようと思うておったに」
秀吉にとって、三成は使いやすい部下だったろう。だから可愛がっていたのだ。素直で命令に忠実、仕事を教えれば、教えた以上の成果をあげてくる。
「だがな、われのように病をえた、ひねくれた男にさえ、太閤は慈愛を注いだものよ」
吉継の業病が明らかになった時、秀吉はそっと彼をひとり呼んだ。
「貴様は得難い男だ。どうしても今すぐ、去りたいというのでなければ……しばらく、我が元におらぬか」
「数ならぬこの身に、そのお情けはありがたく」
ひれ伏す吉継の顔をあげさせ、
「情けでいっているのではない。貴様の力が、我には必要だ」
「しかし、今までのようには戦えませぬゆえ」
「我らとて未来永劫、戦っているわけではない。それは貴様も、わかっておろう」
秀吉が目指しているものが何か、吉継も知っている。
農民が農民として暮らせる安定した社会、いざという時に外敵とも戦える、職業兵士を常に備えた安全なひのもと、貨幣経済を発展させ、飢饉がおきても余裕のある国から食料を買い入れて飢え死にするものを出さないようにするまつりごと……その理想をみな知っているから、三成のような純粋な若者も、豊臣軍では荒事をやるのだ。
「ひのもとがひとつになっても、我のなすべきことが終わるわけではない。戦でも、貴様の悟性が、必ず役に立つ」
「そんな先まで、この身がながらえているものかと」
「吉継よ、武将たるもの、いつ一本の矢、一本の槍に貫かれるか、その覚悟はできているはず。そして貴様の病は、大事をとれば、そう簡単に命の潰えるものではない」
「しかし、この病を厭う者は、少なくありませぬ」
秀吉は微笑みを浮かべた。
「三成がいるではないか」
「たしかに三成は、かわらぬ友誼を結んでくれるやもしれませぬが、豊臣の未来を担う身に、このような病身を、近づけてよいものかと」
「そのような遠慮をせず、長年の友を支えてやれ。佐吉が心から信じておるのは、今も昔も、紀之介だけよ」
「……」
秀吉はさらに優しい声で、
「貴様が身体を冷やさぬようにすむよう、城の中も少し手入れをしよう」
「それはあまりにもったいなきこと」
「なに、半兵衛のために風通しと日当たりのよい場を設けたのと同じことよ。豊臣に居て欲しいという我の心を、察してくれ」
再び、吉継はひれ伏した。
「それでは不肖大谷吉継、豊臣を離れるおゆるしがでるまで、太閤様に誠心誠意、お仕えいたしまする」
「いや、貴様に無理をして欲しいのではない、養生が必要ならば、いつここを去っても良い。必要な手当ては我がだす。できるだけのことをしよう。後のことも心配するな」
大きな掌が、吉継の肩を優しく撫でる。
心の底から惜しまれているのを感じて、吉継は震えた。
紀之介として豊臣の門を叩いた時は、寡婦である母のこともあり、己の立身出世しか考えていなかった。
しかし実際、秀吉に会ってみて、彼の心は変わった。
戦国の世でも、きれいごとをいうのは簡単だ。しかし、この情深い主君は、本気で成し遂げようとしている。そして、それだけの力も、もっている。
自分の力を試すなら、この人の元以外にあるまい、と思った。
病の身をおして戦ってきたのは、三成のためばかりではなかった。
それなのに。
《われの志を、あの狸めが、打ち砕きおった》
ゆるせぬ。
あの男だけはゆるせぬ。
三成とともに、太閤の仇を必ずうたねばならぬ。
だが、三河の狸には本多がいる。
最初からついてきた三河武士がいる。
卑怯な手段で手に入れた、東方の軍勢がいる。
そして、いくら三成が神速の剣士とはいえ、太閤を倒す膂力をもった家康を、やすやすと倒せるだろうか。
いや、一対一なら勝ち目はあろう。
しかし、敵の数を考えると、今ある豊臣の兵だけで戦うのは不利だ。
「やむをえまいなァ、毛利と直接手を組むしか」
毛利元就。
中国地方の支配者であり、その安寧を誰より望んでいる男。
情や義に流されぬ男だが、家康が天下を統一しようと動いても、安芸はやすやすと併合されたりはすまい。
豊臣との関係は、もともと悪くない。
これからはなお積極的に同盟を結び、ともに家康にあたるしかない。
だいたい、もし家康が毛利と結び、東方西方両方から一気に攻められれば、大坂城はひとたまりもないのだ。
女巫の力だけでは、西を抑えきれない。
「あの男が、三成とあわぬことは、ようわかっておるが……」
吉継は、何度か元就とも会ったことがある。
策謀巡らす智将であるのは仕方がないとして、どうにもかたくななところがあるのを、吉継は知っていた。
あのかたくなさは、三成とぶつかってしまうだろう。
だが、手を組まねば殺られる。戦えぬ。
吉継は、外へでて夜空を見上げた。
太閤の星は、もうない。
その将たる自分らの命運を示す星を、あらためて探さねばならぬ。
「今の三成では、太閤がつくろうとしたひのもとを、つくりえない……」
吉継は己の身の衰えを感じていた。
武将としての先は、おそらく長くはない。
「やれ、なぜよ」
なぜ、民草の平和を願った太閤が斃されねばならぬ。
なぜ、われの大事な三成が屍同然になった。
家康よ、決して許さぬ。
おまえの唱える、絆という名のまやかしを、許さぬ。
「刑部……」
三成が真っ青な顔で、吉継の居室に現れた。
「ぬしはまだ、休んでおらなんだか」
吉継は怒りの表情をおさめて、三成の背を叩いた。
「休むなど許されないこと……秀吉様はお許しにならぬ……家康ゥ……」
それは譫言に他ならず、吉継は思わずどやしつけたくなったが、必死でそれを抑えると、三成に囁きかけた。
「三成よ。太閤の葬儀を整えよ」
「葬儀?」
「太閤が亡くなられたことは、すでに知れ渡ってしまっておる。象徴たるあの方の葬儀を、われらがせずにどうする。そして葬儀の仕度をしながら、家康の仲間がまだ豊臣にまじっておらぬかさぐり、あやつらを討つ準備をするのよ」
「今すぐ、家康を倒しにいけば、すむこと……」
吉継は三成の肩を掴んだ。
「あの男がどこに潜んでいるかも、まだわからぬ有様ではないか。まずはこちらの体勢を整えて、万全の状態で倒すのよ。豊臣健在なりと示すために、徹底的にやらねばならぬ」
「刑部……」
「できるであろ。葬儀の手配など、治部少輔のぬしにはたやすいことであろ。そんなことすらできずに、賢人殿や太閤に顔向けできるのか。それこそゆるされぬことよ」
「わかった。すぐに盛大に行う。そして裏切り者をあぶりだし、斬滅してやる」
吉継は首をふった。
「いや、すべて殺すな、手駒に使うゆえ」
「ならば、私より先に見つけて貴様が使え。私は殺す。ゆるさない」
「三成」
「貴様のいうことに間違いはない。すぐに葬儀の手筈を整える」
冷たく言い放ち、三成はその場を去っていった。
こんな夜更けに訪ねてきたということは、吉継に相談したいことがあってやってきたのではないのか。それはどうでもいいのか、忘れてしまったのか。
それとも無意識にやってきたのか。
なんにせよ、まともな判断のできそうな顔色ではなかった。
あの怜悧な頭脳は、いったいどこへいってしまったのか。
吉継の胸は痛んだ。
もともと食の細い男だ、ろくに物も食べていないに違いない。
あのままでは遠からず死んでしまう。
そばで注意して見守らなければ、あの清廉な魂は、あっという間にはかなくなってしまうだろう。
「なぜ、われの大切なものは、すべて失われてしまうのよ。三成までも……」
吉継は歯がみした。
なぜ、このような不幸に突き落とされねばならぬ。
なぜ、われだけが。
こんなことが、ゆるされてよいはずがない。
夜空に向かって、吉継は吠えるように叫んだ。
「不幸よ、さんざめく降り注げ……!」

(2013.6脱稿)

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Written by Narihara Akira
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