『言わぬが花』


「ああ」
甘い香りが鼻をうつ。
足をとめた三成の後ろで、左近が声をあげた。
「あー、なるほど、スイカズラっすね。これを探してたんすね、三成様」
三成は花ばさみを取り出した。近くの沢から水を汲んだ手桶に、白い花の咲く枝を静かにさしていく。
「刑部さんのお見舞い用っすね」
「ああ」
いい陽気だというのに、吉継はここ数日、床に伏している。
スイカズラの花は、集めて煮ると熱冷ましになる。それ以外にもいろいろと使い道がある。ふだんからいろいろと薬を飲んでいる吉継だ、この香りは効能以上に、気晴らしになるに違いない。そのため、人を使わず、自分で取りに来たのだろう。
主君からの命もないのに、朝から山へ行こうとする三成をいぶかしんで、後をついてきたが、やはり目的もない散策ではなかった。
「三成様って、華道の心得もあるんすね」
「心得というほどのものはないが、茶席にも花は必要だ。投げ入れぐらいはな」
「するってえと、刑部さんの方が得意で?」
「刑部はなんでも、小姓の頃から心得ていたからな。行儀の悪いこともするが」
「行儀?」
「毒花の蜜を試しに飲んだりするらしい」
「えっ」
「レンゲツツジという花には毒がある、それが好きだといっていた。悪い趣味だと思うが、少しなら死にもしないのだろう」
「ひゃー、なんすか、じゃ、刑部さん怒らせると、一服盛られちゃうってことっすか」
「貴様、毒殺されるようなことをしているのか」
「い、いや、そ、そんなとんでもない」
「まあいい。何度でも言うが、刑部をあまりわずらわせるなよ」
スイカズラがあふれんばかりになった手桶を、三成は静かに持ち上げた。
「左近。先に戻って、私の部屋においてある白磁の壺に水をはっておけ」
「あ、それに活けるんすか」
「ああ。割るなよ」
「了解っす。じゃっ!」
いつもの三成なら左近よりずっと足が速いわけだが、今は落としてはいけない花を持っている。だから先に行かせた。
左近の背中が見えなくなると、三成はスイカズラの茂みを振り返り、そして一つ、白い花を摘んだ。
中心にある花筒を抜くと、自分のくちびるに当ててみる。
《甘いな》
若い頃、吉継が戯れに、庭のツツジの蜜を吸っていたのを見たことがある。
小さい子どもでもあるまいし、と難じたが、実は彼の、花より赤いくちびるの甘さが知りたくて、散らされる無毒の花が、うらやましいとさえ思っていた。
《刑部の見舞いにいって……見舞いだけで、すませられるだろうか、私は》
自信がない。
だが、彼にまだ花を愛でる嗜好が残っているなら、せめてこの花の蜜だけでも味わってもらいたい。
起きていたら、せめて一言二言なりと、交わしたい。
眠っていたら、せめてその傍らで、寝顔を見守っていたい。
《この花を選んだのは、甘い香りと、この愛らしい花の白さが、貴様に似合うと思ったからだと言ったら、また頬を染めてしまうだろうか……ああ、言わぬが花だな》
まだ明るいというのに、熱く突き上げてくるものがある。
ぐっとこらえて、三成は静かに山道をおりていった。


*2016年11月発行、刑部アンソロ『蝶々さんに花束を』寄稿作品「忍冬」裏話


(2017.12脱稿)

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Written by Narihara Akira
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