■鳴原あきら氏に問う■

『のんしゃらんと』再創刊にあたりまして、今回の巻頭特集は、旧『のんしゃらんと』のメインライターであり、2000年4月、『血の12幻想』(エニックス刊)で単行本デビューされた、鳴原あきらさんのインタビューをお送りします。今回のインタビュアーは、編集の小梅忍でなく、精神科医で現在書評家、作家活動と縦横無尽に活躍されている、榊功一さんです(文責/小梅)。

●一宿一飯の恩は忘れません(笑)

(インタビュアー・榊功一/以下、)どうも、ご無沙汰してます。
(作家・鳴原あきら/以下、)こちらこそ、長らくご無沙汰しております。榊さんと会うのは、旧『のんしゃらんと』座談会以来ですよね。
いや、『ラヴレター』が出た時に、僕が解説を書いたでしょう。その時に会っていますよ。
そうでしたっけ?
書評しがいのない人だなあ(笑)。いくら同世代の男性に興味がないからって、そんなことまで忘れてしまうんですか?
いえ、あの時のことははっきり覚えてます。いくら長いつきあいとはいえ、急なお願いで本当に申し訳なかったです。感謝してます。
本当ですか?(笑)
はい。一宿一飯の恩義は忘れません(笑)。ところで今日は何を訊かれるんでしょうか。
だから、これからゆっくり訊くところですよ。ところで鳴原さん、何を訊かれたいですか?
私に都合のいいことであれば、何でも(笑)。いや、榊さんが相手だから、バリバリ精神分析されちゃうんじゃないかと、とってもビクビクしてるんですけども。
医者としてインタビューする訳じゃないから、大丈夫ですよ。
そうですか。まあ榊さんは温厚な紳士だから、心配しなくても大丈夫か(笑)。
そうですよ。温厚な紳士なんてお世辞を言われなくても、いつも通り物柔らかく行きます。
よろしくお願いします。しかし、これでまた恩義が増えちゃうなあ。
恩に着せたりしませんよ。まあ、そのうち僕の本の書評でもお願いします。
それでご恩返しになるならやりますが、十中八九、恩を仇で返すことになるんじゃないかという気がするんですが……。
鳴原さん、本当に一宿一飯の恩義を忘れない人なんでしょうね?(笑)
役立たずな人間で誠に申し訳ないです(笑)。

●単行本デビューのいきさつは……

とにかく、4月の単行本デビューの話をうかがっておきましょう。それが、読者が一番知りたいことだと思うし。
いやそれが、全然みなさんの参考にならないお話で。
いや、商業誌の経験があるとはいえ、まだ単行本も出ていない人が、幻想文学のアンソロジーにいきなり短編を書いてしまったというのは、誰にとっても興味深い話だと思うので、そこらへんの事情を。
事情……いきさつなら話せますが。
その、いきさつは?
昨年の6月のとある夜、監修の津原泰水さんから電話がかかってきたんです。エニックスで幻想文学のアンソロジーの企画を考えてるんだけど、その最後の巻が「血」がテーマなんだけど、一つ書いてみないかって。
津原さんは、日本の幻想文学の世界ではもう有名な人だけど、鳴原さんとはどういう関係なんですか。
大学の文芸サークル時代の先輩です。津原氏は私の一学年上で。文芸サークルですからね、メンバーはみな一応なにがしかの文筆経験があって、ある程度は書ける訳です。本当に書き始めたばっかりの私は、読ませるという意味では一番ヘタだったんじゃないかな。それなのに、当時サークルの会長をしてて、後に編集長もつとめた津原氏がこうのたまったんですよ。「今このサークルにいる人間で、作家になれるのは、Mと鳴原さんだけだ。ただ、鳴原さんはうんと努力して遠回りしないといけない。でも、なれる資質のある人だ」ーーとまあ、かいかぶられた訳ですね。Mさんというのはやっぱり私の先輩だった人ですが、卒業後はオモチャ屋さんになってしまい、私以外にもサークルから何人か物書きが出ましたから、二十歳当時の津原氏の審美眼がどれだけ正しかったかわかりませんが、まあそういう流れというか交流の延長で、今回の話がきたみたいです。
いや、それはかいかぶりじゃあないでしょう。だいたい話があった時に、商業誌デビューは、すでにすませてあった訳だし。
でも私、商業誌デビューの時も、コネでしたから。
ということは、大学のサークル以外にもコネがあったんですか?
ええと、コネというとちょっと語弊があるんですが……以前、ちょっと大きい創作少女系の同人誌に書いてたことがあるんです。それを見た某情報誌の編集さんが、「うちの雑誌に書いてみませんか」と手紙を下さって。
それはコネじゃないですよ。正式な原稿依頼じゃないですか。
そう言われればそうですね(笑)。私、投稿して賞をとるのが正式なルートという気がしてて、こんななしくずしに商業誌に載ってもいいのかな、と思ってました。そうか、いいのか(笑)。その時の編集さんは本当にすごく親切な方で、「プロの小説の書き方はこの人に教わった!」といっても過言でないぐらい、細かいところまでアドバイスして下さって。本当にお世話になりました。彼女には今でも、心から感謝してます。
その人には恩義は返したんですか(笑)。
はい、少しだけ(笑)。
津原さんの場合も、向こうから頼んできたんだから、それはコネとは言わないでしょう。ええと、鳴原さんは、大学は青山だっけ?
はい。サークルは、青山学院大学推理小説研究会という奴でした。私がいた頃は、SF読む人の方が多いようなサークルでしたけど。今はもうないらしいです。サークルそのものの歴史は長くて、菊地秀行さんや風見潤さんや竹川聖さんが出てます。ええと、榊さんは立教のミステリ研でしたっけ?
そうです。だからそっちがらみの依頼がくることもありますよ。それはだから、普通のことなんです。……鳴原さんの性格からして、青学閥、といわれるのは嫌かもしれないけれど、世の中、早稲田ミステリクラブだの京大ミステリ研だのが一種のブランドになってる訳で、むしろ歴史あるサークルの出身者として頑張ってますっていうスタンスでいた方が、いいと思う。
うーん。男の人だと、大学での人脈って仕事もらえたっていうのは、抵抗ないかもしれないんですが……学閥が、即将来とつながるから、一生懸命名簿をこしらえたりするでしょう? あれがね、ちょっとピンとこないんです。先輩の恩は、単純にありがたいと思うけど、それ以上のことはちょっと。
それは男性女性の問題じゃなくて、単に鳴原さんが、一匹狼でいるのが好きだからでしょう(笑)。「同じ学校だとか、同じ物が好きだからってだけで、いきなり馴れ馴れしくしてくる奴、大嫌い。いったい何時おまえと友達になったよ?」とか、平気で言うじゃないですか(笑)。
面と向かって言いませんよ、そんなこと(笑)。いつも思ってはいるけど(笑)。でも「友達だよね」とかいいながらニヤついてすりよってくる奴ってやっぱり、友達でもないし、仲間でもないでしょう、普通。
それは確かに。しかし、鳴原さんには、いい友人知人が多いと思うよ。こっそりと有名人もいたりして。やはり人徳があるのかな。
人徳はないです。ただ、私、いい人達としかおつきあいしませんから……もちろんその中に、榊さんも含みます(笑)。
それはどうも(笑)。今までの発言でわかったのは、鳴原さんは人脈を使って汚いことや小細工をするのは嫌だけど、友人や仲間は大事にする真面目な人だということだね。
あ、やっぱり分析しましたね(笑)。
いや、精神分析じゃなく。
私ね、人の顔がなかなか覚えられないし、初対面の人にもグサっとくること言っちゃうらしいし、フットワークが重いから物すごくエラそうに見えるらしいんですけど、本当にただの臆病者というか、人みしりなんです。だから、向こうから親切にしてくれて、しかもこっちを広い心で許してくれる、本当に良い人が相手でないと、続かないんです。精神年齢、低いから。
長く続く人間関係っていうのは、大体そういうものですよ。幼い人や、人みしりの人でなくてもね。
ということは、私はやっぱり図々しいオバサンなんでしょうか?
外見は二十代だから大丈夫でしょう(笑)。
中身はもっと子供なんだけど(笑)。

●書いてよかった、「お母さん」

そろそろ本題に入りましょう。『血の12幻想』に書かれた「お母さん」ですが。あれはなかなか面白いですね。
榊さんも、面白かったですか。
面白い。読む人によって、まったく違う読み方ができる小説でしょう。同じ人間が読んでも、二度読むと別の話に読めてくるような話で。作者が明らかにそれを狙って書いているんだけど、ぱっと読んだ時にはわからないようになってる。使われているのは平易な言葉だし、描写されてるのは日常生活だけだし、構成も奇をてらっている訳じゃないんだけれど、様々な要素がぎっしり詰め込まれていて、非常な奥行きが感じられる。
うわー。大絶賛ですね(笑)。
まあ、二度読んでも面白いというのは、鳴原さんの基本信条のようなものだから、そこらへんを誉めておけば、あたりさわりがないから(笑)。……まあ冗談はおいておくとして、あれは書くまでに、ずいぶん時間がかかっているでしょう。
そうですね。実質の執筆時間は12時間ぐらいだと思いますけど、あの話を書こうと思いたってから、五年近くたっているかも。長編並みの熟成期間です(笑)。
そんなに書きたい話だった、と。
いや。単に今まで書けなかっただけで。それで、依頼が来た時「あ、じゃあちょうどいいから、あれを書こう」と思って。津原氏が、「女性の執筆者が少ないから、鳴原らしくて、できれば女性らしい話がいい」とおっしゃったんで、都合がいいやと思って。でも、編集のAさんにあの題名を言ったら、「ああ、母と娘の血のつながりがオチね」ってあっさり笑われちゃって。
その時、してやったりと思ったでしょう(笑)。鳴原がそんな安易なオチを書くと思ってたらおまえ、吠え面かくぞって。
そんな失礼なこと、言いもしないし思いもしませんでしたよ(笑)。
それは失礼(笑)。しかし、あの話は「お母さん」としか題名のつけようのない話だけども、「お母さん」という題でああいう小説を書きあげてしまうところは、やはり女性ならではだと思う。
ということは、津原氏の依頼は、とりあえずクリアしているということですね。
しているでしょう。非常に高く。ところで、幻想文学のアンソロジーということで、気負いがあったというのはありますか?
単行本だし一応メジャーデビューだし、紹介してくれた津原氏に迷惑がかかってはいけないから、しっかり書かなきゃ、遅れないようにしなきゃ、というのはありました。私の書くものなんで、あんまり幻想っぽくなくても、今までの読者もこれからの読者も、きっと許してくれるだろうというのも、ありましたが。
いろんな読み方ができる作品だから、あえてたずねてみるんですが、作者的には、どう読んで欲しいですか? 女性同士の相克?
作品の意図ってことですか?
そうです。作者としての。
作者が作品について多く語るっていうのはあまりいいことじゃないと思うんですが……今回、母と娘で書いてみたのは、今まで父と息子とか父と娘という組み合わせで書くことが多かったんで、ちょっと変えてみたかったというのが一つありまして。あと、書いてみたかったのが、「相手が語らない悪意は不気味であるということ、やっぱり何を考えてるのか判らない相手が一番怖い」っていうごく当たり前のことだったので、それを書くには、父息子、父娘の関係では難しいから、というのもありました。
父と娘では書けない?
異性同士なんだから相手の気持ちがわからなくて当たり前、って思う読者がでてくると思うので。あと実際に、二十代三十代の女性から、老いた母親に対する時の悩みを沢山きいてきた、というのもあります。女性読者の方は、そういうところを素直に読んで共感して下さる方が多くて、私の書いたことはそんなに間違ってなかったな、と思ってます。
男性読者は、そうは読まない?
たぶん、男性にはわからないフィーリングも書いてると思うんですが、男性読者からの感想も、かなり面白いです。勉強になります。
書いて良かった、と思ってますね。
思ってます。読者の数が増えて、しかもちゃんと読んでもらえているというのは、嬉しいことですよ、やっぱり。……あと、作者と主人公を重ねて読む読者の方がいらっしゃるんで、一言だけ付け加えさせて下さい。私、母親バッシングをする気は少しもないので、そこらへん誤解のありませんようお願いいたします。作品の意図も母親を非難するものではありません。よろしく。

●同人誌で書き続けるメリットは?

さて、単行本デビューも終わったし、来年末には文庫が出るなんて話もあるようで、同人活動の方は、自然に終息させていく予定なんですか?
どうでしょう。まだ在庫もあるし、プロの皆さんてやっぱりイベント出てますし、とりあえず、やめる理由がないですね。結局、同人でもなんでも、コツコツ書き続けてきたから、商業誌の話もきた訳で。依頼原稿やりつつ、様子見でやっていきます。
書いた原稿を同人誌で出すんじゃなく、もちこもうとか投稿しようとかいう発想は?
あー。長編をバリバリ書ける体力があったら、そういうこともやってみたいです。短編の方が雑誌に載りやすいとは思うけど……とにかく基礎体力がないので。考え中ってことにしておいて下さい。それに、出版業界も不況ですから。こないだ来たノベライズの仕事も、結局流れちゃったし。そんな訳で、本当にぼちぼちです。
鳴原さんが同人活動にこだわる理由はなんなの? 何らかのメリットがある?
最大のメリットは、読者と直接話せることですね。感想がダイレクトにもらえるのが嬉しい。商業出版て、出る点数は多いし読者も増える訳だけど、だからといってもらえる感想が増える訳じゃないでしょう。出版社あてに手紙書く読者って、少ない訳ですし。……あと、イベントっていうのはジャンル分けがはっきりしてるので、特定のターゲットに焦点をあてた作品を書く勉強になるんです。これは若い女性向けのロマンス、これはちょっと年長者向けのシリアス、とか。
効果のほどは?
やっぱりおかげで、いろいろ書き慣れてきたんじゃないでしょうか。一番嬉しいのは、十代から二十代前半にかけての女の子から共感の手紙をもらう時なんですよ。ああ私、十代のセンスをまだなくしてないんだな、ちゃんと若者に読めるものを書いてるんだな、嬉しいな、と思いますよ。
そういうことが、結構ある?
はい。読者に恵まれてますね。読解力のある読者に。「何度も読みました」って言われるだけで私は本当に嬉しいんですけど、それだけじゃなくて、ちゃんと読みとってくれてる。
じゃあそれを、商業の方でもやってみたら。
そうですね。できたら……。あとね、同人の利点ていうのは、もう一つありまして。昔、サークルの会誌に、菊地秀行さんが後輩に向けてのメッセージを寄せて下さったことがあるんですよ。その中で、「同人誌で書くメリットは、若いうちに感じたことを言葉で確認しておけること」だっていうお話があって。「その時、作品に、形にしてみたものは、ずっとすり減らないよ」って。
つまり、自分の中にあるものを、純粋な形で確認できるのが、同人誌だと?
そうなんです。その時はよくわからなかったんだけど、いま思うと、それは一つの真理のような気がする。ヘタでも何でも、頭の柔らかいうちに、真剣に書いといた方がいいんだなって。『のんしゃらんと』だって、本当に書ける人とか、元プロとか居た訳じゃないですか。物すごく贅沢で、真面目な同人誌でしたよね。だから、今回の再創刊は本当に嬉しいです。小梅さんには、今後も頑張って欲しいですね。
じゃあ、きれいにまとまったところで、インタビューを終えたいと思います。
長時間のおつきあい、どうもありがとうございました。

●このインタビューは、小梅宅にて、2000.11.17『Nonchalant VOL.22』座談会後に行われました。

(初出・《恋人と時限爆弾》冬コミちらし2000.12/架空の精神科医・榊さんについては、Nariharaの著作『神の名を呼べ』『ラヴレター』(紙版は絶版ですが電子書籍で復活予定)等をご覧下さい。購入は《インターネット通販》のページにて承っております)

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