●書評 -- 『ラブ タンバリン 1&2』 後藤 羽矢子 著 (大都社) --
四コマ誌等で人気急上昇中の漫画家、後藤羽矢子の♀♀連作『ラブ タンバリン』の全作品が、2003年夏に二冊組で復刻された。1995年、「2人の一線」(フランス書院)でデビューして以降、特に性に関する漫画においてはネームの光る作家だが、根強いファンをもつこの初期作品集にも、そのエッセンスがきらめく。男性向け媒体に発表される制約を逆手にとって、素材の意味を巧みにずらし、さりげなく読者を啓蒙する。
女性だけが住むフリーセックスの星ラウルス。彼女たちは個人の周期で三ヶ月に一度、一晩だけ身体がメール化することによって子孫を残す。そこであえて【結婚】の名のもと、一対一のパートナーシップを選んだベスとリラ。二人の関係を軸に物語は展開する。描かれるのは長期的な関係に付随して発生する様々な問題――嫉妬、ワンナイトラブ、♀♀家族とその子供の問題、幼い子への性的虐待や自己決定権――それら幅広い題材をさらりと扱いつつ、連作の形をとることによって個々の作品の深みを増している。
例えば「やましいたましい」では、メール化のセックスに慣れてきたベスが、リラに内緒で【ヘルパー】なる道具を買いに行く。ここで提起されているのは、♀♀セックスにおけるペニス代替品使用の問題だが、その是非は是として漫画は軽くクリアする。なにより面白いのは、買いに行った店でベスが同僚のステビアとばったり出くわす場面だ。実はステビアはベスに片思いをしており、リラとの絆の強固さを面白く思っていない。強引に引き裂こうとしたことすらある。ベスは一番見られたくない場面で一番見られたくない相手に会ってしまった訳だが、慌てて逃げ出そうとする彼女をひきとめて、ステビアは初心者向けの道具を選んでやり、ベスはそれに感謝する。これを心温まる友情のエピソードとして読むか、切ない片恋の場面として読むかは読者の自由だが、何より強調しておきたいのは、男性向け媒体でこんな表現がなされることは、おそらく他にないだろうということだ(少女漫画でもいささか難しいだろう)。もちろんこのように代替品を使用したりするからといって、ペニスのセックスを至上としているかというとその逆で、例えば「むつごと」でメール化していない時のセックスも充分セックスだと思う、とベスに言わせ、後味の悪くならないよう、きっちり補っている。
周期的なメール化という設定から、アーシュラ・K・ル=グインの高名なSF『闇の左手』を思い出す方もいるだろう。「冬」と呼ばれる惑星、そこに住むかたつむりのように雌雄同体の人間たちは、子孫を残すためにケメルハウスにこもり、男女の性に別れる。このケメルも、結婚という社会制度を問い直すために設定された装置のはずだが、同性愛という可能性を考えられなかった(ル=グイン本人が評論集『夜の言葉』で反省している)七十年代当時の限界を思うと、『ラブ タンバリン』はその正当な末裔であり、見事な発展形として現代に蘇ったといえよう(そもそもラウルスとは「常緑」の意味であり、そこも『闇の左手』をふまえていると思われる)。
その健闘ぶりは皆さんが直にその目で確かめて欲しい。のんきな男性読者達に「この作家、可愛いけどエロくないんだよな」「感情移入できる男が出てこないから萌えない」等と呟かせていないで、女性読者が手にして楽しんで欲しい。こうして咲いた新たな花を、あだ花として埋もれさせず、それぞれの胸で育ててほしい。こういう漫画もネット通販で気軽に買える今だからこそ、ぜひ。(Narihara Akira)
(2003.9脱稿/初出・「LOUD NEWS No.29」2003.9月号)
●追記:2015年10月12日、ご本人のツイッターより、『闇の左手』は未読であったという、衝撃の発言が!
後藤羽矢子 @hayakogoto
これから読む本。昔描いた「ラブタンバリン」って漫画がよくレビューで「闇の左手が元ネタ」って書かれるんで「そうなんだー。じゃあいつか読んでみよー」と思いつつ、今日まで来てしまいました。両性具有の惑星の話ですってよ!
後藤羽矢子個人サイト【パソはやの素】へ行ってみる
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