『幸 福』


「みつなり……」
吉継は、三成の胸にそっと頭を預けた。
「やれ、ぬしはほんに、よき男よ」
今宵も三成に愛された。互いの身も清めた。あとはもう寝るばかりなのだが、もうすこしだけ、余韻を味わっていたかった。
三成はいい。吉継が好むように抱いてくれる。余計な駆け引きもしなくていい。なじみの肌ゆえ、新鮮味や緊張感には欠けるが、それを補ってあまりある安心感がある。
と、思っていたら、三成が不機嫌な声を出した。
「刑部は私の、どこが好きだ」
「やれ、今さらな」
吉継は、思わず笑ってしまった。
三成は仕事ができるが、そのぶん図々しいというか、面の皮の厚い男だ。
なにしろ、主君である秀吉の前で「左腕三成」と自称していたほどなのだ。
まさか、この期に及んで、吉継に好かれている自信がないとは、いわないはずだが。
だが、三成の声はなぜか沈んだ。
「貴様は誰からも好かれるが、私はそうではないからな」
「われが?」
「貴様は和を尊ぶ男だ。昔からだ。笠取山から戻ってから、なおいっそう、人と人とを取り持つようになった。忌み嫌われてなどいなかった。いくさばでは勇猛な武人なのに、ほんとうは争いを好まぬからだ」
「それは、われが病持ちゆえよ」
吉継はため息をついた。
「病人のわれが、先陣を切るわけにはゆかぬであろ。天下の豊臣が、板輿にのった異形の武将を押したてるのか、と噂されてはかなわぬ。それゆえ、われからいくさを進言せぬだけのことよ。仲良しこよしで頼みたいというのは、言葉の綾よ」
「だが、貴様のまわりには美形が多い。貴様も満更でなさそうだ。そういうのは、好かれているとはいわないのか」
「なにを妬いておるのやら」
「妬心ではない。刑部がいてくれたから、関ヶ原で勝てた。私だけでは、背後から毛利に襲われたに違いない」
「いや、あれもそこまで、愚かではあるまい」
「ずいぶんと刑部を気に入っていたらしいが?」
「寂しき男なのよ。尼子を倒して中国を平定したものの、西は島津、南は長曾我部であろ。常に気が休まらぬゆえ、話し相手が欲しかったのであろ。哀れな病人ならば、茶飲み話も気兼ねなし、というわけよ」
「やけにかばうな。美形だというが」
「ぬしに勝る美形などおらぬわ」
 吉継は、三成の口唇に指をあてた。
「われはな、ぬしの清らな魂が好きよ。ただ素直なのでない、つまらぬものに染まらぬ。一途でゆらがぬ。鍛錬を怠らぬ。決して人を裏切らぬ。共にあって心地よい」
三成の胸に掌を這わせ、
「太閤の仇を討ち果たしたのは、他の誰でもない、ぬしよ。なぜわれらが勝てたかといえば、ぬしを慕う者が、決して少なくないからよ。私のどこがよい、などといったら、島あたりも怒り出すであろ」
「刑部」
三成は吉継の背中に腕を回した。
「他はどうでもいい。貴様の一番なら、それでいい」
「ぬしがイチバンに決まっておろ」
「もっと、ききたい」
「本気の相手にはな、そう軽々しくいえぬのよ。ぬしだとて、めったに囁いてくれぬであろ」
「ききたいのか」
コクリ、とうなずく吉継の口唇を、三成は静かに吸った。
「わかった。一晩中、囁いてやる」

(2013.10脱稿)

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Written by Narihara Akira
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