『二 人』


「半兵衛」
「なんだい、秀吉」
「慶次はもう、戻ったようだ」
「そうだね」
二人は何もない丘で、ただ風に吹かれていた。
時の枷から解き放たれて、肩の力が抜けた半兵衛は、大きく息を吸った。
胸ももう、痛まない。
そして、隣に秀吉がいる。
彼は僕の、最期の呼び声をききとってくれた。
それだけで、こんなに心があたたかい。
いや、魂だけの存在になったからかもしれない。
秀吉は彼方を見つめている。
「我らの夢は、我らでは果たせなかった」
「そうだね。君に託せなかったのは、残念だ」
秀吉はうなずいた。
「だが、いずれ我らの軍から、ひのもとを統一するものも出よう。それを見守ることとしよう」
「僕たちはいつまで、現世をのぞきみていられるのかな」
「おそらく、四十九日の間ほどはいられるのであろうな。ここで、どのように時が流れるかは、わからぬが」
「そうだね」
秀吉はしばし黙った。そして前を向いたまま、
「半兵衛」
「なんだい、秀吉」
「慶次は、もう行った」
「それはさっき、きいたよ」
「ここにはおまえしかおらぬ、という意味だ」
「うん」
次の瞬間、秀吉の腕がのび、半兵衛の肩を抱き寄せた。
「秀吉?」
質量もなにもないはずなのに、半兵衛は自分の口唇に温度を感じた。
秀吉が半兵衛の口唇をはみ、柔らかく吸い上げている。
半兵衛は、そのくちづけに陶然となった。
ああ、ふだん無骨な男なのに、なんでこういう時は上手なんだろう……ずるいなあ……。
顔を離すと、秀吉は真顔で呟いた。
「半兵衛。今ならおまえの望みどおり、ひとつになれようぞ」
半兵衛は苦笑した。
「そんなこと憶えてたのか、君は」
秀吉への思いが募って、身も心もひとつにとけあってしまいたい、と叫んだ夜もあった。
たしかに秀吉が欲しかった。その強さも、優しさも、もろさも、すべて自分のものにしたかった。
だけれど、今こそ、互いの思いだけでいい。
しかし、秀吉の声は常よりさらに真剣だった。
「我もずっと願っていたといったら、どうする」
半兵衛はくすぐったそうな顔で応えた。
「それは、すごく、嬉しいけど……ここで、するの?」
「誰も見てはおらぬ」
「そうだけど、外だし、明るすぎるよ」
「落ち着かぬか」
「だって君に、ぜんぶ見られてしまうじゃないか」
「なにを羞じらう? 今さら我に見せられぬところがあるのか」
「それはないけど、怖いよ」
「我が怖いか」
「怖いのは僕自身だよ。こんな姿になってしまっても、君がそんなに欲しいだなんて」
半兵衛の声が低くなる。秀吉も声を低め、囁くように、
「いにしえから、情の深い夫婦は、どんなに離れていようと互いの姿が見えた。屍になっても愛しあったというではないか」
「それを浅ましいとは思わない?」
「思わぬ。我にはおまえがいればいいのだ、半兵衛」
あられもなく乱れそうな予感に眩暈がして、半兵衛は目を伏せた。
「でも、君に軽蔑されてしまいそうだ」
「むしろ乱れよ、半兵衛……おまえのすべてを見せよ。それが我のさいごの望みだとしても、叶えようとせぬのか」
半兵衛はじっと秀吉を見つめ返した。
秀吉に欲望されるなら、自分の身体などどうなってもいいと思っていた。
今さら拒む理由はない。
そして、こんなに望まれる自分は、どれだけ幸せなのか。
「僕も、君のすべてを、見ていいのかな」
「無論だ」
半兵衛は、いつもの美しい微笑を浮かべた。
「うん、わかった……来て、秀吉」

(2010.10脱稿)

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Written by Narihara Akira
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