『蒼き巡礼』

1.

青年が一人
新生の喜びに湧く星を巡る
旅姿に身をやつし、荒れた土地をさまよい、
ある存在を求めていた

青年は或るテントで、また小屋で邑で宿を乞い、
昔の仲間に出くわした
仲間は気の毒げに口々に
「まだ幻を追い続けているのか」
青年は頬を引き締めてきっぱりという
「幻ではない、あの方をだ」

彼は前執政者の側近
澄んだ蒼い目の青年に
執政者は熱い寵を向け
青年は執政者に純粋に憧れ
心の底から慕い返した

だが執政者は破れた
夢に倒れた
星は平定されることなく
王者は姿を隠した
新王が立ち、古い軍は
ことごとく崩され散らばった

「もう無駄なことだ、
追うのはやめろ
おまえも自分の人生を生きろ」

昔の仲間達はそう説きつけるが
青年は決して耳を貸さない
仲間があきらめ口を閉ざすと
青年も黙り込んでしまう

だが遠くを見る青年の瞳は
相変わらず澄みきっている
蒼く深く澄みきっている
それは捨てられたものの虚ろな目でなく
苦しみを越え
一つの解答を見出した
信ずるものの美しい瞳――

2.

機械仕掛けの無骨な城で
暗い紫のマントを広げ
肘をついて王座に沈み込む壮年の執政者
冷たい広間の床に膝つき
頭を深々と垂れた青年従僕

王は命ずる
「とりたてよ、たいらげよ」
しもべは答える
「かしこまりました」とひきさがる
瞳を輝かせて任務に赴く

まだ若い彼が
この星の統一の偉業の一端をになう
使命感に燃えて
ほこらしげに胸を張る

しかし青年は知らなかった
王の本当の望みを
王が望んだのは、支配や平定ではない
この星のあらぶる力だ

彼は望んだ
無理な労働を強いられる民衆の恨み事を
滅ぼした王国の忠臣達の憤りを
彼は憎しみを欲した
そのためには罠さえはった

謎深い笑みを浮かべて
牢獄を見上げる
広間の高みにしつらえさせた牢獄を
かつて征服した国の王妃を
そのままに閉じ込めてある
無事に落ちのびた王子が
復讐の刃を閃かせて
とびこんでくるのを待っているのだ

愛などいらぬ
理解もいらぬ
ただ自分の計算にあった
道具と舞台だけが欲しい

そう呟く王は
単なる暴君ではなかった
実は夢みがちな愛国者だった
遠い星から墜ちてきた
熱い血をした革命の徒だった
激情に灼かれた純粋な魂の持ち主だった

3.

暗い空

幾筋もの光が走る
暗い部屋に物憂い

この星々を司る連邦政府は
あらゆる高度文明から
激しい感情を奪った
大きな戦いを二度と繰り返さないために
武力は否定された
みせかけの平安の中に
怠惰と退廃の楽園が生まれた

そんな世界で
過去の研究をわずかながら許されていた特権階級は
書物から喜怒哀楽を発掘する
葬られたもののなかにうずもれて

まだ若い彼は思う
自分は何者なのか
何が自分の敵なのか
この心の重さはなんなのか

ふと
古い詩編にゆきあたり
頁をめくる手がとまる
戦争歌……

《幼い頃夢みた
きんいろのらっぱ
あれを吹き鳴らして一日暮らせたら
どんなに幸せだろう

大きくなって
夢はかなった
人々の前で胸を張り、彼は吹き続ける
きんいろのらっぱ

美しい音色に
人々は踊りだす
浮かれ騒いで
黄泉路までもみちゆき

らっぱ吹きは夢見続ける
後ろに連なる人々が
どんな姿をしているかも知らず
ただ得意になって

ある日彼は捕らえられた
おまえのしたことは罪だと
ふと驚いていて振り向くと
累々と屍の山

きんのらっぱ鼓手
月を見上げて泣いた
おどらせていたのか
自分もおどらされていたのか、と

日が上ったとき
らっぱ吹きは笑った
階段を上って
冷たい刃がおちてきたときも
らっぱ吹きは笑った
きんいろのこえで》

「あなたもその詩をよんだの」
女が言った
「美しい詩、哀しい詩」
彼は驚く

ここは私的な空間
いかにして入った?
不法に侵入したものならば
この場で打ち倒されても仕方がないというのに
なんという冒険

「知りたかったの、感情というものを
私達多くの者に鎖ざされたものを
持てる者を葬ってでも
それが欲しいと思った」

女は武器を構えていた
下層階級の革命家だ
彼は震えた
自分はこの者の敵なのだ
そしてこの者は
自分と同じ心を持つ……

彼は女に手をのばしかけた
次の瞬間
女は消えた
消されたのだ
悲鳴を上げる間もなく
公的な力に
私人の安全を守るという名目で

その日彼は決意した
仲間を捜すのだと
自分達の環境がひどいものだと伝え
自分達の権利を取り戻す事を叫ばせ
一緒に駆け出す連中を

民衆達は
皆一様に灰色の服をまとい
淀んだ夢の中に溺れていたが
ある日一様に革命者達に扇動された

れぼるしおん!

しかし連邦は許さなかった
激しい弾圧
彼は仲間と共に逃げた
遠い故郷の星を目指した
人工の楽園が生まれる前
後にしてきた
昔の戦争で荒れ果てた祖先の星へ……

仲間達は大勢死んだ
革命者は壊れた船をなおし
僅かに生き残った助力者と共に
再起をはかる

故郷には人々が残っていた
新しく文明を築いていた
恐ろしく後戻りしていたが
昔の兵器が埋もれていた

武器を集め小さな国を攻め落とし
少しずつ地歩を固めていく

魔の王として恐れられ
薄く微笑む

彼は感情を計算した
自分が憎まれるよう仕組んだ
自分の仕事にくじけぬために
様々な悪の罠を仕掛けて待つ

彼は物思う
空を仰ぎ
計画の長い年月を思う
青年の心のままに
昔の誓いを復唱する
詩人のような詠嘆を響かせて

4.

側近を呼びつけて執政者は語る
私はこのちっぽけな星が目的ではない
私の相手はこの広大な宇宙だ
育ててきたおまえに半分与えよう
だから力を貸してくれと
側近はしばし茫然としたが
すぐに喜んで忠誠の誓いをした
王の意を理解せずに
王の表情に気付きもせずに

王は未開の人々と戦い
力を蓄え軍を率いて
退廃の星に戻った
テロリズムは民衆の感情を取り戻し
彼の感情解放劇は
見事成功したように思われた

歴史は繰り返す

連邦は星そのものを消去した
表情ひとつかえずに
まるごと一つの星を

彼は自分の運命を知った
仲間達を逃がし
自分はいさぎよく負けを認め姿を消した
この星と運命を共にすると告げ……

革命の終結。

5.

いや、まだ終わってはいなかった
側近は彼にとりすがった
「お待ちください、再起は計れます」
彼は腕を振り払った
「私との事は夢に思え、皆と一緒に生き延びるのだ」
側近は諦めなかった
無理にも自分の戦闘機に王を押し込め
落ちのびる――

衝撃。暗転。

銀の残骸になった機体のなかで
青年は目を覚ました
だが
そこに王はいなかった
砂地の薄暮をさまよっても
どんな影も見出せなかった

日は落ち、青年は重い疲れにくずおれた
夢を見た、昔の夢を
遠い昔の夢の日を

6.

少年はいつもまどろんでいた
裕福な家庭に育った病弱な彼は
世話役の手を焼かせる我が侭な子供だった
そして誰も彼を構いつけようとはしなかった

ある朝少年が目を覚ますと
屋敷の中はしずまりかえっていた
不審に思った彼が歩き回ると
屋敷の中はきれいに荒されていた
通り魔にやられたのだ

全てはならずもの達がとっていった
荒れた土地のあらぶる力は何もかも根こそぎにしていった
打ち捨てられていたゆえに命は助かったという皮肉
乏しい愛で育った少年は
ついになにもかも失ったのだ

食料も何もなく
水を求めてさまよう彼
川までは遠かった 森は深かった
少年は脆弱で無知だった
水の音を遥かにきき
めくらめっぽうに歩き回った

たどり着いたのは崖っぷち
遠くしたに清水の流れる切り立つ断崖
少年は力つきた
倒れた彼に容赦なく日は照りつけ
乾ききっていく幼い身体……

夕日の灼け落ちる頃
少年は馬の蹄の音を聞いた
軽やかに近づいて来た
子猫のように死にかけた少年に

死神か?

馬の影は少年の上を動かない
最後の力を振り絞って
少年は目を開いた

のべられていた大きな掌を
少年は見上げた
白い長手袋をつけた逞しい腕を
黒い胴着につつまれた広い胸を
がっしりした肩を覆う紫の長套を
そして暖かく見おろす赤い瞳

視線が緩くよりあわされて、しばらく。

少年は口唇を動かした
「何者だ」
それは声にはならなかった
だが異形の影は力強い声で応えた
「生きているな」

手袋が脱ぎ捨てられ
皮袋の水がその手に注がれ
長い指が少年の口唇に触れた
水。しみとおる水。
全ての渇きを癒す水。
少年はその手に思わずすがった

異形の影は静かにいった
「独りか。ついてくるか」
少年はうなずいた
初めて許された力強い手。

もうろうとした意識の中で
軽がると持ち上げられた
暖かい胸
乾ききっていた少年の頬を
涙が一筋滑り墜ちた
陛下。ああ養父上――

青年ははっと身を起こした
朝の日差しはまぶしく
彼は銀の機体から抜け出し
とりあえず水を捜した
砂地を抜け森を歩いた
清水に顔をうつしてみた
白い顔が映る

清水をその手ですくう
その冷たさ
だが、水はなんの重みもなく
指の隙間からこぼれ落ちる

青年は流れに頭を突っ込み
軽い悲鳴を上げた
触れてみて気付いた
頭のあちこちに怪我をしていたことを
そして
手にも肩にも傷があるが
きれいに血の拭われていたことに気付いた

青年は清水を見つめた
鏡の静けさをもった水面を
落涙が再び乱した
姿を消したその人が
自分の手当てをしてくれたのだと気付いて……

7.

青年はさまよい続ける
なすべきことを模索しながら
様々な場所を訪ね歩いた
そして結論を出した
王の残した僅かな言葉から
彼は懸命に真実を見いだした

陛下は負けたのではない
力を否定した者達が
力を使ってねじ伏せたのだから

ではなぜ私は捨てられた?

陛下は少し疲れていたにちがいない
感情を取り戻す戦いの中で
自分の心をひどくすりへらされて
新しい希望を思う情熱を
失いかけていらしたのだ
なんという皮肉

だがなぜ私は捨てられた?

私は夢を託されたのではないのか
私は希望ではなかったのか
おめおめと生きながらえて
私はどうしたらよいのだ

悩むことはない、答えは決まっている
私は愛されたのだ
次にすることは
あの方の役に立つことに決まっている
命ある限り
あなたのお側に控えましょう……

8.

青年は仲間に宿を借りた夜
旅装束を脱ぎ捨てて身を清め
昔の兵服を着てみる
王の好きだった高貴の紫の胴着に
銀の肩あてで白いマントを止めつけ
長剣を構え
蒼い瞳で闇を切り裂く

夜明けには礼を述べて
再び旅の姿に身をやつす
風雪にさらされて荒れた肌
鋭い眼、とがった鼻、固く閉ざした
色のない口唇
僧とみまごうばかりの
澄みきった表情で
彼は出かける

仲間達はひきとめない
決心の固さを知ったので
無言で不幸な青年を送る

蒼い衣風が洗い
蒼い髪風に流れ
遠く空の彼方見つめ
彼はいつまでも旅を続ける――

(初出・青木太郎編『たまゆら;第1号』1985.9発行/Narihara Akira自選短編集『黄昏の帝国』1990.11改稿収録)

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Written by Narihara Akira
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