『おめでたい』


その日、仕事の最中、ふとキースの集中力がとぎれた。
というか、我に返った。
「なんで僕は」
リチャード・ウォンと仕事をしてるんだろう。
その経済力に頼りたいから、だけなのだろうか。
「……だって、ウォンって、ばかだよな?」
世間的には相応の落ち着きを求められる年齢のはずなのに、三十四にもなって、《世界征服》を本気でいう。
それ相応の地位と権限を持っているから、自ら前線にでなくていいはずなのに、あちこちでかけていっては、子どものサイキッカー相手でも本気で戦い、殴られたり蹴られたり、あの巨体をクルクル吹き飛ばされたりしてくる。
自分の力は、際限なく増幅できると思っている。
相手より早く動けるのは数秒間だけのことなのに、自分が「時」だと思っている。
ソニアなど、元々部下らしいし、洗脳済みなのだから、自分の腹心にすればいいのに、なぜか僕に忠誠を誓わせている。
それにいまどき、ふだんからチャイナ服を着ている香港人などいるのだろうか? しかもドラゴンの刺繍つきで。赤と白と黄色のおめでたいカラーリング。安っぽいと笑われないのか。戦っている最中になおすぐらいなら、伊達眼鏡もやめたらいい。
どこをどうとっても、まともではない。
「まあ、僕もあまり、まともじゃないが」
ウォンが僕のところにやってきたのは、僕が利用できるからというだけじゃない。
お互いにばかだからだ。
ばか同士だから、ひきあうのだ。
なにしろ、世界征服だのサイキッカーの理想郷だの、できると思って生きている。
二人ともおおばかに違いない。
「どうなさいました、キース様? 妙なひとりごとをおっしゃいますねえ」
リチャード・ウォンが帰ってきた。
どこで何人殺ってきたか知らないが、いつものようなとぼけ顔だ。
キース・エヴァンズは、真顔で答えた。
「ああ。僕は君のことが好きなんだなあ、と思っていたところだ」
「なんです、突然」
ウォンは苦笑したが、キースの頬に掌を触れて、
「ええ、まあ、私も、貴方のすべてが好きですよ」
「私も、とはなんだ」
キースも苦笑したが、そのとおりかもしれないと思った。
欠点をあげつらうことができるのは、相手をよく見ているからだ。関心があるからだ。ばかかもしれないが、それでも一緒にいようと思うなら、それはむしろ、相手をまるごと好きである、いい証拠なのかもしれない。
「そういえば、君、そろそろ誕生日だったか」
「憶えていてくださったのですか、光栄ですねえ。お祝いでもくださるのですか」
「もし、世界以外で欲しいものがあったら、いうがいい」
「それは愚問というものですよ、キース」
ウォンはキースの口唇を甘く吸いあげた。
「……貴方に、決まっているでしょう?」




* 愛人へ *


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Written by Narihara Akira (2010.11)
http://www5f.biglobe.ne.jp/~Narisama/