『演 技』


「え、ナニナニ? みんなで何の話してんの?」
「豊臣で、誰が一番イイ男かって話ですよ」
「だったら、それこそ俺を外してもらっちゃあ困るなあ」
雑兵たちの楽しげな雑談の輪に、左近は笑顔で加わった。
「左近さんもイイ男ですけど、抱かれたい男って感じじゃないんですよねー」
「あ、そういう話なん? で、一番人気は誰なワケ?」
「そりゃあ秀吉様でしょう!」
「そうなんだ」
「そうなんだって、左近さん、失敬ですよ!」
「いや、秀吉様は確かにカッコイイけどさ、いくらなんでも規格外じゃね? 閨に呼ばれたら、その晩に死んじゃわない?」
「そんな事ありませんよ。それに、秀吉様のおそばにいると、なんか癒やされるっていうか。ねね様が生きてらした頃は、仲睦まじかったですし」
「そうなん?」
「なにしろ加賀の前田慶次も、秀吉様にゾッコンだもんなあ。どうしても諦めきれないみたいで、今でも時々、顔を出しにくるじゃないですか」
左近は、なるほど、という顔をして、
「そうらしいね。慶次さんって遊び人なのに、実はけっこう純情、みたいな?」
「ハハハハハハ」
「アハハ……ってそこ、笑うとこなん?」
眉を寄せる左近に、雑兵はため息をついた。
「いやあ、左近さんに誰に抱かれたいかとか訊いても、意味ないよなーって」
「まあねえ。一発お願いしたいっていったら、やっぱ、三成様で決まりっしょ!」
「やっぱりー」
「三成様の、スゴさ、ヤバさ、カッコよさ! でもさ、ホントはめっちゃ優しいんだぜ。お肌はツルツル、寝技は神業! なんせ、あの刑部さんでさえ、閨ではあんな甘い声を出しちゃう……イッッテエェッ!」
左近の後頭部で、いい打撃音がした。
「何をくだらん話をしている!」
「エ、み、三成様ァッ?」
いつの間にか、三成が背後に立っていた。ギロリと左近をにらみつけ、
「刑部に対して、そのような形容をすることは許さない。斬滅する」
「す、すんません、二度といいません、申し訳ありませんっ、三成様!」
「当たり前だ、二度目などあると思うな。殴られただけですんで有難いと思え。そして、おまえ達も、いくら秀吉様に憧れるからといって、つまらぬ噂話で日を過ごすな。鍛錬はどうした」
「ハイッ、すぐに戻ります!」
雑兵達は元気よく返事をして、急ぎ散っていった。
一人残った左近は、おそるおそる後頭部を触ってみた。コブができている。
「あー、痛ぇ。これ以上、俺がバカになったらどうすんですか、三成様ぁ」
三成は冷ややかに、
「かえって良くなるかもしれないぞ。もう一度、殴ってみるか?」
「か、勘弁ッ、勘弁してくださいィィッ」
三成はふと、声を低くして、
「何を期待しているか知らんが、別に巧くなどないぞ。貴様を抱くこともない」
「だーかーらー、例え話ですってばぁ!」
「あと、刑部のあれは、つくり声だからな」
「ハイ?」
「不寝番の小姓達が聞いているから、それらしい声を出しているだけだ。それから貴様は盗み聞きをするな。わかったか?」
「刑部さん、演技してるってことっすか」
「半兵衛様に次ぐ悟性だぞ。無駄なことなどするか。私と不仲などという噂が流れたら困るから、それらしくしているだけだ」
「はー、そうすかぁー、そうなんスかァ」
「だいたい貴様は、立ち話などしている暇があるのか。そんな余裕があるのなら、今後は日々の成果を、逐一報告させることにするぞ」
「うう、ホントすんません。俺も鍛錬してきまっす!」
左近は首をすくめ、大きなため息をついて、その場を去った。
三成は苦虫を噛み潰したような顔になり、
「率先して風紀を乱すなど。もうすこし、厳しくしなければならないか」
長い頭を振って、彼も去った。

*      *      *

「ア、ア」
吉継の喉から、甘いため息が漏れる。
「いいか、刑部?」
三成は吉継のものに舌をはわせ、丁寧に嘗めあげる。雁首までたどり着くと、口に含んでたっぷり濡らした。三成の小さな口腔に含まれて、吉継の腰が浮く。音をたてて吸われ、袋をヤワヤワと揉まれると、竿の硬度がグンと増す。
そのうち、三成の細くて長い指が、吉継の後孔周辺をさまよい始めた。
「ン、ンン」
口に手の甲をあてて、吉継は声を殺そうとする。
三成はさらに吉継を深く飲みこみながら、指でゆっくりと入り口をこじ開け、奥へ進めてゆく。すっかり硬くなったものをしゃぶりながら、吉継が一番喜ぶ場所をククッと押す。内壁はうねるように長い指をしめつける。ついに堪えきれなくなったらしく、吉継はかすれ声をあげた。
「ぬしのがいい、ぬしのがぁ……」
三成は顔をあげた。
「指では嫌か」
「ぬしのが、ぬしの、熱くて、硬いのが、いい」
「欲しいか」
「もう、焦らしてくれるな」
「わかった」
三成は指を抜くと、吉継を俯せにした。
腰を抱え上げると、ズン、と奥まで突き入れる。
「あ、みつなりぃ……!」
最奥をえぐられた瞬間、吉継は己の精を放った。三成に腰を揺すられ、出し入れされるたびに、白濁を垂れ流す。達きっぱなしだ。ふくれあがった三成の剛直になぶられて、短いあえぎ声しか出ない。
「ヒッ、ぁん」
すっかりとろけて力の抜けてしまった吉継を、三成は抱えおこして、そのまま自分の膝の上にのせた。三成のものはまだ萎えていない。吉継を後ろから抱きしめながら、その首筋に口唇を這わせる。
「刑部。すごく、いい」
胸をまさぐり、充血して赤黒くなった乳首を掌で転がす。
「や、あ、もう」
「私はまだだ。少し休んだら、続きをする」
吉継は三成にもたれかかった。
「これ、以上は……変な声が、でて、しまう、ゆえ……」
「恥ずかしいのか」
吉継はコクンとうなずいた。
それから、三成にだけ聞こえるような、小さな声で、
「われの、声、つくり声では、あらぬ」
三成は低く笑った。そして同じように小さな声を、吉継の耳に吹き込む。
「知っている」
「ん?」
「貴様は快楽に貪欲な男だ。己が満足できるよう、私に細やかに手業を教えたのだろう、喜ぶ声が、嘘のわけがない」
「では、左近に嘘をついたか」
三成の声が急に跳ね上がった。
「また、あの男か!」
「いや。たまたまわれが、近くにおっただけの話よ」
「地獄耳だな」
「ぬしの声は、よう通るゆえ」
「そうか」
吉継はさらに三成に身を押しつけ、
「そらごとを言わぬぬしが、珍しいことを、と思うたが、あれは左近を慰めるためか」
「違う」
「では、なにゆえ」
「本当の貴様が、こんなに可憐なのだと誰にも教えたくない。だから、声をつくろっているのだといった。つまらぬ見栄だ、すまない」
「アレはぬしに憧れておるゆえ、閨で巧みであろうが、そうでなかろうが、そんなことはどうでもよいであろうよ」
「憧れられても困る。だいたい私が知っているのは刑部の抱き方だけで、他の者に同じことをして喜ぶかどうかも、わからないのに」
「喜ぶであろ。間違いなく。な」
「そんなことはどうでもいい。それより続きだ」
「ア」
膝から下ろされてしまい、吉継は思わずため息をついた。
だが、しとねに横たえられ、脚を押し開かれ、三成に再び抱え上げられて、熱い剛直で再び犯されると、ひときわ高い声を出した。
「そんな声も出せるのだな、刑部」
三成は浅いところで、焦らすように腰を回す。
「アア、もっと、奥まで」
「わかった」
「ん、たっぷり」
「わかっている。たっぷり注ぐ。もっと、もっと奥まで……!」

*      *      *

「三成様ぁ、俺の活躍、見てくれましたか! ってアレっ、いない!」
「われならおるぞ、左近。見ておった」
左近は声のした方へ振り返った。ニコリと笑って、
「あ、刑部さん、あざーす!」
「やれ、こんなところに長居は無用よ。三成もすでに撤退した。われらもそろり、戻るとしよか」
「へいへーい」
左近は肩をすくめて、吉継の輿について歩き出した。
「やれ、ほんにぬし、なかなかの働きぶりよ。それを誇るがよかろ」
今日のいくさは完勝といってよかった。常勝豊臣の名に恥じぬものだったので、左近の浮かれぶりもおかしなことはない。
「まー、刑部さんにこうやって、心配されちゃう程度の働きっすけどね」
「いや、もう心配しておらぬ。いっときはずいぶん、らしくなかったがな」
左近は鼻をこすって、
「へへ、俺、ちゃあんと元に戻りました?」
「まあな。だが、ぬし、まだ三成を諦めておらぬのであろ。一度お願いしたい、などとぬかしておったな?」
左近は飛び上がった。
「あ、それ、違います、例え話っすよ。なのに三成様、あんなに怒っちゃって!」
「さようか」
吉継は低く笑って、
「三成はぬしを大事に思うておるゆえ、それだけ厳しくするのよ」
「わかってるっす。三成様は刑部さんが一番だけど、どうやら俺も、三成様の特別扱いの一人に、入ってるらしいってことぐらいは」
「そうよな。ひとつ間違うと、ぬしを抱いてしまうやもしれぬぐらいにはなァ」
「それはないっす。絶対ないっす」
「なぜよ」
「三成様の絶倫って、刑部さん限定だし。それに、もし、ちょっとでも犯る気あったら、刑部さんの留守に、とっくにすませちゃってますよ」
「んん?」
「でも俺、別に、三成様に慰めて欲しいわけじゃねえっすから。俺、三成様に命はってんです。俺がなんか、してもらう方じゃねえんだ。あと、今はまだ、刑部さんに勝てねえっすから」
「やれ、謙遜よな」
「だって、俺と同じで、刑部さん、三成様のために死ねるっしょ?」
「…………!」
吉継はドキリとして、左近を見返した。
「でも、三成様は、刑部さんのために生きられる。それじゃ全然、勝ち目ねえっすよ」
「やれ、なんの寝言やら」
「でも、ま、いつか刑部さんと並んで見せます。楽しみにしててくださいよ!」
「そこで宣戦布告ときたか」
左近は笑顔で答えた。
「違いますよ! でも、しょげてても仕方ねーし。それより、刑部さんが三成様の右腕なら、俺も早く左腕になんねーと!」
「そうよなァ」
吉継も笑みを浮かべた。
「まあ、叱られるうちが花ともいうな。励め、励め」
「うぃっす!」
吉継はふと、声を低くして、
「ぬし、もし勝ち目があったら、割り込むか?」
「へへっ、そんな気あったら、勝ち目なくてもやりますよ。俺は博打うちっすよ!」
「さよか」
「だって、三成様ってば、閨で刑部が甘い声をあげるのは演技だ、とかいうんすよ。その気が残ってても、白けるっす。いくら諦めさせたいからって、そんな嘘つかなくても、いいじゃないすか。それともあれって、惚気っすか」
「惚気?」
吉継は目を瞬かせた。
「閨でも尽くしてくれるのは、それだけ惚れられてんだっていう、三成様らしい言い方なのかなって」
「別に、われは、その……」
吉継が言葉を濁すと、左近は手をふった。
「あー、いいっす、いいっす、もういいっす。俺に気ぃ使わないで、好きなだけお二人でイチャイチャしてくださいよう!」
「左近」
「好きな人が幸せだったら、自分も幸せ。そういうもんでしょ? それが、惚れたってことっすよ!」
「ぬし、ほんに」
三成が好きよなァ、という言葉を飲んで、吉継はまた、ふわりと輿を進めた。
こういう男が、三成には必要なのかもしれぬ。
われのように屈託の深い男よりも、ただ純粋に尽くそうとする若者が。
この明るさもけなげさゆえだ。もう、いじってやるまい。
「刑部さん?」
「やれ、ひとつの星をとりあうとなれば、病の身にも張り合いがでるわ」
「ひゃー、いいますねー、刑部さん! でも《哀れよな、譲ってやろか》なんて同情めかしたこといわれるよか、ずっとイイっす」
「ヒヒ、やはり、諦めておらぬではないか」
「あ、ひでぇや刑部さん、誘導尋問すか!」
その時、二人の間に長い影が差した。
「遅いぞ左近! 何をしている!」
「ひゃっ、三成様!」
「残党狩りもほどほどにしろ。帰城して秀吉様に今日の戦果をご報告せよ! 刑部、貴様も貴様だ。左近などと戯れていないで、すみやかに戻れ」
「あい、わかった」
吉継はふわりと三成の右に並び、左近は一歩遅れて、三成の左に並んで歩き出した。
左近は例のごとく、にぎかやな声をあげる。
「あのー。三成様、マジで足、速すぎっすよ! さっきまで近くにいたと思ったのに」
「貴様の戦いぶりは、見ていなくてもわかる」
「マジっすか! それ、喜んでイイところっすよね?」
「手抜き具合もな」
「え、サボってなんかいませんよう!」
「当たり前だ。いくさの最中に気を抜くな」
「抜いてませんってぇ」
「私が先に撤退したのにも気づかなかったのにか?」
「だー、もう!」
吉継が、ヒヒ、と笑い声をあげた。
「刑部さん、笑わないでくださいよう!」
「いや、別にぬしを笑ったわけではない。なかよしこよしで美しきことよなァ、と」
「刑部、私の何が不満だ!」
「不満などない。美しきことは、よきことよ」
三成が眉を寄せた。
「別に、仲良くなどしていない」
「やれ、われが好む美しきかんばせを、そのように曇らせるでないわ」
三成は、ふと吉継を見上げた。
うすく頬を染めて、
「……そんなに仲良しこよしがいいなら、夜、たっぷり貴様としてやる」
絶句する吉継の反対側で、左近がクックと笑いをこらえていた。


美しい夕焼けに照らされて、三つの影が実に仲良く、伸びている――。

(2015.3脱稿)

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Written by Narihara Akira
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