『ザ・浮気妻』


ふと我に帰ると、刹那は夫にすまないと思った。
こんなつもりではなかった。
いくら寂しかったとはいえ、ほんの少し優しくされただけで、あっさりなびいてしまうなんて。
このご用聞きだって、単なる身体目当てかもしれないのに。
「帰ってくれ」
刹那の声は、冷たいものに戻っていた。
「奥さん」
「頼むから、帰れ!」
その悲痛な叫びをきいて、ガデスは刹那に背を向けた。
「また来る」
そう呟くと、あっさり勝手口から出ていった。
刹那は、ふらふらと風呂場へ向かった。身体の汚れを落とさなければ、と服を脱ぎ捨て、全裸で姿見の前に立った。
「……あ」
刹那はガデスが、自分の身体に一つも痕をつけていないことに気付いた。
あんなに激しくされたのに、すり傷どころかキスマークさえ、ついていない。
もし、今晩夫に抱かれても、気付かれないだろうほど、きれいな肌。
「そんな風に優しくするぐらいなら、いっそさらってくれたらよかったんだ」
思わず呟いて、刹那は茫然とした。
犯されたことよりも、自分の心の揺れの大きさが、ショックだった。
ガデス……。

その夜、更けて。
玄関のチャイムが鳴った時、夫が帰ってきたのだと思った。
刹那は慌ててドアまで行った。
「おかえり……あ」
リチャードではなかった。
リチャードのはずもなかった。午前零時を過ぎたら、彼は翌日夜まで帰ってこない。
だからさっきまで、風呂場で昼の名残りの情感を、一人でそっと鎮めていた。
夫でない人を思いながら。
「奥さん」
ガデスはするりと、ドアの隙き間から中へ滑り込んできた。
「俺を待っててくれたんだろう?」
ガデスに囁かれた瞬間、本当に待ちこがれていた自分に、刹那は気付いた。
「ガデス」
薄く開いた口唇から、切ない願いが洩れた。
「おまえなら、ずっと側にいてくれる……のか?」
ガデスの口元が僅かに歪む。
「……俺ときて、くれるなら」
「ウォンも最初は、そう言った」
「俺はそんな男と違う」
甘い抱擁。熱い身体。
眩暈を起こしたように、ガデスの腕にぐったりと身をあずける刹那。低く呟く。
「おまえも、寂しがりやなんだな……」
「奥さん」
「奥さんじゃない。刹那って、呼んでくれ」
お互いに、こみ上げる気持ちを抑えられなくて、二人は抱き合った。
そして、そのまま絹のしとねへ……。

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