『ご褒美』 -- Kubernes / Gram River --

「ちぇ、意外に難しいか……」
軒の低い店から出ると、グラム・リバーはうーん、と伸びをした。
エリザベス船長にせっかく降ろしてもらった最寄りの都市船だが、目当ての店がないようだ。もう何軒もそれらしい所を回ったが、希望にそうものがない。さもなくば金銭的に折り合いがつかない。とりあえず別の都市船に行ってみて、それでも借りられる船がないようなら、職さがしから始めなければならないだろう。船長は「グラム、あんたは自由だ。いつ『夜明けの船』を降りてもいい。本当に降りる気なら、多少の餞別はくれてやらないでもないよ」と言ってくれたが、現在ただの飯炊きである自分に、エリザベスがどの程度を払ってくれるつもりがあるかは疑問だし、あまり借りをつくっても返せない。
夜になってもいい店が見つからなければ、いったん船に戻ろうとも思うが、外はまだ明るい。もう少しねばってみるか、とグラムが再び歩き出したその瞬間、背後から聞き覚えのある声が。
「どうした、何を悩んでいる」
「キュベルネス!」
グラムは一瞬目を丸くしたが、すぐに声の主に明るい笑顔を向けた。
「ありがとう。この間は助かった」
火星では知らぬものはない傭兵海賊キュベルネスは、歪めた口唇を深い襟元に埋めた。
「ふん、“お兄ちゃん”も、無事に逃げられたようだな」
グラム・リバーのたっての頼みで、『夜明けの船』乗員処刑会場を混乱に陥れたのは誰あろうこのキュベルネスだった。そのおかげで仲間はみな助かった。
金さえ払えば何でも請け負うと豪語するこの海賊が、破格の安さでその依頼を引き受けたのは、それまでの様々ないきさつゆえがあってのことだったが、それでもグラムが素直に感謝するのは当然といえた。そんな訳で、キュベルネスは苦い顔をする必要はないのだが、それでもなお重々しく、
「ところで希望号を捨てたようだが、まだ『夜明けの船』で海賊を続けるつもりか」
「いや。潮時だから降ろしてもらうことにした。この間、流氷墓場で良さそうな海賊船を見つけたから、修理して乗れるようにしようと思ってさ」
「やっと一人でやる気になったか」
グラムは首を振った。
「海賊をやるつもりはないよ。俺は元々海賊でもなんでもないし、火星先住移民にも興味がわいてきたし、地道に商売しながら、自分の経験をあちこち広めていこうかなって。それで、サルベージ用の船を借りようと思ってるんだけど、いいのが見つからなくてさ」
「ふむ」
キュベルネスは一瞬考え込んだが、
「では、オレが流氷墓場まで送ってやろう」
グラムは屈託ない笑顔で応えた。
「いいよ。俺、払えるものが何もないから」
「あるだろう」
キュベルネスの鋭い視線が、相手の身体を上から下まで眺めおろす。グラムは口唇を尖らせて、
「こないだ、“つまらない”って言ってたじゃないか」
「ほう、ご機嫌を損ねたか?」
グラムはちょっと口ごもって、
「そういうんじゃないよ……ただ、修理が終わり次第、ボンやシエを迎えに行くつもりだから」
「ベステモーナ・ローレンのところへ行くのだろう?」
「約束したから。先に行っててくれって。彼女にもずいぶん世話になったし」
「オレにも世話になったのではなかったか?」
「そうだけど」
グラムはちょっと考え込み、それから真顔でこう言った。
「もし、キュベルネスが手伝ってくれたら、予定より早く迎えに行くことになるけど、それでもいいのか」
「構わん」
「そっか。じゃ、せっかくだから頼もうかな」
キュベルネスの顔にようやく笑みが浮かんだ。
「では、今から船に来い」
グラムは眉をしかめた。
「今から? そのまま仲間になれとか言わないよな?」
「では、どうやって船を探索しにいく気だ」
「わかった。行くよ。それで、報酬は前払いなんだろう?」
こともなげに言うグラムの腰に、キュベルネスは腕を回した。
「今回は時間がある。じっくり楽しませてもらうぞ」

カーテンをひいた寝台の上で、キュベルネスはグラムの肌に口唇を落とした。
精巧な義手が繊細な動きを見せる。そのたびグラムは、小さく喘いだ。
二度目なので、攻略の要領がわかりかけているというのもあるかもしれないが、前回よりずっと感じているように見えた。グラム自身の熱さから考えても、満更でなさそうだ。反応の初々しさを忘れ難くてこうして船に引き入れたので、グラムの敏感さにキュベルネスの心は乱れた。孤児として様々な地を、職を転々としてきたという。身体を売っていたこともあったかもしれない。それは別に構わないが、受け身の喜びを知っていて、自分からそれをむさぼろうとしているのかもしれないと思うと、少々複雑な気持ちになる。
そんな風に惑いながらも、キュベルネスは丁寧に準備を進めていった。先に達かせて脱力させておけば、こちらも動きやすい。前回の交合で中を傷つけているかもしれないと思い、大丈夫かどうか確かめたいというのもあった。
それもどうやら平気そうなので、立ち上がっている部分に、キュベルネスは強い刺激を与える。
「あっ、キュベルネス……!」
達した瞬間、掠れた声で名を呼ばれて、キュベルネスはたまらなくなった。
腰を持ち上げ、相手の足を押し開くと、狭いそこへ己を打ち込む。
グラムは苦しげな呻きを洩らした。
短い呼吸で緊張を逃そうとしているのが伝わってきて、キュベルネスはなおいっそう相手が愛しくなった。その締め付けは最高で、動きたくすらなかったが、
「そんなに辛いなら、向きを変えるか」
後ろからの方がまだ楽なはず、と相手を裏返そうとした時、グラムの腕が伸びて、キュベルネスの背中にからみついた。
閉じていた瞳をうっすら開いて、グラムは淡く微笑んだ。
いいよ、そのままで、と。
キュベルネスの最後の自制心がとんだ。
それこそ欲望の赴くまま、グラムを犯し尽くして――。

脳の一部が痺れたようになって、キュベルネスは三日三晩グラムの側を離れなかった。こんなに夢中になっている自分を知られたくはなかったが、とりつくろう余裕がなかった。こうして溺れることが楽しくさえあった。グラムもそれがあまり嫌そうでないので、キュベルネスは嬉しかった。一見普通の“お兄ちゃん”だが、実は何にも動じない、物怖じすることを知らないグラムの豪胆さを、彼は気に入っていた。誰に対しても隔てない明るさも。機械だけを友とし、クールな一匹狼として生きてきたキュベルネスだが、誰かに傍らにいて欲しい時もある。最中には可愛らしい甘えさえ見せながら、終わった後はなにもなかったように平然としている恋人は、一つの理想でもあった。
それでもキュベルネスは、四日目の朝に、グラムを連れて寝室を出た。
窓の外を見ろ、と顎をしゃくる。
グラムはわあ、と声を上げた。
「修理までやってくれたんだ」
グラムが望んでいた船が、すっかりきれいになって横付けされていた。キュベルネスの部下である大勢のロボット達が、二人の蜜月の間に何もかもすませておいたらしい。
「ありがとう、キュベルネス。サルベージまではともかく、後は自分でしようと思ってたんだ。それが、こんなに早く……」
キュベルネスは薄く笑った。連絡通路を指さして、
「必ず行くと約束したんだろう。行くがいい。オレはもう満足した」
「いいのか?」
グラムの顔はパッと明るくなったが、ほんのりと首を傾げ、
「やっぱり悪い気がするな」
「今更何を言う」
苦笑するキュベルネスに、グラムは例の屈託なさで、
「いや、あれだけ腕が立つのに、なんで相手かまわず仕事の依頼を受けるんだろうって、最初は不思議に思ってたんだけど……一緒にいてよくわかった。その義手、維持するだけでも大変だろ。あれだけ沢山のロボットを養うのも、マーメイドの整備にも、ずいぶん金がかかるよな。一人でも生き延びるためには、せっせと稼ぐしかないんだよな」
「オレの生き方を馬鹿にしているのか」
「いや」
グラムは肩をすくめた。
「せっかくの火星の宝も駄目になっちゃったし、キュベルネス、俺と関わることでずいぶん損したろうなって思っただけさ。だから、悪いなって。しかもここまでしてくれるなんて」
「……オレの宝はおまえだよ、“お兄ちゃん”」
いつもの口調で言ったつもりが、キュベルネスの語尾は震えた。
グラムはニッコリ微笑んだ。
「ありがとう」
背伸びをするとキュベルネスの首に手を回し、口づける。
「満足したっていうから、これは報酬じゃなくて、ご褒美、でいいかな」
言葉を失ってしまった年長の海賊を残して、グラムは通路を走りだしていった。
一瞬、キュベルネスは迷った。
今ならまだグラムを閉じ込めておくことができる。本当に後悔はないのか、と問いかける自分がいる。
しかし、そんな思いを口にすることなく、キュベルネスはグラムをそのまま行かせた。
見送ることさえせずに寝室へ戻り、乱れた寝台へ倒れふす。
その頬には、なぜか楽しげな笑みがうかんでいた。
「これでいい。追いかけっこが面白いのだ……」
己の口唇をそっと押さえて、キュベルネスはそのまま眠りに落ちていった。
ご褒美のキスを、決して離したくない、とでもいうように。

(2004.10脱稿)

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Written by Narihara Akira
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