『報 酬』 -- Kubernes / Gram River --

「死闘を交えた相手に、頼み事にくるとは……」
そこは、火星の傭兵海賊・キュベルネスの潜伏先のひとつである倉庫の中。
倉庫といっても中は片づけられており、事務所としても充分使えるようになっている。
応接間のソファで膝を組んでいたキュベルネスは、上目遣いで銀のゴブレットを回しつつ、
「神経が図太いだけか、オレが甘くみられたか?」
落ち着かぬ様子で室内を歩き回っていたグラム・リバーは、そこで足をとめた。
「頼み事じゃない」
「む?」
「仕事の依頼だ。あんたを雇いに来た。その金で処刑会場を混乱させて欲しいんだ」
グラムが乗船していた『夜明けの船』は地球軍に拿捕され、彼をのぞく海賊ら全員は、明朝の日の出と共に公開処刑される予定だった。
キュベルネスは鼻で笑った。
「フッ、こんなはした金では、オレは動かん」
デスクの上には積まれていたのは、小銭の詰まった空き缶だった。そして同じく、小銭の入った布袋。幾つも幾つも並べられているが、無論たかがしれている。
グラムは暗くうつむいた。
「悪いけど、それが今の俺の全財産なんだ」
「なぜ、『夜明けの船』に執着する」
「え」
ハッと顔をあげたグラムに、
「おまえほどの腕があれば、ひとりで海賊として、やっていけるだろ?」
その声は思いのほか優しく、グラムは一瞬返事につまりながら、
「……仲間だから」
「仲間?」
キュベルネスは意外な言葉をきいた、とでもいうふうに相手を見つめた。グラムは元々、『夜明けの船』のクルーではない。なりゆきで行動をともにしていただけで、艦長エリザベス・リアティ以下の乗員には実際、何の義理もないはずだ。
火星の一匹狼は、一瞬モノクルをひからせると、顔を伏せた。
「ふ、オレにはわからんな」
「頼む、キュベルネス。あんたしかいないんだ」
正面からまっすぐに頼み込むグラム。さらにキュベルネスは顔を背けた。
「本当にオレしかいないか。ベステモーナ・ローレンを、呼んだんじゃないのか」
デスクに手をつくと、グラムは身を乗り出して、
「紐つきRBならともかく、ベスを地球軍と直接戦わせる訳にはいかない。まして陽動作戦なんか、彼女に頼む訳には」
キュベルネスは緋色の酒を飲み干すと、ゴブレットを置いた。
「ふん、そんなことは、本人はとっくに割り切っているさ。いざとなれば、仕事も家族も捨てる女だ。軍よりむしろ海賊向きなことは、おまえこそよく知っているだろう」
「キュベルネス」
グラムは更に身を乗り出して、
「じゃあ、どうして俺のメールに応えてすぐ来てくれたんだ。あんたはプロの助っ人だろう? あれだけの力をもってれば、出来ないことじゃな……んっ」
キュベルネスの義手が、グラムの顎をとらえていた。
口唇が離れた後も、ワインの香が漂う距離で、キュベルネスは囁く。
「目を閉じることも知らないのか」
青い瞳にきょとんと見返されて、キュベルネスは苦笑した。
「虚仮にされたままでは今後に差し障る、ローレン・カンパニーには意趣返しをしたいと思っていたところだ。地球軍のくだらんショーに、華を添えてやるのも面白かろう。エリザベスに恩を売っておくのも、そう悪くはない。しかし、オレをプロと呼んでおきながら、ここまで報酬をねぎってすむと思っているのか」
「だからさっきも言ったろう、夜明けの船で貯めた金はそれで全部……」
いいかけたグラムの言葉は、もう一度キュベルネスの口の中に吸い込まれた。
「報酬は前払いだ。足りないぶんは、今払ってもらおう」
立ち上がったキュベルネスは、ひょい、とグラムの身体を肩にかけた。
「え、わ、あ!」
「お互い、あまり時間はないはずだ。暴れるな」
そのままキュベルネスは隣接した寝室へ移動した。
簡素なベッドの上に投げ出されて、グラムは茫然としていたが、ふっと真顔になると深いため息をついた。
「……いいのか、それで」
「む?」
「俺の身体なんかで」
キュベルネスの灰色の瞳はすうっと細められた。コートの襟元に頬を埋めて、呟くように、
「満足できれば手伝ってやる」
「できなかったら?」
「するさ……“お兄ちゃん”」
重いコートをバサリと脱ぎ捨てると、自分を見上げている静かな青い瞳の上に、キュベルネスは無言で覆い被さっていった。

「……終わりだ」
もう一度ぎゅっとグラムを抱きしめて、キュベルネスは身体を離した。
行為中、彼は最後の一枚を着けたまま、下もすっかり脱がずにいた。しかも簡単に後始末すると、さっさとコートを羽織り、ブーツに足をつっこむ。
「起きられるようになったら行け。そっちの準備は手伝ってやらんぞ」
一糸まとわぬ姿で、グラムは仕度するキュベルネスをぼんやりと見上げていた。
「そんなことは頼んでない……けど」
「なんだ」
グラムはうっすら微笑んだ。
「本当に、もういいのか。手錠プレイでも我慢するつもりだったのに」
「オレをなんだと思っている」
グラムはのっそり身体を起こした。頭を掻きながら、
「いや、キュベルネスが満足したなら、それでいいや」
「満足したと思うのか?」
グラムはしごく真面目な顔で、
「成功報酬も必要か?」
「いや、もういい」
キュベルネスは首を振った。皮肉な笑みでグラムを見下ろす。
「泣きわめきもしない、艶っぽい声も出さないものを抱いても、つまらん」
「じゃ、二度とあんたを雇えないか。残念だな」
返事につまったキュベルネスをよそに、グラムは服をつけはじめた。
「キュベルネスは所詮海賊だ、気まぐれだからどんなに金を積んでも、裏切る時は裏切る――そんな風に世間はいうけど、俺はそうは思ってない。今だって、明日のこと考えて、加減してくれたろ?」
屈託のない声に、キュベルネスは背を向けた。
「いや。確かにオレは気まぐれだ」
寝室のドアを開けるとデスクへ戻り、缶の中から一枚コインを拾い上げる。それをピン、とはじきながら、
「だから、仕事が気に入れば報酬は割り引いてやる。どうしても必要なら、試しに呼んでみろ。相談にのってやらんでもない」
「ありがとう」
グラムは服をつけおえて、そっと立ち上がった。
多少おかしな歩き方ながら、そのまま倉庫を出て足早に去っていく。
「ふん」
キュベルネスはソファに身を沈めると、新しいワインを注いだ。
「これでは足りん、残りは後払いだ、と言ったとしても、おまえは顔色も変えないだろうが。オレは海賊だ、いつ襲われても文句は言えないってことを、忘れてやしないか」
苦い台詞を酒で飲み下すと、握りしめたコインを胸の隠しに納めてキュベルネスは立ち上がった。
「……良かったぞ。“お兄ちゃん”」

(2004.9脱稿)

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Written by Narihara Akira
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